三十一話 とある魔法使いの行く末
これはレイたちが鍵探しに専念している間のことだが、ネイウッドの端では小さな変化が起きようとしていた。
鬱蒼とした木々が日を遮り、清涼な空気を感じる森の中腹部。入り口で見かけた小動物の姿はなく、木のざわめきと湿った土だけが延々と続くところ。
熟練の魔法使いだけが足を踏み入れることのできる、その場所には、とある四つ星魔法使いの姿があった。
真っ赤に目立つ髪に緋色の眼光。ローブを無造作に被った魔法使いの少女が、三人の魔法使いとともに『ハルフの森』まで採集に来ていた。
採るのは大毒蛇の舌。油断しなければ脅威ではないが、一度のミスが命取りになる。いつでも解毒の魔法薬を出せるように、念入りな準備をして進む。
「……っ! そこだ! 茂みの方!」
四つ星魔法使いの少女は叫び、杖を片手に風を巻き起こす。風は茂みを荒らし、隠れていた大きな毒蛇を空へと放り出した。
地を這う蛇にとって空中は無力。あとは地に着く前に倒せばいい。
「さっき言ったように、蛇を魔法で囲んで攻撃!」
少女が打ち合わせ通りに指示を飛ばした。三人の魔法使いも、指示通り魔法を放とうとするのだが──
「ひっ、蛇、無理!! 来ないで!!」
「ちょ、こっち寄せんな! バカ!」
滅茶苦茶に魔法を打ったり、避けるために明後日の方向に蛇を飛ばしたり。
そして、最後はまさかの魔法自体が不発。そのまま蛇は森の影へと消えてしまった。
「あー、ダメだった。私、どうしても気持ち悪いの無理で、ごめんね」
「だからってこっちに向けてくるなよ! けど、まあ、毒蛇とか普通に怖えし、難しいよな」
「すみません、私も不発でした。緊張してしまって……」
倒せなかったね。けど、しょうがないよね。
そういう和やかでのほほんとした空気で、さて帰ろうという雰囲気になる。初対面だが仲良さそうに喋り、次の採集も一緒に行こうと約束していた。魔法を外したことも、指示通りにしなかったことも、次に持ち越すらしい。
──この採集は成功するはずだった。敵に気づかれずに風を起こすという、一番難しい役を自分は外していない。
──毒蛇は見つけるのが難しいから一度で決めたかった。同じ四つ星魔法使いなのに、危機感がなさ過ぎる。
「……アンタらのせいだろうが」
──アタシは悪くない。頭のゆるいアイツらがおかしい。
舌打ちを残して、風の魔法使いコトカは振り出しの魔法会へ戻る。苛立ちでおかしくなりそうな頭をガシガシとかき、消化不良の気持ち悪さから逃れるように早足で歩く。
次はマシかもしれない。運が悪かったのだと信じて、コトカは魔法使いを集めに行った。
◇◆◇
どれだけ努力しようが、思うようにいかない。必死に頑張ったとして、それ以上に仲間の魔法使いが足手まとい。
何も成果が出ない事実がコトカの精神を苛ませる。
「全滅……まともに攻撃できる奴がいない」
あれから三連続。失敗を繰り返し、未だ毒蛇は一匹も捕獲できていない。
作戦を変えたり自分の負担を増やしたり、これ以上ないぐらいに手を尽くして採集に挑み続けている。得意の風魔法も威力や範囲を改善できないか試して、仲間の補助を増やすことも検討した。
だが、どれだけコトカが改善し続けても、毎回、自分ではなく他人のミスで失敗に終わってしまう。やらかした本人は軽く謝るだけで悪いとも感じていない。
次に活かせばいい。
随分と都合のいい言葉だ。直す気がなくても、こう言えば許されるのだから。
羊皮紙に採るものを書いて、掲示板に貼り付ける。四回目となる人数確保に嫌気が差すが、一人の採集はさすがに厳しい。
毒消しの魔法薬の本数を数えながら、声がかかるまで魔法会の前で待つ。
「あの、毒蛇狩りってまだ空いてる? 二人いるけど」
「……空いてる。魔法は?」
「俺は地の魔法で、こっちが光」
「了解。アタシは風使い」
残り一人もじきに集まり人数が揃った。魔法の系統もバラバラなので役割は被らない。また自分が風で巻き上げれば、一匹ぐらいは倒せるはずの構成。
コトカは三人に倒し方を説明し始める。攻撃のタイミングだけを理解してもらうために。
だが、今回の希望は早々に打ち砕かれた。
「そんな決めなくても……そんなの面倒くさいだけだろ」
「なんか頑張り過ぎてる感じ? 肩の力抜いていこうよ」
聞く耳を持つどころか、はなからの否定。
ピシリ、と亀裂が入ったようだった。
同じ四つ星魔法使いで、魔法薬を用意するぐらいに危険性を理解している。そのはずなのに、何だこの根本からの意識の違いは。
「は? アンタら馬鹿なの? 適当にやったら毒にやられるかもしれないだろ。それに、確実に仕留めるためには──」
「あー、はいはい。別に確実性とかどうでもいいし。運が良ければ倒せるだろ。何ムキになってんだよ」
「それに、毒蛇って四つ星でも難しいレベルでしょ? どうせ倒せないなら経験しとくぐらいでいいんじゃない? バカ真面目にやるやつじゃないって」
確かに、強力な毒と逃げ足の速さで、採集の難易度は高めである。だが、試行錯誤を重ねれば誰だって倒せる範囲であって、レベルが段違いだとか、そんなことは一切ない。基礎と協力だけで全然事足りるのだ。
だから、他では毒蛇狩りに成功した例を聞く。おそらくこの二人だって知っているから、毒蛇狩りに参加したのだろう。
──それなのに、なぜ。なぜ、無理を前提でついてくるのか。
コトカは甘ったれた考えの二人に、苛立ちのまま軽蔑を口にした。
「やる気がないなら入ってくんな。アンタらのペースに付き合う気はない」
「は? ちょっとぐらいいいだろ。真面目ちゃんかよ」
「うるさい! 楽なことしかやらない奴なんかこっちから願い下げだ」
「うわ、こんな当たりキツいやつだと思ってないし。なあ、帰る?」
「でも、森の奥まで来ちゃったよ?」
作戦会議すらまともにできず、さらにはコトカの方がおかしい風に言われる。
こんな状態では到底上手く行くわけがない。だが、何もしないで帰るのも時間の無駄。
「クソっ……」
険悪な雰囲気が漂う中、森を睨み付けていたコトカの視界に動きがあった。茂みをよく観察すれば、黒く長い生物が確認できる。
何度も目にした、毒蛇。
コトカは準備するように言いかけて、準備に意味がないことを思い出す。もう独断でやってしまうしかない。
『プーネス』
突風を生み出す、『つむじ風』の魔法。
巻き上げた毒蛇をどうにか攻撃しようと、もう一つ呪文を唱える。
「……っ『ピス・ウァザーケ』」
『つむじ風』を限界まで維持してから、より強い風で毒蛇を木に打ち付ける。コトカだけではこれが限界だ。鱗の硬い毒蛇にはあまり効かなかったようで、今にも逃げようとしている。
だが、隙は今まで以上に作った。これならさすがに仕留められる。
そう後ろを振り返って、コトカは愕然とした。
コトカと言い合った二人の魔法使いが、あり得ないくらいダラダラと呪文を唱えていたのだ。
それも、無駄に長く実用性のない呪文を。
もう一人の魔法使いは毒蛇にダメージを入れていたが、一人分では足止めにしかならない。またしても、毒蛇に逃げられてしまった。
「あー、逃げられちゃった。あと少しだったのに」
「やっぱ毒蛇は厳しいんだろ」
不可能なのが普通とでも言いたげに、確実なチャンスすら棒に振るようなマネをしている。
その事実による衝撃の後、コトカの思考は怒りに振り切れた。
「……っ、ふざけんなっ! アンタらが早く呪文唱えてたら間に合っただろ!!」
「そんなの知らねえって! 集中して怪我したらどうすんだよ」
「は? 怪我? 最後尾にいたアンタらが、どうやって?? 身勝手な理由で足引っ張るな!」
「えぇ、必死すぎ……唱えるのが遅い私たちのこと見下してるの?」
全くもって話が通じない。
何で真剣に採集をしないのか。
コトカはただ成功できる採集を成し遂げたいだけなのに、その当然の志すら周りにとっては面倒だという。
真面目であることの何が悪い? 必死になることの何が悪い?
より高みを目指すことは魔法使いの本領であるはずだ。採集で怪我をしたくないなんて、そんな心意気なら毒蛇狩りに来なければ良かったのに。
「はっ! だったら、一生四つ星で止まっとけば? 低レベルのまま、いつまでも五つ星に上がれない。アンタらにはお似合いだよ」
「……んだとっ!!」
「……! 魔法を舐め腐ったアンタらの攻撃なんか、喰らうわけないだろ。……じゃ、アタシは、帰らせてもらうから。魔獣にやられないように、せいぜい気を付ければ?」
「なっ、おい、待て!」
風を纏わせて疾走する。呪文もまともに唱えないような奴らだ。この速さなら追ってはこれないだろう。
「はあ……はあ……何が悪い……強くなりたいって願うことの何が悪い……!!」
全力で走ってものの五分でネイウッドに着いたコトカは商店街の外れで一人叫ぶ。道行く人たちがチラチラと見てくるが、今やそれは些事に過ぎなかった。
「才能がなくても努力はしていいだろ……?! 真面目にやってるアタシをなんで放っておいてくれない!!」
もう、限界だった。
何故こんな目に遭わなければならないのか。今まで他人を見下してきたツケなのだろうか。
「見下さなきゃやってられないっての。アタシは努力してる分マシだって……」
才能のないコトカが一人で強くなる方法などない。だから、他人を礎にして這い上がろうとしていたのだ。
今でもその考えは変わらない。だが、魔法使いとして感じるはずのない息苦しさを覚えるのはどうしてか。採集で実力を示して、魔法で強さを追い求めて、なぜ心が軽くならないのか。
──本当は、きみが変えたいんじゃないの? 呑気なお馬鹿さんでいられる生き方に。
唐突にあの日の決闘相手だった少年の言葉を思い出し、コトカは苦い顔で舌打ちをした。
それができる日はとうに過ぎ去った。他人を責めてでしか自分を評価できないのに、いまさら正しくなんて生きれるわけがない。
「楽しく魔法を使うだとか、凡才にはそんな余裕ないんだよ」
かつてはコトカも五つ星魔法使いに憧れていた。
だが、凡人の努力は報われない。それを、これでもかと言うほど思い知らされた。
日に日に純粋に楽しんだ記憶は色褪せ、あんなに輝いていた魔法使いの理想像は音を立てて崩れていく。
そうして残ったのは、ただ魔法会と採集地を往復するだけの日々。心はすり減り続けて荒んでしまい、他者と比較することでしか平静を保てなくなった。
「三時……まだ行けるか」
尽きかけた魔力を魔法薬で補充して、再び魔法会の掲示板に向かおうとする。深呼吸をしてから歩き出そうとしたら、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「……ん? あれ〜コトカじゃん! まだここにいたんだー!」
手を振りながら近づいてくる、派手で軽薄な印象の魔法使いたち。
その見知った顔ぶれは、決闘の時にコトカを見捨てたあの三人組。
今、コトカが最も会いたくなかった三人だった。
「……」
「おー怖! 睨むとか度胸だけはあるよな」
「あ! せっかくなら跪いて謝れよ、お前。結局見れてねーし」
最悪な日に、最悪な再会だ。
少し前までつるんでいたグループだが、一度も気を許したことはなく、友人と呼べたかも怪しい。
道徳的にも問題があるため脳内で警鐘が鳴るが、すでに囲われていて逃げることはできない。
状況は決して良くないが、かといって、大人しく怯えてやるつもりはない。コトカは臆することなく三人を見返した。
「何の用だよ。顔見せんなってアンタらが言っただろ」
「そんなことはいいじゃん。それより、コトカ、あんた何様? ウチらに恥かかせたくせに、タメ口とかあり得ないでしょ。敬語使いなよ」
「アンタらも便乗したくせに。自業自得だろ」
「は? そういうのは言い出しっぺが悪いんじゃないですかー?」
「その言い分なら《ソルウェナ》狙ったアンタらも同罪だっつーの」
「……調子乗んないでよ? 三対一なの分かってる??」
脅しに髪を魔法で切られる。パラパラと赤毛が散っていった。
手を出すことに抵抗がないらしい。この人達と一度でも組んだことを後悔しながら、早く抜け出す方法を考える。
「そういえば、ウチらの所属してる研究所で実験体が必要って言ってたっけ。コトカ、連れていってあげる。報酬はたっぷり出るらしいよ?」
「……そんな胡散臭いの行くかっての」
「コトカに決定権あるワケないじゃん。弱らせとけって話だし、さっそく魔法の試し撃ちさせてくださーい!」
両側から二人に押さえつけられ、水の魔法使いが呪文を唱えて球を浮かべ始めた。
あの水球は見た目に反して高威力を誇る。コトカの首筋に冷や汗が伝った。
「撃つよー! まず一発目!」
──まずい。このままだと気絶する。
口は塞がれているため呪文は紡げない。丸腰に魔法を撃たれたら、洒落にならない怪我を負う。そのまま研究所に連れ込まれたらマズいなんてものではない。
『ボーサゥ・シーミ』
無情にも放たれた水球を前に、身動きが取れず諦めて目を閉じた、その時。
「おや、集団で寄ってたかるとは下品なものですねェ。ワタクシが制裁してあげましょうかァ?」
どこからか、鼻につく話し方が聞こえた。上から降ってきたその声に被せて、コトカのそばで何かが突き刺さる音がする。
「……は、誰……?!」
コトカに魔法が届くことはなく、焦った水の魔法使いが叫ぶ。
姿が見えない声の主は、問いかけの答えのつもりか、コツリと靴音を響かせ降り立った。
「返事がありませんねェ……ですが、返事がなければ肯定だと教わりましたし、ご退場していただきましょう」
話の噛み合わないことを呟いたか思えば、コトカ以外の三人から叫びがあがる。
途端に拘束を失ったコトカ。恐る恐る目を開けて目の当たりにする。
倒れたまま縛り上げられた三人の魔法使いと、魔法を操る背の高い男の姿を。
目を閉じていたコトカには何が起こったかが飲み込めず、意味不明なまま急展開への理解に勤しんだ。
三人をぐるぐる巻きにして放った男は、呆然とするコトカを一瞥する。
それから、顎に手を当て考えるようにすると、何を思ったのか信じられないことを口にした。
「ふむ。貴女、面白そうですねェ。興味がそそられます。……拾っていきましょう!」
「……は? ちょ、待っ、放せ!」
聞き捨てならない台詞にコトカが目を見開けば、すでに男に首根っこを掴まれていた。
そのまま宙ぶらりんの状態で運ばれ、羞恥心と怒りで頬に熱が集まる。
冗談じゃないともがくコトカだが、抵抗も虚しく、男の長い手足はビクともしなかった。
「な、何なんだよ、拾うって! 助けたんじゃないのかよ!」
「ハァ、うるさいですねェ。そういえば、先ほどの人たちが言っていた研究所が気になりますが……貴女、何か知ってたりします?」
「そ、んな、ことより放せっての!!」
謎の男にさらわれた不運なコトカ。三人を一気にのした男に敵いそうになく、軽薄そうな上に胡散臭い男の笑みを恨めしそうに見上げた。
(絶対許すか、この片眼鏡!)
はてさて、どうなることやら。




