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三十話 天使と勇者

 ミリア達の魔法薬作りはさておき。

 エルメラディに戻ってきたレイは、噂などをよく知るアリスに細工師の店に心当たりがないか聞いてみた。


「『|mano d’argentoマノ・ダルジェント』なら、聞いたことがあります。古くから続く老舗の銀細工店ですね。クリアマーレの技術を持ち込んだ伝統的な銀細工は、その繊細さからさまざまなところで使われているようです」


 説明書きのように分かりやすく教えてくれた。やはり、アリスは優秀な助手である。


「なるほど。それならすぐに見つかりそうだね。ちなみに、道案内はできる?」

「道案内までは……けど、商店街の二番目の通りだったはずです」

「二番目の通り……やっぱりアリスに道案内を頼むよ。ぼくだと二番目も行ったことないから」

「えっと、それなら……」


 アリスについて行き、二番目の通りに入って店を探す。

 それほど広くない通りを最後まで見て回ったが、『|mano d’argentoマノ・ダルジェント』の看板はどこにもない。


「あれ、おかしいな。見落とした?」

「もう一度探してみます」


 再び二番目の通りの看板を確かめたのだが、やはり見当たらなかった。


「ま、間違えたかもしれません……! 三番目と四番目の通りも確認してきます……!」


 記憶違いかもしれないと、アリスが焦ってしまっている。ここで待っててと置いていかれそうだが、そもそもレイが頼んだのに一緒に行かないわけがないだろう。

 

「いや、ぼくも行くよ? ぼくが頼んだんだし」

「でも、私の間違いです……」

「けど、その間違いはぼくが作ったからね? ……あれ?」


 ふと何気なく見上げてみたら、不自然なものが目に入った。

 木をそのままアレンジした少し珍しい外観なのだが、おかしなことに看板が木のてっぺん近くに表示されていた。

 気になったレイが看板の文字を追ってみたところ。


「M、a、n、o d’arge……マノ・ダルジェント、ここじゃん!」


 運がいいことに見上げた先が目的の店名、『|mano d’argentoマノ・ダルジェント』だった。

 ただ、常連にしか気付かせる気がない高さと文字の小ささである。どうりで普通に探しても見つからないわけだ。


「なんで、あんなとこに看板があるのさ! 有名なんじゃないの?」

「不思議なお店ですね……」


 魔法使いは人目を気にしないことが多いため、こういう店構えでも不思議ではない。文句は控えて、店内へとお邪魔する。


「いらっしゃいませ!」


 快活な店員の声が響く。店内はショーケースの並ぶいかにもアクセサリー屋という風。ただ、ギラギラと目に痛い飾り方ではなく、老舗ならではの上品な趣が他とは違っていた。


「何をご覧になりますか?」

「ええと、ごめんなさい。ぼくらは客じゃなくて、ここの細工師に会いに来たんだ。銀細工師のスヴェトラナさんって、いる?」

「スヴェトラナ……ああ、ラーナですね! 今、呼んできます」


 快活な店員は名前を呼ぶと、奥の方から連れて来た。

 ラーナと呼ばれたのは、紺の魔法服に身を包んだ少女。ミニハットとかぼちゃパンツのスタイルで、柔らかい髪を後ろで束ねた優しそうな人であった。

 

「……? きみ達がわたしに会いたい人ですか?」


 細工師の少女は全く面識のないレイたちの姿に、不思議そうな表情で首を傾げた。

 

「突然ごめんなさい、スヴェトラナさん。とある事情で、レヴィツキーに紹介してもらったんだけど、少し時間いいかな?」


 レイがそう尋ねてみたところ、不思議そうな表情は一変。知っている名前にピンと来たのか、スヴェトラナは微笑んだ。

 

「レヴくんが? うんうん、それなら良い人ですね。はじめまして、わたしがスヴェトラナです。ラーナと呼んでくださいな」


 細工師スヴェトラナは、ふわふわとした雰囲気をまとう人で、イメージしていた職人とは少し違った印象だった。


「それで、わたしに何か用ですか?」


 これまでの経緯をスヴェトラナに話して、歴史の本を読ませて欲しいと頼む。


「そんなややこしいことに……うん、そういうことなら、ぜんぜん貸してあげますよ」


 それなら家に行こうとスヴェトラナは(ほうき)に乗り、レイもアリスを浮かせながら空を飛ぶ。夕暮れどきをふわふわと、どこかの家の明かりが一つつくのが見えた。

 商店街とは反対側にある住宅街まで来ると、箒は速度を落とす。いくつかの屋根を越していき、降り立ったのは、丸い屋根のこぢんまりとした家の前。


「ちょっと待っててください。どこに置いたか頑張って思い出しますね」


 レイたちを玄関に通したスヴェトラナは忙しなく家中を探す。あちこちで物が落ちる音がしては、ドタバタと廊下を走る音が聞こえてきた。


「だ、大丈夫かな? 怪我したりしないよね?」

「お手伝いした方がよろしいでしょうか……?」


 レイたちが心配になるぐらいに盛大な音がしている。おっとりしてそうで、意外とおっちょこちょいかもしれない。

 そして、来た時よりも明らかに家が散らかって来た頃。

 

「あ、ああ、ありました、ありました……!」


 やっと戻って来たスヴェトラナが腕に抱えているのは数冊の分厚い本。これが、歴史書のようだ。


「よっ、と……ふう、これ、重いですね」


 運び切った達成感から、スヴェトラナは汗を拭うフリをする。その後、魔法で運べば良かったことに気づいて、あらら、と口に手を当てていた。

 

「一冊じゃないんだ?」


 床に置かれた歴史書の冊数が、予想より多かったことにレイは目を見張る。保管していただけのスヴェトラナも、分厚い本に不思議そうな顔をしていた。

 

「……そうですね。なんで一冊じゃないんでしょう? 読むのが大変じゃないですか」

「まあ、これは記録だし、読む人のことは考えてないと思うよ」


 置かれた歴史書の一つをレイは手に取って、パラパラと中をめくっていく。ざっと見た感じ、歴史全体を書いたものと、誰かの日記を写したようなものがある。全てをくまなく読むのは大変だが、アリスと分担すれば問題ないだろう。


「その本は好きなだけ借りていいですよ。でも、保管できなくなると困るので、傷つけないように気をつけてくださいね」

「もちろん。丁重に扱わせてもらうよ。ありがとう、ラーナさん」

「いえいえ……あ、一つお願いしても良いですか? レヴくんに、ラーナは元気にやってますよ、と伝えてくださいな。レヴくんにはお世話になりましたし……」


 スヴェトラナは帰ることの難しい故郷を随分気にかけているようだった。

 スヴェトラナが言うには、細工師としての夢があった彼女に、オーロッカの人達が外へ出る手助けをしてくれたらしい。

 自分だけが逃げてしまうようで最初は断っていたが、レヴィツキーに説得されて夢を追うことができた。そう懐かしそうに笑っていた。


「レヴィツキーにはしっかり伝えておくよ」

「ありがとうございます。……ああ、それと、わたしにもお手伝いできることはありませんか? わたしは自由な分、オーロッカのみんなの役に立ちたいのです」

「……なら、お店の人に協力してもらうことってできる? お客さんの話や注文内容で、変だなって感じたら教えて欲しい」

「ふむふむ、了解です。みなさんお優しいので、たくさん協力してくれるはずです。きっと変な話もすぐ集まりますよ」


 みんなに頼んできます、とスヴェトラナは颯爽と飛んでいった。本を返しに行くときに銀細工を買おう、と心に決めてレイはスヴェトラナを見送った。


「さて、これでクリアマーレの内戦について調べられるね。『戦火の足跡』について書いてあれば良いけど……」


 夢の魔法で自室へ戻る。雑多な机の上を丸ごと別の机と入れ替え、早速歴史の本を広げる。


「アリスは日記の方をお願い」

「はい」


 事細かに記されたクリアマーレの膨大な内戦の歴史から、『戦火の足跡』と関連してそうなところを探す。

 内戦、戦場、足跡、オリヴィン皇子、争いの原因、天使……。

 調べ始めてから三十分ほど。大体の歴史の流れを掴んできた。


「……つまり、争いの原因は、鉱石の魔法を使う伝統的な剣使いと、他国から基礎の魔法を学んだ魔法使いの対立。そして、その争いに終止符を打ったのが、剣使い側のオリヴィン皇子と、魔法使い側のソーニャ姫だったってことか」


 つまり、剣への誇りを取るか、魔法という発展を取り入れるか。それを論じている内に、収拾のつかなくなって争いになったようだ。

 そんなこともあるのか、と軽い衝撃を受ける。クリアマーレの存在意義に関わるという意見が始まりのようだが、いささかやり過ぎではないか。


「価値観が違うから、何とも言えないけどね」


 それが何よりも大切ならば、仕方がないということだろうか。

 当時を知らないことには、その空気感は掴めないものである。

 

「……そして、この話で有名なのが、天使であるソーニャ姫が戦場で踊ったこと。人々はソーニャ姫の勇気ある行動に感銘を受けて、剣や杖を手放した。これが、歴史の大筋というわけだね」


 戦場で踊った、というのは一見無謀に思えてしまうが、おそらく天使の祈りによるものなのだろう。だが、戦場というのは剣と魔法が入り混じり、どこよりも死が間近に迫るところ。そんな場所で踊るというのは、相当な勇気のいることだろう。

 そして、踊るソーニャ姫をずっと守り続けたのはオリヴィン皇子。剣使いとしての魔導師にあたる『勇者』という地位の人物で、その強さを盾に一人たりともソーニャ姫に近づかせなかったと記されている。


「二人は親友か……もしくは、恋人だったのかな? 戦争を止めるためにたった二人で奔走するなんて、生半可な覚悟じゃないよね」


 その後はどうなったのか。平和になったのならハッピーエンドで幕を閉じるだろうと思えば、次のページに衝撃的な最後が綴られていた。


「……えっ、『争いを収束させたソーニャ姫は剣使いによって暗殺された』……? 『オリヴィン皇子は彼女の死をひどく悲しみ、彼女の意志を継ぐべく平和と安寧の実現に尽力された』…………」


 パタン、と本を閉じる。

 最終的に国は平和になった。だが、肝心の物語の主人公達が悲劇で終わってしまっている。

 なんだか釈然としない気持ちが残るが、目的は魔法素材の捜索。内戦の中心である天使と勇者の二人に重点を置いて、キーワードを絞ることにした。

 そうなると、アリスに任せた日記が気になってくる。日記というのは、より当時の状況がうかがえるだろう。アリスに聞いてみると、案の定、内戦さなかの記述があったと教えてくれた。


「この日記は、カルルという騎士が書いたもののようです。魔法使い側の騎士のようで、当時の状況が詳しく綴られています」


 魔法素材に関わっていそうなページをアリスが選んでくれた。そのページを読んでいくと、天使であるソーニャ姫の力について把握することができた。


「ソーニャ姫は踊ることによって祈りを捧げた。戦争を止めたのも、みんなが天使の祈りを見届けたから。……気になるのがソーニャ姫の踊りについての書かれ方。『ソーニャ姫の踊りは朝日のように柔らかな光を纏い、この地に奇跡を残してくださった』」


 これが魔法素材の由来なのだろう。誰もが天使に奇跡を感じた、その代弁者の一筆である。

 つまり、『戦火の足跡』という名は、絶えることのない『戦火』のさなか、踊り続けたソーニャ姫の『足跡』ということだろう。

 それが正しい予想であれば、ソーニャ姫にゆかりのあるところを探せば見つかるはずだ。


「ただ、ソーニャ姫自身についてはあんまり書かれてないんだよねえ。天使の話ばっかり。戦争の跡地とかは怪しいけど、そんな単純じゃない気がする……」


 残りの本も読んでみるが、最初の二冊ほどの手がかりは書かれていなさそうだ。また地道にソーニャ姫の痕跡を調べようかと考えていると、アリスが何かを見つけたのか声を上げた。


「あっ……レイさん、これ、ソーニャ姫の住んでいたところでしょうか。ソーニャ姫宛の手紙の住所に、シチェーポーリという地名が載っています」


 アリスが持っているのは手紙の封筒。本と一緒に保管されていたものらしく、送り手はオリヴィン皇子の名が記されている。


「シチェーポーリ……オーロッカの外れにある丘の名前みたいだね。ここにヒントがあるかもしれない。今日は……もう遅いから、明日行ってみよう」

「はい」


 シチェーポーリの地名が地図に載っているのを確かめて、広げた本をひとまとめに片付けた。


◇◆◇

 

 そして、翌朝。

 クリアマーレにつながる『扉』を探して、レイはオーロッカに戻ってきた。

 シチェーポーリの地名が載った地図に従うと、町外れから小高い丘に辿り着いた。

 丘の上には、ぽつんと家が一つだけ。草木は伸び放題で劣化も進んでおり、しばらく手入れされていない様子だった。


「うわあ、歴史上の偉人の住居にしては管理が杜撰(ずさん)……」


 忘れ去られてしまったかのような有り様で、保護の魔法もかかっていないのが寒々しく見えてしまう。


「まずは、周辺をきれいにしないとね。ええと、巻き戻しの魔法でいけるかな……?」


『ロダム・アメ・トゥータ』


 呪文を唱えれば、たちまち葉や蔦がするすると傍に引っ込んでいった。あらわになった扉を開けようとして、劣化が心配になってくる。なので、もう一つ魔法をかけることにした。


『シーティ・アーリミ・ミア』


 不変の魔法。つまり、保護するための魔法だ。


「不法侵入だけど、きれいにするから許してください!」


 家主を失った家にお邪魔して、レイとアリスは魔法素材の手がかりを探し始めた。

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