表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/64

四十八話 臨時教師

「げっ、まだ早いって……」

「その言い方は失礼ね、レイ。さっき向かうって言ったはずよ」


 静かでよく通る声がした。

 皆が辺りを見回せば、教室の前方から突如魔法が現れる。魔法はくるりと回ると、花火のように弾けた。

 そして、魔法の散っていった跡に、驚くべき人物が佇んでいた。


「それはそうだけど、説明はしておきたかったんだって」

「まだ話していない方が悪いわ。最初から言っておけば良かったでしょう」

「……」


 緩く横に束ねたグレーの髪に、全てを見通すようなオリーブ色の目。

 そして、一際目を引くのが、胸元に飾られた三日月の紋章。

 魔法使いの階級を表す紋章で、一つ星から五つ星までの星で表したものが一般的だが、月の紋章はというと──


「魔導師……」


 嘘のようだが、月は魔導師の証。

 そして、その隣には魔法学校の校章が入ったバッジもある。

 この二つの事実が表すことは、ただ一つ。


「まさか……魔導主……?!」


 驚愕する生徒達に、その魔法使いは名を明かした。


「はじめまして、私はグレータ・ヴェントゥリーニ。この学校の校長と魔導主を務めている者よ」

「…………う、うそ……」

 

 魔導主グレータ・ヴェントゥリーニ。その名は誰もが聞いたことあるだろう。

 魔法使いの最高峰である魔導師を束ねるリーダー。自由と秩序を守って来た魔法会のトップ。

 魔法会の創始者であるオムニスの意志を継いでおり、過去七百年の歴史と秩序を守り続ける魔法使いだ。《運命の魔女》という称号で呼ばれ、この世の災いを遠ざけている。

 

 そんな雲の上のように感じる魔法使い。その本人が突然現れたのだから、生徒やミリアの思考は止まる寸前であった。


「魔導主? なんか聞いたことがあるような……あっ! めっちゃ偉い人だ! 魔法使いの一番上の!」

「ふふ、元気な子ね。あの子は?」

「炎使いのカナタちゃん。珍しい翡翠色の炎と蘇生の魔法を使うんだ」

「蘇生……? 素晴らしい魔法を持っているのね」


 うろ覚えでガッテンをするカナタを、魔女は微笑ましそうに見ている。

 それは、幼子を見守るような目であり、慈愛に満ちた表情であった。

 魔導主は若々しい外見とは裏腹に、この世の誰よりも長生きをしている。彼女にとっては、全ての人が子どものように思えるのだろう。


「魔導主……」

 

 レイが翡翠の炎を説明している姿に、ようやく脳が動き出したミリア。

 だが、依然として疑問は尽きない。

 なぜレイが魔導主と当然のように喋っているのか。気になりつつも、なんとなく答えは明白のような気がした。


「それより……ほら、早く言いなさい。引き伸ばしてもいいことはないでしょう?」


 魔導主が生徒達の視線に気づき、レイに促す声をかける。

 

「言おうとしてたんだけどね……」


 自身の間の悪さや詰めの甘さのツケだ。レイは意を決して口を割った。

 

「えーっと……これから理論の授業を担当するレイ・アルベルティです。一応これでも魔導師だから、ためになることは教えられるよ」


 レイは改めて名乗り、ブカブカローブのポケットから反射する月の紋章を取り出した。


「……」


 生徒達がざわめいた。理由は聞かなくても分かる。二人目の魔導師が現れた上に、外見が自分たちより幼いからだろう。こういう反応には慣れているのでいい。

 だが、問題はすでにレイを知っている面々の方だ。


「レイくん、魔導師なの?! すごい人じゃん!」

「……」


 カナタが素直に褒めてくれているが、レイは思わず視線を逸らした。

 気まずい。気まず過ぎる。

 なんせ思いっきり隠し事がバレたのだ。それも、自らの口で告白するという、なんとも格好悪い図である。レイは脳内をまっさらにしたくて、さらなる言い訳をひとりごととして唱えた。


「騙そうとした訳じゃないよ? けど、魔導師って知ったら、ミリちゃん達も気を使うと思うし、そうなったら悲しいと思って……それに、魔導師って言ったら変に注目されるし、大袈裟な反応をされちゃうんだよね。だから、何事も起きないように、平和な毎日が一番だよねっていう感じで……」


 だんだん何を言ってるのか自分でも分からなくなってきた。

 要は、アレだ。隠してたのは良くないけど、悪気があったわけじゃありません。こういうことである。

 

「と、とにかく! 今までと変わらない態度でいてください! お願いします!」


 最後はミリアとカナタに向けての懇願であった。

 対等な友達ポジションがいいのだ。かしこまった態度に変えられたら、それこそ微妙な関係になるだけである。


「うーんと、どういうこと? そのままでいいんだよね?」

「うん、そう! その通り!」


 カナタは問題ないと思っていた。

 一番気掛かりなのは、始終無言のミリアである。


「……」


 レイの実年齢を知った時でさえ、言葉遣いを気にしていた。そんな人に、自分は魔導師だと公表したら、距離が遠くなるに決まっている。

 大丈夫かな、と近づいて反応を伺う中、ミリアが一言口にした。


「納得……」

「え?」


 その一言の意味を図りかねていると、ミリアは探偵のように証拠をあげていった。


「おかしいと思ってたんです。法則の書き換えみたいな反則的な魔法に、実在すると聞いたことのない空想上の『杖』の噂、予約が埋まったはずの魔法服の贈り物……。キーさんのような強い魔法使いの親友で、助手に天使のアリスちゃん、人と変わらない魔導人形のカイヤさんもいて、本人に何もないなんてない……それに、私の()()を弓矢だって見抜いたのも、レイくんだけだった」


 これだけのことをしているのだから、魔導師であっても不思議ではない。

 逆に、今まで気づかなかったことの方が驚きだと言いたげだ。


「大丈夫です。急に態度を変えたりはしません。ただ……」

「ただ……?」


 声のトーンを落として、ミリアは虚しそうに黒歴史を更新した。


「魔導師の前で、魔導師に憧れてるって言ったのが、少し堪えてるだけ……。なんか滑稽ですよね? 本人が目の前にいるのに、そうとも知らず……」

「ああああ、ご、ごめん! 本当、すいませんでしたっ!」

 

 黒歴史に平謝りである。虚無を背負ったミリアは、いいですよ、と薄く笑っていた。


「やっとバラしたな。やっぱ正直に話しても良かったんじゃねえか?」


 元から知っていたキーが面白そうに笑っている。口止めしたのはレイなので、正論のようで言葉に詰まる。


「……だって大袈裟な反応はやだし。ぼくもみんなと一緒が良かったんだし」

「子供かよ……」

「外見はそうですよ。だからいいんですよ。……あ、ちなみにキーも魔導師ね」

「師匠が?!」

「キーさんも……?!」


 こちらの方が二人とも驚いたようだ。

 それも当然の反応。なんせキーは、ミリアたちと同じほどしか魔法知識がないのだから。


「師匠は嘘でしょ! 騙されないもんね!」

「嘘じゃねえよ……紋章見せりゃいいか?」

 

 そんなキーが魔導師になれたのは、完全に魔法の技術面だけで評価されているからだ。

 もちろん、魔生杖のペドロがいてこそだが、魔法の精度の高さはキーが持つ技である。


「ほ、本当に月の紋章……! 師匠、やっぱすごい人だった!」

「ペドロがな? 俺は少し魔法ができるだけだ」

「少し??」


 もう一度おさらいしておくが、魔導師は魔法を最高まで極めた魔法使いへ送られる称号である。

 キーはペドロのおかげで魔導師になったのだろうが、ペドロがいただけで魔導師になれたわけではない。

 もしそうだったら、ペドロがいれば誰でも魔導師だということになってしまう。

 

「じゃあ師匠はペドロ運で魔導師になったってこと?」

「ああ、そうだな」

「いや、だから相性が……もういいや」


 どうしてもペドロの手柄にしたいようなので、レイは反論することを諦めた。


「話は落ち着いた? そろそろ私からみんなに話すことがあるのだけど」


 実は魔導師でした、の話が終わると、静かに見守っていたグレータから声がかかった。

 グレータは魔導主として忙しいはずだ。あまり時間を取るべきではない。

 

「ごめん、グレータ。もういいよ」


 その後、グレータはサリバン先生の謹慎について話し、それまでレイが臨時教師となることを丁寧に説明した。

 ベッキーには学校長として謝罪の言葉をかけると、話を締め括って教室から姿を消した。

 教室で魔法を使ったグレータは、のちに魔力を応用してレイに耳打ちをした。


《あとで校長室に来なさい。あの子達と話してみたいわ》

「……はーい」


 口を挟んで来なかったが、ミリア達に興味を持っていたようだ。

 レイは届かない生返事をして、魔法の教科書を手に取った。


 ◇◆◇


「系外魔法は魔法語で命令する魔法で、魔法系の魔法は近しい精霊が呼応する魔法。これだけは大事だから覚えとこうね。……よし、これで今日の授業はおしまい! 次は発表だっけ? 代役だけど、しっかり評価させてもらうから頑張ってね。それじゃ、解散!」


 急遽やることになった授業が、やっと終わった。

 学校で習う内容なので、即席でもそれなりに良い授業になった。


「レイくんって教えるのが上手ですよね。一番知りたいところを的確に押さえてくれる……」

「そう? 一応、順序立てて説明するように気をつけてるけど……」


 なるべく丁寧にしているだけだが、ミリアにとっては理解しやすかったらしい。


「昔、先生だったからかな? これでも弟子がいたことあるんだよね」

「そうなんだ……」


 といっても、十年以上前の話だ。その名残りが生きていたのだろうか。

 ひとまず自覚はなかったものの、下手な解説でなくてなによりである。

 

 理論の授業が終わったので、荷物をまとめて生徒は別の教室へと移っていく。

 そんな中、ツインテールの少女とその友人は残り、黒髪の男子生徒の目の前に仁王立ちしていた。


「……」

「……あのさ、何? なんか用があるなら早く言ってくれない?」


 膨れっ面のまま無言なベッキーに、ウィルがげんなりとした顔で催促する。

 だが、それでも口を開こうとしないベッキー。

 これでは埒が明かないと、ウィルは教科書をまとめ、そのまま通り過ぎて教室を出ようとした。


「……っ、ちょ、待ちなさあい! なんで無視するのよお!」

「は? じゃあなんか言えばいいだろ」

「だ、だってえ……ちょっと声のかけ方がわかんなかったのよお!」

「図々しい代表が何ほざいてんだか……」


 しらけた顔をするウィル。早く移動したそうにしている。


「で、何? 次の授業あるから早くして欲しいんだけど」

「え、っとお……そのお……なんて言うかあ……」

「……遅っそ……」


 なかなかベッキーは言い出そうとしない。

 数分うだうだとして、ウィルが移動しようか考える頃。

 ようやくベッキーは本題に入った。


「……あなた、なんで私を庇ったのよ? 庇うような間柄じゃあないでしょ?」


 サリバン先生と一悶着あった時のこと。

 いつもは仲がとんでもなく悪かったはずだが、あの時ウィルは一番最初に反論していた。

 誰もが予想外に感じていたが、一番驚いたのはベッキーだろう。こうして聞きに行くくらいには、気になっていたようだ。


 ウィルはため息をつくと、「なんだ、そんなことか」と理由を口にした。


「……あれは明らかに理不尽だっただろ。俺は無理を強いられるのが嫌いだし、やらなくていいことをやらされるのも許容できない。だから、あの先生の言い分は聞いてて不快だったし、あんなのがまかり通ること自体あり得ない。あんたを庇ったのは、それが理由」


 判断基準は良いか悪いか。

 ベッキーを庇ったのも、先生に何か言ってやりたかっただけなのかもしれない。

 それを証明するように、ウィルははっきりと釘を刺した。

 

「言っとくけど、あんたも嫌いだから。そもそも停学になりかけた理由も自業自得だし」

「そ、それは悪いと思ってるわよお! それに、私だってあなたなんか嫌いだわあ!」


 いつものように罵るベッキー。だが、指を突きつけた後は、珍しく改まった様子で言葉を続けた。


「でも、庇ってくれたことには感謝するわあ。だから、課題の件はこれで帳消しにしてあげる」

「帳消しも何もこっちは丸投げされてんだけど」

「だからよお! 私が手伝ってあげるってこと! こっちのロージーも一緒にやるからいいでしょお?」


 自分と隣の友人を指してベッキーは提案する。

 それに対してウィルは、嫌厭する態度を変えず、むしろさらに顔をしかめた。

 

「はあ……そういうとこが嫌いだ。なんで俺が手伝ってもらう感じになってる。そもそも最初から共同なんだけど」

「そ、そんな言い方ないでしょお! 私が何もしてないみたいじゃない!」

「……自覚なしとか最悪」


 どうやら、このまま和解とはいかないようだ。

 だが、一旦は喧嘩状態から脱却した。文句や嫌味を交えつつ、課題の分担をしている。

 テンポ良く課題の確認をしていく姿からして、案外相性が良いのかもしれない。


「そういえば性格は正反対だったね」


 全く考え方が違うが、裏を返せば補い合えるということだ。

 のちに自分が見るであろう二人の課題に、レイは少し楽しみに思うのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ