三十二話 『戦火の足跡』
ソーニャ姫の家を探し続けた正午過ぎ。
レイとアリスは、オリヴィン皇子の手紙をひたすら読み続け、ようやく手がかりらしき記述を見つけた。
家の中は生前そのままの状態で残っており、引き出しなどを全てひっくり返すのはなかなか大変だった。
「ほとんど手付かずのままって、オリヴィン皇子は……というより、家族や周りの人は片付けたりしなかったのかな?」
少し疑問には思うが、それだけで過去を覗くのも良くないだろう。今は気にしないことにする。
手紙に書かれていたのは、オリヴィン皇子からソーニャ姫へ宛てた贈り物の内容。祈りが通じた、その軌跡に……という話の後に、『戦火の足跡』と思しき花の名前が記されていた。
「『タンツァハーニエの花畑』……これが『戦火の足跡』そのものなのか、魔法薬の素材なのかは分からないけど、ひとまず当たりだね。ただ、問題はこの花がまだあるかだけど……」
三世代以上は昔の話なので花畑が残っているかは怪しい。もし見当たらなければ、国中を探し回る羽目になるかもしれない。
「あるかなあ? もう探すのは遠慮したいんだけど……」
「きっと、あります。それに、天使に贈られたものなら、簡単になくなったりしないはずです」
魔力を持たず精霊に近い天使は、自然にも認められる存在。同じ天使であるアリスが言うのだから、その通りなのだろう。
「これで最後になりますように! 場所は……シチェーポーリの一番高い丘を超えたところ」
外に出て一番高い丘を探し、南に続く一本道を辿っていく。ここら辺もソーニャ姫の家同様、手はつけられていない。朽ちかけの建物がぽつりぽつりとある以外には、風に揺られる草原が静かに広がっているだけだった。
丘のてっぺんまで登ると、大きな木が一本。一見何もないように見えるその木には、結界のようなものがかけられていて、ここが正解だということが明らかだった。
「よし! これで花探しは終われるんだけど……この結界は……?」
薄らと感じるのは魔力ではない揺らぎ。つまり、この結界は魔法ではないということだ。
「魔法じゃないなら十中八九、天使の力だよね。アリス、お願い」
「はい」
祈りを込めて灯火を木に送る。灯は木の前で静止すると、溶け込むように消えていった。ほどなくして結界がはらはらと散っていくと、道の続きが現れる。
そして、その道の先の眼下には──鮮やかなオレンジ色の花が、限りなく咲き誇っていた。
「これが、タンツァハーニエ……晴れの日のそよ風って感じがする」
暖かく穏やかな花の絨毯。風に揺れて舞う丸い花びらが、優しい香りを運んでいる。冷たく厳格な印象のあったクリアマーレとは思えない、心地よいひだまりのような景色であった。
「これだけあれば魔法素材に困らない。残っててよかったよ」
綺麗に咲いているので採るのがためらわれるが、魔法素材なので許して欲しい。
「少しだけ摘ませてください」
アリスが花に灯火を送り、一つずつ丁寧に摘み取っていく。灯火は花を焼くことなく、花びらを少し震わせた。
レイも手伝って全部で数十本を採り、魔法で保護して花畑を後にする。家に戻って『戦火の足跡』の研究に取り掛かろうとしたら、アリスがタンツァハーニエを見つめてぽつりと呟いた。
「……もしかしたら、タンツァハーニエの花はソーニャ姫のための花だったのかもしれません。花から天使の名残りが感じられました」
「そうなの? ……アリスの灯火みたいに、ソーニャ姫は花に近かったのかな? それなら、最初に探したのがぼくらで良かったよ。天使の花だって知られたら、あの花畑は無事じゃなかっただろうから」
『杖』の鍵を見つけるには、ソーニャ姫の残した天使の力が必要ということだ。オリヴィン皇子が皇族にも鍵の居場所を伝えなかったのは、ソーニャ姫の力を悪用させないためだったのかもしれない。
「さて、鍵のために魔法素材を調達しないとね。今までの伝言からすると、生命を強める魔法薬を調合すればいいはず」
『銀の砂』は海の水や砂で作られる仕上げの魔法薬で、『誇りの眠るところ』はクリアマーレ自慢の鉱山。そして、渡された呪文は、『レクティム・トゥイーミフ』という宝探しに使われる魔法を書き換えたもの。
鍵探しに必要な物や場所は、全てクリアマーレを象徴するようなものばかりで、タンツァハーニエの花もその一つだ。花に合う魔法薬を作っていけば、自ずと『戦火の足跡』という魔法素材になるだろう。
「アリス、そこのフラスコ取って! それと、あっちの火の調整を……」
生命を強める魔法薬を調合すればいいというものの、魔法薬の組み合わせは数千は優に思いつく。優先順位で絞ったとしても時間がない。
残り二日で終わらせるためにも、レイとアリスは大急ぎで魔法薬を調達するのだった。
◇◆◇
そして、迎えた三日後の朝。レイたちはレヴィツキーの鍛冶屋に集まり、それぞれの成果について報告しあっていた。
「じゃーん! あたし達の方はバッチリだよ! 素材集めは町の人にも手伝ってもらったけど、きちんと調達できた!」
カナタが自信満々に指したのは大量の『銀の砂』。一面を覆うほどの量で、かなり体力がいるだろう。四人とも頑張ってくれたようだ。
「これだけの量、大変だったよね? みんな、ありがとう」
「大半はレヴィツキーのおかげだ。からっきしだった俺らに根気よくついてくれて、ようやくできたからな……」
「私も相当足を引っ張った気がします……」
キーとミリアが苦笑いで目を逸らす。その反応を見るに、わりかし皆でやらかしたのかもしれない。
「……初心者なら仕方ないだろう。それに、量があると人手があるだけで助かる」
微妙なフォローをしたレヴィツキー。教えることに慣れていても三日は十分ではなかったようだ。
近日中に魔法の基礎ぐらいは教えないといけない。三人の予想外な知識量に、レイは予定を一つ加えた。
「レイくん達の方はどうだったの?」
「ぼくらの方も問題ないよ。なんとか、『戦火の足跡』だと思われるものはできたから」
そう言ってレイが取り出したのは、金色の反射するオレンジ色の花。自然の輝きを最大限まで引き出した、タンツァハーニエの花であった。
「綺麗……これが、『戦火の足跡』?」
「そうだよ。名前の由来は天使であるソーニャ姫の踊りだったみたいで、この花自体がソーニャ姫を連想させるものらしい」
家にある調合道具を全て使って、昨日の夜にようやく完成した。まだ『戦火の足跡』だという確証はないが、これが一番綺麗で効果が高いものだった。
「一から作ったのに、できたんだ……」
「おかげで集めた魔法素材が底をつきそうだけど」
魔法薬は専門分野ではないので、素材に関しては仕方がないで済ませよう。少しは惜しいと思ったが、また集められないことはない。
「それじゃあ素材も集まったことだし、鉱山に向かおうか」
場所のヒントは『誇りの眠るところ』。
中心となる鉱山はどこだろうか、とレヴィツキーに尋ねる。
「それなら、アクアマリンの採掘場がそうだ」
案内してもらって海沿いに広がる鉱山へ向かうと、レイたちはどこまでも連なる鉱山の圧巻さに感嘆するのだった。
「海沿い全てって聞いてはいたけど、これは驚きだよ……」
「自然が絶対的だって気付かされる……」
実際に見ると分かる。オーロッカの人たちが鍛冶師として生きる理由が。
改めて鉱山を守らなければならない、とレイたちは再認識していた。
鉱夫たちに許可をもらって、アクアマリンの鉱山に着いた。さっそく、比較的開けたところで一面に『銀の砂』を撒く。そして、『戦火の足跡』を手に持ったら、宝探しの呪文を唱えた。
『レクティム・トゥイーミフ』
すると、手に持ったタンツァハーニエの花がきらめき、それに感応するように銀の砂がぐるりと円を描いて輝き出した。
次第に輝きが強くなり、花の姿が光の中へ消えると、途端に光は収まった。眩しさが引いていくのを感じ、目を開ける。
すると、銀の砂があったところに青い文字が書いてあるのを見つけた。顔を近づけて文字を追えば、それは、とある場所の詳細についてであった。その場所の名はというと。
「『首都アルスチアンにある剣の台座。その剣の最も輝くところに封じられている』……アルスチアン? じゃあ、なんで女皇様は見つけられなかったのかな? まさか、宝探しの魔法がないとだめだったり……いや、さすがにそれはないか。だとしたら、天使の力が引き金……?」
意外にも女皇のお膝元にあるという結果だった。遠かったり面倒なところだったりしなくて良かったが、なんだか肩透かしをくらった気分である。
「剣……もしかして、お城に行く前に見たオブジェかな……?」
「あっ、そういえば、どどんって大っきいのあったっけ?」
謁見をする前に見かけた剣のことだ。気を紛らわすために眺めていたので、ミリアたちも覚えていたようだ。
「なら、行ってみようか……あっ、その前にラーナさんのところに本を返しに行こっかな。三日たったし、情報が集まったかもしれない」
鍵を見つけてしまったら、それを機に開戦する可能性がある。ここは一旦エルメラディで時間を引き延ばした方がいいだろう。
「そういえば、レヴィツキー。ラーナさんが、元気にしてますって。それと、オーロッカのみんなのことを心配してるようだったよ」
「そうか……」
レイは一緒にエルメラディに行くかレヴィツキーに聞いてみたが、今は町のことが気がかりのようで断られた。代わりに、気にしないように伝えてくれ、と返事を託された。
「分かった。……戦争を止められたら、オーロッカのみんなをエルメラディに招待するよ」
「……ああ、ありがとう」
約束をして、レイたちは一度『|mano d’argento』に戻り、怪しい動きがないかを調べることにした。
◇◆◇
「ラーナさん、何か噂はあった?」
快活な店員がスヴェトラナを呼んできてくれたので、本を返しがてら頼み事について聞いてみる。スヴェトラナは考えるように手を顎に当てると、困り顔で集めた報せを教えてくれた。
「うーん、一応ありましたはありましたけど……何だかおかしな話でした」
「おかしな話?」
「そうですねえ……なんていいますか、とんでもないことを盗み聞いてしまいました。なんとですよ? ここの銀細工を呪いに使うとか話していたんです。呪いって、あれですよね? 禁忌と言われる術。わたし、捕まってしまいますかね?」
「いや、聞いただけなら捕まんないけど……呪い、ね。いよいよ雲行きが怪しくなってきた」
ロストンでも耳にした呪い。呪術の一種であり、呪術の中でも危険視されているのが呪いである。
呪術というのは人々の願いや祈りを反映する術だ。場所や時間帯、必要な素材を揃えて呪文を唱えると、魔法では不可能な神秘を実現できる。
そのため、呪術の中でも禁忌とされない、まじないに挑戦する魔法使いはたくさんいる。
だが、呪いはまじないと違って、人を不幸にしたり倫理観に反するものばかり。必要な素材も、生贄など残酷な条件を伴うもので、それが禁忌と呼ばれる所以であった。
「ってことは、あの女皇は処刑行きか?」
「これが女皇様の作戦だったなら、その可能性もあるね……」
呪いに手を出すことは、たとえ女皇様だろうが確実に罪を問われる。クリアマーレが呪いに関わっていた場合、キーが口にした刑を魔法会は下すかもしれない。
「ちなみに、呪いを使うって言ってたのはどこの人?」
「ええと、マウリス研究所の方だったような気がします」
「マウリス研究所、ね。ありがとう、ラーナさん」
「いえいえ、お役に立てたようで良かったです」
スヴェトラナにはいろいろと助けられた。お礼も兼ねて銀細工をいくつか依頼させてもらう。ここの銀細工は良い品ばかりなので、魔法雑貨に使えば良いものができそうだ。
「これも買わせてもらうよ。それぞれ五つずつ、お願い」
「あらら、こんなに……お買い上げありがとうございますですね。……またいつでも来てくださいな」
「うん、今度はレヴィツキー達も連れてくるよ」
笑顔で手を振るスヴェトラナに見送られて、レイたちは店を後にした。
そして、そのまま呪いを研究しているとされる、マウリス研究所を覗きに行ってみた。姿を見えなくする雑貨『雲隠れ』の霧を全身にかけて、研究所の研究内容を探ってみる。
「うーむ……立ち寄ったくらいの気持ちで覗いてるけど、さすがに容易くないですかね? 『雲隠れ』の霧があっても、ここまで簡単に入れるなんて……」
意外にも罠や鍵かけの魔法は簡単なもので、あっさりと中に踏み入れられた。もしかしたら、研究員の階位自体は低いのかもしれない。
こそこそとせずに研究所内を闊歩する。そうすれば大して時間もかけていないうちに、呪いの資料や実験場があちこちで見つかった。
「……ははっ、記録からして最悪だよ。全部突き出せば極刑は免れないね」
持てるだけの証拠に霧をかけて持ち出す。こんな場所が堂々と存在していることに、驚きを禁じ得ない。
「うげ、気持ち悪い……これ、血、だよね? なんの血?」
カナタが床や壁を指差して顔を歪めた。証拠のある部屋には色の失せた赤が、こびりついた絵の具のように残っている。これが、魔獣や魔物のものならばまだ良いのだが、そうでない場合もある。
「カナちゃん、あんまり深く考えないでね」
「……? 分かった……?」
血の正体は明かさない方がいいだろう。無邪気なカナタの精神に傷をつける必要はない。
「……」
ミリアは理解できてしまったのか、明らかに顔色が悪くなっていた。
「……『ミ・ロードゥ』」
「……! ありがとうございます……」
「ごめんね、ミリちゃん。こんな惨状だとは思わなくて……ぼくとキーだけで来れば良かった」
あまりに露骨で隠しもしない呪いの研究はレイも予想していなかった。もっと厳重に管理されているものだと思っていたし、呪いに関するものがあればミリア達に待機してもらおうとも考えていた。
要は研究所の意識が低いせいで、意図せず精神衛生的に良くないものを見せてしまった。
「あ、そうだ。ちょっとイタズラしてこう。ここにある魔法陣全部書き換えれば困るよね?」
腹いせに研究所の仕掛けを全て罠に変えておく。どうせ放っておいても全員捕まるのだが、仲間に害を与えた分のイタズラはしておこう。
タチの悪い書き換えを思う存分して、ついでに部屋の汚れを落としてから、レイたちはマウリス研究所を抜け出した。




