二十九話 嘘の回収
「ふーむ……どうも鍵には関係なさそうだけど……人助けなら無視できるわけないしね。どーんと、ぼくらを頼ってくだされ!」
助けるだろうとは思っていたが、少しハラハラしたミリア達。なんせ、最初っから嘘をついていたのだから、不安になるのも仕方のないこと。
命綱ともいえる他国の魔法使いの助けに、レヴィツキーは表情を和らげた。
「助かる。だが、女皇に目を付けられそうだったら、逃げてもらっていい。あんたらにこれ以上の迷惑はかけない」
「うーん、まあ、大丈夫だよ」
この直後、丸く治った協力関係に、レイは事実という衝撃を投下した。
「とりあえず、女皇様に気に入られてきたから」
「……は??」
唖然と意味が理解できないようなレヴィツキー。ミリア達も、今バラすのか、と目を見開いた。
「あんた、俺を騙したのか……?!」
怒りを押し込んだ声で尋ね、レヴィツキーはレイを睨みつける。唐突に出てきた敵との繋がり、それも、嘘をつかれたこともセットで明かされた。排除するつもりか、剣の形をした杖をレイに突きつけ、呪文を唱えようとしている。
だが、レイはいつもと変わらない様子で、あっけらかんと騙した理由をこたえた。
「それは悪かったけど、こうでもしないと教えてくれなかったでしょ? 女皇様のこと、だいぶ警戒してたことだし」
「……」
本当はレイも嘘が嫌いである。だが、情報を掴むには致し方ないことだと思う。
女皇に関する話題にやたらと神経を尖らせている相手に、女皇に探し物を頼まれました、なんて言えば見え透いた結果に行きつくだけ。いくら、利害が一致しただけだと伝えても、敵に近い人物に事情を話したりしないだろう。
「それに、繋がりがあるかの答えには嘘をついたけど、一時的な協力関係なだけで、ぼくらも戦争は断固反対だからね。女皇に伝える気なんてさらさらないよ」
「……それを、どう信じろと?」
一度嘘があれば簡単に信用することはできない。レヴィツキーは剣を下ろすことなく猜疑する。
疑いの目を真正面から受け止めるレイは、面白そうに口角を上げて正論を述べた。
「いやあ、別に信じなくてもいいんだけど……もし、女皇様の手先だったら黙って裏切るんじゃないかな? 種明かしをするには早すぎる」
「……」
一理あり。いや、冷静に考えてみれば当然のことだ。
レヴィツキーは疑う意味がないことに気づき、気が抜けたように剣から手を離した。
「……重ね重ね、すまない。自分で思うよりも焦っているらしい。反省しないとな」
「ううん、騙したぼくが悪いから! むしろ謝るのはこっちだって!」
「いや、他国人を巻き込もうとしたことがきっかけだ。俺の自業自得だろう」
律儀に頭を下げて謝罪するレヴィツキーに、なんだか悪い気がしてきたレイ。
我関せずで見守っていたキーは、あたふたしているレイではなく、レヴィツキーの味方で間に割って入った。
「レヴィツキー、謝んなよ。人畜無害そうに騙したこいつが悪いからな」
「な?! ひどい! ぼくだって嘘をつくのは嫌だったんだけど?!」
「じゃあ、嘘をバラす時の言い方はなんだ? もっと悪そうにしろよ」
「謝ったよ? キーも見てたでしょ? 悪かったと思ってるし、全っ然、雰囲気に気分が乗ってたとか、全っっ然ないからね?」
「自白してんじゃねえか……」
いつもの二人の言い合いが始まり、緊張した時間はどこかへ消えていった。レヴィツキーも今度こそ安心して笑っていた。
それからは、協力する方法を話し合うことになり、開口一番にレイが鉱山爆破の作戦はやめようと言い出した。
「どういうことだ? 爆破以外に方法は……」
「でも、本当は鉱山を残したいはずだよね? こんなことで大昔から受け継いできた鉱山を失くしたらもったいないよ」
「それはそうだ。だが、残してしまえば戦争の勢いを加速させるだけだろう」
不可解な顔をするレヴィツキーに、レイは大前提を無に返す発言をする。
「戦争をすればそうなるけど、戦争自体やらなかったら爆破もしなくていいよね?」
また理想を言い出した。戦争は個人が止められるものではないのだが、レイは妙に自信ありげにしていた。
「……無理だろう」
「できるよ。女皇様の頭が弱くなければ、直行でエルメラディに仕掛けることはない。おそらく、魔法会に対して何かしらの対策を取るはずだよ。だから、初手に何をするかを突き止めて阻止すれば、攻め入ることはできないし魔法会の警戒心も上がる。そうなれば、戦争なんてする余裕はなくなるよ」
エルメラディと魔法会は魔法使いが集うところであり、自由を届けてくれる欠かせない場所だ。統制されるクリアマーレの侵略には抵抗するだろうし、天才と呼ばれる魔導師の存在もある。それを踏まえて考えれば、強欲な女皇だとしても慎重にならざるおえない相手だ。その証拠に、女皇は即位してから二百年もの間を準備に充てている。
そして、いよいよ仕掛けようという今の段階で魔法会に察知されたら、同じ時代に戦争をすることは叶わないだろう。
つまり、初手さえ失敗させれば、後は魔法会が対応できるということ。
「でも、肝心の初手をどうやって探すの……? 時間がないんじゃ……」
解決策は簡単だが、初手を見破らなければいけない。二百年もかかった女皇の切り札が、そう簡単に明かされるだろうか。
間に合わなかった時の惨状は恐ろしい。鉱山を放って置くのか心配になったミリアに、レイは万事解決と余裕そうに笑った。
「もし止められなければ鉱山を封印するから、爆破せずに逃げればいいよ。鉱山と鉱石の精霊は必ず守るから」
協力をするなら徹底的に。レイの引き出しの多さにはミリア達もびっくりである。
だが、この方法だと女皇が生きている間は鉱石が採掘できなくなってしまう。つまり、オーロッカの人々が鍛治師として生きていくことは難しくなるのだ。
その旨を伝えたが、レヴィツキーは鉱山を残せるだけで十分だと言った。
「あんたらに頼んで良かった。鉱山あってのオーロッカだからな。……戦争を阻止したら、ぜひ町を挙げて礼をさせてくれ」
「それはしなくていいよ!? これはぼくらのためでもあるんだから。女皇の思い通りになったら、魔法会もどこまで魔法使いを集められるか分からないし、ぼくらも平和に旅することは叶わなくなる」
「だが、俺らが助けられるのは事実だ」
実直な態度を崩さず引かない姿勢のレヴィツキー。レイとしては女皇の横暴を止めたいだけなのだが、どうもお礼をしないと気が済まないらしい。なので、代替案で協力を仰ぐことにした。
「だったら、協力の代わりに一つお願いしてもいいかな?」
「なんだ?」
「クリアマーレで探しているものがあって、オーロッカの人にも心当たりがないか聞きたいんだ。忙しいとは思うけど、少しだけみんなに時間を空けてもらえると助かるんだけど……」
「それだけか……? なんなら探すのも手伝うが……」
「ううん。時間かかるから、教えてくれるだけでいいよ。みんな仕事もあるでしょ?」
「そうか」
これで鍵は見つかるはずだ。女皇が鍵の捜索をレイたちに頼んだのは、西からの信用を得られていないためだろうから。
アリスに食器を片付けてもらって、鍛冶屋街で鍵について尋ねにいく。レヴィツキーには仲介のために一緒に行動をしてもらうことにした。仕事は女皇に話して免除させればいいだろう。
各々の仕事に勤しむ鍛治師たちにレヴィツキーが事情を話す。すると、皆作業の手を止め、快く応じてくれた。
「『杖』と鍵について? ううむ……なんか聞き覚えが……」
「あら、あなたの家に伝わる話でしょう? ほら、オリヴィン皇子に託されたってお義父さんが言ってたじゃない」
「ああ! そうだった! ええと……『銀の砂』が必要だと言うんだったか」
「『杖』? ああ、それなら知ってるよ! 僕の叔父さんが伝言役なんだけど……おーい! 叔父さん! 『杖』の伝言ってなんだっけ??………………聞いてきたよ! 『誇りの眠るところ』だって!」
「『杖』の鍵……オリヴィン皇子が仰ったという伝言のことだねえ。ちょっと待っていな。今、持ってくるからねえ。……はい、この呪文があたしの父に託されたものだよ。うん? 伝言はいくつあるかって? ええと……記憶が正しければ、四つじゃなかったかねえ」
アルスチアンより詳しく聞いたとはいえ、より具体的な情報が多く集まった。
どうやらオーロッカの人は、『杖』の鍵についての伝言を任されていたようだ。いずれも伝言はオリヴィン皇子という人物に頼まれたとのこと。
「オリヴィン皇子って誰? 昔の人?」
いろんなところから名前が出たら気になる。カナタがレヴィツキーに質問した。
「ああ。クリアマーレの先先代皇帝だ。さっき内戦について話したが、その内戦を止めた人物の一人でもある。つまり、女皇が即位するまでの平和は、オリヴィン皇子が成し遂げたことということだ」
「皇帝じゃなくて皇子なんだ?」
「俺もよく知らないが、愛称みたいなものだったんだろう」
途中で手分けして聞いたこともあって昼過ぎぐらいに聞き終えた。
だが、どうにも出てこない情報が一つあった。
「四つ目の伝言の正体が分からない……『戦火の足跡』ってなに?? なんで名前しか伝わってないんだろう」
「教えてくれた人も名前しか聞いたことないって言ってたしね……」
レイでさえ聞いたことのない魔法素材が必要だと発覚してしまった。オーロッカの人もこの魔法素材については覚えがないようで、自力で突き止めなくてはならない。
「たぶん、クリアマーレだけに伝わってるものなんだろうけど……内戦の頃にあったものだったりするのかなあ」
そうすると、クリアマーレの歴史を調べたいところだが、歴史の書物は女皇が廃したとレヴィツキーに教えられた。強制的に本を焼かれたらしく、二百年の間に平和だった面影を消し去るためだったと考えられる。
「ほっといたらダメだね、あの女皇様。どんどんボロが出るや」
内戦のあった時代に生きていた人はもういない。書物がないとなると正体不明のままになるが、幸い本を持っている人はいるとのこと。
ただ、その人はエルメラディで活躍する細工師らしく、ここにはいないようだ。
「エルメラディなら一旦帰るだけだし……その人、なんて言うの?」
「『|mano d’argento』という店の細工師スヴェトラナだ。俺の名前を出せば応じてくれるだろう」
「スヴェトラナさん、ね。あとで訪ねに行ってみるよ」
魔法素材については何とも言えないが、これで鍵を見つけられそうだ。
だが、戦争の方も急がないといけないため、悠長に素材を探している暇はない。ここは、役割分担をした方が良いだろう。
「魔法素材はぼくが探しに行くとして、魔法陣を書くために『銀の砂』の調達もしないと。ちなみに、みんな魔法薬作りをしたことは……」
「ない!」
「ないです」
「ねえな」
ロストンで長時間の道のりを歩いた時に予想はしていたが、ミリア、カナタ、キーの三人は魔法使いの基礎を全く習ってきていないようだ。
手分けできるか不安になってきたが、一応監督できる人が一人いた。
「レヴィツキーは魔法薬、大丈夫?」
「一応、一通りの知識はある」
「良かった! じゃあ、『銀の砂』はみんなに任していい? ぼくとアリスはスヴェトラナさんに会って来るから」
四人とも異論は無さそうだ。
現在の時刻は、午後三時に差し掛かるほど。これからエルメラディに戻れば細工師の元に寄れるだろう。
「じゃあ、三日後に市場前で集まろう。『銀の砂』の調達、よろしくね」
魔法薬の基礎について書かれた本をミリア達に渡して、レイは魔法につながる家からネイウッドへと向かった。
残されたミリア達は、レヴィツキーの工房で魔法薬の基礎に目を通し始めたのだが……どこからどう見ても前途多難な様子。
「え?! 魔法薬の材料って草だけじゃないんだ?!」
「比率が一対二……? 何を基準に……?」
「入れる順番とか意味あんのか? 最終的に全部入れるんだろ?」
子供でも分かるような知識すら覚えのない面々。これはレヴィツキーの指導力が試されそうである。
果たしてミリア達は無事に『銀の砂』を作りきれるのだろうか……。




