四十六話 運命的な
魔法学校に来て二週間が経った。
ミリア達は最低限の魔法知識を習い、何も知らない状態から脱却することができた。三人とも授業を受けるうちに基礎の重要性に気づいたのか、カナタは呪文を作ってみたいと魔法語を熱心に覚え、キーは素材や便利さに絞って勉強するようになった。
特に魔法に興味を持っているミリアは、授業をフルで受けて、さらに図書館に通い、借りた部屋ではレイに解説を頼むのが日課となった。
ほとんど毎日学びっぱなしで、レイもほどほどにと注意するぐらいの熱中っぷりである。
「……アリスちゃん、事象の魔法語ってこれで合ってますか?」
「えっと……はい、全部合っていますよ」
「良かった……なら、こっちの物の魔法語は……?」
「そちらは……あ、『水』の上の部分は円ではなく、書き始めと書き終わりを離して書きます」
「離して……こう?」
「はい、そうですね」
いつもレイの手伝いをしているアリスは、そこそこに魔法の知識がある。
魔法語は玄人並みに覚えているし、魔法薬や雑貨を作る手順も心得ているため、レイの手が離せない時は先生役を代わってもらっている。
「魔法語はこれくらいにして、次は雑貨の方を……」
「ミリアさん、そろそろ休憩した方がいいですよ。もう四時になります。お茶を用意するので、少し待っていてくださいね」
「あ……ありがとう、アリスちゃん」
広げた教科書や本を片付けながら、ミリアはほんの少し微笑む。
ここ数日魔法を教えてもらっていたため、アリスと話す機会が増えた。
少し近寄りがたい印象だったので、その小さな距離の変化がミリアは嬉しかった。
「今日はミントティーです」
白磁のティーカップから、清涼感のある香りが広がる。
ミントは気分転換にぴったりだ。根をつめていたミリアは、ふっと肩の力を抜けるのを感じた。
「美味しい……アリスちゃんはすごいね。こんなに美味しい紅茶を淹れられるなんて……」
「ありがとうございます。レイさんが良くお飲みになるので、紅茶を淹れるのは得意ですよ」
「得意というか、プロ……」
素朴ながらも粗のない丁寧で優しい味。
この間のチーズケーキもそうだったが、アリスの紅茶やお菓子は本職顔負けの美味しさである。
ミリアも有名店に触れることはあったが、ここまでのものに出会ったことはない。洗練された技術と手作りゆえの温かさを感じられる、唯一の味だった。
どれだけ練習したら、ここまでの美味しさになるのだろうか。試しに聞いてみたら、納得の答えが返って来た。
「幼い頃から練習しているからでしょうか? 紅茶は淹れ方によって味が大きく変わるので……」
初めは渋みしか出ませんでした、と微笑むアリス。
それでも美味しいと飲んでくれたレイのために、日々腕を磨き続けたのだと言う。
「良い話だね……お菓子作りもそうなの?」
「はい……クッキーを焦がしてしまった時や、ケーキを甘くしすぎた時も、『真心の味がする』と言って全て食べてくれました。あの時はただ嬉しかったけど、今思えば申し訳ないです……」
アリスは恥ずかしそうに頬を染める。なんだか微笑ましい思い出に、ミリアは心が温まるのを感じた。
それから話が弾んだ二人はティータイムを楽しみ、五時になったところで部屋のドアが開かれた。
「アリス、お茶お願い!」
外出していたレイが戻った。午前中は皆と一緒に授業に参加していたが、午後から一言残して姿を消していたのだ。
かちゃり、とティーカップを置いて、アリスが用事について尋ねる。
「どうでしたか……?」
「んーや。やっぱりかなり環境がシビアだからね。ちょっとやそっとじゃ採れないよ」
レイは肩を落としてミントティーで喉を潤す。いろんなところを飛び回ってきたので、温かい紅茶は身にしみ渡った。
レイでも簡単に採れないものとはなんなのか。ミリアは気になって尋ねてみる。
「採れないって……?」
「とある珍しい素材のことだよ。鉱石と糸なんだけど、鉱石の方は空気の質と水と光と時の度合いが合わないし、糸の方は数百年に一度だけ採れる素材。カイヤ達にも手伝ってもらってるけど、なかなか厳しいね」
素材とは何の素材なのだろうか。答えているようで何も分からない返事に、ミリアは何ともいえない顔になった。
「えっと、素材って……?」
「魔導具に使うやつ。ほら、ミリちゃんの魔導具作るでしょ? 一番いい組み合わせは決まったけど、肝心の採集で苦戦しちゃってね」
「……私の?」
そんなすごいものじゃなくても、と言いかけてミリアは口ごもる。
あれだ。レイが張り切っているのは、この間の償い云々の話だろう。
だが、ここで止めてしまうと、さらに悪化しそうな気がする。現に、クラブの話では勝手に行動に移していた。
「あ、魔導具作りは素材見つかるまで待っててもらえる? その分、この世に一つだけの弓にするから!」
「あ……うん。すぐ作ってみたい気もするような……」
遠慮ではなく自身の願いとして。
ミリアは意見を変えてもらおうと意見してみたが、予想の斜め上の解釈で無に返った。
「すぐに? なら、もっと効率化してみよう……」
むしろ悪化している。どう止めようが、こうなるらしい。
「そうじゃなくて、素材はこだわらなくてもいいから──」
「いやいや、魔導具作るんだから素材も大事だよ?」
「えっと、だから、一番良いもの以外──」
「あ! もしかして、未発見の新素材とか?!」
「は、話が通じない……」
その後も、手頃なものや扱いやすいものという言い方をしたが、どちらも最高の魔導具にしては物足りないと一刀両断された。
ミリアは、価値観の違いって怖いな、と良い社会勉強をすることになった。
「勉強といえば……ウィルくんの課題ってどうなったの?」
あの日以来、話題に出ていなかった。ふと思い出したミリアの質問に、レイは困り顔で結果を話した。
「あー……実は、手伝おうかって聞いたら断られちゃったんだよね。根が真面目なのか、『課題を他人にやってもらったらダメだろ』って。ヒントも受け付けないから、できることは何もないね」
最低限しかやらないが、最低限は必ずこなすのがウィル。勉強嫌いと怠惰は別物ということだ。
「そうなんだ……」
「うん。だから、代わりにいつでも魔導具作りに取りかかれるように、素材を探すことにしたんだ。一筋縄じゃあないけど、可能性には賭けないと」
どうせ魔法学校にいる間、レイは基本暇だ。持ち前の行動力を発揮して、世界中探しまくる気でいる。
爽やかなミントティーに癒され、疲れが緩和したレイ。やるべき事の中で、ミリアに関する話題を挙げた。
「そういえば、ミリちゃんってクラブどこにするか決めた?」
「あっ……」
この間レイが謎の手段で取ってきた、仮入学の権利の一つである。
ミリアがついに聞かれた、と悩むような表情になった。
「まだ決められてなくて……」
「そう? 何で迷ってるの?」
「占いと天文学と使い魔です」
「へえ、これはまたマイナーな分野だねえ」
ミリアが選んだ三つのクラブは、大抵どれも関心の有無が分かれるものである。
占いは吉兆がわかるものの扱いに癖があり、天文学はどちらかというと星詠みの方が人気がある。そして、使い魔はというと──。
「……一番リスクが大きいし、コストもかかる」
「そうだね。なんたって普通の動物じゃないわけだし」
使い魔は、魔法使いの助手や相棒となる存在だ。
魔獣や魔物が契約によって意思疎通できるのだが、相性によって天地の差が出る。
そのため、挑戦する人は少なく、難易度の高い魔法とされている。
「でも、よほど相性が最悪じゃない限り、失敗することはないと思うよ。採集や研究で手が足りなくなるからって、使い魔を連れてる人も多いし」
「そうなんだ……」
この間の使い魔の授業では、先生が契約している魔獣を見せてくれた。
あいにく授業では使い魔についてやらなかったが、ミリアが興味を持ったのはそれがきっかけである。
「……使い魔にしてみようかな? 魔法使いらしいし……」
「あと、弓を使うときって両手が塞がるよね? 使い魔がいれば採集の効率も上がるんじゃない?」
「あ、確かに」
どうやら答えは出たようだ。これからちょうどクラブが始まるので、レイとミリアは使い魔の教室へ行ってみることにした。
ちなみにカナタとキーは現在、採集に行っているため不在である。たまにはカナタの訓練をしないと行けないらしいが……キーは外出する理由を作りたかっただけだろう。
やってきた箱庭舎の二階。
部屋を三つ越したところのドアをノックする。
「はい、どうぞー」
穏やかな声が許可をする。柔和そうな女子生徒が、白猫と一緒に出迎えてくれた。
「あっ、もしかして参加希望者?
はじめまして。私はこのクラブでリーダーを務めてるコトニーです。そして、この子は友達のシルヴィア。フェリチューンっていう猫の魔物だよ」
三つ編みを揺らして、コトニーは肩に乗る白猫を紹介する。
澄ました目をしたシルヴィアは、静かにレイたちのことを見返した。
「へえ、賢そうな猫だね? フェリチューンって確か、予知ができるんだっけ」
「よく知ってるね……? でも、予知は予知でも大きなことじゃなくて、ちょっとラッキーって感じなの。それがとても助かるんだけどね」
ふわふわの毛を撫でながら微笑むコトニー。使い魔と仲が良いようで、友達という言葉がしっくりくる。
これこそミリアの憧れる、使い魔との関係だ。
「あの、使い魔との契約は難しい、ですか?」
「ううん、そんなことないよ。失敗することもあるけど、ほんの少しの確率だから。でも、契約は何回もできないから、使い魔を喚び出したら慎重に考えるかな」
コトニーは棚にある一冊の魔導書を手に取り、ミリアたちに開いて見せてくれる。
魔導書には呪文とともに、契約の方法と魔法円が書かれていた。
「これは召喚術の魔導書なんだけど……やってみますか?」
「え、いいんですか?」
「うん。クラブに参加する人には、最初に喚び出してもらってるの。もちろん、『喚び水』もクラブのものを使ってもらってるよ」
『喚び水』とは召喚と契約に使われる魔法薬だが、材料が高価で易々と手に入らない代物だ。それを配布しているというのだから、かなりサービス精神旺盛である。
ここまでしてもらえるなら、とミリアは使い魔を呼び出すことを決めた。
「呪文を唱えたら、『喚び水』で円を描いてね。そうすると喚び水が強く光って、使い魔が現れるから。もしも契約するなら自分の周りにも円を描いて、契約の呪文を唱える。契約しない場合は魔導書を閉じてね」
広くとってあるスペースに誘導すると、コトニーは丁寧にやり方を解説していく。
使い魔の召喚は術者の力量を反映しないので、そのままミリアに召喚してもらうようだ。
「……『ナコス・イームヌ』」
多少緊張しながら、ミリアは言われた通り、呪文を唱えて円を描く。
輝いた喚び水が天井まで届き、円の中は何も見えないぐらいに真っ白になった。
「眩しい……!」
「お、白ってことは月に近い魔獣かな? それか光の輝き具合が強いから、星ってこともあるね」
レイが持ってる知識で考察すると、コトニーが頷いた。
「たぶんそうだよ。だから、きっと精霊に近い魔獣のはず」
眩しさに目を細め、光が止むのを待つ。
やがて、微かに虹色が閃くと、急速に視野が戻っていく。
そうして魔法円の中にいたのは──
「あれは……星うさぎ?」
きょろきょろと外を窺う小さな生き物。
その白い体と垂れ耳は、神秘的な気を纏っているように見える。
そのため、つけられた名は星うさぎ。精霊に感化され、星の輝きを宿した魔獣である。
「星うさぎ……?」
聞き覚えのない魔獣の名前に、ミリアが首を傾げる。
エルメラディにはほとんど生息しない魔獣なので、知らなくても無理はない。
「星うさぎは、夜の永刻にだけいる夜行性の魔獣だよ。高い知能を持っていて、魔力の匂いに敏感。うさぎらしく耳も良くて、危険をいち早く感じられるんだ。魔法使いにも人気の使い魔だよ」
こうして説明してみると、採集においてミリアとの相性は抜群だ。
危機を知らせてくれたら、ミリアの弓の技術で気づかれずに仕留められる。魔法で探る部分も、使い魔に任せることができるだろう。
あとは本人同士の相性しだい。
ミリアはそっと星うさぎに近づき、その青い星に似た瞳をじっと見つめた。
「……」
「どう? ミリちゃん」
「………………いける、気がします」
何か通じ合うものがあったのか、ミリアは確信して頷いた。
「契約してみます。たぶん、相性はいいはずだから」
「そっか。そう感じるなら大丈夫だね」
周りに『喚び水』を撒いて、二つの円が共鳴するのを見とめる。
『カイェック』
契約の呪文を唱えると、星うさぎの魔力が手に取るように分かる。
契約成功の証だ。
ミリアは恐る恐る、星うさぎに手を伸ばす。
契約は済んでいるので、相性が良ければ何か反応を返してくれる。
「……っ! 手を、出してくれた……」
ふわふわした小さな手。魔獣だなんて信じられないその手を取り、そっと握手をする。
うさぎの方も嬉しいのか、ミリアの手を両手で掴んでご機嫌そうにしていた。
「か、かわいい……」
「よかったね、ミリちゃん! 最初から相性バッチリって、かなりツイてるよ」
「そうなの?」
「うん。何か運命的な力が働いたのかもね」
レイに召喚の経験はないが、知り合いの魔法使いの中には百回以上やり直した人もいた。
そのくらいの確率を、ミリアは初めから引き当てたのだ。単に運が良いからと、できることではない。
しばらく星うさぎの挙動を見守っていた二人だが、はたとレイは重要なことを思い出した。
「あ、そうだ! 名前! どうするの?」
「あ、名前……」
これから相棒となる使い魔には、名前をつけてあげなければ。
名付けをしない魔法使いもいるが、やはり対等な存在と思うと名前は大切である。
しばし考え込むミリア。
見上げるうさぎをじっと見つめると、キラキラと輝く星屑の奥で、目が合った。
あの瞬きは、いったい何を見つめているのか。ふとミリアは気になった。
「…………ソラニ」
星うさぎの瞳を見ていたら、すっと文字が脳内に浮ぶ。
馴染みのない、大切な響き。
「ソラニ……? 不思議な名前だね?」
「そう、かも……まだ引きこもってた頃、ほんの少しだけ遊んだ友達の名前なんです」
どうやら思い出が由来の名前らしい。
確かに相棒に付けるなら、意味のある名前の方が良いのかもしれない。
「これからよろしくね、ソラニ」
手触りのいい毛並みを撫でながら、ミリアは運命的な出会いに微笑みかけた。




