四十四話 図書館長
鮮やかなステンドグラスを背に、吹き抜けの階から見下ろす人物。
その人は器用に手すりに座り、本に目を通しながらこちらを横目にしていた。
「もしかして、きみが館長?」
「如何にも」
話しかけると、その人は本を手にしたまま手すりに立った。
「俺は館長のヴィヴリオ・レクシコン。この図書館に居座る、しがない本読みさ」
シニカルに笑って、名を明かした館長ヴィヴリオ。レイはどこかで聞いたことのある名に、思考を巡らせる。
「まあ、本来なら無視するところだケド、久しぶりの来訪者だ。相手してやろう」
ヴィヴリオは大きな二重の三角帽子を頭に呼び出すと、それを掴んでレイたちのそばまで降りてくる。
そのまま帽子を椅子のようにして、空中で腰掛けた。
「で、何の用だい? 手短に頼むよ。精々くだらない話はしないように」
ペラペラと本のページをめくりながら、片手間に話を聞くと言う態度。一応聞く耳は持ってくれているようだ。
「要件は閉架書庫が見れるかどうかだよ。探してるものがあって、それについての手がかりが必要なんだ」
「ほうほう、探し物の情報ね。閉架書庫がいるぐらいの探し物とは、ご大層な探し物だ」
鼻で笑いつつ、ヴィヴリオは面白そうに質問で続きを促した。
「その探し物をする理由は?」
「……事態の収拾とだけ答えておくよ」
「ふむ。さてはオマエ、訳アリか? まあ、でも面白い……イイよ、閉架書庫の出入りを許可する」
いったい何が面白かったのだろうか。たった二つの質問に答えただけだというのに。
レイがぽかんとしていれば、さらに先回りするようなことを言ってきた。
「ちなみに欲しい情報なら、俺が答えてやっても良い。なかなか良い気晴らしになったことだし」
「……!」
その言い草は、こちらの目的を把握している雰囲気である。
『杖』のつの字も言っていないし、確証に至る話もしていない。
だが、ヴィヴリオは多くのことを知ったような様子。
例えば、そう。まるで、物語の結末まで読んだように。
(物語……本……? あ……!)
その小さくも奇妙な齟齬から、先の引っ掛かりが解けていく。
図書館長の名。その名が示すのは──
「《禁忌の蔵書》ヴィヴリオ・レクシコン。どうりで聞いたことあったわけだ。お会いできて光栄だよ、先代の魔導師さん」
一から十を文字通り知ることのできる能力。
周りに浮かぶ本や帽子から生える、魔法の牙。
葡萄酒のように赤い髪も、聞き覚えがあった。
《禁忌の蔵書》ヴィヴリオ・レクシコン。
牙の魔法系を持つ魔法使いで、あらゆる記録を読むことができる。世界中の知識を持つ魔法使いと呼ばれ、一時期魔法研究に引っ張りだこだった魔導師だ。
だが、魔導師だったのはたった五年。百三十歳という若さで地位を退き、現在は誰も行方を知らなかった人物である。
「アッハハ! ソレまだ覚えてる奴いるんだな! 自分でも忘れてたんだケド」
一度虚をつかれたような顔をしてから、おかしそうに笑うヴィヴリオ。
その表情は一見楽しそうでいて、奥底に何かを隠していそうに見えた。
「ああ、そうだよ。魔導師だったこともあった。俺の魔法は知ってるんだろう? オマエの話も断片的に読ましてもらった」
「へえ、話したこと以上に把握されててびっくりしたよ。まるで脳内を覗かれたみたい。《禁忌の蔵書》ってぴったりの表現だ」
実際にされた側として、レイは噂に納得を示した。
思考を見透かし、本質を見抜く。
称号に『禁忌』の文字が入るのは、その全知さを恐ろしく感じた者がつけたからだ。
「そんな称号で呼ばれたこともあるね。まあ、今は万年ここに住みつく、厄介な御隠居という奴さ」
「御隠居って……図書館の本を一人で管理するのは現役だと思うけど」
「ソレはソレ。俺の魔法ならこんなの造作もない」
そう言ってヴィヴリオが指を鳴らすと、棚の本が一人でに浮遊した。
間違えて片付けられた本を、元の位置に戻しているようだ。
一斉に動かせることからして、図書館の本を全て網羅しているのかも知れない。
「気分いいからサービス。そっちの若い子は喜んでくれたようだな」
「……! す、すみません……」
「なんで謝るんだ。言葉が間違ってる」
「あ……ありがとうございます」
今まで会話に入っていなかったので、油断してミリアは目を輝かせていた。
別にそれが悪いわけではないが、少し子供っぽかったと顔を赤くする。
「オマエ、子供らしくないな。つまらない。子供は子供だろうに」
またまた思考を読まれたようだ。ミリアはつまらないの言葉に少し落ち込んだ。
「やっぱり子供らしくない。……だが、一つ理解できないな」
ふむ、とヴィヴリオは顎に手を当てる仕草をする。
その視線はレイに注がれており、謎の根源はお前だと言われているようだ。
「魔法で感動したとして、そっちの魔法使いも──」
「そ、っちの魔法使いとはどっちの魔法使いでしょう??」
嫌な予感がして、咄嗟に遮ってしまった。
さすがに無理があったかとレイは視線を泳がせるが、幸いミリアは聞いていなさそうだった。
「……ああ、そういうこと。また無駄なことしてるようで」
「ええと、それで、『杖』のことを教えてくれるんだよね?」
気を取り直して『杖』の話だ。
レイが切り出すと、ヴィヴリオは意地悪そうに笑って頷いた。
「イイよ。ただ、交換条件を引き受けたらだ」
「ん……? 交換条件?」
「ちなみに閉架書庫はお預け。二者択一は常識だろう?」
唐突にヴィヴリオは直前の提案をひっくり返した。……いや、閲覧の許可をした上での提案なため、もともとこうするつもりだったのだろう。これでヴィヴリオの与える情報しか受け取れなくなってしまった。詐欺師じみたやり口である。
どちらにしろ『杖』の情報がもらえるのなら、断る理由はない。それでもいいとレイは頷いた。
「分かった。条件は何?」
「別にたいしたことじゃない。失せ物探しのために、旅先についての詳細が欲しい。それと、オマエの魔力を読ませてもらう」
「……魔力?」
「ああ。さっきから気になってたが、明らかに普通の括りじゃない」
ニヤリと笑みを深めるヴィヴリオ。牙をこちらに寄越して、今にも突いていてきそうである。
「本当に魔力だけ?」
「魔力だけだから、そう心配しなさんな。俺もネタバレは嫌いなワケだし」
好き勝手探られて嬉しい人はいない。レイは悩みながらも、とりあえず信じることにした。
「交渉成立だ。さっそく読ませてもらおうか」
ヴィヴリオはいくつか牙を出すと、レイに手を出すように言った。
何をするのかと恐る恐る差し出せば、牙で遠慮なく手を刺された。
「痛っ!」
「ちょっと痛いだろうね。まあ我慢できないほどじゃない」
血はほとんど出ていないし、痛みも少ない。
だが、急に刺すのは違うだろう。普通は一言、断わりを入れるものだ。
抗議の意を込めてヴィヴリオを睨むが、その人はもう魔力を読むので忙しい。
レイは諦めて、アリスに時間がかかることを伝えた。
「暇だと思うし、ミリちゃんと図書館を回って来るといいよ」
「わかりました」
もともとミリアは本を読みたがっていたので、ここにいさせたら可哀想だ。
去っていく二人を羨ましそうに見ながら、レイは『該博記』を読んで我慢した。
◇◆◇
ヴィヴリオが魔力を読み始めてから、レイが暇になるまでの時間が経った。
読みたいこともなく忍耐が切れかけたところ、ようやくヴィヴリオが魔法を解いた。
「どう? 読み終わった?」
「……いいや、まだ読みきれてない。今日はこのくらいにしておくよ。好きなものは後にとっておくタチだからね」
そう肩をすくめると、集中の疲れからか帽子に寝転んだ。聞けば、読めた部分は十分の一にも満たないらしい。読むのが難しいのかと尋ねると、個々の持つ魔力は複雑なんだ、と返ってきた。
十人いれば十人とも違うのが魔力というもの。それを読み解いていくのは、延々と謎解きをするような感覚なのだとか。
「へえ、ただ読むわけじゃないんだ」
「そらな。さすがにそこまで万能にはならんよ。ただ、ここまで苦労するのは魔力ぐらいだ」
ぐぐぐと伸びをして、大きな欠伸をする。
なんだかもう眠ってしまいそうだが、約束した情報は話してくれないと困る。
「それで、『杖』についての話なんだけど……」
「ああ分かってる分かってる。そう急かすんじゃない」
鬱陶しそうにしているが、目は完全に閉じている。レイが声をかけなければ、そのまま寝ていたかもしれない。というか半分寝ている気がする。
仕方がないので、レイは遠慮しない手段に出た。
『レカウ・ロユ』
眠気覚ましの魔法。初日に授業でやっていた魔法だが、こういった応用にも活用できる。
なかなか使えるので、ミリア達にも教えておこう。
「……! やったな、オマエ。センパイへの敬意はないのか?」
「ないわけじゃないけど、約束を破られちゃあね?」
「……はあ。この生意気め」
ものすごく不機嫌そうに、ヴィヴリオは帽子に座り直した。
『杖』の話はしてくれるようだが、読んだ魔力と同じだけしか教えないとのこと。
等価交換なのでレイは承諾し、ようやく『杖』の話に漕ぎついた。
「で、今知りたいのはなんだ?」
「エルメラディ……というよりエルメダにあった鍵のことかな」
「ふむ。エルメダとね。なら、一ついい情報がある」
ヴィヴリオが牙の一つを放り投げると、とある本のページが浮かんだ。
「これは鍵の伝承やらなんやらが書かれた本なんだが、エルメダの鍵の行方についてこう書かれている」
そうして指を指して読むのは、封印されてから千年経ったところ。今から約二千年ほど前の記述である。
「【『杖』の封印の役割を果たす七つの鍵は、当初、誰にも知られないよう隠すつもりでいた。私以降は存在すら忘れさせ、二度と触れられることのないように】」
『私』という一人称からして、これはオムニスが残した手記の一つのようだ。
オムニスの手記は非常に珍しく、レイでさえ一度しか読んだことがない。さすがは図書館。知識の宝庫というだけある。
「【だが、それを実行する前に、決して無視できない存在に遭遇してしまった。これでは鍵を隠すことも難しく、私の封印も容易く破られるだろう。
ならば、いったいどうするべきか。一所に留まらせず、断続的に秘匿性を高める他ない。それには莫大な規模の魔法を使うことになるが……】以下略」
ヴィヴリオが牙の魔法を解くと、ページはさらさらと砂のように消えていった。
「理解したと思うが、『杖』の鍵は特定の場所にあるものとないものに分けられる。これと俺の知ってる話を合わせると、エルメダの鍵は、断続的に秘匿性を高めた鍵。これに当たる」
特定の場所という言葉に、レイはロストンとクリアマーレで見つけた鍵を思い出す。おそらくこの二つの鍵は特定の場所にあった鍵だ。どちらも鍵を隠した人がいて、悪用されないように守っていた。
ならば、特定の場所にない鍵はどう守られているのだろうか。
「俺の推測では、魔力は偽装されてる。解析できないカラクリがある。そして、鍵の外側に何らかの魔法がかけられている」
「……なるほど。鍵を鍵と認識させず、何かに紛れて場所を移してるってことか。あくまで自然を装っての秘匿性なんだね?」
「そういうこと。だから、恐らく鍵は雑然とした場所にある。ここまで言えば場所は絞れるだろう?」
人と物が行き交う、紛れるのにぴったりな場所。思い当たるところが一つあった。
「遊覧街パルティータ。これはなかなか大変そうだなあ……」
レイが口にした、『遊覧街』パルティータ。
たくさんの有名店が立ち並ぶ、娯楽の代名詞とも言える商店街だ。劇場や遊技場、服飾店、レストラン街などなど、まさに遊びのために造られた街のことである。
魔法使いはとにかく自由が好きなので、休日や趣味にも全力投球だ。それゆえに、パルティータの規模は、今や一つの国といってもいいほど。
そんな中で鍵を探し当てるというのは、現実的に考えて困難の一言に尽きた。
「まあでも、パルティータにあるって分かって良かったよ。あとは隅々まで探して、どこかに移る前に見つければ良いわけだから」
目星はついた。ただ、それがいつ見つけられるかは、半ば運次第ではある。
とりあえず魔法学校にいる間は、パルティータを探せるだけ探すしかない。
「一応言っておくが、俺の情報が決定打になるとは考えるな。あくまで封印された時の記述であって、今の話じゃない」
「うん。参考にできるだけでいい」
「ならいい」
新しい情報が入ったら連絡すると、ヴィヴリオは牙の一つをレイに持たせた。牙は色々なものを読めるので、魔力で中継することもできるのだとか。
「常に持っておいてくれれば、失せ物も此方で勝手に探す。で、『杖』について聞きたければ、非常識な時間以外は連絡してくれて良い。……といっても、移動中は使用禁止だ。必ず人気のないところで止まって使うように」
「なんで?」
「俺が酔うからだ。わざとやったら牙で頭から食べてやる」
身体だけにはなりたくないので、肝に銘じておこう。
レイが牙をローブのポケットにしまっていると、ヴィヴリオは帽子を目に被せて欠伸をした。眠気覚ましの魔法が切れたようだ。
「ふう……俺はもう寝る。適当に引き上げることだね」
そう言い残してヴィヴリオは姿を消した。
「……偏屈そうな人だったけど、分かってくれて良かった」
こちらに興味を持ってくれたことが功をなしたが、下手をすればとんでもない条件を出されていたかもしれない。
レイは牙で刺された感触を思い出して苦笑した。
「……あ、しまった! もう二時間過ぎてる!」
これだけ待たせていれば、またキーに叱られるかもしれない。
レイは慌てて皆を探しに行った。




