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四十七話 自由と規則

 新たな仲間である使い魔ソラニを連れて、ミリアはコトニーにお礼を伝えた。

 使い魔について教えてくれるようなので、ときおりクラブに顔を出そうと思う。


「レイくんも、ありがとうございます。クラブに行かなかったら、契約することもなかったから」

「こちらこそ、喜んでくれてありがとう」


 ちょこちょこと後ろをついてくるソラニを眺めると、レイは少し心が軽くなったようだった。

 部屋へ戻ってくると、採集から帰った師弟コンビが、アリスにお茶を淹れてもらっていた。

 美味しいものが目の前にあると、もう一度飲みたくなってしまう。


「アリス、もう一杯お願い」

「はい」


 すかさずおかわりを頼んでいたら、カナタが見慣れない小さい生き物に気付いた。


「え、どちらさん!? 可愛い!!」

「私の使い魔です。名前はソラニ。星うさぎという魔獣と契約しました」

「使い魔?! いいじゃん! かっこいい!」


 しゃがんで覗き込むカナタ。ソラニの方も興味津々に見上げている。


「星うさぎって、あれか? 夜に見かけるうさぎ」

「お、キーも案外記憶力いいんだね?」

「まあ、森にちょくちょくいるからな。あと、大抵あいつらの向かう方にはいいもんがある」


 魔力を嗅ぎ分ける星うさぎは、お宝発見に一役買ってくれる。素材探しをよくするキーが覚えているのも納得だ。


「ミリアの使い魔なら、今度付き添ってもらうか」

「さては働かせる気だね? ミリちゃんがいいって言えばいいけど、無理言ったらダメだよ?」


 さっそくペドロのための素材収集に利用されそうだ。

 ミリアには断って良いとあらかじめ言っておこう。でないと、なんだかんだで採集に行ってしまいそうである。


「レイくん、星うさぎって何を食べるの?」

「星うさぎ……というより、魔獣はなんでも食べるよ。特にあげたらダメっていうのはないはず」

「そうなんだ……」


 ミリアは魔物の食事情を知ると、ソラニにおやつのビスケットを差し出す。

 首を傾げたソラニは、くんくんと匂いを嗅ぐ。

 そして、パクリと端の方にかぶりついた。


「……!」


 どうやら美味しかったようだ。あっという間にビスケットは欠けていく。

 皆でその様子を見守っていたところ。


「どうしたんだろう……?」


 不意にソラニが、ビスケット越しに顔をあげた。

 どうしたんだろう、と静観していると、鼻がピクリと動く。

 鼻といえば匂い。星うさぎが嗅ぐ匂いといえば、魔力だ。


『レヴァリス』

 

 何か異変でもあるのかと、レイが周辺を確認したが、特に違和感は感じられなかった。

 

「気のせい? でも、明らかに反応してたよね?」

「してた気はする……」


 すでにソラニはビスケットに再び目を向けている。夢中で食べており、先の反応などなかったようだ。


「美味しそうに食べてるねえ? できればさっきの反応について教えてほしいなあ?」

「うさぎが答えるわけねえだろ……」

 

 嗅覚が反応したのか、はたまた気まぐれなのか。

 今のところ気まぐれに思えた行動の理由は、翌日の授業で知ることになった。


 ◇◆◇


 翌日、魔法の授業にて。


「今日は理論の方だね。呪文じゃないから、先生も違うみたい」

「そうなの? ……あ! ここに書いてるジア・サリバンって人? どんな先生だろ?」


 ちなみに理論の授業だが、これの一個後の授業で、ウィルの言っていた発表の課題があるらしい。課題の事情を知っているので進捗が気になるところ。

 ちょうどウィルが教室に入ってきたので、レイはさらりと聞いてみることにした。


「やあ、ウィル。課題はどう?」

「……顔を合わせて第一声がそれかよ。別に問題はない。当たり障りないぐらいにはできてるから」

「そう? なら、良かった! 引き続き、発表も頑張ってください!」

「はあ、どうも……なんで応援してんの?」


 ウィルには、魔導具店の案内とミリアへの魔導具指導をしてもらうのだ。

 何も手を貸せないのなら、全力で応援する所存。


 ──カランカラン。


 授業開始の鐘がなるが、まだ先生は来ていない。

 あまり先生が遅れることがないので、生徒がおかしいと囁き始める。

 一分が経ち、三分が経ち、五分が経った。

 遅すぎる、と生徒の一人が呼びに行こうと席を立ったら、バタンと教室のドアが開いた。


「遅くなりました。すいません」


 抑揚のない声がして、眼鏡をかけた知的な印象の魔法使いが入ってきた。

 目つきは鋭く、気難しそうな顔。

 どうやらこの人が理論を担当する、ジア・サリバン先生のようだ。

 サリバン先生は教卓の横に姿勢良く立つと、淡々と遅れた原因である生徒を呼び出した。


「何をしているのですか、バーンズさん。授業が始まるので着席してください」

「……」

 

 いつになく暗い表情のベッキーが、すごすごと席に着いた。

 隣の席の友人が心配そうに話しかけるが、ベッキーは口を噤んだままだった。

 ウィルは静かすぎる喧嘩相手を見て、気味悪そうに顔をひくつかせた。


「では、理論の授業に入ります」


 初めはベッキーの様子に気を取られていたが、滞りなく進む授業に生徒達は集中し始める。

 だが、何事もなく終わることはなかった。


「では、バーンズさん。この問題の答えはなんですか」

 

 開始が遅かったことも忘れる、授業の中盤。

 先生がベッキーを名指しした。これだけなら、ただの問いかけだろう。

 だが、その内容はおかしいものだった。


「……? サリバン先生、その問題はまだ習ってないわあ」


 ベッキーが指摘した通り、先生が黒板に書いたのは、誰も見覚えのない文字と記号の羅列であった。

 なぜ急にそんな問題を出したのか。

 疑問が浮かんだ矢先、先生はとんでもないことを言い出した。


「はい、そうです。ですが、これぐらいは予習してくるべきでは? これが分からないなら、あなたが勉強をおろそかにしている証拠です」


 今の教科書にも載っていないし、先生の話でも聞いたことがない。

 それなのに、予習だのなんだのと言うなんて、意味が分からない。

 困惑して固まるベッキー。だが、先生がこんなことをする理由は歴然であった。


「……私が問題を起こしたからあ? でも、こんなやり方、他の人にバレて困るのは先生じゃないのお?」

「なんの話ですか? 私はただ問題を出しただけですが」

「はあ? どういうわけえ? なんで平然としてるのよお!」


 とりつく島もない言い方に、癇癪を起こすベッキー。

 先生はため息をつくと、ベッキーのしでかした内容とともに宥めにかかった。


「では、あなたがしたことは困らないようですね? バーンズさん、自分の行動言動を良く思い出してください。あなたは違反対象の魔法素材を所持していました。これが何を意味するかわかっていますか? 本来は停学の対象ですよ? これぐらい学んでいなければ、割に合わないと思いますが」


 どうやらベッキーはまた懲りずにやらかしたらしい。魔法素材は危険だと言ったが、それを教訓にはしなかったようだ。

 確かに停学になり得ることだが、違反した回数はまだ二回。停学になるのは三回目からだ。

 ぐっと言葉に詰まるベッキーだったが、もう一度だけ反論を試みた。


「で、でも、それはさっき終わったことじゃない! 反省文も書いたし、掃除もしたし、変質した素材も処分したわあ! なのに、なんでこんな意味不明な仕返ししてくるのよお!」


 変質した素材と聞いて、レイはピンときた。

 昨日ソラニが反応したのは、魔法素材の魔力だったようだ。

 だが、変質した魔力は変質したときにしか違和感を感じない。レイが調べた時は、もう変質し切った後だったのだろう。辻褄が合い、すっかり引っ掛かりは解けた。


「意味不明な仕返しですか。あなたには、そう見えるのかもしれません。ですが、私はこの魔法学校に見合った生徒にだけ教鞭を執るつもりです。違反をするような生徒は、私の教えるべき生徒ではないということです」


 淡々と自身の見解を述べるサリバン先生。

 そのきつい反論にベッキーは泣き出しそうになった。それを友人があわあわと慰めている。


「ちょっと先生が極端な気が……」

「うん……言ってることは理解できなくもないけど、度が過ぎてる。子供の間違いを正すのが大人の役割だろうに。これじゃあ改心しても自信なくすよね」


 先日の魔法薬の爆発をレイは思い出す。

 あの時のベッキーの口ぶりからして、悪ふざけではなく意欲がおかしな方へ向かっているだけ。違反に対する罰は必要だが、素材を持ち込めないように対策をすることもできるはずだ。

 それに、そもそも教科書に載っていない問題など、罰し方が間違っている。これは罰ではなく、理不尽というだろう。

 考えを固めたレイが異論を唱えようとしたら、一足早く横から声があがった。


「サリバン先生。それは理不尽だと思います」

「……アーデンさん、何故ですか?」


 意外な人物だ。眉間に皺を寄せながら、ウィルは喧嘩相手であるベッキーのことを擁護した。


「罰なら受けているようですし、魔法学校にいる以上生徒だからです。停学処分を受けていない生徒であれば、先生が見捨てる理由としては成り立たない。それに、違反の罰は誰が決めたんですか?」

「……学校長ですが」

「校長先生が決めたことなら、あなたは従うべきですよね? それとも先生は理不尽な問題を出すように言われたんですか?」

「それは……」


 当然の正論である。あの毅然とした先生も今回ばかりは言葉が出なかったよう。少しの間、無言になっていた。


「……ですが、違反は違反です。学校長の判断があろうと、この罰は優し過ぎます。適切な処遇でないといけません」

「だから、それが理不尽なんです。このことを学校長に話してみましょうか?」

「……アーデンさん。それ以上庇うのなら、あなたを共犯だと認めます」

「……はあ、ろくな大人じゃないな」


 事実無根で共犯とするなら、下手すれば学校長に言う前にサリバン先生の方が停学や退学を提案しそうだ。越権行為もいいところである。


「少し邪魔が入りましたが……バーンズさん。これからは真面目に勉強してくるように。守れないようなら、理論の成績は落第とさせていただきます」

「ら、落第……? 私、これでも成績トップなんだけどお?!」

「関係のないことです。回避したいのなら、先ほど言ったように勉強をしてください」


 突き落とすような言い方をするサリバン先生。ベッキーは言い返す気力も失ったのか、わなわなと肩を震わすのみとなった。

 しんと静まり返った教室。授業どころではない空気が漂う。


「それでは、バーンズさん。答えてください。この問題の答えはなんですか?」

「わ……わ、わか……」


 わかりません。


 生徒はこの言葉を良く口にするだろう。学校とは分からないことを学ぶ場所だから。

 だが、ベッキーは違った。いつも予習と復習を繰り返し、質問に対して完璧に回答してきた。それが、自慢でありプライドだったのだ。


「声が小さくて聞き取れません。もう一度はっきり答えてください」

「っ……」


 初めて口にする、皆の前での『わかりません』。

 プライドの裂かれるようなこの状況に、ベッキーは耐えられず声を出すことができなかった。


「分からないなら分からないと言ってください。早く授業を進めたいのですが」

 

 このまま先生の思い通りになるのは正しくない。

 準備の終わったレイは部外者ながら立ち上がり、無断で先生のいる教卓の方へ向かった。

 当然、眉をひそめた先生。咎めようと口を開きかける。

 だが、レイがとある紙切れを渡すと、その内容に顔色を変えて後ずさった。


「……どういうこと、ですか?」


 震える手で掴んでいるのは、投影書に似た魔法雑貨。

 ノートの形をしたその雑貨には文字が書かれており、現在進行形で行を増やしていっている。

 内容はサリバン先生の処遇について。一定期間の謹慎の通告とともに、呼び出しの令が出されている。

 

 そして重要なのは、この文字をしたためているのは誰なのかということ。

 

 動揺を隠すように変わらない声音で、サリバン先生がその人物の役職を口にした。


「なぜ、学校長がこのような通告を……?」


 レイが連絡を取ったのは入学証をくれた、魔法学校の学校長である。

 こういう越権行為があれば、上位職の人にあたるのが手っ取り早い方法だ。

 人脈の有効活用に、レイは良い仕事をした気分になった。

 

「……いえ、それより、あなたは何者ですか?」

「今はぼくのこと関係ないでしょ。それで、どうするつもり? このままベッキーを罰し続ける?」

「……学校長に咎められれば、続けられるわけがありません」


 潔く引き下がった先生は、授業は中止だと告げて教室を出ていった。

 焦ったように見えたのは、学校長からの呼び出しのためだろう。

 ひとまずベッキーが落第にならなくて良かった。


「ああいう思考回路なら先生なんてしなけりゃいいのに。……それで、生徒達はどうすればいいんだろう」

 

 残ったことは学校長に任せるとして、丸々なくなった理論の授業をどうにかしなければならない。

 レイは先ほどの魔法雑貨を便箋がわりに質問を記す。ちなみに、この魔法雑貨は少々手間はかかるものの、文章を送り合える優れものである。

 紙の空白を眺めて待っていると、レイが書いた文字の下に別の文字が浮かび上がってきた。

 

「ええと、何なに……? ふーん……って、これ、ぼくが言わなきゃいけないやつ……」


 質問に対する答えを読んでみれば、レイにとってはやりたくない方法が書かれていた。

 それは、最善であり、先生をなくした理論の授業には必要なこと。

 理解はしているのだが、やはり無理なお願いである。こちらにも事情があるのだ。

 すかさず断りの文を書いたレイだったが、次に相手が書いた返事でそれが叶わないことが確定してしまった。


「うげ……『今まで散々無茶を聞いてきたし、仮入学証だって作ってあげたでしょう。わがまま言ってないで大人しく引き受けるように』……」


 これは、断ってはいけないやつだ。断ったら信用を失うやつである。


「はあ……仕方ないか。ぼくも悪いし? 本当は嫌だけど……」


 ぶつぶつと文句を続けながら、レイは自身の隠し事を一つ犠牲にすることにした。

 深呼吸をして、準備万端。一思いに言ってしまおう。

 そう口を開いたレイだったが、せっかくの決心は出鼻をくじかれることとなった。

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