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五十話 派手な片隅の話

 あのマウリス研究所の呪いが暴かれてから、しばらく経ったある日のこと。

 一匹狼な魔法使いコトカは不承不承ながらも、カイヤと名乗る派手な男に連れられていた。

 もちろん本当は採集に行きたいが、もし勝手に行動したらネイウッドの広場で宙吊りにされるらしい。

 あの頭のおかしさなら本当にやりかねないので、大人しくするしか無かった。


「……どうやら呪いの調査は難航しそうですねェ。追跡するとなると手が足りませんし……ここは、手伝ってもらいましょうかァ。ああ、それとお使いもありましたねェ? シリマにでも頼みましょう」

「……」


 この片眼鏡、かなり独り言が多い。こちらは無反応なのに延々と喋っている気がする。

 わりと大きい独り言なので、道行く人も変な顔で視線を逸らしている。

 離れられるなら離れたい。顔を俯かせながら、コトカは内心で愚痴を連ねていた。


「では、跳ねっ返り。この書類から呪いに関する内容を見つけて、まとめておいてくださいねェ。それが終わったら、シリマとこれらを買ってくるように。くれぐれも、手を抜かないよう、気をつけてくださいねェ? 不備が見つかれば吊るしますから」

「は? なんでアタシが…………最っ悪!」


 わけの分からない任務を残して、カイヤはどこかへ消えてしまった。

 渡されたのは、抱えるほどの書類とリストアップのメモ用紙。そして、隣にはシリマという名の少年がいた。


「兄さんはまた……えっと、コトカさん、ごめんなさい。兄さんのせいで手伝わせちゃって……」

 

 どうやらカイヤの弟らしいが、あのイカれた片眼鏡とは違って大人しそうである。


「……だったら何だよ。どうせ逃げ場はないってのに」

「それは、うん……よ、よろしくね」

「……ふん」


 とりあえず書類を消化しなければならない。

 呪いとやらが何なのかも知らないが、こっちは吊るされたくないのでやるしかないのだ。


「で、呪いって何だよ」

 

 コトカは適当に一枚紙をとり、シリマに情報を求めた。


「マウリス研究所で研究されてた呪いなんだって。かなり危険な呪いだから、出処を突き止めないと大変なことになるみたい」

「マウリス……あの話の続きか」


 紙を一枚一枚確認していくと、研究所が接触した人物や購入した素材などが記されている。ここから呪いに関連したところを洗い出していくようだ。


「めんどくさ……これ全部って、アイツ本当に頭おかしいだろ」

「兄さんはいつもこうだから……たぶん、これから大変だと思う。兄さんのお気に入りだと、飽きるまで連れ回されるから……あ、あと、逃げない方がいい、かな。もう糸で目印がついてるみたい」

「……」


 つまり、どう足掻いても詰んでいるらしい。

 コトカは諦めて無心で書類を片付けていった。


「わ、手際いい……! こういうの、やったことあるの?」

「別に……アイツと方向性の違う馬鹿が身近にいるだけ」


 実はカイヤのような人物を、コトカはもう一人知っている。

 カイヤのように脅したりはしないが、勝手に頼んで放置する人はいるのだ。それも、大体がこういった面倒な仕事である。

 そのため、コトカはいらない事務処理能力がついてしまい、魔法の方は一向に伸びないという状態に陥っている。

 

「……」

「……」


 二人で黙々と書類に目を通すと、存外早く減っていく。


「これで最後。……で、次は?」

「商店街の裏通りに素材を買いに行くよ」

「素材? 裏通りに? 誰が使うんだよ……」


 裏通りの素材屋など使ってる人を見たことがない。半目になりながらシリマの後を付いていく。

 素材屋の店構えは、適当な木と布だけのあばら屋。入って大丈夫かと心配になる見た目に、上を気にしながら中へ入る。


「買うものは……『月光を浴びたアメジスト』、『毒林檎の蜜』、『朝露と夜露の涙』、『精霊の宿り木』、それと、もしあれば『虹輪の弦糸』と『湖にたゆたう泡石』。見つけたらこの籠に入れてね」


 渡された木の籠を手に、棚を見上げたコトカ。

 だが、その棚にごちゃごちゃと入り混じる素材の多さに、開始早々リタイアしたくなった。


「ちょ、待て! 多過ぎだろ! どうやって探せばいいんだよ!」

「あ……ちょっと大変かもだけど、地道に頑張れば見つかるかな……?」


 自信が無さそうなシリマ。途方もない作業になることは確定だろう。

 おまけに店の張り紙には、店主も場所を分かっていないなどと書かれていた。


「嘘だろ……こっちだって暇じゃないってのに……」


 本当にどうかしている。

 コトカは悪態をつきながら、何十年も放置したガラクタ倉庫のような店内を探していった。


「……あ、『精霊の宿り木』はあったよ……!」

「……『毒林檎の蜜』は見つけた」


 しらみつぶしに探して、なんとか『虹輪の弦糸』と『湖にたゆたう泡石』以外は獲得した。

 それにかかった時間は二時間。買うものが決まっているのに、ここまでかかるのは異常である。


「あの素材屋は二度と行かない」

「あはは……」


 去り際に脆い柱を蹴って、素材屋をあとにした。

 無事におつかいを済ませたコトカたち。早く帰りたい一心で、魔法会の広場に到着すると、今すぐ殴りたい人物が待ち構えていた。


「おや、遅かったですねェ。そう難しことは頼んでいないハズですが……」

「難しくない……? あの馬鹿みたいに多い書類とガラクタ屋が? ふざけんな! どんだけこき使えば気が済むんだよ!」

「やれやれ……アレくらいで根を上げるとは、貴女も存外大したことないんですねェ?」

「は……?!」


 なぜコトカが勝手に呆れられているのか。この片眼鏡の脅しで、仕方なく完遂してやったというのに。

 沸々と込み上げる怒りに、風を集め始めるコトカ。その様子に、シリマが慌てて割って入った。


「に、兄さん言い過ぎだよ……! コトカさん、頑張ってくれてたから……」

「そうですかァ? ……まあ、今回は良しとしましょう」


 シリマの機転で話は逸れた。街で竜巻を起こそうとしたコトカは、我に帰って魔力を振り払った。

 

「そんなことより、これから詐欺商人を捕まえに行きますよ」

「詐欺商人? 義賊でもやってんの? そんなのにアタシを巻き込むな……って、またっ……!」


 コトカは初めにやられたように、首根っこを掴まれた。


「言っておきますが、拒否権はありませんよォ? ……アァ、違いました。拒否しても良いですが、吊るされることはお忘れなく」


 そう白々しく言い聞かせるカイヤは、憎たらしいことこの上ない。


「ふざっけんな!」


 もう何回目かわからない罵倒を残し、コトカはパッチワークの魔法へ連れて行かれた。


 ◇◆◇


「さて、着きましたねェ。詐欺商人の棲家に」


 とにかく高い天井と、とにかく金キラな外観。

 どこの商会か知らないが、ここが詐欺商人とやらの巣窟らしい。目に痛い派手さにコトカは顔をしかめた。


「ちなみに、兄さんはなんで詐欺商人だと思ったの?」

「それはもちろん、きな臭そうでしたし……おまけに、この外観ですからねェ」

「や、やっぱり根拠がない……レイ様に言っておかないと……」


 移動を済ませたので、コトカの首根っこは解放された。

 襟元の乱れを整え、風の魔法で掴まれたところを払っておいた。


「……で、詐欺商人がいるとして、何するつもりだよ。この洋館をブッ飛ばします、とか?」


 冗談で可笑しな想像を言ってみる。

 せいぜい証拠となる資料やらなんやらを集めるのだろう。

 そう思いながらの冗談だったが、カイヤの返答はまさかの肯定するものであった。


「おお、よく分かりましたねェ? 意外と見込みがあるようです。先ほどの発言は撤回させて頂きますよ」


 パチパチと拍手を送るカイヤ。

 初めて皮肉以外の言葉をかけられたのだが、コトカは肯定されたことしか頭に入らなかった。

 

「え、は……マジで……?」


 呆気に取られながらシリマに聞いてみると、苦笑いで頷かれる。

 ここに来てコトカは、カイヤの頭が想像以上にイカれているのを初めて知ることとなった。


「それでは、最初から飛ばしていきましょう!」


 嬉々とした声でそう言って、カイヤが取り出したのは爆発の魔法を込めた魔法雑貨。

 棒のような形をしたそれを、糸で高くまで放り投げる。


 ──ドガアアアアン!!


 うるさい爆発音があたりに響き渡り、中から大慌てで商会の人間が逃げ出してきた。


「……ヤバい、マジで頭おかしい。一生関わりたくないだろこんなの」


 とんでもない人物に目をつけられてしまった。

 出会ってから散々な目に遭ってばかりだが、ここまで来れば諦観の念の方が強まってくる。

 

 なんせ、証拠もない場所を爆破するような奴だ。


 コトカが逆らって逃げたりした暁には、広場に吊るされるという脅しがハッタリではなくなってしまう。


「……理解した。アタシはアレに振り回されるわけだ。なら、せめてもの時間を確保しなきゃならない」


 もう、逃げることは諦めよう。無駄なことはしたくない。

 だが、コトカも暇人ではないのだ。こっちは生活もかかっているので、毎日のように連れ回されたらたまったもんじゃない。何かしらの手を打つ必要がある。


「に、兄さんに交渉しようとする人、初めてみたかも……」

「話が通じないことは知ってる。ただ、こんなことで困窮するとか冗談じゃないから」


 コトカは決断している間に、洋館はものの見事に崩れ去った。

 カイヤは爆破された洋館跡地に立ち入り、魔法で守られた金庫を漁って資料や金を取り出している。


「ふむ……用途不明の魔導具ですか。出荷先はパルティータ。これは何かありそうですねェ? 念のため、レイ様に伝えておきましょう」


 やはり独り言が多い。というか、資料を探したいなら爆破しない方が良かったのではないか。

 

「そこの跳ねっ返り。突っ立ってないで有用なものでも見つけてきてくださいよォ? でないと、連れてきた意味がありません」

「うっざ……」


 指図に反感を抱きながらも、資料らしきものがないか確かめる。


(……ん? 仕入れ数……?)

 

 かろうじて爆破を逃れた資料の中に、少し変なものがあった。

 仕入れする商品をまとめた表のようだが、銀細工の数が異様なほど多かった。


「……これ」

「何か見つけましたかァ? ……ふむ。銀細工ですか。そういえば、呪いに銀細工を使っていたと聞きましたねェ……そこの商人に聞いてみましょうか」


 カイヤは商人を糸で吊るし、慣れたように情報を聞き出していた。


「やはり研究所……しかし、名も無いような小さな研究所ですか。どこまで追えるかは分かりませんねェ」


 そのまま商人をぐるぐる巻きにして、考えるように顎へと手を添える。

 さらに周辺の商人達も全て巻き込み、大きな糸玉を作り出した。

 糸は寸分の狂いなく綺麗に巻かれているが、中から呻き声が聞こえるため不気味な物体にしか見えなかった。


「ここはもう用済みですし、帰りましょう。シリマ、片付けを」

「う、うん。この範囲なら、大丈夫……」


 カイヤが指示をすると、シリマが瓦礫の中心へと出る。

 そして、懐から懐中時計を取り出すと、シリマの手から灰色の靄が立ち込めた。

 コトカが奇妙な靄を凝視していると、瓦礫の方に変化が起こる。

 なんと、瓦礫が靄に包まれると、跡形もなく消え去ってしまったのだ。


「……よ、よかった。やっぱり大丈夫だった」


 コトカは信じられないものを見るように、今度はシリマのことを凝視した。

 あの現象は消滅と呼ぶのが正しい。あの大人しそうな少年は、なかなか見た目に似合わない魔法を持っている。

 

「あ……怪我……! 怪我、してない……?!」

「怪我? 別に……」

「よかった……! あ、あの、コトカさんのことは消さないから、安心して!」

「……そんなの、当たり前だろ」


 平静を装うが、コトカの内心はこうだった。


(なんなんだ、この化け物兄弟は!)


 交渉をしなければということも忘れて、ただ呆然としたまま首根っこを掴まれるのだった。


 ◇◆◇


 再び戻ってきたネイウッドの魔法会。カイヤはコトカから手を離すと、詐欺商人の情報を手にその場を離れようとする。

 糸がパッチワークを生み出し、カイヤがそこに足を踏み入れた時。

 ようやく重要事項を思い出したコトカが引き留めた。


「おい、待て! 勝手に帰るな!」

「おやァ? やっと懐いてくれますかねェ?」

「それは死んでも無い」


 気味の悪いことを言わないで欲しい。鳥肌の立つ二の腕を押さえながら、コトカは休暇の要望を伝える。

 半日、もしくは週に何回か。事情も説明して提案すると、カイヤは一応検討してくれた。


「休暇ですかァ? そうですねェ……」


 使い物にならなくても困ると、要望を受け入れてくれた。

 ただ、時間は大幅に削られて、だが。

 

「半日は多過ぎますし、三時間でどうですかァ?」

「……は? たった三時か……分かった」


 反発しかけて止める。良い笑顔とすっと細めた目で圧をかけられた。これ以上は吊るされるかもしれない。コトカは安全圏へと足を引っ込めた。

 だが、たった三時間しか取れなかったものの、休暇が取れたのは大きい。それに、カイヤは用事が終わればどっか行ってくれる。

 つまりはコトカの効率しだいで、採集に行ける時間が増えるということ。


「では、また明日も来てくださいねェ」

「またね、コトカさん」


 ──絶対、採集に行ける時間を確保してやる。

 

 こうしてコトカは、本格的にカイヤたちと行動するようになるのであった。


 ◇◆◇


 ──その日の夜。


「カイヤ、またお気に入りさんのとこ行ってたの? まさか、手伝ってもらったりしてないよね?」

「していませんよ? 至極マジメに取り組ませて頂きました」

「……なーんか、怪しいんだよねえ?」


 頼み事をしていたレイが、あまりの速さに疑惑の目を向けていた。今日の仕事量はいつもよりも格段に多かったはずだが、この人形は完遂したと提出してきた。

 確かにカイヤの有能さは天井知らずである。

 ただ、それを踏まえた上で三日分の頼み事をしたつもりなのだ。明らかに予想と違っている。


「シリマ、本当にカイヤと二人で終わらしたの?」


 本人はしらばっくれているので、もう一人の目撃者にターゲットを変える。

 聞かれた目撃者は、兄の顔色を伺って答える。

 だが、この少年が嘘をつけないことを、レイは熟知していた。

 

「え、えっと……終わらし──」

「……」

「終わら……終わらし……」

「シリマ?」

「…………お、終わらしてません……」


 やっぱり、とレイはため息を吐く。

 嘘がバレたというのに、カイヤは平然とお茶菓子をつついている。

 ズルをズルとも思っていなさそうな態度であった。


「ねえ、お気に入りの子はどこにいるの? ここから近い?」

「ち、近いは近いですけど……」

「なら、案内して」


 有無を言わさずシリマに詰め寄ると、知らん顔をしていたカイヤが糸を操る。

 そして、シリマの胴にぐるぐると巻きつけ、あっという間に異空間に逃げ込んでしまった。


「レ、レイ様、兄さんがごめんなさいぃ……!」


 そう叫ぶシリマの声だけ耳に入ってきた。


「はあ……」


 別にレイだって、手伝ってもらうのが完全に悪いとは言っていない。聞き込みや調べ物は周囲の協力が不可欠なので、そこまでは許容できる。

 だが、カイヤの場合は必ず同意なしに手伝わせているのだ。そうなると、ただのはた迷惑でしかない。

 どうしたものか、と頭痛が痛い気持ちのレイ。癒しとなるのは、アリスの用意した紅茶とエクレアだ。


「私も止めてみます。シルくんだけだと大変そうなので……」

「ありがとう。アリスから言ってくれれば、多少は聞く耳を持つかもしれない」


 災難なのはシリマもだ。

 そう異空間のあったところを見つめ、レイは弟人形の無事を祈るのだった。

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