四十八話 臨時教師
「げっ、まだ早いって……」
「その言い方は失礼ね、レイ。さっき向かうって言ったはずよ」
静かでよく通る声がした。
皆が辺りを見回せば、教室の前方から突如魔法が現れる。魔法はくるりと回ると、花火のように弾けた。
そして、魔法の散っていった跡に、驚くべき人物が佇んでいた。
「それはそうだけど、説明はしておきたかったんだって」
「まだ話していない方が悪いわ。最初から言っておけば良かったでしょう」
「……」
緩く横に束ねたグレーの髪に、全てを見通すようなオリーブ色の目。
そして、一際目を引くのが、胸元に飾られた三日月の紋章。
魔法使いの階級を表す紋章で、一つ星から五つ星までの星で表したものが一般的だが、月の紋章はというと──
「魔導師……」
嘘のようだが、月は魔導師の証。
そして、その隣には魔法学校の校章が入ったバッジもある。
この二つの事実が表すことは、ただ一つ。
「まさか……魔導主……?!」
驚愕する生徒達に、その魔法使いは名を明かした。
「はじめまして、私はグレータ・ヴェントゥリーニ。この学校の校長と魔導主を務めている者よ」
「…………う、うそ……」
魔導主グレータ・ヴェントゥリーニ。その名は誰もが聞いたことあるだろう。
魔法使いの最高峰である魔導師を束ねるリーダー。自由と秩序を守って来た魔法会のトップ。
魔法会の創始者であるオムニスの意志を継いでおり、過去七百年の歴史と秩序を守り続ける魔法使いだ。《運命の魔女》という称号で呼ばれ、この世の災いを遠ざけている。
そんな雲の上のように感じる魔法使い。その本人が突然現れたのだから、生徒やミリアの思考は止まる寸前であった。
「魔導主? なんか聞いたことがあるような……あっ! めっちゃ偉い人だ! 魔法使いの一番上の!」
「ふふ、元気な子ね。あの子は?」
「炎使いのカナタちゃん。珍しい翡翠色の炎と蘇生の魔法を使うんだ」
「蘇生……? 素晴らしい魔法を持っているのね」
うろ覚えでガッテンをするカナタを、魔女は微笑ましそうに見ている。
それは、幼子を見守るような目であり、慈愛に満ちた表情であった。
魔導主は若々しい外見とは裏腹に、この世の誰よりも長生きをしている。彼女にとっては、全ての人が子どものように思えるのだろう。
「魔導主……」
レイが翡翠の炎を説明している姿に、ようやく脳が動き出したミリア。
だが、依然として疑問は尽きない。
なぜレイが魔導主と当然のように喋っているのか。気になりつつも、なんとなく答えは明白のような気がした。
「それより……ほら、早く言いなさい。引き伸ばしてもいいことはないでしょう?」
魔導主が生徒達の視線に気づき、レイに促す声をかける。
「言おうとしてたんだけどね……」
自身の間の悪さや詰めの甘さのツケだ。レイは意を決して口を割った。
「えーっと……これから理論の授業を担当するレイ・アルベルティです。一応これでも魔導師だから、ためになることは教えられるよ」
レイは改めて名乗り、ブカブカローブのポケットから反射する月の紋章を取り出した。
「……」
生徒達がざわめいた。理由は聞かなくても分かる。二人目の魔導師が現れた上に、外見が自分たちより幼いからだろう。こういう反応には慣れているのでいい。
だが、問題はすでにレイを知っている面々の方だ。
「レイくん、魔導師なの?! すごい人じゃん!」
「……」
カナタが素直に褒めてくれているが、レイは思わず視線を逸らした。
気まずい。気まず過ぎる。
なんせ思いっきり隠し事がバレたのだ。それも、自らの口で告白するという、なんとも格好悪い図である。レイは脳内をまっさらにしたくて、さらなる言い訳をひとりごととして唱えた。
「騙そうとした訳じゃないよ? けど、魔導師って知ったら、ミリちゃん達も気を使うと思うし、そうなったら悲しいと思って……それに、魔導師って言ったら変に注目されるし、大袈裟な反応をされちゃうんだよね。だから、何事も起きないように、平和な毎日が一番だよねっていう感じで……」
だんだん何を言ってるのか自分でも分からなくなってきた。
要は、アレだ。隠してたのは良くないけど、悪気があったわけじゃありません。こういうことである。
「と、とにかく! 今までと変わらない態度でいてください! お願いします!」
最後はミリアとカナタに向けての懇願であった。
対等な友達ポジションがいいのだ。かしこまった態度に変えられたら、それこそ微妙な関係になるだけである。
「うーんと、どういうこと? そのままでいいんだよね?」
「うん、そう! その通り!」
カナタは問題ないと思っていた。
一番気掛かりなのは、始終無言のミリアである。
「……」
レイの実年齢を知った時でさえ、言葉遣いを気にしていた。そんな人に、自分は魔導師だと公表したら、距離が遠くなるに決まっている。
大丈夫かな、と近づいて反応を伺う中、ミリアが一言口にした。
「納得……」
「え?」
その一言の意味を図りかねていると、ミリアは探偵のように証拠をあげていった。
「おかしいと思ってたんです。法則の書き換えみたいな反則的な魔法に、実在すると聞いたことのない空想上の『杖』の噂、予約が埋まったはずの魔法服の贈り物……。キーさんのような強い魔法使いの親友で、助手に天使のアリスちゃん、人と変わらない魔導人形のカイヤさんもいて、本人に何もないなんてない……それに、私の魔法を弓矢だって見抜いたのも、レイくんだけだった」
これだけのことをしているのだから、魔導師であっても不思議ではない。
逆に、今まで気づかなかったことの方が驚きだと言いたげだ。
「大丈夫です。急に態度を変えたりはしません。ただ……」
「ただ……?」
声のトーンを落として、ミリアは虚しそうに黒歴史を更新した。
「魔導師の前で、魔導師に憧れてるって言ったのが、少し堪えてるだけ……。なんか滑稽ですよね? 本人が目の前にいるのに、そうとも知らず……」
「ああああ、ご、ごめん! 本当、すいませんでしたっ!」
黒歴史に平謝りである。虚無を背負ったミリアは、いいですよ、と薄く笑っていた。
「やっとバラしたな。やっぱ正直に話しても良かったんじゃねえか?」
元から知っていたキーが面白そうに笑っている。口止めしたのはレイなので、正論のようで言葉に詰まる。
「……だって大袈裟な反応はやだし。ぼくもみんなと一緒が良かったんだし」
「子供かよ……」
「外見はそうですよ。だからいいんですよ。……あ、ちなみにキーも魔導師ね」
「師匠が?!」
「キーさんも……?!」
こちらの方が二人とも驚いたようだ。
それも当然の反応。なんせキーは、ミリアたちと同じほどしか魔法知識がないのだから。
「師匠は嘘でしょ! 騙されないもんね!」
「嘘じゃねえよ……紋章見せりゃいいか?」
そんなキーが魔導師になれたのは、完全に魔法の技術面だけで評価されているからだ。
もちろん、魔生杖のペドロがいてこそだが、魔法の精度の高さはキーが持つ技である。
「ほ、本当に月の紋章……! 師匠、やっぱすごい人だった!」
「ペドロがな? 俺は少し魔法ができるだけだ」
「少し??」
もう一度おさらいしておくが、魔導師は魔法を最高まで極めた魔法使いへ送られる称号である。
キーはペドロのおかげで魔導師になったのだろうが、ペドロがいただけで魔導師になれたわけではない。
もしそうだったら、ペドロがいれば誰でも魔導師だということになってしまう。
「じゃあ師匠はペドロ運で魔導師になったってこと?」
「ああ、そうだな」
「いや、だから相性が……もういいや」
どうしてもペドロの手柄にしたいようなので、レイは反論することを諦めた。
「話は落ち着いた? そろそろ私からみんなに話すことがあるのだけど」
実は魔導師でした、の話が終わると、静かに見守っていたグレータから声がかかった。
グレータは魔導主として忙しいはずだ。あまり時間を取るべきではない。
「ごめん、グレータ。もういいよ」
その後、グレータはサリバン先生の謹慎について話し、それまでレイが臨時教師となることを丁寧に説明した。
ベッキーには学校長として謝罪の言葉をかけると、話を締め括って教室から姿を消した。
教室で魔法を使ったグレータは、のちに魔力を応用してレイに耳打ちをした。
《あとで校長室に来なさい。あの子達と話してみたいわ》
「……はーい」
口を挟んで来なかったが、ミリア達に興味を持っていたようだ。
レイは届かない生返事をして、魔法の教科書を手に取った。
◇◆◇
「系外魔法は魔法語で命令する魔法で、魔法系の魔法は近しい精霊が呼応する魔法。これだけは大事だから覚えとこうね。……よし、これで今日の授業はおしまい! 次は発表だっけ? 代役だけど、しっかり評価させてもらうから頑張ってね。それじゃ、解散!」
急遽やることになった授業が、やっと終わった。
学校で習う内容なので、即席でもそれなりに良い授業になった。
「レイくんって教えるのが上手ですよね。一番知りたいところを的確に押さえてくれる……」
「そう? 一応、順序立てて説明するように気をつけてるけど……」
なるべく丁寧にしているだけだが、ミリアにとっては理解しやすかったらしい。
「昔、先生だったからかな? これでも弟子がいたことあるんだよね」
「そうなんだ……」
といっても、十年以上前の話だ。その名残りが生きていたのだろうか。
ひとまず自覚はなかったものの、下手な解説でなくてなによりである。
理論の授業が終わったので、荷物をまとめて生徒は別の教室へと移っていく。
そんな中、ツインテールの少女とその友人は残り、黒髪の男子生徒の目の前に仁王立ちしていた。
「……」
「……あのさ、何? なんか用があるなら早く言ってくれない?」
膨れっ面のまま無言なベッキーに、ウィルがげんなりとした顔で催促する。
だが、それでも口を開こうとしないベッキー。
これでは埒が明かないと、ウィルは教科書をまとめ、そのまま通り過ぎて教室を出ようとした。
「……っ、ちょ、待ちなさあい! なんで無視するのよお!」
「は? じゃあなんか言えばいいだろ」
「だ、だってえ……ちょっと声のかけ方がわかんなかったのよお!」
「図々しい代表が何ほざいてんだか……」
しらけた顔をするウィル。早く移動したそうにしている。
「で、何? 次の授業あるから早くして欲しいんだけど」
「え、っとお……そのお……なんて言うかあ……」
「……遅っそ……」
なかなかベッキーは言い出そうとしない。
数分うだうだとして、ウィルが移動しようか考える頃。
ようやくベッキーは本題に入った。
「……あなた、なんで私を庇ったのよ? 庇うような間柄じゃあないでしょ?」
サリバン先生と一悶着あった時のこと。
いつもは仲がとんでもなく悪かったはずだが、あの時ウィルは一番最初に反論していた。
誰もが予想外に感じていたが、一番驚いたのはベッキーだろう。こうして聞きに行くくらいには、気になっていたようだ。
ウィルはため息をつくと、「なんだ、そんなことか」と理由を口にした。
「……あれは明らかに理不尽だっただろ。俺は無理を強いられるのが嫌いだし、やらなくていいことをやらされるのも許容できない。だから、あの先生の言い分は聞いてて不快だったし、あんなのがまかり通ること自体あり得ない。あんたを庇ったのは、それが理由」
判断基準は良いか悪いか。
ベッキーを庇ったのも、先生に何か言ってやりたかっただけなのかもしれない。
それを証明するように、ウィルははっきりと釘を刺した。
「言っとくけど、あんたも嫌いだから。そもそも停学になりかけた理由も自業自得だし」
「そ、それは悪いと思ってるわよお! それに、私だってあなたなんか嫌いだわあ!」
いつものように罵るベッキー。だが、指を突きつけた後は、珍しく改まった様子で言葉を続けた。
「でも、庇ってくれたことには感謝するわあ。だから、課題の件はこれで帳消しにしてあげる」
「帳消しも何もこっちは丸投げされてんだけど」
「だからよお! 私が手伝ってあげるってこと! こっちのロージーも一緒にやるからいいでしょお?」
自分と隣の友人を指してベッキーは提案する。
それに対してウィルは、嫌厭する態度を変えず、むしろさらに顔をしかめた。
「はあ……そういうとこが嫌いだ。なんで俺が手伝ってもらう感じになってる。そもそも最初から共同なんだけど」
「そ、そんな言い方ないでしょお! 私が何もしてないみたいじゃない!」
「……自覚なしとか最悪」
どうやら、このまま和解とはいかないようだ。
だが、一旦は喧嘩状態から脱却した。文句や嫌味を交えつつ、課題の分担をしている。
テンポ良く課題の確認をしていく姿からして、案外相性が良いのかもしれない。
「そういえば性格は正反対だったね」
全く考え方が違うが、裏を返せば補い合えるということだ。
のちに自分が見るであろう二人の課題に、レイは少し楽しみに思うのだった。




