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三十五話 勇者の魔法

「次はどうすっかなぁ。殺すなとかつまんねぇこと言ってくるバカがいるから、頭使わねぇとなぁ?」


 ペドロに不具合がないかを見ながら文句を垂れるキー。騎士達を一網打尽にしても、まだ足らないらしい。過激派もいいところである。

  

「はいはい。悪かったね、つまんないバカで。そんなに暴れたいキーに朗報です。勇者を倒しちゃってください」

「マジで? 加減しねぇの?」

「いいよ。……ぼくが何とかするんで」

「最っ高かよ! 過去一気がきくじゃねえか!」

「それは、よかったねえ。……ぼくが何とかするんだけどね!」


 良い知らせにキーはすぐさま勇者の近くに飛んで行った。勇者も舐めてかかれない相手と気づいたのか、薄く笑んだ口元を真一文字にして警戒した。


「来ねぇか……ビビってんのか??」

「ハハ、まさか」


 そして、始まった次元の違う魔法の応酬。

 キーが死角を狙って弾丸を撃つのに対して、勇者は閃光によって陰をかき消していた。


「へぇ、やるなぁ? じゃ、コレはどうだよ!」

「……私と同格とは驚いた。余裕とはいかないようだね」


 もはや魔法使いではなく、ファンタジー世界の戦いのようなスピード感である。


「え……あれ、騎士達も巻き込んでる……?」

「ん? ……本当だ。せめて、国民は守りなよ。『ミ・ロードゥ』……『ミ・ロードゥ』、で、次は勇者の閃光……」

 

 これから荒れるこの場からミリア達と騎士を守るため、レイはかつてないくらいに魔法をかけている。特に勇者の閃光はレイもほとんど見えていないので、魔法をかけ続けて防ぐしかない。

 幸いなのは、勇者と戦うキーは余裕そうに楽しんでおり、時間稼ぎは十分だということ。そろそろレイたちも目の前の騎士をどうにかしないといけない。


「ひとまずカナちゃんこっちに来れる?」

「いけるよ! ちょっと待って……とりゃ!」


 近くの騎士の肩に捕まり、見事な大ジャンプ。簡単に渡ってきてくれた。


「『ミ・ロードゥ』。そしたら、カナちゃん。後は一直線に出口を目指そう」

「突っ込んでいい?」

「いいよ」


 カナタが翡翠の炎を眩しいぐらいに燃え上がらせたら、次はミリアが矢を射る番だ。


『ミュトゥカ・ミュイタス』


 魔法の鳥籠で囲った矢に、かけられたのは夢を見させる魔法。それも、起きたまま夢の中へ誘う魔法だ。

 矢を受け取ったミリアは、一気に三つ放った。命中した騎士は小さく呻き声を上げる。

 すると、途端に意味不明な行動を始めた。

 後ろを向いて話しかけたり、全速力で走り出したり、剣を振り回したり。周りは突然おかしくなった仲間の様子に、戸惑いを隠せずにいた。


「魔物が出現した! 皆、私に続け!」

「なあ、もっとくれよ〜その魔法〜。金は払うからさ〜」

「は……? おい、しっかりしろ! 侵入者を捕らえなければ……っ!! ……あれ、ここは? 俺は何を……」


 次々と現実から離れていく騎士達と、正気に戻そうとする仲間たち。浮かぶ剣の数は減っていき、カナタの開けてくれた道から外に出ることが容易(たやす)くなった。


「よし、このまま押し切っちゃおうか」

「キーさんは……?」

「たぶん気づいてるから、勇者と戦うのに飽きたらついてくるよ」


 このまま順風満帆に逃げれたらいい。だが、眺めているだけであった者が、魔法を掲げた。


「わっ?! あっぶなかった! 針! 針が床に刺さってる!」

 

 先頭を走っていたカナタの足元に、長く鋭い針が刺さっていた。

 その数、十本ほど。カナタは蘇生できるが、レイたちに刺さったらひとたまりもない代物だ。


「針……使い手は一人しかいないね」


 ただ一人、玉座から動かずにいた女皇。振り返れば、無数の針が整列し、円を描いていた。

 勇者の手が開かずとも、女皇がみすみすレイたちを逃すわけがない。針が一斉に放たれれば、レイの書き換えでは到底間に合わないだろう。


「女皇様もさすがに強いよね。魔法にアラがない……さて、どうしたものか」


 玉座と扉を交互に見比べて悩む。結界で一時的に防ぐこともできるが、果たして扉までの距離を無事に通れるだろうか。


「針……針? あ、そうだ!」

「ん?」

「レイくん、ちょっと待ってて! あたし、あの針どうにかしてくる!」


 カナタは言うが早いか、大剣とともに女皇のいる玉座へ跳んだ。思わぬ行動に反応が遅れたレイ。反射的に『夢氷』を用意するが、カナタの解決方法を待ってみることにした。

 人間離れした跳躍は女皇の魔法へと辿り着いて、カナタは針の中心で構えをとる。


「大丈夫、大丈夫。あたしだって練習したんだ…………よし! 覚悟ぉ!!」


 針が一斉にカナタを貫こうとする中、カナタは恐れることなく突っ込んで針の中心を斬りつけた。

 一太刀はひとひらの風を送り、揺らめく炎は一層強く燃え上がる。

 そして、翡翠に飲み込まれた針は、散らされ溶けていった。まさに、物理と魔法の融合。抜群の身体能力が巻き起こした、炎の風であった。


「……っ?!」

「へへん、どうだ! 金属だって燃やせるんだ!」


 一回転して着地したカナタ。大剣を担ぎ、ドヤ顔で胸を張っている。


「カナちゃん、すごいよ! けど、翡翠の炎は熱くないんだよね? どうやって燃えてるの?」

「うーん……わかんない! なんか熱くないけど普通の炎と一緒だよ!」

「……魔法だから、なんでもアリか。ま、いいや」


 これなら次の魔法までには外に出れるはずだ。女皇が針で道を封じてくるが、先ほどの大規模な魔法に比べればどうってことはない。


「くっ、あの小娘……!! 余計なことをしてくれおって! せめて、あの青髪から鍵は取り返さねば……」


 翡翠色の髪を揺らす少女を睨め付け、女皇は打開策が失われたことに腹を立てる。

 たかが四人を相手に何故こうも上手くいかないのか。

 あらゆる手段を用いても、あちらが一枚上手をいき、数も意味をなさない。このまま逃げられてしまえば、魔法会が介入してしまう。

 

 さすれば、二度と鍵を取り返すことはできない。

 

 万策尽きた女皇は、ついに振り切った作戦に出た。


「……勇者、その男の相手は後だ。あの三人……いや、騎士も巻き込んでいい。逃げ場もないほどの威力で吹き飛ばせ」

「……了解だよ、女皇様。綺麗に消してあげよう」


 魔法で勇者だけに聞こえるように伝える。魔法会に計画が筒抜けになった以上、なりふり構っていたら何も成し得ない。

 

 ならば、『杖』に望みをかける他、道は残されていない。

 

 勇者は同格の攻撃の合間を狙って、剣に魔力を溜める。白い波動が剣に集中した途端、勇者は剣を掲げ、自身の集大成とも言える技を解き放った。


『シャルフ・テリトゥシ』


「……! ちっ、ダセえマネしやがって……!!」

 

 キーが波動の前に向かおうとするが、時すでに遅し。

 反対側は光で覆われ、陰は間に合わない。

 視界が真っ白になるほどの閃光が走る。白い光はゆっくりと、けど、圧倒的な範囲で辺りを飲み込み始めていた。


「な、これはいったい?!」

「ま、巻き込まれる……!!」


 まさかの裏切りに、騎士たちは愕然とした表情で固まる。

 剣を落とす者、膝をつく者。

 動く意味もなくなり、ただ絶望して眺めていた。

 

 そして、それはミリア達も同じ。


「に、逃げ場がない?! ど、どうする、ミリちゃん……」

「……っ……」


 閃光を止めることは不可能。為す術のない脅威が迫る。

 このまま全てが消滅するのかと、皆が諦めかけた。

 

 そんな白い視界に、黒いローブは横切った。


 ──パキンっ!


 何かが折れるような音がした。光の間際にいるからか、その音はひどく澄んで聞こえた。


(どうなったの……?)

 

 閉じかけた目で、ミリアは状況をうかがう。

 

 迫る白は、ここまで届いていない。光の侵蝕は止まっていた。

 

 広がることをやめた光は輝きを失っていき、人や物には影が差してきている。

 そうして、真っ白だった視界が徐々に戻り始めると、ことの次第が明るみになった。


「あれ、レイくん?!」


 ミリア達の少し先に立っているレイ。そして、さらに奥には折れた剣を持つ勇者の姿があった。

 状況を見るに、閃光が収まったのはレイが勇者の剣を折ったからのようだ。

 やがて、閃光は鋼の破片が落ちるとともに収束し、跡形もなく消え去る。

 

 残ったのは被害のなかった騎士と魔法使い、それと、静寂。

 

 全ての視線が中心で微動だにしないレイへと向く。

 そして、緊張が解けない場に、振り向いたレイは笑って言った。


「…………。……なんとかなった、みたい?」


 その言葉の意味を理解する。

 同時に、わああああ、と歓声が巻き起こった。

 泣いて、笑って、安堵した、騎士達の声が静寂を破った。

 

 しばらく茫然として、騎士たちの様子を見ていたミリアとカナタ。助かった実感が込み上げてきて、足の震えを抑えることで精一杯になっていた。


「よ、よかったあ! レイくん、さすがだね! もうダメかと思ったのに!」

「そう、だね……」


 殺伐とした空気が解けて、剣も魔法も互いに向けていない。死の危機から救われた騎士に、もう戦うつもりはないだろう。

 

 全ての人が無事という結果に安堵する。

 だが、対立した片方はどうだろうか。女皇はまだ状況が飲み込めていないのか、表情すら動かないまま騎士達を眺めていた。

 そして、魔法を放った勇者はというと。


「……」

 

 勇者は目を丸くして、レイを凝視していた。不発に終わった魔法に唖然とする。

 しばらくして折れた剣に視線を戻すと、破片の一つを拾い上げた。紛れもなく自身の剣と同じもの。

 再びレイに目を向けると、彼女は笑みを浮かべて握手を求めた。


「すごいよ、君。この剣は魔法が効かないと言われる剣なのに」


 浮かべた笑みは冷然としたものではなく、純粋に感動するような表情だった。一瞬裏を疑ったレイだが、それにしては敵意が感じられなかった。

 もし止められなければ大勢の犠牲があっただろうが、それを責めるのは後でもいい。レイは差し出された手を握って言葉を返した。


「……いや、そっちこそ、洒落にならない魔法をどうも。あんな魔法は初めて見たよ」

「まあ、そうだろうね。私もこの魔法を破られたのは初めてだ」


 ガッチリと握手をして、互いに賞賛を送り合う。勇者としてではなく一人の魔法使いとして、彼女は晴れやかに笑うのだった。

 全てが円満に終わったクリアマーレの鍵探し。これから魔法会によってクリアマーレは再び平和を掲げる国となるだろう。東も西も対立せず人々は手を取り合っていく。

 たった一人を除いて。

 

「……終わりか……? これで、終わるのか? 妾が……? ……そんなはずはない。まだ何も成し遂げてなど……」


 混乱と困惑が入り混じって挙動のおかしい女皇様。

 勇者が敗れた今、打開する手立てなど一つもない。さらには、今回のことで騎士の信頼も失ってしまった。これ以上命令を下しても、聞くことはないだろう。


「妾は二百年、何のために……!」

「成し遂げてない、か。そうは思わないけどね、ぼくは」


 ふわりと浮き上がって、レイは玉座まで飛ぶ。

 やり場のない怒りと喪失感に憤る女皇。

 同情心は微塵もない。だが、平和を謳うのなら平等さも失ってはならない。善いか悪いかを省けば、立場も何も変わらないのだから。


「……何だ、不届者。皮肉を言いに来たのではあるまいな!」

「あはは、そんなことのために時間は使わないって。ただ、事実を言いに来ただけだよ」


 淡々とレイは女皇に告げる。女皇のやり遂げた偉業と、その全てが間違いだということを。

 

「クリアマーレがここまで発展できたのは女皇様が他国に目を向けたから。そして、アルスチアンだけではあるけど、たくさんの人に支持されて統一できている。きっと民心を掴むのが上手いんだよね。たった二百年で思想まで揃えられるのは、並の手腕じゃあない。やり方は良くなかったけど、女皇様が何も成し遂げてないってことはないと思うよ」

「……そんなことは出来て当然のことだろう。妾はそんな矮小な器で収まるわけがない」


 盲信するように、女皇は自身の展望を諦めない。誰よりも上に立つべき者だと認識してやまない。それが、レイにはどうにも滑稽に映って仕方がなかった。


「うん、女皇様ならそう言うと思ったよ。だから、過激になったんだよねえ。世界征服なんて野望を持つぐらいに。けど、それは多くの人を自分のわがままに従えさせる願いだ。人を使う立場であっても、人が所有物になることはない」

「だが、クリアマーレは皇帝たる妾のものだ。それを所有物と言わずに何と言う?」

「その考え方自体間違ってるんだけど……要は、物じゃなくて人なんだよ。人の命は軽くない。物なら壊れても新しく作れるけど、人や魔法使いはそれぞれが唯一の存在だ。それをすり減ってなくなるまで使い切ったら、最後には失うものの方が多くなる。ぼくからすれば、女皇様の目指したものは偉業に値しないと思うよ?」

「……」


 レイたちや鍵のためだけに騎士達を見捨てたということは、今後も簡単に犠牲を増やすのだろう。そんな状態で作り上げられた国など、理想から遠ざかっていくだけ。だが、求め続けることしかできない女皇には、それが理解できないようだ。


「まあ、分からなくてもいいけどね。……さて、そろそろアリスが心配するから帰らないと」

 

 言いたいことは言い切った。後は魔法会の仕事なので退散させていただこう。

 今度こそ立ち去ろうと歩を進めるレイに、黙り込んでいた女皇が一つ言葉を残した。


「……研究所には協力者がいる」


 脅迫なのか、忠告なのか。謁見したときのような無表情での呟きだった。

 なぜヒントを言ったのかは知らないが、この情報は無視できない。もう一踏ん張りにガッカリしながら、レイは去り際に感謝を伝えた。


「教えてくれてありがとう、女皇様」

「……」


 行き先を変更して、レイたちは城から抜け出す。

 そのまま『扉』へ直行。マウリス研究所へと急ぐ。


「ネイウッドは大丈夫かな……?」

「どうだろう。魔法会が間に合っていればいいけど……最悪、呪いをかけられた人がいるかもね」


 マウリス研究所にいる協力者。

 あの女皇が頼った人物であれば、実力者であることは明白だ。大事になっていないことを願って、レイたちはネイウッドへの『扉』を超えていった。

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