四十三話 学校見学
さて、少々アクシデントがあったが、校内見学の続きをしようと思う。
「今いるのは調合室って言って、いろんな素材を調合するところだよ」
「調合室……魔法薬のってことですよね?」
ミリアがドアにかかっていたプレートを思い出す。調合は薬を作る工程なので、魔法薬作りのためにある教室のはずである。
「うん、そうだね。さっき使った大釜があるけど、実はこれ無許可でいつでも借りられる。ただ、授業中は先生の許可が必要だけどね」
「ほう、無断でいいのは便利だな」
キーが、いつでも、の部分で感心したように頷いた。
それもそのはず、これが魔法学校に人が集まる理由の一つだ。
貸し借りに面倒な手続きがないというのは、普通の研究所などではあり得ないことだ。そのため、個人で魔法を研究する魔法使いは、魔法学校の一室を借りて生活することも多い。
「さすがに素材のお金は必要だけどね。隣に資料室っていう素材の保管場所があるんだけど、そこは生徒以外ただで棚が開かないようになってる」
「そりゃ、そうだろうな」
これで素材まで無料だったら誰でも魔法学校に来るだろう。環境が整っているだけで十分である。
豊富な実験器具も見てから、調合室を出る。そのまま廊下の左手側を進むと、次は『まじない』と書かれた教室があった。
プレートに書かれた字体はおどろおどろしく、部屋の中はカーテンに遮られて見えなくなっていた。
「まじないの教室……えっと、入っていいのかな?」
「授業は終わってるから、いいんじゃない?」
少し遠慮がちにミリアがドアを開けると、巨大な魔法陣が書かれた何もない部屋が現れた。中央には蝋燭や盃が置かれているが、それ以外は目立つところのない真四角な教室だった。
「あっ、でも、窓がない……?」
「誰にもバレないようにっていう条件もあるからね。密室にしてあるんだよ」
まじないに直接的なリスクはないが、失敗すれば貴重な素材が無駄になる。まじないに使われる素材は高価なものが多いため、こういう対策された教室となったのだ。
他にも時や方角を示した図を軽く教えて、レイたちはまじないの教室をあとにした。
「次は?」
「ここからなら、魔導具の方に行こう」
その後も見学を続け、魔導具を作る機械室や魔法雑貨のアトリエなども覗きに行った。
特に機械室には、様々な模型や設計図があり、魔導具が気になるミリアと銃を使うキーが面白そうに見ていた。
「次は四階に行くの?」
「そのつもりだったけど、ちょっと待って。今からアレがあった気がする」
「アレ……?」
空を見てレイが静止をかけると、何やら異変が起き始めた。
ゴーンゴーンと振り子時計が鳴り出すと、廊下がぐにゃりと歪み、階段がみるみるうちに螺旋状になっていく。
「何? どうなってんの?!」
「落ち着いて、カナちゃん。これはそういう仕掛けだから」
「仕掛け? って、なんかクラクラする……」
滲んだような壁の輪郭にカナタは首を捻った。こんな酔ってしまいそうな仕掛けは何のためにあるのだろうか。
「カナちゃん、もしきつかったら目を瞑るといいよ。この仕掛けは、学校が生徒向きから研究者向きに変わるもの。先生や外部の魔法使いが使いやすいように、中を入れ替えてるんだ」
まるで物と空間の区別がなくなったようだが、これは時間によって起こる大掛かりな変身魔法だ。毎日五時に、切り替わるようになっている。
やがて、振り子時計が鳴り止むと、校内の面影を残したまま魔法学校は立派な研究所となっていた。
「すごい……これが魔導主の魔法……」
「ここまで大規模な魔法、よくかけたよねえ。ちなみに、この魔法は振り子時計にかけられたものだよ」
もっと詳しく言えば、振り子時計の音が魔法の引き金となり、各地にかけられた魔法を呼び覚ましたというのが正解である。
これだけの魔法を半永久的にかけるのは簡単ではない。これこそ魔導主の本領というものだ。
「とはいえ、変わってないところもあるけどね」
そう言ってレイが案内したのは、隣にある一回り小さな校舎。
主にクラブや特殊な授業に使われる校舎で、管理を生徒に任してあるところだ。そのため、箱庭舎という通称で呼ばれている。
「クラブって、なんかの集まり? ファンクラブ的な?」
「えっと、ファンクラブ? は知らないけど、集まりっていうのは合ってるよ。クラブの種類は魔法に限らず、ゲームとか体を動かす競技もあるんだ」
「え、楽しそう!」
学校は勉強をするところというイメージがあったが、どうもそれだけではないらしい。カナタが羨ましそうに校舎を眺めた。
「残念だけど、クラブは生徒だけだからね。ただ、いろんなことをやってるから見るのも面白いと思うよ?」
見学だけでも、と箱庭舎にお邪魔する。
魔法関係はもちろん、トランプやチェス、球技、調理、楽器などなど……四階まである部屋が全て埋まるほど、たくさんのクラブがあった。どこも大会やショーに出るくらいに本気で、本命のはずの勉強より熱が入っている。
圧倒されつつ見学するレイたちだったが、中には体験をさせてくれるところもあったので、十分に学生気分を味わうことができた。
「あのボールを使ってやるやつ面白かった! 師匠、あたしと対決しよ!」
「……まあ、一回ぐらいならいいか」
カナタは特に得点を競う球技が気に入ったようで、目を輝かせてキーに対戦を申し込んでいた。
キーも興味を持っていたのか乗り気な様子。魔法を使わない競技なので、二人ともいい勝負になりそうだ。
「わあ、すごい豪速球……よくあんなの投げられるねえ」
「うん……」
「ミリちゃん? どうしたの?」
「え……? ううん、なんでもない……」
首を横に振るミリアに、レイは違和感を覚える。
「何か気になることでも──」
「……」
ほんの一瞬、羨ましそうに生徒の姿を目で追ったミリア。
気づかれないように振る舞っているが、めざといレイがそれを見逃さなかった。
「……ほうほうほう! ミリちゃん、さては、魔法学校に通ってみたいんだね?」
「……!! な、なんで、分かったの!?」
「なんとなく? でも、そっか……通いたいんだったら……」
「あ、あの、少し憧れてるだけで、別に今通いたいわけじゃ……」
ミリアはなんだか大事になりそうな予感に、慌ててレイを止めようとする。
『通いたいんだったら』なんて、まるで入学できてしまうような言い草だ。
普通ならありえないと気にも留めないが、それにしては目の前の少年が真剣そうで無視できない。なんせ、魔法服の件で規模が違うことを思い知ったのだ。実現してしまいそうなのが、余計に怖いところである。
「でも、今は入学の時期じゃない……」
「えっと、レイくん……? あの、これは本気じゃなくて……」
「…………あっ! そうだ!」
全く話を聞いていない。こうなれば何かしらの方法で入学できてしまうのだろう。
確かにミリアとしては嬉しいのだが、それで皆の旅を遅らせるなどあれば申し訳なさすぎる。
なんとか止めたかったが、それよりもレイの行動の方が早かった。
「ちょっと待ってて!」
そう残して、あっという間にレイの姿は中央の校舎へ消えていく。
「? レイくんどこ行ったの?」
「わ、わからない、です……」
それから待つこと、十分ほど。
「お待たせ! ミリちゃん、プレゼント!」
「……」
戻ってきたレイが差し出したのは一通の招待状。なんだか覚えのある状況である。
「また知り合いの伝手があってのことなんだけど、無期限の仮入学証をもらってきたんだ。仮入学なら縛られずに済むし、クラブにも参加できる。まさに一石二鳥の代物だよ! もちろん、ぼくたちの分まで用意したから、みんなで一緒に通おうね」
「……あはは……」
ミリアは半分意識を飛ばしながら、封筒を受け取る。
中に入った入学証を読んでみれば、その最後尾に学校長の名前が記入されていた。
(なんとなくそうかもって思ってたけど……レイくんの正体って……)
薄々気付き始めるが、言い出すにはためらいの方が勝った。
「そろそろ図書館で登録しないと……ってもうこんな時間? やっぱり明日にしよう。カナちゃん、蝶の籠は魔法学校の部屋に置いておこっか」
「うん、了解!」
レイは当たり前のように会話に戻っている。
その姿にミリアは疑いを忘れ、確信が持てるまで待つことにした。
「明日は午前中の授業が終わったら図書館に行こう。登録もだけど、たまには本を読むのもいいよね。図鑑とか専門書が一番多いけど、小説もかなりあるから……」
図書館ついでに本の話を始めるレイに、ミリアはなんとか思考を切り替えた。
◇◆◇
魔法学校の西寄りの北側。そこには静謐な威厳をたたえた大きな塔が建っている。
──世界中の智慧が集まる図書館。
正面の水晶でできた本の彫刻と、小さな細窓を飾る色とりどりのステンドグラス。神秘的な雰囲気と揺るぎない存在感が、この建物の重要性を表していた。
「神秘的……そういえば神秘って何? 秘はわかるけど、神って知らない字だよ?」
「うーん……ぼくもそこまでは知らないな。ただ、昔は精霊を崇めてたみたいだから、それにちなんでるのかも」
「アガメル?」
「えーっと、ものすごく大切に尊敬するってこと」
魔法を神秘というが、神秘の由来について考えたことがなかった。絵本や小説などに出てくるものの、昔の記録には神という言葉は見当たらない。
そのため、実際のところは不明で、一番近いのは精霊だろうと憶測しているだけである。
思わぬ質問で考え込むレイの傍ら、知的な建物に呟きをこぼす人がいた。
「ここもか……」
「……ん?」
ほぼ真上を向いて、天井を訝しげに見るキー。よく見る建築物だと思うが、何かが気になるらしい。
「どうした?」
「……いや、どこもかしこも高えの建てるよなって」
「あー、確かに。精霊や魔力って月とか星が源だから、みんな高いところを目指してるのかも」
「一応理由はあるのか」
かといって、どこもかしこも高いというわけではない。ロストンやクリアマーレで見た城など、象徴的な意味を持つ建物に多い気がする。
本とは全く関係のないことを話して、ずらりと並ぶ本の壁へと対面する。カナタが一番に感嘆の声をあげようとしたが、レイは寸前で注意点を口にした。
「図書館内は静かにするのがマナーだから、大声を出さないように気をつけてね」
「え! 危ない危ない……それ一番気をつけないといけないの、あたしじゃん……」
声量を小さく調整しながら、カナタは言い損ねた驚きを口にした。
「すごい……! 天井まで本が詰まってる……! 全部で何冊……!?」
「どうだろう……ざっと一億以上はありそうだよね。天井まで棚があるし、魔法で隠れてる部分もある。それに閉架書庫とかも含めれば想像もつかないぐらいになるよ」
「一億……?!」
最低で一億冊ならば、本当の蔵書数はいくらになるのだろうか。それだけの本があることにも感心である。
「あ! あれって、シャロルちゃんが好きっていってた小説だ……! レイくん、あっち見てくる……!」
何か気になる本があったのか知らない名前を出して、あっという間にカナタは奥の棚へと飛んで行った。
「俺も素材調べてくるわ」
おそらくペドロのための希少素材を探すのだろう。キーも魔法に関する棚へと向かっていった。
「二人とも自由人だなあ……ミリちゃんはどうする?」
「私は登録が気になるから……」
「そっか。なら、図書館の本の機能も教えておくね」
そう言ってレイが指し示したのは、中央に構える巨大な本。
見開きにされたページの周りには、普通の大きさの本がいくつか並んでいる。
「あれは……?」
「『該博記』っていって、膨大な本を管理する図書館の根幹なんだ。登録の他にも、新しい情報を書いて本に記録できたり、その新しい情報から本を自動で作ってくれたりするよ」
「自動で……? そんなこともできるんだ……」
皆が持ってきた情報で本が完成する。
これなら億を超える冊数にも納得がいくだろう。昔からの記録も全て残っているのだから。
そんな時代もろとも巻き込んだ魔法の本。その本のうち、生き物の分類である緑の本に、蝶の大きさを登録しに行く。
「黒い蝶は……やっぱり最高記録だ。顔くらいの大きさだと見かけないだろうし。カナちゃんが豪運の持ち主だったってことだね」
蝶を本にかざすとページがめくられ、詳しいサイズとともに記録が書き換えられる。
その際、本と本の間にある鎖から、金色の光が巨大な本に送られた。鎖は飾りのように見えていたが、どうやら本同士を繋ぐためのものらしい。
「よし、これで全ての図書館にある記録も変わったはず。ミリちゃん、だいたい分かったかな?」
「たぶん……情報と関連する本に記録できるってことですよね?」
「そうだよ。新しい発見があったら、バンバン書いちゃってね」
「うん」
登録は済んだので、図書館の用事は終わった。
ただ、せっかくならもう一つやりたいことがある。
「閉架書庫が閲覧できるかどうか……」
『杖』について調べておきたい。だが、表にある本にはおそらく書かれていない。閉架書庫ならあるかも知れないが、それには図書館側の許可が必要だ。
今のところ職員らしき人がいないため、聞ける人もいない。
たった一人当てにできるとすれば、本の管理者である図書館の館長。その人に聞いてみれば、『杖』についての本も手に入るかも知れない。
「まあ、そもそも今まで館長を見たことないけど。呼べばいいのかな?」
「でも声をあげるのはダメですよね?」
「うーん、一回くらいならダメかな? ……やってみよう」
「やるんだ……」
声が通りやすいように呪文を唱える。
空気を大きく吸い込んで、いざ叫ぼうとした、その寸前。
「あーちょっと待てそこの利用者。図書館で叫ぶなんてトンチキなことしなくていいから」
頭上から声がして、レイは高い天井を見上げた。




