四十九話 魔導主グレータ
魔法学校へ来て二十日。レイが臨時の先生となって五日が経った。
授業の方は滞りなく進めており、ミリア達に教える分むしろ効率が良くなった気もする。
そして、今日の授業はというと生徒達の発表課題の日だった。
生徒は用意した資料などと一緒に、実験結果や考察の記録を発表していた。
「みんな課題にしては完成度が高かったなあ」
レイは正直驚いた。発表の課題というのは、いわば論文のようなもの。準備が面倒だし大変なので、てっきり不人気な課題ではないかと思っていたが、蓋を開けてみれば予想の真反対だった。
おそらくグレータの方針である自由さのおかげだろう。文章の書き方などには一切言及せず、実験や考察などの内容を重視している。
なので、どれだけ少ない文章量でも拙い言葉選びでも、自分なりの考え方さえ書いてあれば評価されるのだ。とても魔法学校らしい自由度である。
「ウィルくんたち、ちゃんと協力してたよね。めちゃめちゃ完成度高かったし!」
レイの呟きを拾ってカナタが感想を口にした。
その感想通り、ウィルとベッキーの課題は文句無しの満点であった。
サリバン先生の件があった後ベッキーがかなり頑張ったようで、やる気のないウィルを引っ張り数日で仕上げてきた。
その完成度というのは日数が嘘のような凝りようで、課題の前日までウィルが疲れていた理由がよく分かった。
「あれはベッキーのプライドが勝ってたね。サリバン先生に言われたことの挽回だったんじゃないかな。違反したこと以外は真面目だし、優秀な問題児ってとこなのかも」
理論の授業について話し、やっと歩いている廊下に終わりが見えた。
「さて、二人とも。心の準備はいい?」
レイが振り返って聞く。
その背のドアには、『校長室』のプレートがかかっていた。
「大丈夫です!」
「う、うん……」
この前ミリア達に会わせて、と言っていたグレータから、今日は仕事が少ないと連絡が入った。
そのため、二人を連れてきたのだが、さすがに魔法会トップとのご対面はハードルが高いらしい。あのカナタでも少し緊張気味なので、楽にしていいとレイは声をかけておいた。
「グレータ、連れてきたよ」
ノックをせずドアを開ける。
書斎のような部屋に入ると、グレータが書類に何かを書き込んでいるところだった。
「いらっしゃい。まだ途中だから、そこのソファで少し待ってて」
「はーい。ミリちゃん達もこっち来てね」
学校長の部屋らしく、ふかふかの良いソファに腰掛ける。深く座ったレイだが、隣のミリアは椅子のへりにいる。カチコチになっているので、本や魔法に使われる道具を紹介して、ミリアの気を紛らわした。
そうして五分ほどが過ぎたら、グレータは羽ペンをペン立てに戻した。
「……ふう」
「あ、終わった? 珍しく時間とってたけど、わりと忙しいの?」
五分オーバーにレイは首を傾げる。
予定は予定通りにこなすのがグレータのやり方だが、今日はそこそこに待ち時間が長かった。
「そうね……この間の呪いの件が尾を引いてるから、なかなか仕事が途切れないわ」
「ああ、確かにアレは長引くよね……お疲れ様です」
「そう言うのだったら、貴方も手伝ってくれて良いのだけど」
「……」
「こら、目を逸らさない」
叱られた。
だが、事務仕事など進んでやりたい人はそういないだろう。
書類を延々と見るぐらいなら、ほっぽり出して魔法の本に目を通したい。
「全く、自分がいくつか分かっていないようね……」
やれやれと息をついて、グレータは事務机から一人掛けのソファへと移った。
間近で見る魔導主という存在に、ミリアが緊張して身をこわばらせる。
「さて、今日は二人とも来てくれてありがとう。レイから話は聞いていたから、どんな子達か気になっていたの。魔法学校はどう? 楽しく学べているかしら?」
優しさの滲む微笑み。
厳格な雰囲気はなく、緊張をほぐそうとしてくれている。
そのことに気づいたミリアは、深呼吸でなんとか肩の力を抜いた。
「うん、楽しい!」
「は、はい、とても楽しいです……」
それからグレータは、ミリアたちに色々な質問をした。
魔法のことや旅のこと……レイがやらかしてないか、無理やり誘われてないか、なんてのも聞いていた。
「いや、ぼくの信用度が低いって! ぼくだって気遣う時は気遣うけど!?」
「私に対しては気遣ってくれないもの。この老体に鞭を打たせる気でいるでしょう?」
「うっ……で、でも、キーよりマシだし!」
「なんで俺が出てくるんだよ……」
何食わぬ顔で突っ込むキー。だが、グレータは苦笑した。
「それは当たり前よ。あれ以上だったら、私でもお手上げね」
ペドロと一緒にいる時のキーは、まともな仕事をしない。
敵を殲滅することしかできないので、魔導師一の問題児と言える。
「だけど、貴方も大概変わらないでしょう? 集めてきてと言った素材を自分のものにしていたり、お願いした調査を放ったらかしにして研究して帰ってきたり。あとは──」
「ああもう良いって! それで、ミリちゃん達と話してたけど、それだけで呼んだんじゃないでしょ?」
自身のやらかし事情なんて、聞いても面白くもなんともない。
そんなことより、レイとキーも含めて全員呼んだ理由が聞きたかった。
「バレていたみたいね。そうよ。少し頼みたいことがあるの」
グレータは用意していた紙を引き寄せ、見やすいように縦向きで停止した。
「今度、魔法学校で行われる実習のことなのだけど、実習に協力してくれる研究所の一つに少しおかしな噂があるわ。その内容が『見慣れない研究員が増えている』というもの。この間の呪いのこともあるから少し心配なの。だから、貴方達についてもらえればと思うのだけど……」
グレータの懸念は最もだ。研究員が増えているということが本当なら、呪いに関わる人物が紛れているかもしれない。
マウリス研究所のような大っぴらな研究は、さすがにしていないだろう。ただ、それでも生徒に危険が降りかかる可能性はある。
「ふむ。実習ならミリちゃん達も参加できるし、ぼくは問題ないかな。それに、呪いはぼくも気になってるから、調査の方もしてくるよ」
「ええ。そうしてくれると、ありがたいわ」
実習は三ヶ月後。
ちょうど魔法服の予約日も近いし、魔導具店にも行きたいので、この三ヶ月のどこかでパルティータに行くとしよう。
「パルティータ! あたし、あそこには絶対行きたかったんだよ!」
「そうなの?確かにいろいろ面白いものがあるけど……」
カナタがもの凄く喜んでいる。何か目当てのものがあるのだろうか。
レイとしては、カナタがパルティータを知っていることに驚きなのだが。
「それじゃ、そろそろ帰るよ。グレータはまだ忙しそうだし」
「そうね……けど、その前に」
グレータは水晶玉のついた片手杖を、手元に呼び出した。
「久しぶりに占ってみるわ。貴方達のこと」
「グレータが自分の魔法使うのいつぶりだっけ……?」
「十年ぶりくらいね」
グレータは杖を軽く掲げ、集中するように目を閉じる。
魔力が杖の水晶に集まっていき、ふわふわと漂う星の瞬きが吸い込まれていく。
『クィティム・ティホ・ロドツ・ロコト』
一つ一つ呪文を口ずさむたび、水晶の周りに魔法が回る。
運命を辿る魔法。グレータの得意とする、星占いの魔法である。
『イアト・クティ・ジーエス・シャヴィエニューユ』
グレータが最後の一節を唱えると、水晶の輝きははじけて散った。
しばらくして、グレータが目を開く。
そして、読み解いたそれぞれの運命を教えてくれた。
「まず……ミリアちゃんは使い魔と奇妙な縁があるわ。耳が緑の星うさぎ……珍しい色だからかしら? 理由までは分からないけど、特別な何かがあるのかもしれない。そのことを頭の隅にでも置いておくといいわ」
「ソラニが……? わ、わかりました。ありがとうございます」
かなりタイムリーな話。
相性抜群で運が良いとレイから言われたが、それと関係があるのだろうか。
ミリアは途端に、ソラニの重要性が上がった気がした。
「ええ。次は、レイ。貴方は……当分後のことだけど、良くないことが待っているわ。だけど、それまでは逆に運が向いているから、今はこのままで大丈夫よ」
「え、何それ……これから悪くなるとか怖いんですけど!?」
レイには、嬉しくない知らせ。
悪くなるなら知らない方が良かったと、レイは占い結果を聞いて後悔したのだった。
「まあ……頑張って受け入れなさい。そして、カナタちゃんだけど……貴方、近々かなり衝撃的なことがあるみたいなの。良くないことなのかもしれないけど、その先を見る限り不幸には続いていない。曖昧にしか言えないのだけれど、その時になったら自分を信じることを忘れないようにね」
「衝撃的……? あ、実はあたしが超絶お姫様だったとか!?」
「それはねえだろ」
「師匠ひどい! ちょっとぐらい夢持っても良いじゃん!」
即否定したキーに、抗議するカナタ。
とりあえず不幸にはならなくて良かったと思う。
「それで、キーは……特に何もないわね。強いて言えば、旅先に縁が深いところがあるくらいかしら? 貴方はペドロといられれば良いから、それ以外の結果があまり見えないのかも」
「ほお。それはつまり、ペドロに何もないってことか。それなら結果が良いってことだ」
キーは結果にとても満足そうだ。
ペドロとの縁が切れなくて何よりである。
「今見えるのは……ここまでね。占いの結果はあくまで道筋に沿ったものだから、誰かが道筋を変えたら全く別のものになる。それだけは肝に銘じておいて。……そろそろ仕事に戻らないといけない時間だわ」
魔導主であり学校長のグレータは仕事が尽きない。
まだ三十分しか経っていないが、空いた時間はここまでのようだ。
「もうお別れなのは惜しいけれど……」
「時間は今度作れば良いよ。魔法学校にはしばらくいるしね」
「そうね。また会える日を楽しみにしておくわ」
グレータは魔法でドアを開けると、レイたちのことを見送ってくれた。
……と、グレータは何かを思い出したように、部屋へと手を伸ばした。
「待って、レイ。これを持っていきなさい」
「うん? ……げっ」
なんと、書類の一部を渡されてしまった。
「一日ぐらい良いでしょう?」
「……ハイハイ」
いつも逃げているので、今日ぐらいは致し方ない。
渋々レイは書類を自宅に送っておいた。
「じゃあ、また」
「ええ。勉強、頑張ってね」
グレータと別れてレイたちは部屋へと戻る。
「魔導主に会って話を……親しみやすい人だった……」
ミリアは緊張が抜けるとともに、魔導主と話せたことを光栄だったと思い返す。
その呟きを拾ったレイが、苦笑いで人柄の補足を付け足した。
「普段は穏やかだし優しいからね。怒らせなければ大丈夫。まあ、逆に怒らせるとマズいんだけど……」
ちなみに怒るとどうなるのか。それは、全ての書類がこちらに回ってくるとだけ答えておこう。
借り部屋への廊下の途中。勉強や暴露などで一息ついたからか、レイはふと皆に魔法学校に来てどうだったか気になった。
ある程度の基礎は教わったので、魔法に興味を持ってくれていると嬉しいのだが。
「ここまで勉強してみてどうだった? 正直な感想をどうぞ!」
その問いに一番に答えたのはカナタ。
ピシッと手をあげて、良い回答をくれた。
「けっこう面白かった気がする! 分かんないとこだらけだったけど、自分でやれるのが楽しかった!」
「なるほど……魔法は自分でやってこそだからね。やれることが増える分、難易度は上がってくけど、達成感は何よりもあると思うよ」
これだからレイも、研究をやめずにいられない。世の中の魔法使いは大体そういうものである。
魔法初心者のカナタは、学ぶことに楽しさを覚えたようだ。
反対に、魔法を極めたことのある人は、物足りないとつまらなさそうにした。
「魔導具と魔法薬の授業はそこそこ楽しめたが、魔法は簡単すぎじゃねえか? あれぐらい習わんでもできるだろ」
そう不満げに呟くのは、五つ星魔法使いのキー。
すでに魔法を使いこなしており、魔法語も苦労することなく発音できる。
「まあ、確かに基礎だから簡単かもしれないね。でも、基礎だからこそ抜け目なく時間をかけた方がいいんだ。後々、今やったことが応用に繋がるなんてこともあるからね」
「まどろっこしいな」
「まあね。けど、教科書を隅々まで読めるっていうなら独学でもいいかもね? ここには超絶優秀な先生がいるわけだし」
「ああ、絶手ぇ聞かねえわ」
「何で?!」
自賛しているレイの姿が、妙に癇に障ったキーだった。
いつもの言い合いになりそうだったが、レイはミリアの感想を聞いていないと気を取りなおす。
一番魔法学校を楽しみにしていたのはミリアなので、どう感じたのか気になるところだ。
「ミリちゃんはどう? 学校、楽しめた?」
「……うん。いろいろ戸惑ったりしたけど、魔法が使えなくても大丈夫だって知ることができた、かな。系外魔法は使えたし、使い魔と契約もできたので、私も魔法使いになれるんだなって思えました」
魔法学校で学んだということは、すでに立派な魔法使い。
ミリアは魔法が使えるようになったのだった。
「ミリちゃんが充実してて良かったあ。あとは矢の魔法を実現するだけだね」
「うん……」
魔法学校に来たのは成功だったようだ。
パルティータに行く前に、絶対素材を見つけたい。
レイは顔見知り達にも、連絡を入れたのだった。




