三十六話 思わぬ再会
その頃のマウリス研究所。
研究所には魔法会からの魔法使いが派遣されており、禁忌に手を出した魔法使い達を取り押さえ、研究所を閉鎖する役目を与えられていた。
だが、派遣された魔法使いは、研究所で衝撃的な光景を目にすることとなった。
「ど、どういうことだ……? これは……」
破壊されたドアと、伸びている研究員。床も壁もどこかしらが抉れたり、亀裂が入ったりしている。
この場所が襲撃されたということは分かるが、派遣された自分たちは何も手を出していない。
つまり、何者かが先に研究所を潰した痕跡ということだ。
「まさか、魔導師の方が先に……いや、それなら我々が派遣された意味がない」
状況を見るに、研究所を潰したのは高位の魔法使い。最低でも四つ星以上の魔法使いの仕業と考えられる。
呪いについてを知る人物は限られているはずだが、いったい誰が襲撃したのだろうか。
「……とりあえず、拘束しておくか」
不可解に思いながら、派遣された魔法使いは役目に専念するのだった。
◇◆◇
『扉』のあるポルタヴォーチェの壁から、研究所に着いたレイたち。
街中では少し騒ぎがあって、呪いが撒かれ始めたのかも知れない。
今も遠くから悲鳴が上がっており、いち早く解決しないと混乱が広まってしまう。
「で、乗り込むのか? ペドロは解放するつもりだが」
「うん、それでいいよ。キーには大活躍してもらったし」
「ペドロもな??」
「あ、ハイ」
物々しい雰囲気の研究所へ、慎重に進んでいく。入り口には捕えられた研究員が集められており、廊下や部屋はところどころ煤けていた。
「これ、本当に魔法会の人がやったかなあ? それにしては雑な気がするんだけど」
「俺より暴れてねえか? これやった奴」
何となく違和感を感じながら二階へ上がる。二階の実験室からは何やら音がするので覗いてみれば、魔法会の人たちを発見した。
「派遣されてきた人達かな? 拘束してるみたいだけど……」
その光景だけ見ればおかしいことはないのだが、不思議なことに拘束の魔法以外を使った様子がない。これだけ研究所の中が荒れているというのに、攻撃用の魔法を使ってないわけないだろう。
「魔導具か魔法薬を使った、とか……?」
「ぼくもそう思ったけど、証拠を破壊するぐらいの魔導具を魔法会の人が使うかな?」
「それは、確かに……」
疑問が尽きないが、勝手に立ち入ったレイたちが魔法会の人に尋ねるのは憚られる。
呪いのあった地下まで行けば分かるだろうか。
階段に向かおうとした時、どこかで派手な爆発音が聞こえてきた。それも、何回も立て続けに。
「びっくりした!! どこから?!」
「えっと、あっちの方からだね」
急いで爆発元へ向かうと、そこは研究所の別棟。それも、呪いの研究室があった棟だった。
「ってことは、研究所を爆破したのは全く別の人なんだ? それなら、この荒らしようも納得できるよ」
「でも、誰が? 呪は私達と魔法会の人しか知らないはず……」
別棟に入り込んで、爆発元の近くへ。
しだいに爆発音が大きくなると同時に、何者かの歓喜する声が聞こえてきた。
「いっやァ、やはり爆発は最高ですねェ! 芸術的で美しい! 派手さこそ至高というものです!」
「……ん……? この声……」
何故かレイの知っている声と酷似している。というより、この特徴的な喋り方は本人そのものである。
まさかと思い、レイが声の主の元へ向かったところ。
「そろそろこちらも試してみなければ…………おや?」
「……」
「……!」
「「あ」」
見事に大当たり。レイのよく見知った顔が、そこにあったのだった。
◇◆◇
見つめ合って数秒後。とりあえず声の主には爆破をやめてもらい、まだ比較的壊れていないところに移動する。
すると、声の主は失敗作の魔導具のように、震えながら声を発した。
「おやァ、これはこれは……レイ様じゃあありませんか……」
「久しぶりだね、カイヤ! いつぶりだったっけ?」
「…………」
レイが気さくに話しかけると、男は藍色の三白眼を見開いて固まった。衝撃を受けたのか指先すらも動いていない。
「えっと……カイヤ? おーい、聞こえてる?」
おかしいな、とレイが目に手を翳してみる。
すると、落ち着きを取り戻したらしい男は、ものすごいスピードで身だしなみを整え出した。
そして、レイの姿を焼き付けるように見ると、身振り手振りを付けて再会の喜びを口にした。
「どこからどう見てもホンモノですねェ! これはこれは、何っという幸運でしょう!」
「うん、変わりなさそうだね」
動き出したかと思えば大袈裟な話っぷりの披露。これぞ、レイのよく知るカイヤという人物である。
「いつこっちに戻ってきたの?」
「つい最近ですねェ? 真っ先に家に戻ったのですが、アリスに不在だと告げられまして。適当に遊びがてら、お待ちしておりました」
「ああ、それは悪かったね。っていうか、こっちに来ようとは思わなかったんだ」
「思いましたよォ? ですが、アリスに止められてしまいました」
「うん、良かった。さすがアリス」
カイヤは少々……いや、かなりの問題児なので、クリアマーレに来ていたら大変だったはずだ。
アリスの賢明な采配にレイは感謝した。
「ところで……この方々はどちら様でしょう? そこにいる鴉の飼い主は置いておくとして、そちらの小娘とチビっこは知りませんねェ」
「ち、チビっこ?!」
「小娘……」
初対面から遠慮のない物言いに、ほおが引きつるカナタとミリア。
さらに、そんなミリア達に向かって、目の前の人物は皮肉気に笑みを深めてくる。その余裕そうな素振りが火に油を注いだようだ。
「何、この人! 腹立つ!!」
「カ、カナタちゃん、落ち着いて……!」
威嚇して今にも食ってかかりそうなカナタをミリアが止める。
だが、目の前の男はスッと三白眼を細めて見下ろしてくるだけ。そのどうにも勘に触る行動は、ミリアにも苦手意識を抱かせた。
「こら! 口が悪いよ、カイヤ! この二人は旅仲間のミリアちゃんとカナタちゃん。ぼくの無茶に付き合ってくれる良い人達だよ」
「ほぉ、そうなんですかァ? それは挨拶もせず失礼いたしましたァ。
ハジメマシテ、御二方。ワタクシはレイ様の助手で、従者のカイヤと申します。以後、お見知りおきを」
手品師がするように、華麗に頭を下げるカイヤ。白いロングコートに白いシルクハットを被った、派手な装いが妙に合っていて、さながら品のある紳士のようにも見えた。
「ミリア・リンジーです。よろしくお願いします」
「……カナタっていーます」
カイヤが気に食わないカナタは、そっぽを向いてのご挨拶。初対面からなかなか相性が悪そうである。
「カナちゃん、ミリちゃん、ごめんね……カイヤにはよく言っておくから」
「べっつにー? ぜんぜん何とも思ってないし!」
拗ねて膨れっ面のカナタ。カイヤが言い過ぎたのは言うまでもないが、ここでレイが謝れと命じてもカイヤが素直に聞いてくれるとは思えない。申し訳ないが、耐えて欲しいところである。
「えっと……レイくん、カイヤさんの言っていた助手と従者って何ですか?」
何とか話題を逸らそうとミリアが気になったことを聞く。助手はアリスがいるので納得だが、従者とはいったい何のことだろうか。
「ああ、それはカイヤが勝手に言ってるだけって言うか……ぼくはやめるよう言ってるんだけどね。
実は、カイヤはぼくが作った人形なんだ。それも、完全に自律したカラクリの魔導人形だよ」
「……?? ま、魔導人形、ですか!?」
「そうだよ。結構な完成度でしょ? ぼくの最高傑作なんだ」
「それは、そうですよね……」
魔導人形とは、魔導具と魔法を合わせて作った人形のことである。簡単な動きだけをするものから、難しい命令をこなすものまで、魔法使いによって魔導人形の出来栄えは様々だ。
だが、レイの魔導人形であるカイヤは、人と何ら変わりのない動作と喋りをしている。本人が言うように最高傑作そのものだろう。
「人が人を作ったみたい……」
「あながち間違いじゃないね。実際、ぼくの言うことを全部聞くわけじゃないし。それに、あれでもカイヤは話術に長けてるから、人の中に溶け込むのも上手なんだ。だから、よくアリスの護衛を頼んだり、手が足りない時に代理も任せてたりするよ」
「カイヤさん、すごいですね……」
癪な態度や言動はともかく、カイヤの有能さは短い説明でも十分伝わった。
「レイ様、本当にこのチビっこ達が仲間なんですかァ? こんなちんちくりんより、ワタクシの方が百倍、いや、千倍は優秀ですよ」
「なっ……あたしだって、こんな捻くれ者より絶対性格いいもん!!」
いったい何があったのか、カナタがカイヤに遊ばれているようだ。わざとらしく肩をすくめたカイヤが、噛み付くカナタを残念そうに見下ろしている。
「カイヤ、それはダメ。カナちゃんは優秀だから」
さすがに度が過ぎているので止めに入る。カイヤは人を揶揄うのを趣味としているところがあり、レイやアリス以外には常に皮肉を口にする。
癖のようなものなのでレイも大目に見ているが、仲間となったら話は別だ。レイが少し厳しくカイヤに注意すると、納得していなさそうに聞き入れてくれた。
「……ハァ、仕方ないですねェ。引き下がってあげますよ、チビっこ」
「チビっこいうな!! ……ところで、師匠はなんであんなに離れてるの?」
ふと冷静になったカナタが、数メートル先にいるキーを見て不思議そうにした。さっきまで一緒にいたのに、いつ抜け出したのだろうか。柱の陰に隠れて縮こまっている。
見つかったキーは、気まずそうに視線を逸らして答えた。
「……苦手なんだよ、そこの胡散臭え人形。こっちが黙ってれば、一生ネチネチ嫌味ばっか言ってきやがる」
「オヤァ? 鴉の飼い主はいつからそんなに臆病になったんですかねェ? やはり、ペットがいないと何にもできませんかァ?」
「……」
逆鱗には敢えて触れていくカイヤ。相棒のペット呼ばわりはキーにとって禁句である。
「…………ペドロ、呼ぶか」
「キー、ストップ! 今はそんな時間ないって! カイヤも挑発しない!」
今にもバトルが始まりそうな発言に、レイは慌てて仲裁に入った。
カイヤと再会して頓挫していたが、急いで呪いを止めなければ大変なことになる。喧嘩はその後にして欲しい。
「時間がない、とは?」
「……あれ? カイヤ、知らないのに研究所を爆破したの?」
「恐らく、そうなるのでしょうねェ? 何となく怪しそうだったので潰しただけですし」
飄々と悪気もなく潰した理由を話している。事実無根とは、勘違いだったら申し訳ないどころの話ではない。
「カイヤ……いつも言ってるけど、本当に悪いかはちゃんと確認して? 違ったらどうするのさ……」
「ワタクシの勘はいつも外れませんよォ? それに、今回はろくでもないことは確認していますし」
「そうなの?」
「ええ。とある魔法使いを助けて差し上げた時なのですが、どうも加害者がマウリス研究所の魔法使いだったようで。かなり性格が捻じ曲がっていたため、研究所も同類だと思いまして潰しに行きました」
「それ、ぼくは容認していいのかな……?」
とても理解しているようには思えないが、結果的に研究所を手早く抑えることができた。
後は、呪いをかけている人物を止めるだけである。
「でも、ここには呪いがないよね?」
「今のところ、ワタクシも見ておりませんねェ」
「おかしい……ここで研究してたのに、わざわざ別の場所は……もしかして、女皇様の言ってた協力者が……?」
レイがそう推測していたら、おかしなことに答えが返ってきた。
「ご名答。呪いを広めたのは私です」
「……?!」
慌てて振り返れば、ローブ姿の青年が佇んでいた。
先ほどまではいなかった人物。
フードを深く被っており、弧を描く口元以外に人相を知る術はない。手には呪いの根源である小瓶が乗っており、妖しげな気配を醸し出している。
「きみが協力者? ……なるほど、呪いの研究を任されていたんだね」
「まあ、そんなところです。先ほど連絡があって呪いをかけたのですが……どうやら女皇様は敗れたようですね。それなら、これ以上呪いを広める意味はない」
青年は小瓶を投げ割り、不穏な魔力を解いた。あっさりと解かれた呪いに拍子抜けするも、青年がこれ以上何かする様子がないことにホッとする。
だが、青年の意図は読めずにいる。女皇の計画が失敗だとしても、いささか潔すぎる。
何故、呪いをそのままにせず、自ら解いたのだろうか。
「エルメラディを崩すことが目的じゃないの?」
「それは、あくまで女皇様に協力していただけです。私の目的は人を見つけること。そのために、呪いをかけて足止めを狙ったのですが……」
「……? どういうこと?」
「……いえ、今はまだ知らせる時ではないようです」
意味深な言葉を口走り、青年は踵を返す。
そして、不思議な色合いをした水の魔法を呼び起こすと、青年の姿は徐々に薄くなっていった。
「またいずれ会うことでしょう。それでは」
予言めいた言葉を残して、青年の姿は空に消えていった。




