三十三話 女皇の罪状
研究所を出た足で、魔法会に証拠を突き出した。禁忌とされる呪いの資料に魔法会の人は混乱していたが、すぐに資料の信憑性を調べて対応してくれた。
「よし、これで一安心! クリアマーレの計画はほとんど白紙も同然だよ」
「魔法会の人、かつてない対応の速さだったね……」
呪いに関する資料の中には、やはり、クリアマーレの言葉や紋章が魔法で隠されていた。
研究されていた呪いは、病の呪い。それも、移りやすく治りにくい凶悪な呪いだ。
それに気を取られて魔法使いが動けなくなったところで、攻め入るつもりだったようだ。
「まあ、侵略するなら手っ取り早い方法だけど、代わりに生まれるのは地獄絵図。成功しても、いずれ精霊に嫌われて魔法を使えなくなるだろうね。まったくもって愚策だよ」
浅知恵は自らの首を絞める。エルメラディを制覇したとして、温かみのない世界を手に入れるのは果たして面白いのだろうか。貰えるものだって土地と金と権力ぐらいで、魔法の研究が進むわけでも魔力が高まるわけでもない。せいぜい貴重な魔法素材が手に入る程度で、大抵の魔法使いは戦争をする意味すら分からないだろう。
「採集に行って素材を売ればお金にも困らないはず……権力は、どうだろう……」
「人は集められるけど……魔法使いは歴史的にも権力に関心がないからねえ。だって、今いる王様の先祖だって、押しつけあって最初に折れた人がなったらしいし」
「そ、そんな決め方だったんだ……」
さて、そろそろ鍵を取りに戻らなければならない。
クリアマーレとエルメラディを行き来していることはバレているはずなので、警戒されない内に鍵を見せに行った方が良いだろう。
『扉』を超えてアルスチアンに戻り、剣のオブジェの下まで来る。
「ええと、鍵があるのは最も輝くとこだっけ? 全部光ってる気がするけど……」
金属の光沢が凄まじいので、どこが輝いているのか分かりにくい。眩しさに目を細めながら探していたら、キーが陰で光を遮ってくれた。
「おお! これで反射しない! 気がきくじゃあないですか!」
「気が利いてよかったな。……ほら、あれじゃねえか?」
「うん。あれの中ってことかな?」
剣の柄に付いている、一際大きなアクアマリン。女皇に借りた短剣にあったものと似ており、その中にはうっすらと何かの影が見える。
少し眺めれば気づくぐらいの大きさなので、アルスチアンの人が誰も気づかなかったとは考えにくい。やはり、鍵探しにはソーニャ姫の力が必要だったようだ。
「これ、宝石の中に入ってるじゃん! レイくん、どうやって取るの?」
「封印されてるだけだから解けばいいよ。『コトゥ・サナフ・ニュー』」
魔法がアクアマリンに触れると、そのまま中の鍵をさらってレイの手に収まった。
小さな重みを感じたレイが手元を確認すると、鈍色に染まった銀製の小箱が乗っている。ロストンの時のような魔導書などではなく、装飾が豪華なだけで中身のない小箱。
だが、その小箱には何かとてつもない秘密が隠されているようで、レイは落ち着かない気分になった。
「うわあ、これ、このまま持って帰っちゃだめかな? めちゃくちゃ気になるんだけど……」
「ダメだろ……いや、ダメじゃねえのか……?」
小箱を逆さにしたり回転したりして解析したがるレイ。隠された魔法をひっくり返してしまいたい衝動が駆け巡る。
「でも、約束を破るのはなあ……」
「そんなら、調べてから渡せばいいんじゃねえか?」
「うーん、確かに少しぐらいはいいかな……?」
だが、目的は果たしたと油断したのは良くなかった。
「……?」
小箱を右手に持ち替えようとしたら、さっきまであった固い感触がない。慌てて目を向けた左手は空を掴むだけで、小箱は見当たらない。
落としたつもりのないレイが、おかしいと感じて辺りを見渡すと、視線の先に答えが見つかった。
「あれ?! 盗られた!!」
紋章の入ったローブをなびかせるクリアマーレの騎士達。彼らが一目散に、城の方へと駆けていった。
先ほどまでレイたちの後ろで警備をしていた者達で、職務を全うするなら、ああして一目散に走るわけがない。
つまり、レイたちが見つけた鍵を盗むためだったのだ。
『ディアハ』
キーが陰から奪い返そうとしたが、小箱はしっかり掴んであって隙がない。おまけに風の魔法が得意な者ばかりなのか、騎士の姿はすっかり豆粒ほどになっていた。
「ちっ、悪い。逃した」
「しょうがないよ、ペドロいないし。これから呼んでおいて」
「ああ」
いとも簡単に暴挙へと走った女皇。予想していなかったわけではないが、こうもためらいなく、ましてや盗まれるとは思っていなかった。
「最低じゃん! 鍵探しの依頼したのはそっちのくせに!」
正々堂々とは言い難い所業に、カナタが怒りを込めて城を睨みつける。登城した時と同じく、今にも騎士達を追いかけて暴れそうだ。
ただ、今回はレイも止める気はない。むしろ、どう宣戦布告してやろうかと考えているところ。
「……せめて真っ向から奪いにこればマシだったのに。鍵を取り戻すついでに、少しは常識を身につけてもらわないとね?」
奪うことしかしない女皇のやり方。それは、レイにとっては悪を意味する。
魔法会に告げる罪状を増やして、レイたちは再び登城しにいくのであった。
◇◆◇
荘厳で関門のような金属の扉。
女皇のいる城の前までやってきたレイたちは、城への侵入を開始する。
盗まれた鍵を取り戻すのはもちろん、エルメラディにある呪いの研究所や、オーロッカの現状について問いたださなければならない。
「ノックはしなくていいよね?」
「そりゃそうだろ」
キーの肩にはペドロが既に羽を休めており、準備は万全である。
レイは振り返って、作戦の話に入った。
「それじゃあ、一気に最上階まで行こう。魔法はぼくが起動するから、カナちゃんとキーはできるだけ剣を捌いて欲しい。剣は一回でも当たると大怪我だから。そんで、ミリちゃんは騎士達を矢で倒す係。『夢氷』で動けなくするだけだから安心して射って」
皆が頷いたのを確認して『甘い夢』の魔法をかける。これで『薄幸夢』を騎士にかければ、人数差があっても簡単には負けない。
「扉は……さすがに開かないね。結界の呪文が組み込まれてるみたいだけど……解くのは時間がかかるか」
城の守りは堅牢堅固。すぐに解けるような魔法はかけられていない。レイであれば五分以内に解けるだろうが、ここでもたつけば騎士に気づかれる。
「だったら反則するしかないね」
侵入するために結界を解くのだから、正規のやり方でなくても良い。
「ミリちゃん、矢を一つもらえる?」
「あ、はい」
「ありがと。書き換え内容は……『ミ・ロードゥ』。カナちゃん、炎ちょうだい」
「どうぞ!」
「よし、できた!」
レイが作り出したのは、翡翠の炎と虹のオーラがかかった矢。綺麗な反面、魔法としての実用性は低いが、今の状況では何よりも適した魔法だ。
「ミリちゃん、これを扉に向けて射ってくれる?」
「扉に……?」
「うん。適当に射ってもらっていいよ」
「適当……分かりました」
曖昧な指示なのでミリアは扉の真ん中を狙い、渡された矢を放つ。
そして、扉に矢が突き刺さった途端。翡翠の炎がじわりじわりと何かが燃えていった。
不思議なことに扉自体は燃えておらず、周りの空間だけがひとりでに翡翠に覆われていく。
「これは?」
「扉にかかってる結界を、カナちゃんの炎で燃やしたんだ。ぼくの魔法で『魔法に干渉できる』ことにして、ミリちゃんの矢で炎を内側に送る。そうすれば、結界の魔法陣が崩れて維持できなくなるんだ。……まあ、魔法陣の仕組みを理解してないとできない裏技だよ」
「なるほど……」
翡翠の炎が扉全体を燃やし尽くして消える。
再び扉に手をかけてみれば、重い扉は動き出す。
これで城への道は開かれた。
「侵入者! 侵入者だ!!」
「城に入らせるな!」
城に足を踏み入れれば、気づいた騎士がすぐさま警戒体制に。剣をいくつも突きつけられ四方を囲まれるが、こちらには相棒付きの荒くれ者と不死身の大剣使いがいる。
「うっせえ!! つーか、相手になんねえんじゃねえか、コイツら。いかにもザコって顔してやがんな??」
「おお! 師匠が本気になった! あたしもついていきます、師匠!!」
理不尽な物言いで騎士達をぶっ飛ばしてくキーと、切られても斬りつけてくる勇敢な少女カナタ。
怒鳴り散らされたり満開の笑顔で燃やされたり、騎士達は意味もわからないまま床に伏せることになっていた。
「おーい、殺傷は許さないからねー……って、聞いてるわけないか。『ミ・ロードゥ』。はあ……役回り的に仕方ないけど、キーがいるとぼくはほとんど雑用なんだよなあ」
「レイくん、全部書き換えてるの?」
「まあね。殺人犯になって欲しくないし」
ペドロがいるときのテンションだと、うっかりが非常に多いし本人も自重しない。本当、誰よりも理性と本能が両極端な親友である。
「……! カナタちゃん、いつの間にか炎の扱いが上手になってる?」
「余裕はなさそうだけど、一応キーについていけてるっぽいね……」
あとは二人に任せておこう。レイとミリアは玉座につくまでは補助するだけでいいだろう。
根性論が立証されそうな光景を目の当たりにしながら、レイたちは二人の後をついていくのだった。
◇◆◇
──その頃。クリアマーレの皇城、玉座にて。
クリアマーレの女皇エカテリーナ・ソーニャ・ラチューシは、黒いローブに身を包んだ男と対面していた。男は女皇の計画の一端を担っている者で、今現在目的の一つを任せていたところ。女皇は悠然とした態度で男に状況を尋ねた。
「鍵は無事か?」
「はい。逃げ足の早い者に頼みましたから」
「そうか。それなら良い。あの鍵は『杖』の欠片。他の者に取られてはならんからな」
渡された鍵を眺めて、満足そうに笑みを見せる女皇。オーロッカを無理やり探せば、職人達が反抗したかもしれない。あの魔法使いらが来たのは僥倖だった。
男も静かに口角を上げるが、その表情からは何も読み取ることができない。含んだところを持つ男を不服に思いながら、女皇は計画の進捗を問う。
「研究所の動きは勘づかれてはいないな? 厄介な魔導師が早々に気付いては困る」
「はい、今のところは。マウリス研究所は小さな研究所ですし、よほど勘が良い者でないと知ることもないはずです」
「ふむ。全て順調か。予定通り明日で良いな」
「それでいいでしょう」
成功すれば歴史が変わり、失敗すれば女皇は転落の一途を辿る。勝機を前にしているが、全てをかける一手は外すことができない。
(懸念と言えば、鍵を探した魔法使い……確か、レイ・アルベルティといったか? あれは切れ者のようだが、まさか、勘づいていないだろうな?)
旅の魔法使いと言っていたが、『杖』の存在を知る時点で要注意の人物だ。さらに、あの魔法使いらの中に五つ星の魔法使いがいたら、計画に支障をきたすだろう。
(いや……幾ら頭が良かろうがエルメラディの者なら戦争など思いつくことはない。平和に浮かれた者ばかりだからな……)
だから、大丈夫だろう。
そう断定したいところだが、突然やってきた他国からの来訪者は排除したい問題だ。
女皇が不確定要素に気を揉んでいたら、それを察した協力者の男は全く関係ないことを吹っ掛けてきた。
「それにしても、女皇様の名前にはソーニャと入っていますが……これは、内戦の天使から取られていますね? 女皇様はソーニャ姫はお好きですか?」
本当にどうでもいいことだ。この男は有能だが扱いづらく、少々面倒。相変わらず糸目は何を考えているのか、薄い笑みを絶やさずにいる。
「……その話はするな。妾はこの名が嫌いだ。内戦の天使なんぞ、笑わせてくれる」
平和など退屈なだけだ。それを説いた天使と二代前の皇帝は、女皇にとって余計な歴史を生み出した存在。名付けられて嬉しいわけがない。
「そうですか。私は好きですよ、ソーニャ姫。裏表がなくて正しい勇気を持っていますから。……それに、嘘もないでしょうし」
「ふん、考えが甘いだけだ。だから、暗殺などされたんだろう」
「まあ、それはそうですけど。……ところで、城の守りは問題ありませんか?」
くだらない話の後は、今さらの話。明日には攻め入ろうとしているのに、城の守りに問題があるわけがないだろう。
「当然だ。結界の魔法もかけて騎士も集めている」
「そうですか。……ですが、あまり意味をなしていないようです。ここまで魔法使いが来そう──」
ドタバタとどこかから騒音が響き、その音がだんだん近くなる。
「……来てしまったようですね」
「なんだと……? 只者ではないとは思ったが……少し甘く見ていたようだ」
どうやら緊急事態のようだ。ブカブカのローブを被った少年と、その仲間の魔法使い。ここまで踏み込んできた不確定要素に、待ち構えた女皇は切り札を一つ切ることにした。
「勇者、頼む」
「了解、女皇様」
女皇が呼びかけると、ニヒルな笑みを浮かべた騎士が姿を現す。この騎士が現在勇者と呼ばれる者。いくつもの剣を携え、女皇の前で護衛の姿勢をとった。
「天使が存在すれば勇者の名も途絶えることはない。……さて、私も愛する家族と会う準備でもしましょうか」
意味深に言葉を残し、協力者の男は人知れず去っていった。




