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三話 《ソルウェナ》

「ふう、正直この額は予想外だったよ。二倍どころか、さらに倍だし」

「そう、ですね……」


 魔法会に戻ってきた《ソルウェナ》たち。素材を売りに出したところ予想の倍の額で売れてしまった。その引くぐらいの値段に二人揃って苦笑いするしかなかった。

 大量の硬貨を分けるために、二人は休憩スペースのテーブルに着く。硬貨を半分ずつにしながら、少年が森での話の続きを始める。


「とりあえず、さっきの魔法で、ぼくが潔白だってことは理解してくれた?」

「はい。……疑ってしまったことは、謝ります」

「それは全然いいよ。たぶん、それだけの理由があるんだろうし」

「……ありがとうございます」


 特に気にしてない様子の少年に、ほっ、と胸を撫で下ろす。言いすぎたことを割と気にしていたのだ。


「それで、本題なんだけど。森できみに会ったのは本当に偶然だったんだけど、実はきみのことを探していたのは事実なんだ」

「……え?」


 探していたのは事実、とは。

 ()けてはいないが、()ってはいるというオチだろうか。

 

「あ! 誤解しないでね。秘密を知ってるからとかじゃあないよ」

「……じゃあ、何でですか? 魔法が使えない《ソルウェナ》に関わる必要はないですよね」

「それは──」


 少年は硬貨を分けている手を止め、こちらに微笑みかける。


「ぼくの助けになると思ったから。──正確には、きみがぼくと似ていたから、かな」


 似ている。

 それは、自身も少年に対して感じた感想だった。


「さっき言った通り、ぼくは攻撃手段がない。しかも、それが原因で他の人と採集に行くとだいたい言いがかりをつけられるんだ。つまり、戦闘のある採集に行きにくいってこと。そんなときに、きみの投影を見て、この人だ! って思ったんだよね」


 天井につけられているランプの灯に硬貨をかざして、少年は楽しそうに言う。少年の瞳は、かざした硬貨のようにきらきらと輝いていた。


「投影を見た時、すぐに気づいたよ。きみが魔法を使ってないってね。その時から、決めてたんだ。《ソルウェナ》に会ったら絶対に仲間にしようって」


 こちらを見る少年の優しい眼差し。自分の知らない世界に足を踏み入れるような、そんな、忘れた衝動が駆け巡った。


「きみは魔法が使えないことが落ちこぼれって考えてるようだけど、それは違うと思うよ。魔法が使える人はこの世界にいくらだっているけど、弓矢が使える人はほとんどいない。それも、魔法顔負けのスピードと正確さだなんて、きみぐらいじゃない? もっと自分を誇るべきだよ」

「そんなこと……」

「ま、きみが認めなくても、ぼくが認めるんだけどね。きみはすごいよ。それに、魔法使えないことを気にしながら弓矢を極めれちゃってるんだから、弓矢は好きなんでしょ? 好きなものを大切にできる人、ぼくは仲良くなりたいと思うよ」


 どうかな、と少年は期待して身を乗り出す。

 ミリアは、ぎゅっ、と堪えるように手を握りしめた。

 

 ──誇るべき? 認める?

 

 そんなこと、できるわけがなかった。

 考えたこともなかった、はずなのに。

 

 フードごしのアメジストの瞳。そのきらりと輝く宝石の目は今、一筋の涙をこぼしていた。


 

◇◆◇


 

「……本当は、ここに来ることはなかったはずなんです」


 おもむろに話し出した《ソルウェナ》に、少年は静かに耳を傾ける。


「私の家は魔法に優れた家系でした。父も母も名の知られてる魔法使い。当然私も期待されていました。けど、私は魔法を使うことができなくて。……それでも、父と母は変わらず接してくれました」

「……良いお父さんとお母さんだね」

「はい。魔法が使えないのに、本当に恵まれてたと思います。……でも、私は違いました。みんなできることができなくて、みんなに迷惑をかけている。それが、私には耐えられなかったんです。だから、誰にも会わずに部屋に引きこもって。そんな自分を変えたくて、家族に無理を言って魔法会に来たんです」


 視線を落として淡々と話すその姿には、少しの後悔が見て取れる。


「唯一好きだった弓矢で、魔法使いに紛れて採集に行きました。初めて誘ってくれた人たちはみんないい人で、自分でも上手くやっていけるって思えました。予想通り成功はした。……けど、それは失敗でもありました」


 握り込まれた手が全てを物語る。その先の展開を少年は当てた。

 

「……上手くやりすぎたんだね?」

「そう、なんです。いつのまにか周りにとって憧れの地位になって、必要以上の人気が出てしまいました。名が売れるほど魔法が使えないことがバレるのが怖くなって、人と関わらなくなっていました。それからは仲の良かった人も次第に離れていって……結局、一人ぼっちになりました」


 きっと《孤高の狩人(ソルスウェナトル)》という二つ名から、かけ離れた道だろう。

 明るくなんてない、瞬きの間の道。

 目を瞑れば闇に塗れる、存在しない憧れだった。


「《孤高の狩人(ソルスウェナトル)》。ピッタリですよね、今の私には。誰にも頼れないまま、だけど、諦めきれずにここまで来た臆病者。

 それが、私の、《ソルウェナ》の本当の姿なんです」


 震える手を隠すように、再び握る。

 少年は最後まで、ただ静かに聞いていた。常に笑みを絶やさなかった口元は、真一文字に結ばれている。

 しばらく押し黙ったままだった少年は、一言だけ言葉をかけた。


「よく、がんばったね」


 涙が、涙が、また溢れそうになった。

 その一言は、今まで耐えてきたことが無駄じゃなかったことを示している。

 ずっと、ずっと、一人だった《ソルウェナ》の心には、温かく優しく響いていった。

 

 ──頑張った。そう、頑張ったのだ。どんなに苦しくても辛くても、魔法が使えないことに負けたくなかったから。それだけが自分の価値じゃないって証明したかったから。だから、魔法使い達の中で、弓矢を握って魔法使いと並んで狩りに行った。

 いつか《ソルウェナ》の理想が崩れても、誰もが認めるような、そんな日を夢見て。


「ひとりだったのに、逃げなかった。誰にでもできることじゃあないよ」

「諦めが悪かっただけ、です」

「魔法使いは元来諦めが悪いものだよ。きみの場合、それが魔法じゃなかっただけ。何もおかしなことじゃない。そもそも、魔法が使えないことも個性の一つだと思うけどね。魔法イコールその人の価値で見てる人が間違ってる」


 ふてくされたようにそう言う少年は、《ソルウェナ》にとって異質であった。

 魔法が当たり前で魔法がその人の一生を左右する世界で、ここまではっきりと魔法の価値を否定する人は初めて見た。


「ぼくはね、魔法は楽しむものだと思うよ。高度な魔法が使える人もすごいと思うけど、少ない魔力で工夫したり、魔法薬や魔導具を作ってる人もいる。きみみたいに魔法じゃないものを極めてる人だってね。みんなそれが好きで、続けてるから」

「……」

「だから、ふと閃いたんだ。きみの弓矢の技術とぼくの魔法があれば、もっと魔法を楽しめるんじゃないかって。ぼく、こう見えても魔法関係の研究者だから、気になるんだよね。きみの矢の可能性が」

「……矢の可能性って、あ、あの魔法、また使うんですか……?」

「そうだね。さっきは予想以上に威力が出て、ぼくもびっくりしたよ。次は、あのまま魔物を弱らせたりしたら、もっと強力になるよ!」

「それ、は、ちょっと怖い気が……」


 冗談なのか本気なのか。試される魔物が可哀想になるぐらいのことを大真面目にいうものだから、思わず笑みが込み上げてくる。初めて笑みを見せた《ソルウェナ》に安心して、少年も一緒に笑った。


 ちょうど大量の硬貨を全て分け終えた少年は、報酬の半分の入った袋を《ソルウェナ》に手渡す。

 そして、改まって目線を合わせて言う。


「ぼくはレイ。《ソルウェナ》さん、ぼくの仲間になってくれるかな?」


 差し出された手は自分より少し小さくて、けど、とても頼もしい。《ソルウェナ》は立ち上がって、その手をとった。


「私は、ミリア。これからよろしくね、レイくん」


 魔法会に来て初めてできた仲間。

 《ソルウェナ》──改め、ミリアはこの場所で希望を見つけた。


◇◆◇


 ──その日の夕方。

 明日の約束をして、《ソルウェナ》と別れたレイ。昼にも見せた淡い虹色の魔法で、何もない空間から自身の家に帰る。


「おかえりなさい」


 しばらくして、気配に気づいたアリスが笑顔で出迎える。


「ただいま」


 こちらも挨拶を返し、レイは自室に、アリスはキッチンへと向かう。

 自室に戻ったレイは今日の出来事を忘れないうちに紙に書き出していく。特に、《ソルウェナ》、いや、ミリアの弓矢と自身の魔法については、結果はもちろん、ミリアの感想からその時の環境や状況、気分さえも事細かく書いていった。


──コンコン


「お茶をお持ちしました」


 十分ほど経ってアリスの声が聞こえると、レイはやっと書くことを終える。すでに記録した見開きのノートはいっぱいになっており、ほとんどが黒に染まっていた。

 

「どうぞ」


 返事をすると、アリスが紅茶とケーキを乗せたティートレイを持ってきて、お茶の準備を始める。甘いものが大好きなレイのために、アリスが用意してくれるお茶の時間だ。アリスの作るお菓子はどんなお店よりも美味しいと、レイが褒めちぎった結果でもある。

 用意された紅茶を一口飲み、レイは書いた記録を見ながらアリスに今日の出来事を話す。


「今日ね、《ソルウェナ》と仲良くなったんだ」

「あ、この間の……」

「そうそう。森で偶然会ってね。予想通り、魔法は使ってなかったよ。どうやら、それがコンプレックスみたいなんだ。どうにか力になってあげたいな、って思って。ぼくとも似てるしね」

「そう、ですね」

「たぶん、明日からはずっと家を空けると思うから、お昼は用意しなくていいよ」

「はい。そうします」


 これからの予定を伝え、アリスに下がるように合図する。明日試したい魔法を考えながら、魔法を発現する。淡い虹色が、くるくると手の上で回りだす。

 

 この世界の魔法系は、火、水、風、土が基本となり、その全てが自然に宿る精霊を介している。中には限られた人しか使えない特異な魔法系もあり、特異な魔法系を使える者は全体でもかなり少数。レイの使う魔法はその特異な魔法系の一種にあたる。

 

 その魔法系の正体は、『夢』。


 ミリアと話したことの中に、魔法を使ってみたいという願いがあった。弓矢は好きだし今でも十分だけど、一度でいいから自分だけの魔法を使ってみたい。そう言ったミリアは、とうに諦め叶わない願いとしていた。

 

 けど、夢の中は自由自在で、なんでも叶えられる。それこそ世界を反転させるようなことだったとしても。

 

 だから、ミリアの弓矢も本当の魔法にできるかもしれない。ミリアを本当に魔法使いにしてあげられるかもしれない。


「魔法じゃないものを魔法にする。できるか分からないけど、やる価値はあるよね……!」


 楽しみな明日に思いを馳せ、レイは準備に取り掛かった。

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