二十七話 観光気分
魔法で一番下の階まで戻り、荘厳な城から解放されたレイたち。厳格な雰囲気はエルメラディの魔法使いには息苦しく、四人とも外の空気の美味しさに感動を覚えるのだった。
華美な大通りを通り過ぎ、レイは身体をほぐして窮屈さを吐き出した。
「ふう、気難しそうな女皇様だったね。聞き込みができるようになったのは助かったけど」
読みにくい相手だったため、交渉するならどうしようかと頭を悩ませるところだった。
それに、ノリで無駄に堅苦しくしたので余計に疲れてしまった。ぐぐぐ、と伸びをして開放感を味わう。
「視線は気味悪いし、眠いしで散々だったな」
一番不満を覚えたキーが、腕を組んで不機嫌そうにした。キーは行動を制限されるのを何よりも嫌うため、より息が詰まって感じられたのだろう。
「師匠、大きなあくびしてたしね!」
「なんで知ってるんだよ……」
カナタはキーの斜め前にいたため、一度女皇の前で振り返ったらしい。緊張していた割に図太いことをしている。
反対に、ミリアはかなり気を張っていたようで、顔色があまりよろしくなかった。
「ミリちゃん、少し休もうか……?」
「ううん、外に出て良くなったから……それより、これから情報集めるの……?」
「そうだね。さっきの短剣があればすぐに目ぼしつけられるから、しばらく聞き込みに専念しよう」
さっそく皇室印の短剣を目立たせながら、クリアマーレの町で聞き回る。
先ほどまでは嘲笑しているだけだった国民は、剣についた大粒のアクアマリンに顔色を変えると、素直に聞き込みに応じてくれた。
「クリアマーレの噂って何か知ってますか?」
「そうね……噂とまではいかないかもしれないけど、最近西の人達に何か動きがあるらしいわ。何か知らないけど、不満があるのだとか。よほど贅沢をしてるのかしら? 下品ね……」
「クリアマーレの歴史でよく知られているものはありますか?」
「それは一つしかありませんね。我々の地に、鉱石以外の精霊が訪れたことで起きた、剣使いと魔法使いの内戦でしょう。両者が拮抗していたおかげで被害も多かったようですが、両者から和平を提唱する者が現れ終戦したようです。そういえば、戦争には天使が登場していたような気がしますね。名は確か……ソーニャ姫、だったと記憶していますよ」
「他国の人についてどう思う?」
「そりゃあ、間抜けって感想しかないよ。刃物も使わず原始的な魔法使っているんでしょ? 決闘したら絶対勝つ自信あるしね。……昔の人は平和が一番とか言ってたみたいだけど、それってつまんないし何が良いんだろうね?」
夕方まで時間をたっぷり使い、ある程度の有益な情報が集まってきた。
どうやら昔に起きた戦争が絡んでいるようで、女皇もそれが原因で探しあぐねているのだろう。
注目するのは、不満を募らせているという西の方。女皇が手をかけていないであろう放置されたところだ。
「西に向かうっていうのは決まったけど、西のどこに行くかはまた調べないと……」
「また聞き込み!? た、大変なんだ、宝探しって……」
クリアマーレのどこかにあるというヒントだけを頼りに来たため、情報収集に時間がかかっている。
女皇ならもう少し知っていることがある気がするが、そういった話はなかったため当てにならない。
「本当に何も見つけられなかった可能性もあるけど……どうかなあ」
「……女皇様のことですか?」
「うん。ミリちゃんも怪しいって思った?」
「少し……私達に付き添いも付けずに鍵探しを任せていることが……」
レイもそれはおかしいと感じていた。いくら期待していても身元不明の他国人であるレイたちを信用する訳がない。それなのに、好きにさせているのは違和感がある。
「ぼく達が鍵を持って逃げるかもしれないのにね。まあ、そのつもりはないんだけど、やっぱ引っかかるなあ……」
夕方遅くなってきたのでそろそろ夕飯を食べたい頃。モヤモヤとした思考が残るが、現状はできることがないため放棄だ。
その代わり、観光気分で美味しそうなレストランを見つけたので、海の近いクリアマーレの魚介を堪能することにした。
「わ、これ、この魚! 氷みたいに溶けてめっちゃ美味しい!」
「それは、コッタサーモンかな。冷たい海にしか生息しない、クリアマーレの特産品だよ」
「この、スープ、魚介がたくさん使われていて風味が良いです……!」
「貝って案外いけるもんだな……」
本場で食べる魚介の味に感動する面々。魚介をふんだんに使った料理はエルメラディではお目にかかれず、調理方法や味も体験したことのないものだ。
そのため、物珍しさと新しい味覚に、いつの間にか注文量が凄いことになっていた。皿の枚数に合わせて上がった値段は、四人でキッチリ割り勘ということで話がまとまった。その際、スカスカになった財布の中身にカナタはショックを受けるのだった。
レストランを出るとすっかり夜になっていて、明かりはランプの火ばかりになっていた。女皇の謁見やたくさん歩いたことで疲れ気味の四人は、そこそこに良さそうな宿で早々に休むことにした。
「すっごい豪華! こんな綺麗な部屋、使ってもいいの?!」
「……偉い奴が使ってそうな部屋だな」
借りた広めの部屋は外の景色がよく見え、ふかふかのベッドも魔法のサービスも付いていた。質素な生活か野宿しかしたことのないカナタとキーには、戸惑いの連鎖が起こる。
部屋を入ればランタンの火がつき、持ち物や上着が勝手に整頓される。魔法で部屋にある魔導具の使い方や注意書きが表示され、読んでいる間に飲み物が並べられる。
自分が何もしなくても魔法が全てやってくれる。それを初めて体験した二人は呆気に取られいて、経験のあるレイとミリアがおかしそうに笑った。
「私もここまで丁重なのは久しぶりだけどね……」
「ぼくはそこそこ? なんなら家がこんな感じ……いや、もっとかけたっけ?」
「これ以上の魔法を……?」
魔法が得意なレイならできるのだろうが、家にしては手厚すぎる。もはやどこまで楽ができるか挑戦していそうだ。
お茶を一杯飲み干し説明書を読み終わると、待ちに待った泊まりにはしゃいだカナタとレイがさっそくベッドにダイブした。
「わあああ! ふっかふか! 高級感がたまらんのだ!」
「なんか不思議だねえ! みんないるのに寝っ転がってるのって!」
片方は子供なので微笑ましいのだが、隣のブカブカローブは年長者である。はしゃぎようが決して大人には見えない。本当に外見通りの年齢じゃないか確かめたくなってしまう。
「レイくん、大人、ですよね? あれ、大人ってなんでしたっけ……?」
「ミリアの判断基準は間違っちゃいねえ。あれが例外なだけだ」
子供の心を忘れないのは良いことではある。
ただ、度が過ぎると年齢が迷子になってしまうから困る。
ミリアは年長者に敬意を持つ方なので、なおさら混乱した。
「あ、アリスも呼ぼうかな。そろそろ良いよね?」
ミリアの混乱を知る由もないレイは、気まぐれに魔法に向かって声をかけていた。
「ミリちゃんもこっち来よーよ!」
カナタに誘われて我に返ったミリアは、ベッドのへりに腰掛ける。
せっかくだから何か遊びたいと言い出したカナタに、魔法で何かを探し出したレイ。
呼ばれたアリスもその様子を楽しそうに見守っていた。
そして、いつの間にか買った魔法薬や魔法雑貨を試しに使ってみよう、という謎の遊びが始まった。
「これ、何……? 液体が回ってる……」
「それは、確か声が高くなるのだったと思う」
「こっちのは? うねうねしてる水色の奴!」
「たぶん水の中でも呼吸できるやつだよ」
他にも、髪や目の色を変えたり、飲む色によって気分が変化する、めちゃくちゃ話したくなる、身体が柔らかくなる、なんてものもあった。
魔法薬や魔法雑貨は日常で使う機会がなかなかないため、いろいろな種類を体験できるのは面白い。
「わ、ミリちゃんの髪が青っぽくなってる! かっこいい! あ、目の色も変えれるんだ! あたしもやってみよっかな! けど、色は迷うから、どうしよっかな! ミリちゃん、おすすめってある?」
「えっと、ピンク、かな……?」
「ピンク! よし、やってみよう! どうなるかな? 似合うかな?」
ちょっとタガの外れている人がいた。ミリアが勢いに飲まれていて大変そうだ。
「もしかしてカナちゃん、テンション上げる魔法薬と『おしゃべりドロップ』一緒に食べた感じ?」
魔法の効果が出まくりのカナタは、後々師匠であるキーにどやされていた。何を思ったのか、一番騒音になる組み合わせをしてしまったので仕方がないことだ。
「師匠、すみませんでしたああ! 二度とやりません! 許してくださあああい!」
「だから、それがうるせえんだって! 一回黙れ!」
魔法薬が切れるまではこれが続くだろう。レイたち三人は顔を見合わせ、微笑ましそうに笑った。
ひとしきり泊まりの雰囲気を楽しみ終わったら、明日のために早く寝なければならない。
「……ねむい……ねむ……」
「か、カナタちゃん、そっちは壁……!」
色々な意味でへとへとなカナタは、ミリアに補助されながら隣の部屋へ移った。
「アリスはどうする? ミリちゃん達の方に泊まる?」
「いえ、私は一度帰ります」
「……そう?」
アリスを家に帰して、魔法を使って寝る準備をする。身体を綺麗にしてから用意された服に変え、ベッドに潜り込む。
「火、消すぞ」
「うん」
いつもより健康的な時間に睡眠を。レイは久々にぐっすり眠ることができた。
◇◆◇
「みんな、おっはよー!」
爽やかな日が昇る快晴の朝一番。まだ眠気の残る部屋には快活な声が届いていた。
「はよう。早えな」
明け方には起きていたキーが、六時半に訪れたカナタに挨拶を返した。
「えへへ、早起きは得意なんですよ! 師匠!」
「それは、良かったな。……だが、後ろの奴は解放してやれよ」
「……おはよ、う……ござい、ます…………」
キーが指摘したのは、カナタに手を引かれてきたミリアだ。
全く起きているとは言えず、目を閉じたままふらふらと着いて来ている。
明らかにカナタが何も考えずに連れてきたのだろう。
「わ、ごめん、ミリちゃん!」
慌ててミリアを近くの椅子に座らせる。大きめのクッションを持ってくると、秒で安眠した。寝起きにひどく弱いようだ。
そして、寝起きに弱いのはミリアだけではない。
「あれ、レイくんまだ寝てる?」
「あいつは……起こさねえ方がいいぞ」
まだ窓際のベッドで爆睡中のレイは、布団の中で微動だにせず気持ち良さそうに寝ている。
ただ、レイと長い付き合いのキーは知っている。
自然に起きるまでは絶対に起こしてはいけないことを。
「なんでダメなの? そんな寝起き悪いの?」
「寝起きが悪いで済めばいいけどな……あれは、ひどいぞ。無理やり起こすと暴れて蹴飛ばそうとして、それが失敗すると具現化した夢で物投げてくるからな。挙句に、起きたと思えばいきなり魔法で吹っ飛ばされて、永遠に文句を言われ続ける」
思い出したくもないと眉を顰めるキー。相当ひどい目にあったようだった。
「後で怒涛の勢いで謝られはしたが、二度と起こしたくねえわ」
「い、意外……レイくんってそんなに凶暴になるんだ」
「無意識だからな。それぐらい、無理なんだろ」
レイに平謝りされたあと、本人に起こさなくていいと止められた。
あの時は採集の最中に昼寝をした時で、外で寝たことのないレイが事前に忠告しなかった結果、あんな事態になったのだ。
本人に聞いたところ、いつもはアリスが丁寧に起こしてくれるようで、アリスの灯火があれば覚醒するのも早いのだとか。
「アリスちゃん優秀すぎる!」
「それな」
雑談を終えると、まだ二人が寝ているのでキーは外に出かけて行った。どうやらペドロと一回会ってくるらしい。
一人残されたカナタは音を立てないように身体をほぐす。いつも日課にしている朝の運動で、二人が起きたら次は走りに行くつもりだ。
「……んん……カナちゃん……?」
一通り日課をこなし終わると、寝ぼけ眼をこすってレイが起きた。
「あ、レイくん、おはよう!」
「おはよう……キーは……?」
「ペドロに会いに行くって言ってた」
「ああ、そっか……」
ガンガンと響く頭痛に頭を抑えるレイ。毎日用意してある魔法薬を手に取り、一気に中身を飲み干した。
「……ふう。これで、よし」
即効性を突き詰めてレイが直接調合したもので、どんな魔法薬よりも念入りに作ってある。効果は、頭痛の軽減と機嫌を良くする作用。以前あった醜態を二度と晒さないよう、常備している魔法薬である。
さらには、ダメ押しにコーヒーを飲んでおき、身支度を済ませる。
「あれ、ミリちゃん、こっちで寝てる?」
「あ、あたしが眠いの知らずに連れてきちゃったから……」
「わあ、ミリちゃん優しい……」
このまま寝かせといてあげたいが、朝食があるのでそうもいかない。
ミリアを起こして、眠気覚ましの魔法薬を一つ分けてあげた。
「……! 目が、覚めた……!」
一気に吹き飛んだ眠気にミリアが感動していたため、レイは在庫から十本をあげることにした。
「ありがとうございます……!」
「また欲しくなったらいつでもあげるよ」
それから、レイたちは宿で美味しく朝食を頂き、西の町へと向かって行った。




