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四十話 魔法のこと

 借りた部屋に戻ったレイは、黒板に『魔法について』と魔力で書き込んだ。

 本当は最初に教えるべきことだが、レイの行き当たりばったりは今に始まったことではない。

 伊達眼鏡をノリでかけてから、レイは魔法について解説を話し始めた。


「まず魔法っていうのは、魔法使いの持つ魔力が自然に宿る精霊と合わさって生まれる神秘のことだよ。魔力はみんなも知ってるよね? 生き物なら誰でも持ってる魔法の源。魔力が上手に使えるようになると、いろんな魔法を編み出せるようになるんだ」


 黒板に『魔力』と書いて、ぐるりと丸で囲む。ミリアがメモ帳を取り出して、『魔力』と書き写した。


「そして、精霊は植物やいろんな事象に宿るとされるもの。星の力が宿っているとも言われる、魔法を魔法たらしめる不思議の源だよ」


 『魔力』と書いた隣に『精霊』と書いて再び丸で囲む。ミリアも丁寧な字で『精霊』の部分を書いた。


「ただ、霊とは言っても生き物としているわけじゃなくて、概念的な意味……つまり、魔法としての自然のことなんだ」


 『精霊』と『自然』をイコールで繋ぎ、二つのワードを大きな二重丸で囲む。書く場所が足りなくなったミリアは、下の方に『自然』と書いてイコールで繋げた。


「魔法としての自然? 山が精霊?? うぅ、こんがらがる……」

「難しく考えなくていいよ、カナちゃん。要は精霊は生き物じゃないってこと」

「精霊は生き物じゃない……うん、なんとなくわかった!」

 

 精霊という生き物が存在しているのではなく、魔法に作用する自然そのもののことを指している。

 この部分は意外と勘違いする人が多いので、しっかり説明しないといけないところだ。


「なら、精霊は存在しないんですか?」


 見えない何かがいると信じていたミリアが、少し残念そうに聞く。

 だが、その質問にレイは首を横に振った。

 

「いや、そうとも限らないんだよ。概念的なものではあるけど、自然と違って精霊には意思がある。だから、精霊は自然の中に宿る意思っていう捉え方をされているんだ」


 なんだか哲学のような話にも聞こえるが、教科書に書かれたままの表現である。

 一番のポイントは自然の意思。存在するかが大事なのではなく、意思があることだけ覚えてくれればいい。


「その意思を尊重して感応できるようになれば、より優秀な魔法使いになれる。それを踏まえて次は魔法系の説明に入るね」


 精霊の話をミリアがまとめ終わるのを待って、レイは『魔法系』と黒板に書いて線を引いた。


「魔法系っていうのは、魔法使いが使う魔法の種類と、その分け方のこと。意味はあまり耳にしないと思うけど、精霊を介する魔法の種類を指してるんだ。基本は火、水、風、土の四つ。基礎の魔法系と呼ばれる、誰でも使える魔法系だね」

「それは、知ってます。私も使えたけど、目に見えないぐらいだったから、余計に落ち込んだ記憶が……」

「ミ、ミリちゃん、無理に思い出さなくていいよ!?」


 危うくミリアのトラウマを呼び起こすところだった。魔法系の魔法は得意不得意があり、どんなに魔法が上手くても、自分に合う魔法系でないと扱えないのだ。

 心なしかミリアの周りがどんよりとしているので、レイは『甘い夢』でチョコレートをあげる。強制的だが、ミリアの自信を取り戻すことに成功した。


「美味しい……でも、魔法系は他にもありますよね?」

「その通り! ぼくの夢だったり、キーの陰だったり……カナちゃんの炎もだね。そういう魔法系のことを、特異な魔法系っていうんだ。ただ、一つ注意して欲しいのが、特異な魔法系だからって必ずしもすごい魔法ってわけじゃないこと」


 実をいうと、特異な魔法系は誰もが持っている。ただ、基礎の魔法系が苦手なミリアと同じように、わずかにしか使えない人がほとんどだ。もともと得意とする人が少ないことが前提であり、仮に得意だったとしても、基礎の魔法系ほどの積み重ねがない。

 そのため、ほとんどの魔法を自分で作り上げなければならず、使いこなせる者はごく僅かとなるのだ。

 

 その分、基礎の魔法系であれば、魔導書通りにすれば必ず成功する。

 不得意な基礎の魔法系を使いこなそうとして、特異な魔法系の魔法使いが失敗するということもよくある例だ。

 

「だから、魔法を使う上で魔力や魔法系はそこまで注目されない。あればいいに越したことないけど、それより大事なのは魔法をどう使うか。それと、魔法の基盤となる精霊がどんな精霊か。この二つが魔法系の魔法で大切なことなんだ」


 『重要!』と書いて、二つのポイントを並べて書く。これを知ることで魔法の使い方はもちろん、素材の相性や呪文の作り方も理解しやすくなるのだ。


「魔法をどう使うか……どんな精霊か……」

 

 ミリアはポイントを書き留めながら、ふと今日学校で習った魔法を思い出す。

 あれは確か魔法系の魔法ではなかったはず。レイはなんて言っていただろうか。


「……系外魔法?」

「お、ミリちゃん、よく覚えてたね。次は系外魔法についてだよ」


 系外魔法とは、その名の通り魔法系の外にある魔法である。

 だが、魔法系ではない魔法とは、どういうことだろうか。


「系外魔法……一般的には魔法語の魔法って呼ばれるっけ。これは、魔法系に関わらず、呪文を唱えるだけで使える魔法だよ。魔法の中でも特殊な方で、なおかつ一番魔法らしい魔法なんだ」


 空を飛んだり、変身したり。

 呪文を覚えるだけで、あらゆる効果を生み出すのが系外魔法である。

 クリアマーレではレイもちょくちょく使っており、タンツァハーニエの花探しや『扉』の設置で唱えた呪文がそうである。


「系外魔法は魔法語がとても大事で、呪文の並びや発音を少し間違えるだけで失敗する。だから、魔法語をしっかり学ぶ必要があるんだ」


 これを身に付けなければ、魔法系の魔法も発展させられない。系外魔法は魔法語を習う、最適な入門なのである。


「でも、あれ? あたし、魔法に呪文ないよ? レイ先生! 何であたしは魔法使えてるの?」

「それは、カナちゃんの魔法が特殊だからだね。蘇生の魔法は魔力に重きを置いてるから、呪文なしでも魔法になる。けど、もし呪文を作れたら、さらに強力な炎になると思うよ」

「もっと強力……先生、あたし頑張ります!!」


 強くなれると聞いて、カナタがやる気を出している。

 ただ、危ないので室内で炎を使うのはやめて欲しい。火事になったらレイの仕事が増えるだけである。


「頑張りすぎないでね……とりあえず、魔法の成り立ちについてはこのぐらいかな。何となく仕組みは分かった?」


 ミリアとカナタが頷いた。軽くだが念頭に置いてもらえれば、これから役に立つだろう。

 伊達眼鏡を外し、臨時授業の終わりを告げる。そのまま教科書をしまって休もうとした時、レイははたと人数が減っていることに気づいた。

 どうやら逃げた者が一名いるようだ。


「はあ、いい度胸してるよね、キーは。不正したくせに真面目に聞かないなんて。かなり余裕があるようだけど」


 どうせその辺でペドロに高い素材をあげているのだろう。

 町へ出たか、森にいるか。

 渡した魔法薬の本すら読んでいないので、多少の嫌がらせはしてもいいはずだ。


「戻らないと告げ口するって言ってきて。ちなみに過程は何でもいいよ」


 そうレイが指示したのは、跳ねた金髪と藍色の目を持つ人形。

 どこからか現れたその人物は、キーが最も嫌っている、魔導人形カイヤである。


「ナンデモということは、遊んでいいということですか。フフ、可哀想ですねェ? ワタクシ、容赦してあげませんから」


 魔法で糸を紡ぎ、カイヤは異空間へと足を運ぶ。

 カイヤの魔法は、糸の魔法。糸で縫ったところから自由に移動できるので、異空間は全てカイヤの庭のようなものである。


「それでは、行ってきます」


 パッチワークのように切り取られた空間は、カイヤの姿と共に消えていった。これでキーも懲りるはず。

 

 ちなみに、カイヤとキーの実力はというと、ほぼほぼ互角である。

 技術はカイヤが上、威力はキーのが上と言った感じだ。

 ただ、どちらかといえば、カイヤの方が性格的に一枚上手。キーが本気を出したとしても結果は変わらず、じりじりと翻弄されて不利を強いられる。

 結局、決着はつかないことが多いものの、キーにとってカイヤは相性が最悪だ。戦っても良いことは何もないので、早々に諦めて帰ってくるだろう。


「せっかく学べる機会なんだから、少しくらい興味持ってくれても良いのに。絶対本気でやれば軽く習得できるはずなんだよ? それに、ペドロだってもっと強くなれるし!」

「それは、確かにもったいないような……」

「でしょ? キーに足りないのは学ぶことなんだよ!」


 無理にやらせるつもりはないが、放っておくには惜しすぎる。

 基礎だけは叩き込もう。

 その意気込みで、レイはプレゼントの宿題を調達するのだった。


「監督はカイヤに任せればいいし、このぐらいでいっかな。……そういえば、ミリちゃん」

「……?」


 宿題を出し終えたレイは、手を止めてミリアの方に目を向ける。

 言える機会はきっと今だろう。

 なるべく穏やかになるように声を整えて、レイはとある願いを切り出した。

 

「もし、良ければなんだけど……魔法が使えない理由、調べてもいいかな?」


 単純な好奇心。それと、純粋な原因解明。

 不意に出された提案に、ミリアは目を丸くして息を呑んだ。

 

 ずっと謎だったミリアの魔法について。調べる理由はレイの気質上のわがままでもあるが、これを今切り出したことには意味があった。

 

 以前、ロストンでミリアに話した、弓の魔道具を作る話。

 

 それを実現するためには、魔力が問題なく使えるかを調べる必要があるのだ。

 もちろん、ミリアが嫌だと言えば先延ばしにするが、魔法学校は魔導具作りがしやすいところ。いい機会なのは間違いない。

 

「もちろん、無理はしないでね? ただ、せっかく魔法学校にいるから、調べてみてもいいかなって。ミリちゃんも気にならない? 魔法が使えない理由」

「……気には、なります……」


 なんたって、自身の人生を揺るがした原因なのだ。気にならないわけがない。

 ただ、やはり臆病にはなるし、知りたくない気もしている。

 魔法が使えない理由を探すのは、落ちこぼれであることを再確認するようなものだから。 


(……けど、私には弓がある。それに、魔法が使えないことは今さらの話だから……)


 目を瞑って心を落ち着かせる。

 大丈夫。大丈夫だ。

 トラウマなら、きっとみんなが塗り替えてくれる。


「……調べてください。私が、魔法を使えない理由を」

「……いいの?」

「はい」


 そろそろ前向きになりたい。ミリアは真っ直ぐな瞳で頷いた。


「……! そっか。じゃあ、少しじっとしててくれる? 魔法系を観てみるから」


 ミリアの強い眼差しに、もう大丈夫だと悟ったレイ。これならどんな理由だとしても落ち込んだりはしないだろう。

 ミリアに片手を出してもらって、そこから魔力の先にある魔法系を探る。


(まずは魔力から……うん、問題なさそう。魔法系は……火、水、水、風、土、水、水、水、水……水が微弱だけど多い……)


 今のところは何もない。本当に得意とする魔法系がないのだろうか。


(いや、そんなはずはない。それだったら、基礎の魔法系が等分されてるはず。それなら何が……ん?)


 空白のような違和感。それでいて、必要以上に埋め尽くされた魔法系。


(これは……………………っ?!)


 パッとミリアの手を離す。


「……っ…………」


 衝撃。衝動。混乱。

 息切れがする中、冷や汗も伝う。


「……は、ははっ……はは……」


 後に残ったのは、ただただ乾いた笑い声。

 目の前の事実に、目を背けることもできなかった。


「れ、レイくん、どうしたの……?」


 明らかに様子のおかしいレイに、ミリアが不安そうに声をかける。

 まるでクリスタでカナタを助けた時のよう。

 そう既視感を持つくらいには、不安定になっていた。


「…………ふう……ごめん。ちょっと驚いたみたい」


 柄にもなく取り乱してしまった、とレイは目を瞑って反省する。

 トラウマを克服しそうなミリアに、余計な心配をさせるものではないというのに。

 

「驚いた……? どういうこと……?」

「あ! 安心してね、ミリちゃん! 魔法系は全く問題なかったから! ……ただ、ミリちゃんよりぼくに問題があるだけ」


 息を吐き切って落ち着かせる。

 浮いていた足も地につけて、ミリアを少し見上げる位置につく。

 そして、魔法が使えない理由を、ゆっくりと吐き出していった。


「ミリちゃんが魔法を使えないのは、得意な魔法系がなくなったからみたい。もともとあった魔法系が綺麗さっぱり消えちゃったんだよね」

「魔法系が、消えた……?」

「うん。こんなことは普通起こり得ないんだけど、魔法系が魔法系を打ち消した。それも、外からの要因で……」


 冷静に。感情を落として。今はミリアのことだけ考えること。


 

「ミリちゃん、ごめんね。ミリちゃんが魔法を使えなかったのは

 ──ぼくのせいみたいだ」


 

 自嘲するように笑い、レイは自白の言葉を口にした。


「え……?」


 目を見開くミリア。意味が分からないという表情。

 それは、そうだろう。

 固まったままのミリアに、そのまま説明を続けた。

 

「ぼくの魔法は夢でしょ? 夢の魔法は何でもできる反面、できないことも少なからずある。その一つに、誰かが使った魔法は使えないっていうのがあってね。ぼくは夢の魔法と系外魔法以外が使えないわけなんだけど……」


 火を作ろうとして失敗する。見せかけだけなら真似できるものの、それは中身のないただの虚像に過ぎない。

 レイはため息を一つして、手に集まった魔力を振り払った。


「その反対に、自分の使った魔法は他人にも使えないっていうルールもあるんだ。そして、ミリちゃんの魔法は、ぼくが使える魔法の一つだった。つまり、ぼくが使った魔法のせいでミリちゃんが魔法系を失った。……それが、ぼくのせいって意味だよ」

「……」


 レイは魔法の使えないミリアを助けたかった。

 それで苦しんだ時間もろとも変えてあげたかった。

 

 だが、その原因が自分にあるなど、これよりひどい皮肉があるだろうか。

 

 もちろん、わざとなんかではない。

 レイの方が一足早く生きていたので、順番的にそうなっただけ。

 だが、それでもレイがいるせいなのは変わりない。間接的だろうが償うべきことである。


「本当に、ごめん」

「……」


 嫌われても仕方がない。とりあえず、今は誠心誠意謝るのみ。

 幸いお金は持っているし人脈や知識も豊富なため、お詫びする方法はいくらでもある。


「何か、できることってあるかな? さすがに魔法系を戻すことはできないけど、ぼくにできる範囲ならお詫びをするよ。ミリちゃんにはその権利がある。……こんなの、ミリちゃんの人生を奪ったようなものだし」

「…………そんなことない」

 

 最後の一言にミリアが反応を示した。そして、揺るぎない瞳でレイを見据える。

 

 ──何を言ってるんだろう。そういうことだったんだ。嘘だよね? そんなわけない。


 信じられない事実に様々な感情が渦巻いている。

 正直混乱しているし、本当はそのまま口にしたいのかもしれない。

 だけど、今は脆く崩れそうな目の方が見たくなかった。

 

「そんなこと、ない、です」


 ミリアはもう一度、はっきりと言った。

 澱みのない否定にレイは口をつぐむ。ミリアは黙りこくった少年に、偽りのない自身の本心を伝えた。

 

「確かに魔法が使えないことは辛かった。なんで私だけって思ったし、ずっとそれが一番の呪いのようだった」


 ひょっとすると、昔の自分はふざけるなと言っていたかもしれない。苦しんできた理由が目の前に現れたら、欠点を認められない自分は縋るだろうから。

 だが、それは過去であって、今ではない。

 ミリアは思考の渦を振り払って、丁寧に言葉を選ぶ。

 

「……けど、そのおかげで出会えた人やものもあって、今では魔法が使えないことなんて些細なことなんです。それに、魔法系が消えたのは偶然ですよね……? それならレイくんのせいなんかじゃありません」


 魔法を使えない原因がレイだとして、その状況がら救い出してくれたのも、また、レイなのだ。

 魔法が使えなかった分、唯一無二の弓を好きになって、大切な仲間ができた。

 ミリアにとったら、それが何よりも大切なことなのだ。


「だから、そんなに気に病まないでください。お詫びなら、あの日見つけてくれたことで全て帳消しです」


 普段は控えめな言い方をするミリアが、譲らない様子でそう言った。

 

「……あはは、まさか助けた人に助けられるなんてね」


 人生を歪められたと言うのに、こんなあっけなく許してしまうなんて。


「……ありがとう、ミリちゃん」


 心からの感謝を伝えて、レイはいつものように笑った。

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