二十八話 西の町
西への長い道のりを『扉』で一瞬で飛ばしたレイたちは、鉱山の並ぶオーロッカに到着していた。
だが、首都であるアルスチアンとの落差に戸惑い、口にするまでもなく皆同じ感想を抱いた。
「ここが、オーロッカ……? なんていうか、アルスチアンとだいぶ印象が違うね?」
高貴で統一感のあったアルスチアンとは違い、オーロッカは自然そのままに昔の建築が立ち並ぶ。
端的に言えば、とてもお金がかかってるようには見えない町。
鉱山があるため活気付いてはいるようだが、いかんせん町全体の時が昔のまま止まったようなのだ。住みやすそうには見えないのが正直なところである。
「劣化は魔法で防いでるけど、古い建物と魔導具ばかり……」
本でしか見ないような物ばかり並んでいるのに気づいたミリアがそう呟く。今ではほとんど見ない手動で動かす魔導具も多そうで、市場に売られている商品も時代遅れだったり安価な物しかない。これだけでも、町自体が貧しいことが見て取れてしまった。
「あの女皇やべえな。ここまで格差があんのに放置してんのかよ」
「首都をあれだけ派手にできた理由がこれだね。やっぱ女皇様は良識人ではなさそうだ」
カーン、カーン、と金属音が響き渡る。鉱石や金属の採掘や加工を生業としているようで、魔法を使いながら長時間の作業をしているのだろう。娯楽はなく、どこを見ても働いている人ばかりだ。
「おい、あんたら見ない顔だな。……東の奴らか?」
クリアマーレの実情に呆れていたら、鉱石を運んでいた青年に疑い気味に声をかけられた。後ろ手に隠しているが、杖を持って魔法の準備をしている。
何やら誤解されそうなので、レイは速やかに訂正をする。
「いや、ぼくらは旅の魔法使いだよ。エルメラディから来たんだ」
「…………東の奴はこんな静かな訳ないな。疑ってすまない」
東と関係がないと判断すると、疑いの姿勢を解いた理知的な青年。他国から来たことに興味を持ったのか、今度は気さくに話しかけてきた。
「俺はここ、オーロッカの腕利き鍛冶屋、レヴィツキーだ。折角の他国からの客人だ。聞きたいことがあったら何でも聞こう」
どうやら親切にも色々教えてくれるらしい。アルスチアンの人々とは大違いであった。
「ありがとう、レヴィツキーさん。ぼくはレイ。さっきの通り、仲間と旅をする魔法使いだよ」
「ああ、よろしく、レイ」
レイたちがここに来たのは『杖』の鍵を見つけるためだが、今は西の現状についての方が気になる。レヴィツキーに聞いてみたいのだが、最初からこの話題は不躾だろう。
少し悩むようにしたレイに、町案内がてら自身の鍛冶屋に見学しにこないか、と気を利かしてくれた。煉瓦の建物沿いを歩きながら、レヴィツキーのガイドに耳を傾ける。
「何もない辺鄙な町だが……基本的には正面に続くのは市場で、右の通りは庁舎や治癒舎がある。で、これから行くのは左手側で、オーロッカ自慢の鍛冶屋が連なる通りだ」
「鍛冶屋……あたしの故郷にもあった気がする!」
「お、それは珍しいな。クリアマーレ以外で鍛冶師と名乗る者は少ない。……後は、海岸沿いに鉱山がある。地中でも海中でも採掘できて、大昔から途切れることのない鉱脈が広がっている」
「鉱山って海のどこまでが鉱山なの?」
「海岸沿いは全部だ」
「……海沿い全部!?」
エルメラディと同じく長い歴史を辿ってきているというのに、鉱山には未だ豊富な鉱脈が眠っている。
それは、神秘を操る魔法使いでも想像できないことだ。
これを成しているものが、魔法ではなく自然。その事実に魔法使いレイは驚愕するのだった。
「いくらクリアマーレに鉱石の精霊が存在しても、海沿い全部は冗談に聞こえるよ……」
「はは、それはもっともだ。実際に見ないと尚更そうだろう」
その後もレヴィツキーは、オーロッカの街並みや軽い歴史なども解説してくれた。
どの話もガイドのように上手で、つい聞き入ってしまう。
なぜそんなに話し上手なのか。
尋ねてみると、町では魔法が得意な先生のような立ち位置だからだと答えた。
レヴィツキーは鉱夫と鍛冶屋を兼業しているため、双方の知識と技術を持っている。それゆえ、人に教えることに慣れており、興味深い話を厳選できたようだ。
カァン、カァン、と音が間近で聞こえるようになった。いつの間にか鍛冶屋街まで来ていたらしい。連なる工房から響く音色は、独特な臨場感を生み出している。
「面白い音! いろんなとこからたくさん聞こえてくる!」
「鐘が鳴ってるみたい……」
金属の音なのできついのではと思っていたが、実際は耳障りの良いものだ。ミリアが例えたように、軽やかに鐘を鳴らしているようである。
「よし、着いた。ここが、俺の作業場だ。階段の先で適当に座って待っててくれ。俺は鉱石を置いてから行く。あと、作業場は見てっても良いが、道具や商品に触れないように気をつけてくれ」
どうやら運んでいた鉱石は周辺の鍛冶屋の分もあるようで、不足しないように配りに行くらしい。レヴィツキーは再び外へ出て行った。
残されたレイたちは鍛冶工房を少し見学していくことにする。整頓された部屋を見渡し、最初に目についたのは棚や床に置かれた艶やかな家具だった。
「へえ、これはすごいや! 高級家具といえばクリアマーレだけど、それも頷ける完成度だよ」
銀色と青というクリアマーレを象徴する金属の美しさを持ちながら、木と変わらない造形を保ちつつ細やかな装飾が施されている。金属は硬くて変形させることも難しいのに、どうやって作っているのだろうか。ましてや、クローゼットやテーブルなどは大きさ的にも一筋縄ではいかないため、工夫を凝らさないとこの完成度には至らないだろう。
作品の次は作業場が気になるところ。削ることが困難な金属をどうやって加工しているのか。色々な道具があるテーブルに近寄ると、ヒントになるものがそばにあった。
「あ! これ、知ってる! 金槌だ!」
「金槌……ハンマーかな? これって、魔導具作りにも使われるやつだよね?」
あまりよく知らないが、魔導具の組み立てに使われている。ただ、魔導具の設計ならまだしも製作工程には触れることがない。レイ同様、ミリアとキーも首を傾げている。
唯一知っているカナタが得意げに教えてくれた。
「金槌っていうのは、鍛冶屋にとって一番大事な道具だよ! 鉄の形を変えるのに使うんだって」
「鉄の形を変える……これで? どうやって使うの?」
「たぶん、叩いてたよ? さっき、カァンって鳴ってたみたいに。あ、でも、火とか熱の魔法は事前にかけてた気はする」
「なるほど……うーん、確かに金属は火で柔らかくできるけど、叩くなんて斬新なことするんだねえ」
全く未知の方法はとても奇妙に感じる。釘などを叩くことは知っているが、金属そのものを叩くのは想像が付かなかった。これも、クリアマーレが剣という手段を極めたから生まれた技術。金属を魔導具や魔法の材料にしかしない、魔法頼りの魔法使いにはない発想である。
高さの違う作業台や金槌以外の道具、仕上げの魔法薬などを一通り見てから、レヴィツキーを待つため二階へ上がる。二階は生活空間になっているが、あまり使われた形跡はなく殺風景だ。
飾りっ気のない椅子に腰掛けるが、少し寂しく感じたレイ。まだ時間があるので、お茶でも用意することにした。魔法でお茶を出そうとして、やっぱりやめる。どうせなら本物にしたいからだ。
「アリス、お願い! お茶淹れて!」
夢の魔法に呼びかければ、すぐに応じてくれた。
「お茶菓子もお付けしますか?」
「もちろん」
テキパキとアリスがお茶の準備をしていると、配達に行ったレヴィツキーが戻ってきた。
「悪い、遅くなった」
「そんなことないよ。鍛冶屋の見学も楽しませてもらったし」
「それは良かった」
話を聞く前に、まずはアリスが淹れたレモンティーとレアチーズケーキを皆に勧める。レヴィツキーへのお礼でもあるが、ミリア達にもこの美味しさを知ってもらいたいのだ。決して、レイが食べたかっただけではない。
「お、美味しい! とろける!」
「!! これが、チーズケーキ……?? 香りが全然違う……」
「毎日これを食ってるって、贅沢だな……」
とろける舌触りの芳香なチーズとさくっとしたタルト生地。どこか懐かしい暖かさを感じられる手作りお菓子は、皆の口にも合ったよう。大絶賛を受けてレイがほくほく顔になった。自身も一口頬張り、いつもの味に満足する。
レヴィツキーもここまで美味しいものを初めて食べたと、目を見開いていた。あっという間にチーズケーキを完食すると、感動して、けど疲れたように笑った。
「美味い……最近は当たり前の感覚さえも忘れていたわけだ」
当たり前の感覚すら忘れる、仕事漬けの毎日に空っぽの心。この何もない部屋が、そのまま西の人々を映していた。
久しぶりの感覚を噛み締めながら、再び紅茶を流し込んで忘れてしまう。そうでなければ、より現実を直視したくなくなるから。
「……聞きたいのは西と東の格差についてだろう」
話し出すのをためらったことで大体察していたようだ。含んでいるように感じるのは他国人のレイたちに対する何かしらの感情だろう。期待か、或いは見定めか。
「教えても良いが、その前に一つ聞く」
「……?」
「東とつながりはないんだな?」
「もちろん。むしろ大変な目にあったからね。まったく、他国人に優しくないよ」
ミリアとカナタが困惑して思わずレイの方に目を向けた。実際は利害も一致で女皇に鍵を探す協力をしてもらっている。これでは、嘘を付いたことにならないだろうか。
そんな二人の視線を物ともせず、レイは涼しい顔でレモンティーを味わった。
「それなら良い。東の奴らに知られたら牢屋行きどころではない話だからな」
紅茶の残りを飲み込んで、一つ息をつく。
そうして、レヴィツキーは西と東について教えてくれた。
「西がこうなったのは今から二百年前から……つまり、今の女皇が即位してからのことだ。それまでは、格差なんてものはなかったし、東の奴らもあんな横暴ではなかった。それに、昔の内戦から平和を掲げていたから、無駄に争うこともなく他国とも仲良くやっていたんだ。俺はまだ子どもだったが、それでも良い国だったことは覚えている」
懐かしさに思いを馳せるレヴィツキー。だが、余計に現実との乖離を覚えてしまったのか、再び表情に影がさす。
「今は当たり前だが、魔法という力を持つ魔法使いに争いがないのは奇跡に近い。だから、また争おうなんて馬鹿なことをする奴なんていなかった。……だが、あの女皇はいとも簡単にそれを崩した。東をクリアマーレの全てとして、西には労働力を固める。そうして、女皇がやろうとしているのは……」
何をしようとしているか。この流れでは一つしかなかった。
「戦争……」
ミリアが小さく呟いた。自分たちには馴染みのない歴史上だけの出来事。それが、現在いる国で起ころうとしている。皆の脳内には、鋼のような女皇の目が嫌に浮かんでくるようだった。
「仕掛ける相手は、コメーテス諸島を通ってすぐのエルメラディ、か。……これは、大変なことを聞いちゃったね。ぼくらも無視できない問題だよ」
思わぬところで機密事項であろうことを聞いてしまった。鍵探しどころの話ではないかもしれない。
だが、ここで一つ気になることがある。表向きには戦争の話が出ているようには感じず、情報収集をしたレイたちでさえ今聞いたこと。
何故、西に住むレヴィツキーが、重大な情報を知っているのだろうか。
聞いてみると、案外単純な答えが返ってきた。
「ああ、それは、武器を取りに来る東の騎士が話しているのを盗み聞きしたんだ。あいつらは傲慢で気位が高いから、下の奴に盗み聞きをする能があるなんて考えてないんだよ」
高慢さが一周まわって間抜けになってしまっている。機密情報を堂々と聞かれてしまうなど、騎士として危ぶまれるミスだ。心の持ちようも大切にしなければならない。騎士は反面教師として優秀なようだ。
「……女皇は何のために戦争を? そこまで知ってたりする?」
「いや、それは知らない。だが、女皇は強欲だ。世界に君臨するのが夢だと言われても納得できるだろう」
女皇の目的は掴めないが、レヴィツキーの推測は当たっているかもしれない。エルメラディが魔法使いの中心地となっている今、二番目の大国であるクリアマーレが一番を狙うことはおかしなことではない。優に世界を手中に収めたいと願うようなものだ。
「俺らは戦争をできれば阻止したい。だが、あいにく西には魔法が不得意な者ばかりで、例え束になっても騎士一人倒せない。それに、女皇が課したノルマをこなさなければ牢屋行きになるくらいだ。抵抗は無意味に等しい。それが、オーロッカの現状だ」
絶望的な鉄壁を前にした西の人々を代弁したレヴィツキー。消耗するだけの日々は、自由を愛する魔法使いにとっては酷なことである。子どもでも呪文さえ覚えれば自立できるのに、クリアマーレでは武力がそれを許してくれないようだ。
もはや諦めかけている西の人々は、戦争が始まった場合、鉱山を全て爆破して鉱石を採れないようにする算段らしい。鍛冶師の作る爆弾があれば可能とのことだ。そしたら、後はできるだけ多くの人を逃す。これが、オーロッカにできる最善の選択のようだ。
「……東西の格差の話をして戦争まで話が飛んだのは、他国への手引きに協力させたいから、か。レヴィツキーも頭が切れるね。こうすれば、善良な魔法使いは知らん顔できないんだから」
止める間もなく戦争なんて聞かされたら、自由を欲する魔法使いは対応せざるを得ない。だって、平穏無事がなくなるどころか、強制的な戦いで束縛される時間が増えるのだから。
知らぬ間に共犯者に引き込まれそうになっているが、それほど切実ということでもある。
「悪い。だが、引き下がるつもりはない。このまま言いなりになるのは御免なんだ」
頼む、と頭を下げるレヴィツキー。
鍵探しをしていたはずのレイたちに舞い込んだ重大案件に、いったいどう判断するのかレイに注目が集まった。




