二十六話 クリアマーレ
念入りに準備して迎えた、クリアマーレへ出発する日。クリスタぶりの他国へ赴くため、レイたちはポルタヴォーチェの壁の前に立っていた。移り変わっていく扉を見上げて、宿泊付きの旅行──否、鍵探しの旅にキー以外の三人はわくわくしていた。
「あたし、友達とお泊まりしたことない!」
「私も……! 楽しみだね、カナタちゃん」
「だね!」
ロストンでの失敗を活かして、予定を詰め込まずに二週間というゆとりのある旅をレイは計画した。行き先は怖いイメージのあるクリアマーレだが、景色は綺麗なので観光にもなるだろう。
「宿に泊まるとか、ぼくもやったことないよ。……キーは? やったことある?」
計画した本人もかなり楽しみにしており、昨日はあまり寝れなかった模様。少し眠そうに目を擦っている。
「まあ、それなりにはな。ってか、その年で宿行ったことねえのかよ」
「そりゃあ、魔法ですぐ家に帰れるからね。それに、なんかあっても鍵探しより大変なことなんてないし」
どうやら定住していないキー以外は、宿と無縁だったようだ。カナタは一人でなら泊まったことがあるらしいが、それも二、三回程度らしい。そもそも『扉』があるため、わざわざ宿に泊まるより家に帰る方が早かったりする。泊まるとすれば、長期滞在か『扉』のない場所に限られるのだ。
「宿はそれなりに良いところにしよっかな。ふかふかの良い布団でぐっすり眠る……って、これじゃあ今寝ちゃいそうだ!」
頭に浮かんだベッドの想像を取っ払って、レイはクリアマーレへ繋がる『扉』を呼ぶため魔導具を取り出す。矢印の示す『扉』を開けば、景色が反射するぐらい磨き上げられた銀色が、視界を覆い尽くしていた。
「クリアマーレ……何か起こる気はするけど、行ってみようか!」
色の無い街並みへの境界線を、レイたちは胸を弾ませ超えていった。
◇◆◇
美しい曲線を描く鋼に、ラピスラズリで彩られたオブジェ。あちらこちらに散りばめられた鏡や硝子の欠片は、まるで宝石のように煌めいている。
金属と鉱山の国クリアマーレの首都アルスチアン。
金属でできているなど想像できないぐらい豪華絢爛な無色世界である。
「綺麗な街……クリスタとはまた違った良さ、ですね」
水晶でできた物語の中のような美しさとは違い、職人の技術と計算され尽くした華やかさが目を引いている。今はあいにくの曇り空だが、それが色の無さをより引き立てているように思えた。
「さて、これからどうしようか。さっそく聞き込みをしてみるのも良いけど……やっぱり、気難しそうな人が多いねえ。友好的に声をかけたりしたら、かえって警戒されそうだよ」
「笑ってる人が少ないし、笑っててもなんか良くないっていうか……聞き込みしたら、魔法で返されそうじゃん」
さっそくレイたちの方を遠巻きにしている人々を見つけて、カナタがそう言った。
確かに冷たそうな表情とあの笑顔は見下している類のもので、ろくに話も聞いてくれなさそうである。
試しに歩いて近づいてみると、当然のようにその場から退散する。特に酷いと、去り際に罵倒したり、道端の小石を蹴って来たりするのだからタチが悪い。
「困ったな……まさかこんなにあからさまに避けてくるとはね。これじゃ、情報を掴むどころの話じゃないよ」
頭を悩ませるこの状況に、早くも手詰まりになりそうである。もしこれで鍵の居場所がこの国の城だった場合、クリアマーレの鍵探しは断念せざるを得なくなるだろう。
「『杖』の存在自体知ってる奴いねえしな。あー、もしかすると食べ物屋ならマシ……ってこともなさそうだな」
それなりの案を出したキーだったが、店から他国の魔法使いが逃げ帰っていたため、採用とはいかなかった。
それからレイたちは、町を周って比較的害のなさそうな場所を探したのだが、どこも似たような反応ばかりで何も進展は無かった。
再び『扉』の前まで戻ってきたレイたち。どうしようもないので、この前買った魔法薬で変装して探ろうかとも考え始めた時。
「そこの外人四人、止まれ!!」
突如、背後から切れ味の良い声が飛んできた。
「!」
振り向けば、鎧姿と呼ばれるような出立ちの者が十数人。行列を作ってこちらに向かって来ていた。腰には剣を携えており、翻ったマントにはクリアマーレの紋章が描かれている。
「びっ……くりしたぁ……! あれ、どちら様?!」
急な大声に驚いたので、カナタが若干の怒りを込めて聞いてきた。質問されたレイはというと、面倒ごとの予感にげんなりした顔になった。
「あー……あれは、もしかしなくてもクリアマーレの騎士様だよねえ。これは、なかなかに認めたくない状況になるかなあ……」
鎧というのは、クリアマーレが独自に生み出した金属の服だ。それから連想できるのも騎士というクリアマーレの職業で、国を守るための集団だと本で呼んだことがある。
つまり、国の騎士が来たとなれば、何らかの理由で通報されたか、この国を治める女皇が呼び出したとしか考えられない。その場合、確率が大きいのは通報なため、最悪投獄なんてこともあり得る。
レイたちが警戒していると、騎士はレイたちの前でピタリと停止した。そして、一方的に命令するように告げた。
「貴様らに登城の命令が下された。これは、女皇様直々のお達しだ。大人しく着いて来るように」
簡潔すぎる説明の後に、レイたちを取り囲んだ騎士達。まるで鉄の壁のような威圧感を出している。
「ちょ、何なの? トジョウって何?」
「城に来いってことだろ。連行されかけてんだよ」
「なっ! 誘拐はいけないんだ!」
「いや、誘拐じゃねえけど……まあ、似たようなもんか」
カナタが抵抗しようと暴れているが、騎士もそれなりに手強いようで一進一退の攻防を繰り広げている。キーとミリアは大人しくしており、レイの判断に任せようとしているようだった。
停滞を決めるこの状況を横目に、レイはどうするべきか考える。一応逃げようと思えばできるのだが、ここで逃げたらクリアマーレの鍵探しが困難になるため最終手段だ。
その代わりに考えるのは、命令に従う場合にどうするかだ。ひとまず安心なのは罪状の読み上げをしていないことから、逮捕と言うわけではないということ。着いていっても最悪な想定はしなくていいはず。
ただ、気になるのは呼び出された理由。登城しろと命令されるぐらいなので、それなりに重要なことだ。
二つほど仮説が浮かび、レイは判断を下した。
「登城してみよっか!」
「ええっ?!」
ぐりんと顔を振り向かせたカナタ。意味分かんないと主張しているが、笑顔で見返すと引き下がった。
「大丈夫なのか? こっから理由つけて逮捕の可能性もあるだろ」
「それは行ってみないと分かんないから、その時は全力で逃げよう! ま、大丈夫だと思うけど……」
「根拠はあるんだな? ならいいか」
今までの経験上、レイが大丈夫と口にすれば基本なんとかなったので、キーは楽観に入った。ミリアも同じような感じで、やはり何となく安心感を得ていた。
「あの、そんな信頼されても困るんですけど……ぼくも間違う時はあるんだし」
「そん時はぶっ飛ばすわ」
「勝手に信じといて?! そんなのないよ!!」
毎度のことながら気の抜ける会話をして、四人仲良く騎士に連行される。外野の国民はくすくすと笑うが、罪が無いので気にする価値もない反応である。ミリアは少し落ち着かないようだったが、町の中央にある大きな剣のオブジェについて話すと気が逸れたようだった。
そして、辿り着いたクリアマーレの皇城。そびえ立つ石の城壁に、鈍い光を放つ鉄の門扉。その背後には、丸い屋根の艶めく巨塔が、圧倒的な迫力と存在感を誇るように立っている。金銀に硝子や鏡、宝石までもが散りばめられ、その全てに細工が施されているという、嘘のような派手やかさであった。
「わあ……すっごい高そう……」
「どんだけ金かけてんだよ……」
ゆっくりと門が開き、ロイヤルブルーの城内へと案内される。城内は外から見た通りのとてつもない広さで、むしろ不便なのではと口にしてみたいぐらいだ。さすがに登る方法は、見せかけの階段ではなく魔法を使用していたが、それでも掃除をする人は大変そうだ。
物珍しそうにレイたちが辺りを見渡していると、騎士が魔法陣のあるところで止まった。そして、魔法陣を指差すと、再び簡潔に命令した。
「ここからは魔法で向かえ。女皇様は最上階で待っておられる」
高圧的な態度ではあるが、ここまで案内してくれたのだ。それに対してのお礼は丁寧に言っておく。
「ありがとう、騎士様。案内、助かったよ」
「……無駄口はいい。さっさと行け」
無視されるかと思ったが、騎士は案外優しかった。
言われた通りに魔法陣から最上階へと上がると、見晴らしの良い硝子張りの広い廊下に着いた。
そのまっすぐ前には、また豪勢な両開き扉が構えてある。
あの扉の先に、呼び出した本人であるクリアマーレの女皇が、悠然と待っているのだろう。
「な、なんか緊張してきた……!」
「私も……」
縁のない格式ばったような雰囲気に、カチコチになるカナタとミリア。いきなり何処の誰とも知らない魔法使いを呼び出したのだから、女皇が礼儀作法に口出しすることはないだろうが、一般人には謁見するというだけで気を緩められない。
だが、それでも通常と変わらないのが、精神的な強者のレイとキーだった。
「そんなかしこまらなくてもいいよ。なんか粗相して処されそうでも逃がせるから」
「こっちは呼びつけられた被害者だ。むしろ頭下げろってな」
ミリア達には理解出来ないほどの落ち着きようだ。何故ここまで平然としているのか教えて欲しい。異様に慣れていそうな二人に、ミリアとカナタは解せない表情をした。
扉の前の騎士に紋章を確認してもらうと、いよいよ女皇とご対面だ。
仰々しく扉が開き、見上げる高さの玉座には煌びやかな衣装に身を包んだ女皇の姿があった。
女皇は椅子に肘をつき、磨いた鋼のような瞳でこちらをただ見下ろしている。
そして、レイたちが玉座のすぐ下まで来ると、てらてらとした唇をゆっくりと動かした。
「そなたらが『杖』を知るものか?」
女皇の放ったその一言。その一言に、やっぱり、とレイは声無く呟き、この後の脚本に修正をしなくて良いことを喜んだ。
「はい。私達は鍵を探す者にございます」
雰囲気に合わせて恭しい言葉遣いにしてみる。理由はもちろん面白そうだからだ。
「そうか。……妾はこの国の女皇、エカテリーナ・ソーニャ・ラチューシだ。登城の令に応じてくれたこと、感謝する」
少しもありがたみを感じていない風に、その場だけのお礼を告げられる。
偉そうだという感想が頭を過ぎるが、ここは友好的にするところ。
レイは笑みを絶やさないように意識して、女皇との会話に臨んだ。
「ぼくは旅の魔法使いのレイ・アルベルティと申します。この度は、ご招待いただきありがとうございます」
そう言ってレイは綺麗に一礼してみせた。レイはこういう場に来たことがあるので、こういう作法や言い回しもお手のものである。
「……礼儀を弁えておるな」
尊大な物言いで誉めて遣わした女皇。少し表情が和らいだので、プライドの高い女皇に好印象を与えられたようだ。無事に気に入られたところで、女皇はそのまま本題へと移りに入った。
「今日、妾がそなたらを呼び出したのは『杖』の鍵を見つける者がいると聞いたからだが、それは本当か?」
何故そこまで知っているのだろうか、という問いは野暮であろう。
おそらく、『杖』や『鍵』の単語と『情報』やら『場所』などと話していたのを魔法で聞かれていたようだ。
もしくは、国民に怪しければ通達しろとでも言っていたのかもしれない。
王侯貴族には人を動かしたり、高いお金で魔導具を設置することもできるので、ありえない話ではない。
「はい、本当です。先日も鍵を回収しておりまして、その手がかりからこの国を行き先にさせていただきました」
事実を伝えると、女皇は考えるように指を動かし、レイたち四人へ遠慮なく視線が注がれた。それが値踏みのようで居心地が悪いため、レイ以外の三人は思わず視線を逸らした。
「ふむ。……必ず見つけられるのだな?」
「そのつもりです」
レイが自信満々に見つめ返す。
実際、時間はかかっても見つからない事態にはならないだろうから、嘘ではない。
女皇は指をトンっと一度肘掛けに落とすと、一つ宣言をした。
「今からそなたらにこれを授ける。その代わり、『杖』の鍵を見つけたらここへ戻ってくるように」
魔法で浮遊した何かが降りてきて、それをレイが受け止める。
手に乗っているのは、硬くて両手にずっしりくる銀色の塊り。
あまり見たことのない物で判断がしにくかったが、その特徴的な形からすぐに思い浮かんだ。
「剣……短剣だね。でも、なんで短剣を?」
装飾が綺麗だが、これと言って特筆するところが見当たらない。
レイが意味を測りかねていると、ミリアが剣の柄に嵌め込まれた宝石を注視する。
そして、断りを入れて短剣を持ち上げると、シャンデリアの光に透かす。
すると、宝石の中に金色の線が描かれており、この短剣の価値を同時に記していた。
「このアクアマリン……魔法で紋章が刻まれてます。しかも、クリアマーレの紋章です」
「わあ……それは、随分すごい物だねえ」
大粒のアクアマリンはこの国の象徴であり、さらには魔法での刻印と来た。
それは、女皇の威光を借りられるのと同義であるため、国民もレイたちを無下にすることはできなくなる。
この貴重な短剣を授けるのだから、大いに期待されているということだろう。逆に言えば、失敗は許さないという警告でもあるのだが。
「ありがとうございます。必ず探します」
面倒くさくなってきた敬語で応じるレイ。
とりあえず、女皇のお墨付きを貰うという目的がすんなりと達成できたため、これ以上の用はない。
ただ、一つだけ確認しておきたいことがあるため、レイは女皇の目を見据えて言った。
「『杖』の鍵は、見つけた人の物ですか?」
対する女皇もじっとレイを見つめて答えた。
「勿論だ。妾は国の宝を一目見たいだけだ」
欲しかったその言葉を受け取り、レイたちは女皇の睨視する玉座の間をあとにした。
カナタ「ね、ラチューシってどんな名前?」
レイ「『鋼鉄』って意味の魔法語だよ」
カナタ「へえ、変なの!」
レイ「ふふ、変って……まあ、クリアマーレ固有の響きだしね」




