三十七話 取り戻した平穏
「誰だったんだろう……? 敵意はなかったけど、怪しさ満点だったよね」
研究所に突如現れた第三者。クリアマーレの企みが終わったかと思えば、新たな謎がレイたちの元へ舞い込んできた。
レイは呪いに使われた小瓶を浮かべて、中に入っていた液体と込められた意味を調べる。
黒くて奇妙で不恰好。
呪いの中でも最も禁忌に近い特徴だ。
「これをあの人が? 研究していたのはそうだとして、研究所はどうやって魔法会の目をかいくぐったのか……」
これだけ凶悪な呪いを単独で作ったとは考えにくい。マウリス研究所で研究していたとはいえ、何者かが手を貸していたはずだ。
さらに、呪いには病の他にもう一つの効果があることが分かった。
呪いが解けることを確認してから、レイは自身の指に小瓶の液体を垂らす。すると、力が抜ける感覚とともにふらりとよろめいた。
「うわ……」
「だ、大丈夫?」
倒れるまでには至らなかったが、隣にいたミリアに支えてもらうことになった。
「うん、大丈夫。けど、……これ、まさか、魔力を使えなくする呪い? ……まだ完成していないけど、この呪いが広がったら混乱どころの話じゃない」
魔法使いにとって切っても切り離せない魔力を、使えなくする。思いついた人物は相当に非道だ。魔法使いの持てる全ての手段を奪うものだから。
「魔法会に報告するの?」
「もちろん。ただ、何も残ってないから対応できないだろうけど」
結局、呪いの元凶が分からずじまいだが、あの青年には再び会うことだろう。今は解明できずとも、その時は必ず元凶を聞き出さなければならない。
「あー、なんか大きな事件の匂いがする……面倒なことになったなあ」
「別に俺らが関わる必要ないんだが……」
「いーや、こんな悪意あるもの見せられたら傍観なんてできない。それは、ぼくが許せないからね」
そう言うと思った。心底面倒臭いのはキーの方である。できれば魔法会に任せて身を引いていたいのだ。
「ってか、鍵探しに情報集め、採集と呪いの犯人探し。やる事多すぎだろ」
「大丈夫。採集以外は情報集めだから」
とにかくゴリ押しで全てやり切るつもりのようだ。忙しくなりそうな予感に、キーはため息を吐くのだった。
そんな風にレイたちが呪いについて話す傍ら、カナタは一人、青年の去った方を見つめていた。考え込んでいるのか難しい顔をしており、いつものカナタらしからぬ様子である。
「カナちゃん、どうしたの? なんか見つかった?」
「……ううん。そうじゃないけど……」
気付いたレイが不思議そうに尋ねると、ハッキリしない口ぶりで首を振る。レイが首を傾げて待っていると、迷いながらも話してくれた。
「あのローブの人の声……あたし、聞き覚えがある」
「え、本当?」
意外なところからの手がかり。ただ、カナタの表情は曇っており、眉根を寄せて首を捻っている。
「でも、誰だったか思い出せない。身近な人だった気がするんだけど……」
「身近な人……家族とか?」
「うーん………………やっぱ分かんない!」
考えるのやめた、とカナタは首を振る。そして、いつもの元気な笑顔に戻ると、早く外に出ようと提案した。
「気持ち悪いし、早く外の空気が吸いたいです!」
「そうだね。魔法会の人もじきに来るだろうし、脱出しよっか」
裏の方に回り研究所の外へと出る。人通りは少ないため、このまま広場まで行けば怪しくない。
「ふー、やっと終わった! 呪いとか大変だったね!」
真っ先に外へ飛び出したカナタが、外の新鮮な空気をいっぱい吸い込んだ。
「いろいろあったけど、鍵は回収できたしいい旅だったよ。……ちょっと予定詰めすぎたけど」
ロストンの反省をもとにゆるい旅路にしたかったのだが、クリアマーレの状況的に急ぐ形になってしまった。
行き当たりばったりが常のレイには、計画的という言葉はまだ早いらしい。これからは急ぎすぎない程度に突っ込んで行くことにする。
そんなことを考えながら広場へ向かおうとして、レイはふと思い出す。
「そういえば、カイヤは?」
呪いの話はどうでもいいと、途中でどこかへ行ってしまったのだ。そのまま去ったわけではないだろうが、とレイは辺りを見渡す。
「姿が見えない……ことはなかったね」
すぐ後ろにいた。さっきまではいなかったのだが、タイミング良くこちらに来ていた。自由自在で神出鬼没。それが、カイヤの得意とする魔法だ。
「レイ様、話は終わりましたよねェ? 先ほどの続きですが、ワタクシから贈り物がありまして……」
研究所でそこそこの事件があったのだが、カイヤはお構いなしで再会の話を続けていた。
「今出されても困るんだけど……そういえば、シリマは一緒じゃないの?」
シリマというのは、レイの作ったもう一つの魔導人形。カイヤの弟だ。いつもは二人でいるのだが、今は姿が見えない。
「ああ、愚弟は情報提供してくださった方についておりますよ。その情報提供者なのですが、何故だかワタクシに懐いてくれず……ワタクシが助けたというのに悲しいことですねェ」
涙を拭うフリをするカイヤ。そのわざとらしさは一級品で、嘘を言っていなくても胡散臭い。助けた人物が寄ってこないのも頷けてしまう。
「それなら先に二人のところに寄って来なよ。話はあとで聞くから」
「そうですねェ。ワタクシはシリマと跳ねっ返りを連れ回すことにします」
「いやいや、情報提供者の人は解放してあげてね?」
「……。それは難しいですねェ? どうもワタクシ、あの跳ねっ返りが気に入ってしまったようでして」
悪びれもなく解放しないと宣言した。カイヤのお気に入りはタチが悪く、玩具を見つけたノリで気まぐれに人や物を拾ってくる。
跳ねっ返りとやらが誰かは知らないが、レイは会ったこともない情報提供者に同情の念を抱くのだった。
「それでは、また後ほど」
華麗に一礼してから、カイヤはふと姿を消した。
「情報提供してくれた子、大丈夫かな? いつか会ったらお詫びしないと……」
「お詫びって、そんなに……?」
「うん。ミリちゃんも見ればわかるよ」
「そ、そっか……」
奇抜な人形は放っておくと危ない。レイは問題児の帰還に、気を引き締めた。
そろそろ陽が傾いてくる時間になった。『ハルフの森』や『扉』からは魔法使いが帰りつつあり、商店街は夜にかけて賑わいが増している。
「さて、ぼくらも魔法会に報告しないとね。……そうだ! お腹すいたし、報告終わったら『ククーロ』に寄っていこう!」
「いいじゃん! 行こう行こう! あたし何食べよっかなあ」
「なんでも良いが、あのパフェはやめろよ?」
「ふふ、食べ過ぎ注意、ですね」
二個目の鍵を手に入れた順風満帆な旅。浮かび上がった新たな謎は置いておき、レイたちはやっと一息つくのだった。
◇◆◇
「それじゃ、次はまた一週間後ね」
おやつと夕飯を続けてとり、お腹が満たされたところで解散だ。軽く手を振って各々が帰路につく。
皆の姿が見えなくなるまで見送ると、ミリアは歩き出すことなく、その場に佇んでいた。
「……」
とても学ぶことの多かったクリアマーレの鍵探しだが、ミリアには一つ、どうしても気になっていたことがある。
(勇者が使った最後の魔法……レイくんが剣を割って止めたみたいだけど、どうやって……?)
女皇から鍵を取り返した後、勇者は誰の手にも負えない技を放とうとしていた。唯一対応できるキーも、閃光が陰を消したことから、間に合わせるには至らなかった。
そんな中、レイが剣を割ったのだが、それはおかしい。剣というのは物理的なもので、破壊するには何かしらの衝撃を与えなければいけない。
(レイくん、攻撃できないはずなのに……)
ということは、夢の魔法で書き換えたのかもしれない。だが、いったいどう書き換えたら剣が割れるのだろうか。
それに、その書き換えだってミリアの矢の方に使っていた。あの一瞬で魔法を使えるのならば、天才どころの話ではない。
(今度、聞いてみようかな……)
理解できていないことを考えても仕方ない。答えを出すことを諦めて、ミリアは再び歩き始めるのだった。
◇◆◇
クリアマーレの呪いを止めてから三日後。
とある重要な役目のために、レイはクリアマーレの西、オーロッカへ再び足を運んでいた。
レヴィツキーの工房へ行き、戸を叩く。
しばらくしてドアが開くと、レヴィツキーが晴れやかな表情で出迎えてくれた。
「この前はやってくれたみたいだな。知らせを聞いた時は驚いた」
「あはは、まあね。これでオーロッカのみんなもいろんなとこに行けるよ」
「ありがとう。また礼はさせてもらう」
「だから、お礼はいいって」
二階に上がって詳しい話をする。
呪いや女皇の行く末などを聞いたレヴィツキーは、だんだんと難しい表情になっていった。
「まさか呪いに手を染めていたとは……あれでも女皇のプライドは誰よりも高い。卑怯とは無縁だったはずだが……」
「ぼくも想定外だったよ。もしかしたら、呪いの協力者がそう仕向けたのかも」
「なるほど。その協力者とやらは相当に信頼されていた、ということか」
女皇の暴挙の一端に、レヴィツキーは腑に落ちたようだった。
「あと女皇様の処遇だけど、地位はそのままにして、常に魔法会が監視するってことで落ち着いたよ。もちろん魔力は封じてね。王様なんてやりたがる人がいないから、このままの方がむしろ贖罪になるって」
「そうか、それはいいな。これまで散々好きにしたんだ。働いて返してもらう方が割に合う」
やっと昔の平和を取り戻すことができた。レヴィツキーは肩の荷が降りたように笑っていた。
その後、こちらに帰ってきたスヴェトラナに会ったので、お礼やその後の話をした。
「へえ、お城に突撃したんですか? なかなか思い切ったことしたようで……私も騎士になれば見れましたかね」
「……ラーナ、今残念だと思っただろう?」
「あらら、バレちゃいました? だって、間近で見れば迫力満点ですし、見なきゃ損じゃないですか」
スリルのために転職するのも……、と本気で検討するスヴェトラナに、レヴィツキーは苦笑して止めに入った。
そうやって喋りながら市場の方へ。目的地に着いたので、レイは今日一の朗報を切り出した。
「レヴィツキー、実はね? 今日、オーロッカに『扉』を作ろうと思うんだ。ネイウッドへ直接繋がる、オーロッカの『扉』を」
そう言って、『扉』を呼ぶ魔法に必要な錆びた鍵を取り出したレイ。今まではアルスチアンにしかなかった『扉』だが、今回のことを機に作ってしまおうと任された。
これがレイの役目であり、オーロッカのためのサプライズ。
レヴィツキーは驚きに目を瞬かせると、嬉しさを噛み締めるように感謝を口にした。
「それはありがたい。『扉』があれば鍛冶師が孤立しないで済む。それに、他国で店を構えることも難しくない。……だが、ここまでしてもらうのは申し訳ない。本当にいいのか……?」
「いいに決まってるよ。むしろ、今までなかった方がおかしかったんだから」
オーロッカの中心の扉を選び、錆びた鍵に魔法をかける。
そして、四方に書いた魔法文字の中心に置いたら、準備完了。
『サギヒ・マニミ・シニ・ティカ』
呪文を唱えて手にした杖を扉に向けると、魔法文字と鍵、扉が共鳴するように輝き出した。
鍵がひとりでに扉の鍵穴に刺さったら、レイは最後の一節を口にする。
『ラノーティ・ヴォユ・リブオータ』
光はきらきらと空に向かって伸びていき、やがて、扉の一点へと集まり散っていった。
魔法のかかった『扉』を開けてみると、中は多くの人と商店街へと続く道。ネイウッドのポルタヴォーチェの壁付近が広がっていた。
「よし、成功! これで、いつでもネイウッドに行けるよ。他のところもポルタヴォーチェの壁を通せばいいから」
「ああ」
これで二度とオーロッカが孤立無援になることはない。
おまけにクリアマーレの金属が気軽に手に入るため、新しい魔法や魔導具が生まれるかもしれない。どちらにとっても嬉しいことである。
「ぼくも鉱石をいくつかもらってこうかな? 魔法雑貨とかにも使えそうだし……」
「ああ、それはいいが……やっぱりお礼はさせてくれないか?」
「ええと……この話何回目?」
「五回目だ」
いらないと言っているが、レヴィツキーの気が済まないらしい。
お礼と称して渡されたのは、判の押された一枚の紙。よくよく読んでみると、支払免除の文字があった。
「……こ、これはさすがに割に合わないよ!? しかも無期限だし、魔法使いの年齢は考慮してる!?」
レイたち四人に対して、オーロッカの店全てがという内容。
破格のお礼にレイは反対したものの、レヴィツキーが引き下がることはなかった。
「もちろん。そのぐらいは痛手にならないと判断して書いた。他の奴にも聞いたが、足りないという者ばかりだったな」
「足りないって……」
「だから、どうか受け取ってほしい。でないと、こちらの方が割に合わない」
真剣にそう頼んで来るので、承諾しないわけにはいかない。レイは仕方ないか、とありがたく紙を受け取った。
「魔法に鉱石が必要だったらいつでも来てくれ」
「うん、わかった」
レヴィツキー達と別れ一人になったレイは、活気づいたオーロッカの街並みを見て周る。今はまだ古く不便なままではあるが、『扉』があれば不自由することはない。
問題がないことを確認して、レイは羽ペンを取り出し、今日の出来事をしたためる。最後に自身の名を書くと、文字は空の彼方へ飛んでいった。
「これでやる事は全部終わったかな。……カイヤ、いるよね? これからの準備を手伝ってくれない? ぼく一人だと手が足りなくて」
「お使いですかァ? まあ、久しぶりですし、コキ使ってくれていいですよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて。商店街でこれ全部調達お願い。それと、ダメ元だけど呪いについて調べてきて」
「……ハァイ、分かりました」
さっそく人使いが荒いですねェ、と文句をこぼしながら姿を消すカイヤ。ああ見えて効率主義なので、一日も経たずに報告してくれるだろう。
レイも鍵調べの続きがしたいので、そろそろ帰ることにする。
その前にもう一度オーロッカを振り返って、レイはぽつりと呟く。
「……何も失われなくて良かった。やっぱ無いものをねだるより、今を大切にしないと。……女皇様も争いなんてしないで鉱山を守れば良かったのにね」
考え方や価値観の違いは、時に大きな亀裂を生み出す。
それを肝に銘じなければ、魔法が人と自然を破滅させてしまうのだ。
『争いのない世界だったらいいのに』
(……本当、戦争までして欲しいものってなんだろうね? 到底理解できないな。……それより、あの呪いはどこから? 一人であれを狙って作るのは、まず不可能……何か裏がありそうだ)
天使と勇者の言い伝えが残るクリアマーレ。
タンツァハーニエの花畑のように不変であることを祈って、レイはクリアマーレをあとにした。




