四十五話 生徒の悩み
図書館で『杖』の手がかりを手に入れた次の日。
魔法学校に来て四日目になった。今日は魔導具の授業をメインで受けるつもりである。
「魔導具はわりと期待できるな。応用できればペドロの整備に役立つ」
「魔生杖は魔導具の知識も使ってるからね。やろうと思えば改良できるよ」
魔導具は技術と知識が必要な科目。手先が器用だったり発想力のある人が得意で、レイも魔導具の設計はよくする。
ただ、いざミリアたちが魔導具を制作し出すと、レイはアドバイスをアリスに託した。
「なんでレイくんはやんないの?」
カナタが至極当然な質問をした。
それに対するレイの回答はというと、なんの変哲もない単純なもの。
「いやあ、ものづくりはぼくの専門外といいますか……実は苦手なんだよね、魔導具の組み立て」
誰にでもあるなんてことない理由。
実のところ、レイは手先がものすごく不器用なのである。基本的に物覚えはいい方なのだが、どうしても手先の不器用さだけは治らなかった。
「え! レイくんって苦手なことあったんだ?」
「そりゃあるよ。魔導具もだし、裁縫とか雑貨作りも全然ダメ。だからぼくの場合は魔法でチャチャっと組み立てるんだけど、それだと参考にならない。ってことで、ここは器用なアリスに任せることにしたんだ」
意外な弱点に驚く三人。勝手になんでも出来るイメージだったので、苦手なことがあるなど考えていなかった。
「ちなみに、魔導具作ったらどうなるの?」
「一応仕組みはちゃんとしてるから、使えるは使える。けど、もはや原型を留めてない感じになるね。不器用すぎてヘンテコな形にしかできないみたい」
それは逆に見てみたい。
カナタがリクエストしたところ、なんとなくやる気が出たので作ることにした。
「造形は期待しといていいよ! かなりゲイジュツテキになると思う!」
宣言したレイは、簡単な飾り棚を作る。
材料は、木の板と釘、作りたい魔導具の魔法陣、魔力を通しやすい石などの魔法素材を使う。
「えっと、まずは石に魔法をかける。これは楽勝。それで、次は……板と板を釘で留めていく」
釘はクリアマーレで見たようなハンマーでとめる。
レイとしては魔法の方が簡単だが、普通は魔法の方が手間となる。そのため、魔導具や魔法雑貨は道具を使って製作するのだ。
「…………あれ、なんでズレるの?」
「レイさん、もう少し力を抜いてみるといいですよ。杖をふるような感じです」
初っ端からまともに釘が打てないレイ。見かねたアリスが助言をくれた。
「杖を? ……あ、吹っ飛んでった」
危ない危ない、と手から抜けたハンマーを魔法で受け止める。
その間に油断してバラバラと木が落ちていった。
「うーん、やっぱりこうなる。魔法ならできるのに、なんか上手くいかないんだよなあ」
すでに釘があらぬ方向へ突き破っているが、これぐらいならまだマシな方だ。
なんとか一箇所終わらせ、もう一箇所の釘を用意する。
今度はすっぽ抜けないように握り、まっすぐ振り下ろす。すると、今度は釘が弾かれていった。
「うそ! 抑えてたじゃん! なんで!?」
「わ、私もわからない、です……」
今回は力んでもいないし、角度が悪かったわけでもない。抑える手も決して緩くはなかったのに、なぜか弾かれた。ここまで来れば、もはや一種の才能かもしれない。
その後もレイの奇行は続き、ようやく作り上げられたのは、平行と垂直が一つもない棚らしき何か。
少し叩けば倒れそうなほど不安定で、魔道具として機能するか怪しい出来栄えである。
「逆にすごいね?! あたしでもびっくりだよ……」
あんぐりと口を開けて、カナタが感想をこぼす。
カナタが魔法を暴走させてレイが呆気に取られたのと、全く逆のことが起きていた。
「カナタでも原型は留めてるってのに、どうやったらそんな不格好になるんだよ……」
キーが引き気味に呟く。手先が絶望的に不器用という、暗示か呪いがかけられているとしか考えられなかった。
「うん。でも、今日はマシな方だよ? ちゃんと釘が四隅でおさまってるし」
「基準低っ!」
四隅でないなら真ん中だとでもいうのか。それなら常軌を逸した下手さである。
ちなみにこのヘンテコな魔導具だが、意外としっかりと機能する。ただ、少々物理的な不具合が多すぎるので、実用性はない。
その証拠に、魔力を流したら棚が挙動不審になった。
「あはは、見て見て! これ、どうやったんだろう? 自分でも分かんないんだけど!」
「いや、怖っ……なんか取り憑かれてない……?!」
ガタガタ、ブブブ、ガガガガガガ……。
ロストンの城内にあってもおかしくはない。そのなんとも言えない気味の悪さに、カナタとミリアは後ろへ一歩下がった。
笑うことには使える魔導具だが、このままにしていても仕方がない。レイは魔法をかけて、木の板を修復。棚の形を正常にした。
すると、たちまち鳴っていた不審な音が止み、魔導具は商品のようなクオリティに早変わり。物を美しく見せるという、飾り棚本来の役割を取り戻した。
「工作は難しいねえ。本当はこんなに簡単にできるはずなのに」
「そんな難しかねえ…………って、待てよ? つまり、お前から魔法とったら、ただのポンコツってことか?」
「ひどっ! キーさん、それはひどいですっ! 心に! 心に、グサって来ましたっ!」
「図星かよ」
レイ以外は比較的器用なため、他三人は上手に完成させていた。
特に、ミリアは細かい作業も苦でないからか、素人とは思えない完成度であった。
「ミリちゃん魔導具職人になる? 魔導師にもなれるよ?」
「それもありかな……?」
ちょうど、魔法のように使える弓の魔導具を作ろうとしているので、ミリアの自作にしても良いかもしれない。
そうすれば、魔導具という特技ができる。きっとミリアの自信にも繋がるはずだ。
「それなら、やってみようかな」
「うん、それがいいよ!」
方針が決まったところで、あっという間に授業は終わりである。
集中して疲れたので休憩しよう。
初日にも行った食堂へ向かい、軽食と飲み物を頼む。どこに座ろうかと見渡すと、知ってる人を発見した。
「あれって……ベッキーと喧嘩してた子だよね? 何してるんだろ」
遠目だが、その人が難しい顔をしているのが分かる。
随分と悩んでいるようだが、何かあったのだろうか。
近づいてみると、ぶつぶつと呟き声が聞こえてきた。
「あいつ、本当に全部投げてくるとかないだろ……課題間に合わなかったらどうするんだ……元はと言えばあっちが適当だからああなったわけだし……意味不明なやつの相手なんかしてられない……」
負の感情が、ものすごく溢れ出ている。
この不満の対象は、おそらく喧嘩相手のベッキーだろう。
また一悶着あったのか、男子生徒の苛立ちも尋常でない。
「おーい、大丈夫? 何か悩み事?」
「……? ああ、あんたらか……」
頭をガシガシとかきながら、男子生徒は顔を上げた。
しかめっ面のままだが、怒りを引っ込めて話をしてくれた。
「別に、何もない。あんたらには関係ないだろ」
「そうだけど、ただならぬ苛立ちを感じたからね。何もないってことはないでしょ?」
「……あっても言いたくないんだけど」
「あ、そういうこと? 別に無理に聞き出すつもりはないよ? けど、揉めてることも知ってるから少し気になったんだ」
あちらに取ったら面倒くさいかもしれないが、他人の事情に首を突っ込んでしまうのはいつものこと。開き直って堂々と尋ねた。
「……少し課題が追いついてないだけ。気にしなくていい」
「そう……?」
「でも、まあ、ご心配どうも。はあ、こういう人と組みたかったんだけど……」
落ち着いていた負のオーラが、再び出始めた。
イライラの指数もまた上がっている。
「ベッキーのこと?」
試しに喧嘩相手の名前を出せば、男子生徒はピタリと動きを止める。
すると、肩をワナワナと震わせ、半ば独り言のように愚痴り始めた。
「……ああ、そうだよ、そうだ。あいつのせいで課題が終わらない。適当に終わらせばいいのに、あいつが評価にこだわって全然進まないんだ。それも、やる気があるなら手を貸してやってもいいのに、あいつは指示を出すだけ出して何もしてない……こっちが全部やる羽目になるのをなんとも思ってないのが腹立つ。それ以前に、あの見下した態度と成績のことしか入ってない頭が、本当に気に入らない。あいつの顔を見るのもうんざりだ」
言いたくないと言っていたが、普通に全部喋っている気がする。それぐらい鬱憤が溜まっていたということか。
今の話からして、ベッキーとそりが合わない原因は、押し付けられてることと、課題への熱量の違いだろうか。
ベッキーは魔法学校の首席と言っていたので当然一位を目指しているようだが、男子生徒はそれに振り回されてしまっている。
「……いや、あいつだけじゃない。楽しくもないのに上を目指す人の気が知れない。頑張らないといけない環境が悪いんだ。頑張らなくても生きていけるのに……全くもって理解不能だ」
だんだんと話が抽象的になってきた。
実力主義に恨みでもあるのだろうか。レイは脱線しないように先回りをした。
「きみは評価に興味ないんだ?」
「どうでもいい。むしろ面倒。課題も最低限で済ませるし、試験も基準だけ満たせばいい。勉強なんて好きなヤツだけやってればいいだろ」
これは確かにベッキーとは合わない。
根本的に考え方が違うし、タイプも真逆な気がする。
何故、組むことになったのか。そう言いたくなるぐらいの相性の悪さに、レイは人選した先生に少し興味が湧いてしまった。
「……まあ、どうせこっちに丸投げしたんだ。俺がどうやっても申し分ないか」
レイがくだらないことを考えていたところ、何か腑に落ちたのか、ウィルは自己完結していた。
わりとマイペースらしく、こちらが口を挟まずとも機嫌が治ったようだ。
「はあ……おかげで落ち着いた。あんた、名前は?」
「レイだよ」
「ふーん、……俺はウィリアム・アーデン。よろしく」
悩みを聞いたからか、ウィリアムは警戒を緩めてくれた。険しい表情が少し和らいでいる。
「よろしく。ウィリアム」
「ウィルでいい。長いだろ」
「わかった」
同席していいか確認すると、ウィルは課題らしき紙をまとめて席を空けてくれた。
今までの言動からして厭世的にみえるが、完全な人嫌いというわけではないようだ。
「ありがとう。……ところで、それって魔導具だよね? なんの魔導具なの?」
ウィルの机にある箱のようなもの。
魔導具ということは分かるが、何に使うかは検討がつかない。
「ああ、これは知り合いから貰った魔導具の試作品。魔導具の店をやってるから、助っ人に行くと色々くれるんだ」
「魔導具の店?」
「『ネイルズ&ワーカー』ってとこ。あんま知られてないけど、品揃えはいいところだから」
「へえ?」
魔導具の店とは、良いことを聞いた。
個人的に行ってみたいし、ミリアの魔導具作りの参考になるかもしれない。
「ウィルって魔導具作りが得意なの?」
「まあ自賛できる程度には」
そこまで言えるのなら、実力は確かと見た。
それならばと、レイは出会って間もないウィルに、ついでのように頼み事をした。
「そうなんだ? ならさ、ちょっと教えてくれたりってできる? ミリちゃんが魔導具作るのに興味持ってて……」
「……は?」
ナチュラルに踏み込んでいくレイの距離感には驚きである。
ウィルが一瞬、意味不明と言った顔をしたが、少し考えると意外にも前向きの反応をくれた。
「……技量によるな。俺も暇じゃないし」
「それは大丈夫! ミリちゃんが初めて作った魔導具がこれなんだけど、どう? かなり筋がいいと思うんだけど」
「……ふーん。……これぐらいなら、見てもいいか」
身近な専門家が先生になってくれることになった。
なぜ引き受けてくれたんだろう、とミリアが疑問を浮かべていると、ウィルが心を読んだように答えた。
「見込みありそうだし、断ることもないだけ。あと、あんたが魔導具を選んだから」
「あ、ありがとうございま……」
「ただ、課題終わらせてからで。今は時間がない」
それじゃ、とウィルは課題の紙を持って食堂を出て行った。
これで確定した。ウィルはかなりのマイペースである。
「結局首突っ込んじゃったけど、魔導具のことは思わぬ収穫だね。課題のヒントでも出してあげようかな? 見たところ魔法の理論っぽいところだったし」
軽食のサンドイッチつまんで、ウィルの広げていた未記入のレポートについて考える。
ミリアに魔導具の技術を教えてくれるなら、課題は早く終わらせてくれると嬉しい。
すると、不正の前科があるキーがサボり思考で案を出した。
「お前がやればいいんじゃねえか? それなら理想の高いもう片方の要望も叶えれるだろ」
「えぇ……それを生徒に提案するのは気が引ける……」
万事解決の提案ではあるが、いくらなんでも代わりに引き受けるのはいけない。
やはりヒントだけにしよう。
レイはそう決めて、ウィルの課題内容をアリスに調べてくるよう言った。
ミリア「レイくんは魔法で魔導具を作れるけど、魔導具職人としては……」
レイ「認められてないね。設計図はいいけど、技術は零点です」
ミリア「やっぱり、そうなるんだ……」
カナタ「えっ! それならさ、魔法の分野だけど、あたしでもレイくんに勝てる……!?」
キー「やめとけ。あいつよりマシだが、お前も大差ないだろ」
カナタ「し、師匠はちょっとできるからって……あたしだって頑張れば器用なんだからね!」




