三十四話 剣と魔法の戦場ワルツ
『私は踊り続けるわ。この争いに終止符を打つことができるなら』
この言葉はソーニャ姫が内戦の最中に口にした決意だという。オリヴィン皇子はその決意とともにソーニャ姫をも守り切ると、自身の剣と名に誓った。
それが、クリアマーレの天使と勇者の物語。今ではもう見る影もない、過去の歴史のことである。
◇◆◇
最上階の廊下で、天使と勇者の絵画を一目見る。様変わりしてしまったクリアマーレに、唯一残された平和の足跡。
「わ! 綺麗な人だね、ソーニャ姫!」
騎士のいない廊下で、絵画をはしゃいで見るカナタ。先ほどまでキーとともに騎士を薙ぎ払っていたが、自慢の身体能力によって疲れていないらしい。
「オリヴィン皇子も優男って感じ!」
「ヤサオ? ……あの、いっつも思うけど、カナちゃんの使う言葉ってどこから取ってくるの?」
「え、なんか調べてると書いてあったり」
「へえ……?」
カナタはなかなか影響されやすいのかもしれない。よく砕けた印象の言葉を使ったりするので、知らない言葉がたびたび飛び出てくる。
「ぼく、ついていけないかも。これが年の差……?」
「私も知らないから、違うと思う……」
まっすぐ進んで最奥の玉座へ。
ちなみに、キーは大人しくしている。ペドロに騎士の持つ剣を飲み込ませたので、愛銃のケアを優先しているのだ。黙々と銃身を磨いており、暴れる様子は見受けられない。
「ペドロが満腹なのはありがたいけど、あのキーが神妙にペドロのメンテナンスしてるのは若干引くというか……」
「それって言っても大丈夫なの……?」
「全然大丈夫じゃないよ? だから、小声で話してるんだし」
「そうなんだ……」
雑談をしているうちに玉座の入り口に着く。ペドロのメンテナンスが終わるのを待って、レイたちは真正面から玉座の間へためらいなく入った。
傍らに整列する騎士。その奥に立っている金髪の剣使い。
そして、上から見下ろす冷たい瞳。あの鋼のような眼光が、レイたちを歓迎して待っていた。
「やはり来たか、不届者が。たった四人で乗り込んでくるとは、舐められたものだな」
「たった四人でも、魔法使いなら関係ないと思うよ?」
一人でも状況によればひっくり返せる。それが、魔法使いの魔法というものだ。
「妾は、そなたを気に入っているのだがな。引かぬのだな?」
「もちろん。ぼくは女皇様が苦手だからね」
真反対の返しで、レイははっきりと断った。
「そうか。残念だな。……総員、かかれ! 侵入者を捕えろ!」
女皇の号令が響き渡る。剣の切先が一方向に集まり、騎士達が一斉に動き出した。
「わわ、痛っ! これ、痛い!!」
「集団でいきがってやんの。典型的な弱えやつの戦法だな」
騎士達の持つ剣は数の多さと速さが洗練されていて、当たれば大怪我をする可能性があるものだ。四方八方から飛んでくる剣を防ぐのは一苦労。キーがいるとしても、一国相手に四人で向かうのは至難の業どころではない。
その状況で、なぜレイは真っ先に挑んだのか。答えはレイの手の内で見つかった。
「もらっといてよかった! オーロッカの爆弾!」
りんご一個分とほぼ同じ大きさでできた、金属の球。それを、騎士達のいる方向へ投げれば、
──ドッカァァァン!!
と、城が震えるほどの音を立てて球は爆発した。騎士達は綺麗に吹っ飛んでいくが、レイが『夢氷』を使っているのでせいぜい打ち身で痛いだけ。炎は後で消化するので問題はない。
実は、この球。オーロッカの人達が鉱山を爆破するために作った爆弾なのだ。本来なら鉱山レベルを吹っ飛ばすところを、レヴィツキーに頼んでほどほどの威力のものに作り変えてもらった。
「おお、なんか騎士が芸術的に見える気がする」
続けて爆弾を連投していくレイ。絵面的にシュールで騎士達が可哀想になってくるが、大怪我にはならないので許して欲しい。
「ミリちゃん、爆発に巻き込まれなかった騎士にどうぞ!」
「りょ、了解……」
『夢氷』を再びかけ直して、ミリアの矢で残った騎士を掃討する。吹っ飛ばされた騎士はキー達がどうにかしてくれるだろう。
「これで最後の一個っと。……ふう、ちょっと爽快だったな」
これで騎士の数は四分の一ほどまで減った。これなら、レイたちだけでも相手できる。
「ほう……これは驚いた。オーロッカの職人のものだな?」
「そうだよ。快く力を貸してくれたからね」
眉をひそめた女皇。職人達の叛逆はクリアマーレにとって痛手だろう。
「……まあいい。ここからが本番ということだな」
「その前に、一ついいかな? エルメラディに研究所を置いてるみたいだけど、それでいったい何をするつもりだったの?」
「…………。もう知っているのか」
「……はは。これは女皇様も知っているようで安心したよ」
にこりと笑って、ふざけた無表情に常識を叩きつけた。
「呪い、禁忌なんだよね?」
「……」
この国のせいで何人が犠牲になったのか。また、何人が非道に手を染めたのか。
この国の人たちだって、女皇が即位してから豹変している。女皇は数え切れないぐらいの人を変えてしまったということだ。
(……別に善悪に境はないんだけど。人の命が尊重されれば正義の方が正しいし、殺人が当たり前なら悪の方が正しくなる。それは分かってるんだけど……ぼくが『悪』を許すことはできない)
だから、悪でありたくないレイは、女皇のことを敵とみなす。そして、女皇も刃向うレイたちを排除するだろう。
「女皇様が踏み台にした人は何人いるの? その人達を頼って得た地位は嬉しいの? 女皇様がやったことは魔法使いとして恥じるべきことだ。どういう理由であれ、生命は軽んじられていいものじゃない」
「……なるほどな。そのような考えをする者もいるだろう。だが、妾には関係のないことだ。手に入れたいものがあるというのに、ためらうなど愚か者に過ぎない」
「愚か者、か。けど、反則して奪うことしかできない女皇様の方が、よっぽど愚か者に見えるよね」
「……黙れ!」
どうやら勘に触ったようだ。魔法で鋭い鋼が飛ばされる。不意打ちではあったが、魔法の気配で予想したレイは素早く横へ逸れる。狙いは外れ、魔法は床に突き刺さるだけだった。
「これは……針? 危ないなあ。すぐに手を出すのも卑怯だよね。策略といえば聞こえはいいけど、自分の力だけでぶつかることはできない。だから、呪いになんか手を出すくらい手段を選ばなくなった。結局、女皇様は正々堂々と奪える力がないってことだ」
「随分と言ってくれるな……! もうよい! 勇者、直ちにこの者らを妾の前から消すんだ!」
頭に血を上らせた女皇が指示を飛ばした。指示を受けた一人の騎士が前へ出てきて剣を構える。そして、勇者の口が何事かを呟いた時。
「……! 伏せて!!」
何かを感じたミリアが顔を蒼白にして叫び、皆が伏せる。
その頭上。今まで顔が合った場所に、何かが、白い閃光が、目にも留まらぬ速さで駆け抜けていった。
そして、閃光が到達した壁はというと、一部が消えたように削れている。そのことから、見た目より遥かに恐ろしい魔法だったことが読み取れた。
「な……や、やば……」
信じられない速さと馬鹿にできない威力に、カナタが引きつった顔で身体を震わせた。
「やあ、侵入者くん達」
聞こえてきたハスキーな声。
前の方から話しかけられて振り向くと、騎士の風貌をした勇者がこちらへ歩み寄ってきていた。
光を受け止める金髪に、海を映したアクアマリンの瞳。それと、磨き上げられたシルバー色の剣。
驚くことに勇者は、髪を一つにまとめていること以外、先ほどの絵画で見たオリヴィン皇子と瓜二つだった。
生まれ変わりと言われても信じるほど似ているのだが、纏う雰囲気は全く違う。オリヴィン皇子は絵画越しでも温かさと気品が滲み出ていたが、目の前の勇者はただただ無機質さが埋め尽くしているだけ。その目は、まるで、放たれた閃光のように無慈悲であった。
「私は勇者のオリガ。女皇様の命で容赦なく戦わせてもらうから、覚悟しといてくれると嬉しいよ」
友好そうに、けど、冷笑を浮かべて剣を突きつけてくる。先の閃光で怯んでしまったカナタは、勇者の笑みに後退り気味になり、冷や汗をかいている。これは良くない状況だ。
「あれは魔法というより剣からの波動みたいだった。それに、魔法も織り込んでるのかな……? なんでもいいけど、ミリちゃん達を守ることが先か……」
クリアマーレは剣を主軸にしてきた国。そのためか、魔法と比べて威力が段違いに上がっており、一人一人の魔法が強い。
そんな中で現れた魔導師級の剣使い、勇者。今のところ相手できるのはキーだけだ。
「……! また……!」
「ミリちゃん、危ない!」
再び起きた白い閃光に、レイが間一髪で法則の書き換えを行う。速すぎてギリギリだった。これは危ないどころか、下手すれば本当に死ぬことになる。
「まずい……もう逃げた方がいい……? あの人、手加減しなさそうだし……」
もう少し、もう少し。危機はもうすぐ消えていく。
再び勇者が剣を振りかぶって、また白い閃光が起こるかと思われた時。
「……あ、よし、良かったよ、間に合って! ヒヤッとしたあ!」
唐突に大きな声で独り言を始めたレイ。ここにいる全員が不可解な顔をする。だが、女皇だけは起こった異変に気づいた。
「なっ、まさか……?!」
女皇が慌てて確認したのは自身の懐の中。結界の魔法をかけて保管したものが、いつの間にかなくなっている。
「どこだ! 鍵はどこに……!」
「はっ! ここだよ、バァカ!」
盛大な煽りと罵倒。
いつの間にか行方知れずだったキーが陰から姿を現した。その手できらりと光るのは、銀色の小箱。取り返した『杖』の鍵だった。
「アイツの挑発に素直に乗るとか、マヌケかよ。威張り散らして勘が鈍ってんじゃね? 自分から弱くなりにいくとか何のギャグだよ」
「なっ……」
実は、女皇と言い合っている間。
キーは陰の中から結界をすり抜け、鍵を取り返していた。打ち合わせをしたわけではないが、陰の魔法は盗みが得意なため勝手に実行してくれた。
「あれ、師匠、いつの間に!?」
「……なんとなくそんな気はしてた、かな」
陰を伝って帰ってくるキー。投げられた小箱を受け取ったレイは、そのまま夢の魔法の中に放っておく。
「よし、これで盗まれないね。キー、ご苦労様」
「報酬」
「……はあい」
とんとん拍子で目的を果たされた。残るは逃げ出すだけ。
当初はキーに勇者の相手をしてもらおうと考えていたが、勇者の魔法は予想以上に広範囲に及ぶ模様。ミリア達を引き連れてまで止まる必要はない。
「ミリちゃん、カナちゃん、今から逃げ──」
それをミリア達に伝えようとしたのだが、ここで事態は再び悪天候へ。
──バタン!
背後から大きな音が立つ。それから、重なり合う足音が整列して床を鳴らした。
悪い予感がして振り向いたレイ。
そこに待っていたのは、ずらりと並ぶ甲冑の列。外から集まった騎士の隊列だった。
「ようやく援軍が来たか。丁度いい。通路を全て塞げ!」
女皇が命令すれば、瞬く間に道は閉ざされる。さらには新たな剣が追加されて、レイたちを切り刻まんとする勢いで空を突き抜けていた。
「これは……詰みというやつですかね? 思ったより騎士の数が多かった!」
どうやら逃げることは叶わないらしい。レイの夢の魔法へと入ってしまえば逃げられるが、そのためにはレイたち四人が一ヶ所に集まらなければならない。この緊迫した状況では背を向けた瞬間、剣に斬られてしまうだろう。
「結局戦うのは避けられないか。……はあ、それならぼくらで騎士の壁を突破するとして……」
レイは周辺で気楽に遊んでいるキーに目を向ける。
一番の問題を喜んで引き受けてくれそうな人だ。今も騎士を相手に小手先で戦っている。
「おい、貴様! 女皇様を侮辱するのは許されざる罪! 即刻ひれ伏せ!」
「は? ……ひれ伏せ? この、オレ様に?? それ、本気でいってんのかよ? しかも、敵に向かって? 騎士って頭イカれてんのか??」
「黙れ! 貴様のようなヤツに口を開く資格など……」
「ブッ、アッハハハハ!! ……はー、女皇に続いてコイツらギャグのセンス高すぎだろ。マジメに言ってんのが余計おかしいっつーか、コイツらの脳みそ覗いてみてぇ!」
涙が出るくらいバカにして笑うキー。その笑みのおさまらぬ内から陰に技を仕掛ける。
『イムヘガ』
呪文を口にすれば、騎士の身動きが取れなくなった。
そして、もう一つの呪文『陰穿』の魔法を唱える。棒立ちの的に撃ち込まれた、陰の弾丸。騎士達の集団はなす術なく、一瞬の内に気絶させられた。
「邪魔ってのは変わんねぇけど、芸人だったら応援してやってもよかったな」
──『陰踏』
その名の通り、陰を踏んで動きを縛る魔法。キーの技術の正確さを表す、陰の真髄のような魔法であった。




