三十八話 魔法の学舎
『え?! 魔法薬の材料って草だけじゃないんだ?!』
『比率が一対二……? 何を基準に……?』
『入れる順番とか意味あんのか? 最終的に全部入れるんだろ?』
これは、先日魔法薬作りを任せた、とある魔法使い等三人の発言である。きっとこれを聞いておかしいと感じた魔法使いはたくさんいるだろう。その感覚は真っ当なものなので、ぜひ自身の常識を誇って欲しい。世の中には、こんな基本の『き』も知らない人がいるのだから。
本来、魔法薬の材料や作り方というのは、魔法使いの必須知識の一つである。小さな子でも知っているはずの知識なのだが、あろうことか先の魔法使い等はその知識を一つも持っていなかった。
レイは基本、常識を語らず個性を伸ばすことに重きを置いているが、さすがに魔法使いが魔法を知らないのは論外。それも、魔法の基礎、魔法語と魔法文字、魔法薬の作り方、魔導具の仕組み……その他諸々を学んでいないなど、魔法使いを名乗るには時期尚早もいいところだ。
つまり、何が言いたいかというと。
「ミリちゃん達は、まず魔法について勉強しないといけない! 絶対このままはダメ!」
言い切ったレイの手には、テストの解答用紙が三枚。ほとんどの欄が埋まっておらず、白紙そのままで提出されている。
いっそ清々しいぐらいの結果に、レイは頭を押さえて盛大にため息をついた。
◇◆◇
今日は休暇を終えた初めての集合の日。
これまでの一週間でレイは銀の小箱を調べ尽くし、次の鍵は小箱が示す場所にあると判明した。
ただ、これだけではあまりにも手がかりがない。世界各地を全て探すのは不可能に近いので、早々に方向転換をすることにした。
そういった経緯で、レイは三人の知識がどれほどかを調べたくなったのだ。
その結果がどうであったか。それは、予想より遥かに愕然とするものだった。
周りに教えてくれる人がいなかったのだろう。日常を過ごしていれば自然と身につくことまで全滅だ。魔法以外で例えるならば、日常会話を習得できていないようなものである。
「えっと……すんません! あたし、魔法難しくて避けてた!」
「私は、魔法に苦手意識が……」
開き直ってあっけらかんとしているカナタと、視線を逸らしてバツが悪そうなミリア。どちらも魔法に縁がないようで、自ら寄っていくこともなかったと見える。
「まあ、ミリちゃんは弓だけを使ってきたし、カナちゃんは蘇生の魔法以外教えてもらってないもんね。けど……」
レイはもう一つの解答用紙に目を向ける。その解答用紙というのは左から数えて三枚目。
現在五つ星の魔法使いである、その人物の解答は全くの白紙。
これに対しては、レイも呆れ返ることしかできなかった。
「ねえ、キーはなんでこんなに知らないの!? 五つ星の魔法使いでこれって……魔法薬の試験とかはどうしたのさ!」
「……ん? ああ、別のやつのをマネしてやって、そんでそいつのをパクった」
「堂々と不正を暴露しないで??」
キーの魔法からして、盗みはどんな状況であれお手のものだろう。普段の常識人はどこに行ったと突っ込みたくなるが、きっとペドロがいた時のことである。
だが、いくら魔法が優れていようが不正はいけない。レイはにこりと笑って、提案という名のノルマを課すことにした。
「ぼくは優しいしキーの親友だから見逃してあげるけど、魔法薬が作れない五つ星魔法使いってことは嘘になるよね? ぼくはそういう嘘がとっても嫌いだから、本当にしないと魔法会に告げ口しちゃうかなあ……?」
「…………はあ……」
階位の剥奪は遠慮したいのか、渋々ながらも納得してくれた。
これで魔法の勉強をすることは決まったが、レイが一人で教えるのは大変だ。そもそも場所や物が整っていないし、魔法薬や魔導具を教えるには人手が足りない。
だが、エルメラディにはその全てが揃っている場所が一つある。
「鍵探しはとりあえず延期! これからみんなで東に行こう!」
レイは三人を連れてポルタヴォーチェの壁へと急いだ。
◇◆◇
「ってことで、やって来ました! エルメラディの東、カプトウィーテ!」
『扉』を使ってやって来たのは、ネイウッドよりも華やかな東、カプトウィーテ。
王侯貴族も住むいわゆる都会で、採集地などは少ないものの、物には困らないところだ。
魔導師の会議や招集に使われる魔法会の本館や、毎日が祝日と呼ばれる遊覧街もあり、最新の研究や流行が集まる場所である。
「でも、なんでカプトウィーテ? 勉強するならネイウッドのがしやすそうじゃん」
「いやいや、それは間違いだよ、カナちゃん。確かに実践を重視するならネイウッドだけど、今回は知識や実験が中心だからね。そっち方面ならやっぱりカプトウィーテじゃないと」
「カプトウィーテになんかあるの?」
迷うことなくレイが進む方向は、魔法会の本館あたり。何かあっただろうかと少し考えて、ミリアはレイの意図に気がついた。
「もしかして、魔法学校?」
「お、ミリちゃん正解! あそこほど環境が整ってるとこはないからね。ただ、正式に入学するわけじゃなくて……あ、ここだよ。着いた!」
魔女帽子のような紫の屋根と、正面に付けられた大きな時計。
ここが魔法会が創設した魔法の学舎、魔法学校だ。
魔導主が校長を務めており、魔法の基礎から難解な分野まで平等に、という方針のもと、様々な魔法使いを受け入れている。
「見習いから五つ星魔法使いまで誰でも出入りできるし、部屋と実験道具だけ借りるってこともできるんだ」
「あっ、だから入学はしないってことですね」
「うん、そういうこと」
正面の両開き扉から魔法学校に入る。
ホールには誰もいないものの、たちまち、どこからか羊皮紙と羽ペンが飛んできた。
ここに来た理由を尋ねる文が浮かび上がり、羽ペンは持って欲しいと言わんばかりに手元に躍り出る。
レイは浮遊するペンを掴んで、返答を書き入れる。そうして許可の文字が滲んだら、羊皮紙は再びどこかへ飛んでいった。
「そんな風になってんの!? 魔法学校、すご!」
「なんてったって魔導主の自作だからね。全部が魔導主クオリティだよ」
クリアマーレの宿で体験した魔法の、さらに上位の魔法や魔導具が使われている。魔法学校自体は研究所を模しているが、並の研究所とは比べ物にならないほど良いつくりだ。
もの珍しく校内を見学しながら、空き部屋のある別棟へ。
空き部屋は物を壊さないことを守れば、どんな使い方をしてもいい。勉強をするのはもちろん、実験や寝泊まりもできるので、魔法学校の中だけで完結できる。
「ってことは、一生泊まれちゃうじゃん」
「一応そういうことになるけど、それは勉強してる人に限るよ。ただ住むだけだと追い出されちゃうから」
「勉強してないって、どうやって分かるの?」
「うーんと、確か……知識が増えたか増えてないかが分かる魔導具があったんじゃないかな? ずっと増えてないと、魔法学校から放り出されるらしい」
「へえ、ちょっと怖い」
今回は泊まるつもりはないので一部屋だけ借りる。
ちなみにこれからは魔法学校の授業にお邪魔するつもりだ。一般の魔法使いでも授業を見ることができて、生徒優先を守れば課外授業や試験も受けられる。
「まずは魔法の基礎からだね。時期的にそこまで進んでないと思うから、すぐに追いつけるはず」
「まさか、座りっぱなしとかじゃねえよな?」
「それだったらキーは誘わないよ。絶対無理だし。基本は実践を交えながら教えてくれるし、一回の授業が短いから拘束されないよ」
「短いってどんぐらいだよ」
「基本は十分前後で、稀に多いと一時間から三時間ぐらい」
「……マジか」
予想外に短かった。本当に一ずつ教えているようだ。おまけに授業は全て聞かずとも、理解できたら出てっていいとのこと。
真面目に聞くか、必要なところだけ覚えるか。全ては自身の配分によるようだ。
「あ、そこの杖、持ってって良いみたい」
テーブルの上に片手杖があった。
縦長の箱に入れてあり、一人一つずつと書かれている。
レイは必要ないが、三人はもらっておいた方がいいだろう。
「じゃあ、これにしよ!」
「じゃあってなんだよ。全部変わんねえのに」
杖を獲得したら、いよいよ科目決めだ。
授業の種類が載っている掲示板の前に来て、どの授業がいいかを選んでいく。基礎や入門と書かれたものに目星をつけながら、レイは意見を聞いてみた。
「魔法と魔法語と、まじないと魔法薬と、魔導具の授業は聞きに行くけど、他はどうする? 気になるところがあったら遠慮なく言って欲しいんだけど」
「あたし分かんないから、レイくんのおすすめでいいよ!」
「俺もパス」
完全に自己流でやってきたカナタとキーは、そもそも興味があまりなさそうだ。
だが、魔法を避けてきたミリアは興味がある、否、興味がありまくりだった。
「呪文の成り立ち、魔法使いの歴史、魔法雑貨の作り方、魔導具の仕組み……あ、魔法でも魔法系の魔法じゃなければ私でも使える……?」
「ふふ、ミリちゃん全部習うつもり?」
「あ、いえ、えっと、色々あって悩んでて……」
「うーん、この中なら魔法雑貨と魔導具の仕組みは入れておくといいね。それと、系外魔法を習いたいなら、魔法系って書かれてない魔法の授業だよ」
「え、そうなの……? なら、こっちの使い魔については……」
今まで魔法に関わることができなかった反動か、ミリアは熱心に授業を厳選している。レイも魔法に興味を持ってくれたことが嬉しくて、アドバイスをしながら話し込んだ。
その間、師弟コンビが暇だったことは言うまでもなく、口の止まらないレイはキーに怒られた。
「ごめんって! けど、少しぐらい待ってくれてもいいんじゃないですか!」
「全く少しじゃねえだろ! もう二十分は経ってる」
「たった二十分だよ? ケチだね?」
「こっちは二十分つっ立ってるんだが?」
そのまま二十分が有りだとか無しだとか議論していたら、カランカランと鐘の音が鳴った。
どうやら今の授業が終わったようだ。
この後、小休憩が入って次の授業に移る。そろそろ授業の準備をしておいた方がいいだろう。
「右の通路の三つ目……ん?」
教室までの廊下を通ろうとしたら、何やら人だかりが。
集まっているのは近くの教室の前。教室から出てくる生徒はおらず、ざわめきが広がっていた。
「何かな……?」
「行ってみようか」
人の波をかき分けて、ざわめきの中心を覗きにいく。
そうして聞こえたのは生徒同士の言い合い。ピリピリとした険悪なムードで、両生徒が睨み合っていた。
「あなたあ、私に刃向かうつもりかしらあ? ほんと、何様のつもりよお」
「うるさい。俺は絶対にやらない。そっちが勝手にすればいい」
「だからあ、それが面倒だからこうして話し合いをしてるのよお? どうしてわからないのかしらあ」
「……はあ、話にならない。一方的に押し付けてるだけじゃないか……」
仁王立ちで見下ろす女子生徒と、それを嫌厭してしかめっ面をする男子生徒。意見が合わないのか、平行線の論戦が繰り広げられていた。
「あれ、大丈夫……? 先生、呼んでこようかな?」
「そうだね。あのままだと困る……」
近くの生徒もどうしたものかと話し合っている。加速する言い合いに皆が困り始めた頃。
──カランカラン
予鈴が鳴った。次の授業が始まる合図である。これには対峙した二人も口を動かすことをやめ、授業の準備をするために散りじりになった。
安心した他の生徒も、急いで教科書の準備をする。レイたちも教室が空いたので、後ろの席を選んで着席した。
「あれ? あの人、この教室に残るんだ」
「あ、本当だ。授業の続きを聞くみたいだね」
女子生徒の方は教室を後にしたが、男子生徒の方は窓際の後ろに荷物を置いていた。
少し様子をうかがっていたら、目が合ったので軽く会釈をする。
すると、あちらもぺこりと小さく返してくれた。印象的には真面目で落ち着いた感じであった。
「さっきと全然違う……」
「あれが素なんだろ」
失礼にならない程度にそんなことを話していたら、ドアが空いて先生が入ってきた。ちょうど授業開始の鐘が鳴り、初回の授業が始まった。
「は〜い、それでは魔法の基礎についての授業を始めます! ……あ、みんな、そろってる? ……うん、大丈夫そうね!」
快活に声をかけて、金髪の魔女は教本をめくる。
彼女の名はマリリン・ハートウェル。現在、五つ星の魔法使い。明るくて優しいと、生徒に人気な先生である。
「今回はそよ風の魔法について。この魔法はあまり使うことがないけど、蝋燭の火を消したり暑さをしのいだり、意外と使い道があるわ」
始まった魔法の授業は、誰でも使える魔法語の魔法。正式名称は系外魔法と呼ばれるもので、呪文を覚えれば誰でも使える魔法である。
日常に使えるちょっと便利な魔法なので、決闘や狩りで活躍することはない。だが、同時に人を選ぶことがないので、おそらくミリアでも扱える魔法である。
「ミリちゃん、一回やってみてくれる?」
「うん……『クーフゥ・フ』」
ミリアが呪文を唱えると、左手に持った杖から光が溢れる。きらきらとした輝きは、やがて、肌を撫でるような風を生み出した。
「できた……! やっぱり、魔力があればできる……」
「ってことは、ミリちゃんが魔法を使えない理由は魔法系なのかな?」
そろそろミリアが魔法を使えないことについて、しっかりと調べた方がいいかもしれない。せっかく魔法学校までやってきたので、この環境を生かさない手はないだろう。
(魔力が使えて魔法は使えない。魔法系がないなんてこともあるのかな? それとも、何らかの要因で魔法系が使えなくなった? どっちにしろ、きっかけがないとこんなことにはならない。それなら人為的な可能性も出て来るけど……)
魔法が使えない魔法使いの存在に、好奇心が駆られるレイ。
その様子は表に出されていないが、ミリアは何となく警戒心を高めたのだった。




