四十一話 野外授業
「なんかすごい雰囲気だったけど、もういいの?」
空気が和らいだところで、横から声がかかった。
突然のシリアスシーンに、息を潜めていたカナタだ。
ちんぷんかんぷんの話を聞きながら、ひと段落つくのを待っていたようだ。なぜかしゃがみ込んで、机の下から見上げている。
「あ、カナちゃん……! ごめんね、もう解決したよ」
「そう? よかった! じゃあさ、レイくんに一つ教えてほしいとこがあって……」
先ほど呪文の話をしたからか、呪文の作り方が気になっていたらしい。大きな字で書かれた本を持って、単語の並びを質問してきた。
「ああ、それは……」
レイが要点を掻い摘んで教えると、カナタはふむふむと相槌を打って再び本を読み始めた。意欲を持ってくれたようで何よりである。
「カナちゃんがここまで興味を持つとは思わなかったなあ。師匠もこれを見習ってほしいよ」
「ふふ、そうですね」
「……ちなみに、ミリちゃん。さっきは許してもらっちゃったけど、普通はただで許されちゃいけないことだから、できる限りミリちゃんの支援はさせてもらうね」
「はい……?」
すっかり調子を取り戻したレイは、先ほどの会話を訂正する。
いくら本人が許すと言っても、他人の人生を台無しにした分は精算しなければならない。
「いえ、私は……」
「じゃあ、罪滅ぼしをしたいぼくの我儘に付き合って?」
「それは…………わ、分かりました……」
そのためには、ミリアの希望を聞いてみるのが一番だ。
レイは魔法でメモを取り出し、ミリアの望みを叶えるべく質問を始めた。
「ミリちゃん、何かやりたい事とかない?」
「やりたい事……? えっと……なんだろう……」
「なんでもいいんだよ? 絶対に無理だと思ってたことでもいいから」
「でも……」
「あっ、欲しいものでもいいよ?」
「ほ、欲しいものはないかな……」
粘り強く聞くこと十回。それだけ聞いてもミリアは答えてくれない。
「やりたいこと……」
「わ、分からないから……」
「……本当?」
「本当です」
分からないらしい。その強情さに観念して、一旦レイは引くことにする。
代わりに、これからミリアの言動や行動に十分注意していこうと思う。
「なんかあったら言ってね? 我慢禁止、絶対!」
「あ、あはは……」
さて、そろそろカイヤがキーを連れ帰って来る頃合いだ。
「明日もあるから、ミリちゃんたちは先に帰ってていいよ」
「あ、それなら、魔法語の本って借りてもいいですか……?」
「もちろん! っていうか、あげるよ。同じの何冊か持ってるし」
本を持たせて二人を見送る。まだカイヤから連絡がないので、レイはアリスを呼んでおやつの時間を楽しんだ。
その後、カイヤにしつこく追い回されたキーはというと、『宿題』を終えるまで監視されることになった。
◇◆◇
翌日の午前九時。
門前で集まり、昨日と同じ手続きをして中に入る。ちなみに今日はアリスも連れて来た。皆で学校に通っているので、せっかくならとレイが誘ったのだ。
「よろしくお願いします」
「アリスちゃんと一緒に勉強! ありがたき幸せ!」
目をキラキラさせて喋るカナタに、アリスははにかみながら相槌を打っている。
楽しいなら良かった。
レイは年長者らしい目線でそう思うのだった。
「ところでキーは大丈夫? 顔色が悪いけど」
「お前がいうんか、元凶……」
「だってカイヤがどれだけ厳しくしたか知らないし」
「あいつに任せる時点で黒だけどな」
昨日は散々な目にあったキー。『宿題』はさほど多くなかったものの、間違える度にどんどんカイヤに問題を足され、終わったのはなんと夜の九時。四時間も机に向かわされたキーは、二度とバックれないと決めたのだった。
「ほら、最低限だけだからさ? 基礎だけだから少しだけ辛抱してくださいな」
「はあ……」
なんとかキーを説得して、教室に連れていく。
二階に上がって突き当たりの掲示板で時間割りを確認して、両脇にある廊下の右側を選ぶ。昨日より奥へ進むので、ミリアはなんの授業かが気になった。
「今日は何の科目なんですか?」
「今日は魔法薬だよ。ちょうど野外授業をやるらしいし」
「野外授業……?」
「魔法薬作りだから、材料を自分で調達しに行くんじゃないかな?」
「ちょっと楽しそう……」
採集で素材を集めたりはしたが、魔法薬を自作すると考えればわくわくする。
期待に胸を膨らませてやってきた魔法薬の教室。すでに先生は教卓の椅子に座っており、何やら怪しげな瓶を並べていた。
魔法薬の先生はヴェネナ・メディカーメというお婆さん魔女。うねうねと動く長い白髪としわしわな手、それと大きな曲がった鼻。キヒヒと怪しげな笑い声を出すことから、苦手とする生徒が多い先生である。
「なんかヤバそうだな……」
「聞いた話だと、自分の薬でだんだんおかしくなってるんだとか……」
「嘘だろ?」
「どうだろうね?」
とって食われそうな雰囲気だが、意外にも授業は段階を踏んだものだった。初心者におすすめの魔法薬や魔法素材の保管方法が、綺麗にまとめられている。
「野外授業は『カレノクタ』でやろうかねえ。あそこは魔法薬の素材がたんとある。ただ、作る薬をどうするか、しっかりと考えるんだよ……」
素材の説明は一通り終えたので、次は生徒のグループ分けに移る。
野外授業は名の通り学校の外で行うものなので、危険がないとは言い切れない。そのため、野外授業は例外がない限り、二人以上で行うことになっているのだ。
レイたちも野外授業に参加するので、記録用紙にグループとして名前を書いておく。
ただ、名前は書いたものの、レイは補助に徹するつもりだ。三人でできるところまでは手を出さず、教えられてない部分だけ答える。そういうスタンスでいこうと思う。
「『カレノクタ』っていうと、魔法学校の隣にある枯れた森だね。夜の永刻で魔物はほとんどいない。ただ、別名『魔女の森』というだけあって、森全体が生きているのが特徴だったはず」
「森が生きている?」
「うん。森中の植物が生きていて、足を引っ掛けたり、毒を出してきたり、命は取られないけど結構大変だよ」
「そうなんですね。夜の永刻……」
おそらくロストンへ行った時と似ているのだろう。ミリアはあの時のお化けを思い出して、ぶるりと肩を振るわせた。
場所を予習したら、次は『何を作るか』だ。
「えっと、『治癒の薬』、『隠し味の調味液』、『胃薬』、『惚れ薬』、『ルビーの原液』、『枯葉の水』。この中から選ぶみたいですね」
「全部で六つか……って、は? 『惚れ薬』?」
「は、はい……」
「なんっつーもん入れてんだ……」
学校が容認して良い薬ではない。教育方針はこれでいいのだろうか。
キーとミリアが微妙な反応でこちらに目を向けてくるので、レイは素材を確認して答えた。
「確かに『惚れ薬』は危ないけど、ここに書かれてる薬は一番弱いものだよ。それに、かかっても先生が解毒できるだろうし」
「いや、そりゃそうかもしれないが、『惚れ薬』自体、作らせていいのか?」
「それは……教材的に良かったんじゃない?」
「それでいいのかよ……」
必ずしも先生がまともだとは限らないらしい。意外と規律が緩いことに、キーはよく分からないという表情になった。
説明を交えながら相談すること数分。やっぱり最初は汎用性のある治癒の魔法薬かな、と話し合っていたら、後ろの席から怒鳴り声がした。
「もういい!! 勝手にしろ!!」
尋常ではない怒気に、何だ何だと皆が振り返る。
すると、ちょうど黒髪黒目の男子生徒が外に出ていくのが見えた。
そして、怒鳴られた相手の方はといえば、こちらも射抜くように男子生徒の背を見送っている。
「……先に勝手をしたのはあっちなのに、なんで私が怒られなきゃいけないのよお! 本当、ムカつくわあ!」
「ほんっと、そうだよ。大人しく引きさがってればいいっていうのに」
男子生徒が怒鳴った相手は、先日言い合いをしていた女子生徒と、その友人である。
我儘な振る舞いと見下ろすような瞳が目立つ、ブロンドヘアの少女。
おそらく裕福な家の出身なのだろう。サイドが盛られたツインテールや、ひときわ豪華な制服から、それがよく見て取れた。
「はあ、嫌だわあ。あの人、どうするのよお。魔法の授業で共同の発表もあるってのに、全っ然、言うこと聞いてくれないわあ……それに、口を開けば勝手にしろ、よお? いったいどうしろってのよお!」
「まあ、魔法薬はこっちも譲れば良かった気はするけど……」
「うるさあい! 私はこれが作りたかったのよお!」
どうやら同じ魔法薬を作ろうとして揉めたらしい。別に同じものを作ってはいけないという決まりはないのだが、二人は同じなことが嫌だったよう。まさに水と油の関係性である。
「仕方ないわねえ。こうなったら、発表なんかしてやらないわあ。放置よ、放置!」
「あ、待って……!」
女子生徒の方も教室から出て行って、喧騒はおさまった。一部始終を見ていた生徒達も課題に集中していく。ただ、出て行った二人のことが気になるのか、時折ドアの外に目を向けていた。
二回目の言い争いを見かけたレイも、同じようにドアへ視線を向ける。男子生徒の方には助けられたこともあって、余計に首を突っ込みたくなってきた。
「なーんか、気になるよねえ……あんなに仲が悪いのってあんまりないよ?」
追いかけてみようか、と検討していたら、キーが首を横に振った。
「やめとけ。いきなり外から割って入っても解決しねえよ」
一理ある。まだどちらの事情も掴めていないのに突撃しても邪魔だろう。それに、どちらの生徒も気難しそうなので、たとえ聞いても素直に話してくれそうにない。
「それもそっか……うん、とりあえずは勉強に集中しよう。それで、また関わることがあったら聞いてみればいい」
それとなく噂話に耳を傾けながら、レイは魔法薬の解説へと話を戻していった。
◇◆◇
「それじゃあ、そろそろ『カレノクタ』に行こうかねえ。十分後に裏手側に集まるように。遅れたら置いてくからねえ……」
ボシュン、と煙が立ち込め、先生の姿が見えなくなった。
「うう、やっと終わった……魔法薬、わけわかんない……」
「あはは、カナちゃん、よく頑張ったね」
カナタは体を動かすことが好きな反面、頭を使うのが苦手なようだ。魔法薬の作り方なんかを習ったら、手順がこんがらがって目を回していた。
「今からはみんなの得意分野だから、良い気分転換になるんじゃない?」
「そうじゃん! ラッキー!」
十分後に集合場所に集まると、裏門の先に黒い森が続くのが見える。
この先は夜の永刻。支給されたランタンを手に、生徒は緊張した面持ちで外を眺める。
「みんな集まったかねえ……ここからはあたしが良いというとこ以外、行ってはいけないよ。でないと、森の中に囚われてしまうからねえ……」
「ヒッ……!」
ただでさえ怖さを感じる話を、不気味な老婆がする。生徒の何人かは怯えたように後退った。
「キヒヒ……それじゃ、行こうかねえ……」
いよいよ採集の始まりだ。
月明かりとランタンの火を頼りに、枯れ木の間を進んでいく。ときおり虫や鳥に驚くことはあるが、レイたちにとっては慣れたものだ。
「ロストンの時より全然怖くないし! 魔物もお化けもいないなら楽勝!」
「そうだね……!」
余裕そうにしているカナタとミリア。これなら生きた森も問題なく歩けるだろう。
「ヒヒ……ここらでいいかねえ。裏門からあたしがいるところまでが範囲だよ。これより奥は行かない方が身のためだねえ……。
それじゃあ、行っておいで。ランタンの火が消えるまでに帰ってくるんだよ……」
先生は自身のダミーを置いて、姿を消す。
生徒は気が進まないようだったが、何人かは意を決して木々の合間に踏み込んでいった。
「採るのなんだっけ?」
「えっと、黒い蝶の羽と落ちた枯れ枝、あと苦味の薬草の三つのはず」
「ふーん? 蝶と枝と薬草……あたし、蝶つかまえる!」
「あ……そっか。役割分担すると早い……」
森は生きているので容易くないが、ミリア達なら一人でもヘマはしないだろう。
蝶はカナタに任せ、ミリアが薬草、キーが枝を、それぞれ採ることにした。
「また後で、ここに集合しましょう」
「ああ。じゃ、行ってくる」
「分かった!」
採集の正しいやり方は先ほど調べたので、きっと大丈夫だ。
レイがここで待ってようかと検討していたら、一人の生徒による不可解な行動が目に入った。
「あれ? あの子って……」
先生のダミーより先に制服姿のツインテールの女子生徒がいる。そのまま進んでしまうかと思われたが、数分も経たずに戻ってきた。
その一見は無意味な行動。
「……なんだろう。嫌な予感がする」
三人は採集に行ったばかりで、しばらく帰ってこない。それまでに心配事の芽は摘み取ってしまえばいい。
「仕方ない。アリス、行ってみよう」
あの女子生徒が何をしたのか。それを確かめるため、レイは森の奥へと進んで行った。




