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二十四話 旅のために

 路地裏にある階段を登ると顔を見せる煙突。金の時計を模したレトロな店は、一風変わった雰囲気を纏っている。

 打ち上げをしたカフェ、『ククーロ』の窓際特等席。そのテーブルには運ばれて来た飲み物が並び、各々が味を楽しんでいる。

 その内、リーダーと(おぼ)しき青髪の少年は、ちびちびとカップを傾けて元気のない様子だ。皆が気にしていたら不意に机に突っ伏し、ここ一週間の愚痴を思いっきり吐き出した。


「あああもう無理! あんなの無理! なんなの? あれ! どんだけ調べても何にも分かんないし! 絶対手がかりにする気ないよね?! しんどい! それでも解読したんだからすごくない?? やっぱり、ぼく天才だよね?!」

「うるせえ……」

「えっと、何が……?」


 ロストン集団墓地でお化けと格闘してから一週間。

その間、各自休息を取っていたミリア達だが、レイはロストンへ行った時よりもくたびれていた。前置きもなしに吐かれた愚痴に、ミリアは困惑しつつ聞く姿勢を取る。


「聞いてくれるんだね! ミリちゃん!」

 

 寝不足の頭にはコーヒーを。砂糖をたっぷり入れたカップで一気に飲み干したレイは、改めて自身の頑張りを力説した。


「ここ一週間、ぼくが何してたと思う? あのロストンで手に入れた魔導書を解読してたんだよ! 魔法の知識は持ってるし、古語とかも覚えてたからやってみたんだけど、これが全然分かんないんだ! 解ける解けないの問題より、そもそもヒントになることが書かれてない! あるのは『杖』の鍵としての平凡な役割ばっかだし、時々本当に読めないとこもあったし、ちんぷんかんぷんだったよ!」

「そ、それは、大変だったね……」


 ぶっ通しで解読作業に当たっていたのか、レイの目の下にはくまがくっきりと入っており、魔導書の難解さを表していた。

 一息に言い切ったため肩で息をするレイに、アリスが慌てて水を差し出す。それをごくごくと飲むと、少し落ち着いたようだった。


「……意味分かんなかったけど、変則的な魔力と法則に沿って読みながら曲解して、やっと次の鍵がどこにあるかの一部が浮かんだんだ。たぶん、本当は魔導書を預けられた人に、対となる手がかりを教えてたんだと思う。盗まれたり誰でも解読できないように、魔導書とその手がかりを合わせて読む方法で。……やっぱ、ぼく天才だよね?! ヒントなしに無理やり見つけたんだから!」


 寝てないからなのか、いつもより自画自賛が多い。こうして自分で褒めていないと、やってられなかったのかもしれない。


「レイくん、深夜テンションじゃん!」


 カナタが何やら聞き覚えのない言葉を楽しそうに言っていた。

 まだ眠気が取れないからか、レイは再びウェイトレスにコーヒーの注文をかける。それに心配を募らせたアリスが悲しそうな顔で意見を呈した。


「レイさんは、すごいと思います。……けど、無理をして欲しいわけではありません」

「……ごめん、アリス。今度は気をつけるから」


 やはりレイはアリスに弱いようだった。他の人なら軽く(かわ)しそうな文句だが、アリス相手には素直に謝っている。


「……」

「本当だって。約束は守るから」

 

 レイとしてもアリスの優しさにはとうに完敗している。今回も、一週間休まず解読するレイを止めようとしていたが、どうしてもと頑なに離れないため多めに見てくれたのだ。さらに悲しませることはしたくない。


「それで、行き先は何処なんだ? 解読はできたんだよな?」


 レイに話を任せると話が進まないので、キーが催促した。ごほん、と咳払いを一つしてレイは回答する。

 

「うん。次の行き先はクリアマーレ」

「遠い、ですね……」


 クリアマーレは、ここエルメラディから南西に位置する大国だ。本来は後回しにするはずだったが、魔導書が示す場所だったので予定を変更して行くことにした。別大陸ということもあって距離的には遠くなるが、『扉』があるので問題はない。

 ただ、少し気になるのはその国自体の方である。


「クリアマーレは知ってるけど、あそこ、怖いって聞いたことあるよ? 主に人の話だけど……」


 クリアマーレは怖い。

 

 カナタの言う通り、大半の魔法使いが同じような印象を抱いている。その理由はいくつかあるが、一番は現地人の使う魔法と性格だ。

 

「まず魔法については、カナちゃんやミリちゃんみたいに武器の形で攻撃してくるから、刃物に慣れてない魔法使いは抵抗を感じるんだよね。魔法を剣の形にしたりはするけど、実際の刃はナイフくらいしか知らないから」

「へ〜……でも、剣なら大丈夫じゃん! あたしので見慣れてるでしょ?」

「魔法はそうだね。ただ問題なのは、お国柄というかなんというか……高飛車な人が多いんだよね。だから、気をつけた方がいいのに変わりはないよ」


 魔法については決闘をしなければ問題ない。怖いという印象を加速させたのは、どちらかというと性格の方である。

 簡潔に言えば、プライドが高い人が多い。他国の人を馬鹿にして見下すような言動ばかりで、自然と苦手意識を持ってしまう。

 

 実際レイもクリアマーレ出身の人に会ったことがあるのだが、自分の魔法が一番優れていると、やたらめったら誇示してきたことがあった。

 もちろん、レイは得意な舌戦で迎撃し、見事勝利を収めたので大人しくなったが、進んで会いたい人ではなかった。


「自分の魔法に誇りを持つのは良いことなんだけど、他の人を見下すのはアウトだよね。本当、魔法はすごいのに……」

「それは、なんていうか、惜しいねえ……」

「そうなんだよねえ……」


 共感を得たレイは、しみじみと新しいコーヒーに砂糖をドバッと入れた。

 アリスが驚いて止めに入るが、時すでに遅し。たっぷりと砂糖の入った激甘コーヒーを、何の抵抗もなく飲んだのだった。


「大丈夫、大丈夫。美味しいから」

「……」


 聞いてはいるが直さないのがレイ。アリスの苦労が垣間見えるようだった。

 激甘コーヒーを飲み干したレイは、カナタの口にしていた『深夜テンション』とかいうものなのか変なノリでまとめに入った。それに、カナタも楽しそうに便乗する。


「とりあえず、クリアマーレは他国人に優しくないから、心しておくように!」

「はい!」

「それと、今すぐ出発ではありません!」

「はい!」

「準備ができ次第です!」

「はい!」

「なんだあれ……」

「な、なんでしょう……」


 唐突に始まったレイとカナタの掛け合いに、キーは奇妙なものを見る目をした。

 

「それと、カナちゃん!」

「はい!」

「二つ星魔法使いじゃないとクリアマーレに入れないから、階位を上げておくように!」

「はい! …………はい?!」


 テンポよく返事をしていたら、まさかの名指しでノルマが与えられてしまった。ガックリと肩を落とすカナタに、追加でレイはフォローする。


「カナちゃんは魔法が使えるようになったんだ。二つ星なら楽勝だよ!」

「……うん! あたし、がんばる!」


 ゆったりとした朝のカフェから、眠気を吹き飛ばす元気な声が聞こえるのだった。


 ◇◆◇


 カフェから出ると、早速カナタが猛特訓すると言って試験場に駆け込んで行った。軽くアドバイスをして、その背中を見送る。


「一人で大丈夫かな?」

「いいんじゃねえか? 一人で集中した方が慣れやすいだろ」

「確かに」


 アリスも家でやることがあるため夢の魔法で帰宅し、三人になったレイたちはこれから商店街に向かう予定を立てた。カナタが練習している間は採集に行かないつもりなので、必要なものを買い揃えたりしようと思うのだが、ここで一つミリアにサプライズがある。


「ミリちゃん、これから商店街に行くけど、少し用意していたことがありまして……」

「? ……なんですか?」


 ガサゴソとローブの内ポケットを漁ると、レイは一枚の紙切れを取り出した。そして、ミリアに差し出しながら、そのプレゼントの内容を伝える。


「このお店の名前、知ってるかな? 『Calen May(カレン・メイ)』。魔法服を売ってるお店なんだけど、知り合いにツテがあってね。オーダーメイドで作ってもらえることになったんだ」

「…………こ、ここって……!」


 衝撃を受けて固まるミリア。だが、この店の名前なら誰でも同じ反応をするだろう。


「あ、あの『Calen May(カレン・メイ)』ですか……!? 予約が数十年は埋まってるっていう、魔法服の超有名ブランド……!」

「あ、知ってる? 良かった! カナちゃんにも用意してるけど試験祝いの方がいいと思って、先にミリちゃんのを用意しようかなあって」

「……う、うそ……しかも、オーダーメイド?!」


 レイの近くにいて驚かないことはないとは思っていたが、これはミリアとしても過去一の驚愕だった。


「実際に作ってもらえる日はもう少し先なんだけど、採寸とか素材選びとか、事前に準備しておかないとだからね。今日はそのために支店に行くんだ」

「……そ、そうなんですか……」


 次元の違う話をされて頭が働かない。そんな降って湧いたように持って来れる代物ではない。手に持った紙切れに法外な値段が付いてしまっている。

 しっかりしているミリアには珍しく、目が回るような錯覚に陥っていた。


「い、一生買えないと思ってたのに……」

「……なあ、レイ。あいつって、そんなにすごいんか?」

「……みたいだよ? ぼくも全く信じられないけど」

 

 因みにミリアに今伝えると倒れてしまいそうなことだが、オーダーメイドは正真正銘この店のオーナー兼デザイナーに担当してもらうつもりだ。


「で、でも、やっぱり、貰えません……! 私には返せるものがないです……」

「そんなの気にしないでいいよ。ぼくが勝手にプレゼントしたい気分になったんだ。それに、ぼくとキーはその店で一式揃えてるから、おすすめしたかっただけなんだし」

「……ありがとうございます。……でも、なんか私、いつも貰ってばかりですね」

「そんなことないって! ぼくだって実験に付き合って貰ったし、何より旅仲間になってくれたから。それだけで、十分お釣りが出るくらい」

「……私も同じぐらい助かってます」


 なかなか遠慮するのをやめてくれないミリア。どうしようと思っていたら、キーがボソッと嬉しくない助言をした。

 

「実際、金以外の手間はかかってねえしな」

「それはそうだけど、今いいところなんだから言わないで!」


 すると、お金の単語に反応したミリアが代金を聞いてこようとしたが、はぐらかして聞かなかったフリをした。

 話している内に目的の店が見えてくる。きらきらとした照明とカラフルな色彩の個性豊かなお店が立ち並ぶ中、魔法服の飾られた一際目立つショーウィンドウが目に飛び込む。

 他の店とは存在感の違うその店には、黒塗りの壁とピンクの文字。オレンジの可愛らしい花が印象的な『Calen May(カレン・メイ)』の看板がかかっていた。


「あ、ここだね。……へえ、支店は初めて見たけど、大きいんだねえ」

「支店の規模じゃなくねえか?」


 早速店内に入り、店員に予約の確認をとる。ミリアの渡した紙切れを見せると、店員は目を丸くして慌てて奥へと駆け込んでいった。

 あまりの慌てぶりに、レイも釣られて心配になってくる。


「え、手違いとかないよね!? ちゃんと了解して貰ったよ……!?」

「いや、あれはどっちかっていうと予想してなかった感じだろ」


 ミリアに渡したのは一般的な予約ではなく、オーナーの予約準備だ。

 要は、お得意様か超お金持ちが来たとでも勘違いしたようだ。


「ぼくもお金持ちっちゃあお金持ちだけど、今回はツテなんだよなあ」

「ツテがあること自体あっちにとったら上客だろ……」


 しばらくすると、支店の店長と思われる人物が奥から高速でやってきた。その人は、肩で息をしながら綺麗なお辞儀を決めてみせた。


「お待たせいたしましたっ! この度は、ご来店いただきありがとうございます! 本日、担当致します、店長のテイラーと申します。ご予約は……ミリア・リンジー様ですね。どうぞ、こちらへ」

「……」

「……? あれ、ミリちゃん? おーい!」

「……は、はい……!」

「店員さん、呼んでるよ?」

「……あ、すみません……!」


 お店を前にした時から、しばし時間が止まっていたミリア。言われるがまま採寸の部屋まで案内され、頭から足先まで手際よく測られていった。あっという間に二十分ほどで終わり、レイたちの待つ応接室へ通される。

 全身を事細かに記録された後は、素材やかける魔法などの選択だ。これについては、レイがあらかじめ決めておいた。それも、選択をしない方法で。


「魔法はかけられるだけお願い。そんで、素材も一番良いので」

「えっ……」

「かしこまりました」


 ミリアが止める間もなく、今までで一番高いプレゼントはさらに高くなり、レイは嬉しそうに高額を買い上げていた。

 もちろんミリアは抗議したがレイは聞く耳を封じており、さらには、もう一つ魔法をかけるように掛け合っていた。


「あの、値段がおかしい気が……あの……」

「言っても多分無駄だぞ? 送り相手がいんのが嬉しいらしいからな、あいつ」

「……」


 見慣れたキーの呆れ顔に、止めることを諦めたミリア。贈られっぱなしで一生返せそうにないため、疲れたように傍観する。


(贈り物は嬉しいけど……こんな高価なものだと気後れする……)


 引き気味に現実逃避に入り、とんでもない贈り物を忘れるように努めるミリアだった。

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