二十三話 不幸の真相
豊かな緑と簡素な造りの小屋。たった数人が暮らす廃墟間近の村、ラストロ。
ロストンから戻ってきたレイたちは、再びあの女性の住む家の前へとやって来ていた。二時間かかったラストロまでの道のりだが、メアとシアの双子がいたおかげで、お化けに出会うことなく帰って来れた。
「うー、やっと着いたー! 今日だけで四時間歩いたのを褒めてよね!」
「アリスちゃんが疲れを癒してくれて助かったよね……」
「……ごめん、よく考えたらかなり無理させてるね。キーとしか遠出したことなかったから加減が……次はもっと楽しく旅行するぐらいにしないと!」
キーと行動するときは、思い立ったまま旅立つのが普通で、多少の無理は気にも留めていなかった。
魔法を使えば休む場所にも困らないため、一日中移動することもあったが、今はミリアとカナタがいるのでそうは言ってられない。
一日に六時間も歩かせるようなことを何度もさせる訳にはいかないので、気をつけねばとレイは反省した。
「あと、怖いのはもう勘弁だから! 城から出る時だって、幽体離脱? だっけ? あれホント無理だから!」
「あー、あれは俺でもビビったな……」
双子以外の全員がその時を思い出してぞっとした。
実はロストンの城から出る時、レイたちの身体と魂が分離していたことが分かったのだ。
つまり、カナタが口にした幽体離脱そのもの。
あの黒い渦自体が魂を呼ぶものだったようだが、これにはさすがのレイとキーも生きた心地がしなかった。
「生きてないと魔法が使えないのに、仮死状態だったもんね。メアちゃんが侵蝕されたままだったらどうなってたか……」
「……」
寒気の蘇ってきたレイたちだったが、双子は知らんぷり。四百年ぶりの青空と緑を堪能しているようだ。
「まあ、二人が無事ならいっか。……もう日が落ちかけていることだし、そろそろ、訪ねてみよう」
「「……」」
ラストロの女性は双子にとって、かつて囮にされた相手であり、父親の秘密を知る者。緊張するのか双子はレイたちの後ろへ隠れた。
「すみませーん! 朝にここを訪ねた者ですが、お時間いただけますか?」
しばらくすると、ガチャリと鍵の音が聞こえ、朝に訪ねた女性が姿を現した。
「何用ですか?」
相変わらず無愛想で淡々とした喋り口だった。
「先ほどは道を教えていただき、ありがとうございます。また少し聞きたいことがあるのですが……」
できるだけ警戒されないように笑顔で問う。今回はどんなに拒絶されようとも、踏み込んだ質問をするのだから。
「回りくどい言い方は好きではないので、端的に問いますね。
──貴女はロストンの元領民、そしてロストン伯爵夫人の付き人だった。これは間違いないですか?」
「……っ!!」
初っ端から前置きもなく核心に迫る。双子の存在は明かしていないが、それでも女性はひどく狼狽しているようだった。
「……なんのことですか? ロストンは廃墟のはずですが……」
「そうですか? なら、なんで近道を知っていたんですか?」
「それは、ロストンまで行った人が知っていたので……」
「ふむ。でも、おかしいですね。ここ四百年でロストンから無事に帰った人はいないみたいですが」
「…………どういう、こと、ですか」
やはり女性は、ロストンの現状を知らないようだった。廃墟や墓地とは聞いても、実際どうなっているかを確かめていなかったのだろう。おまけに、唯一の帰還者は精神のおかしくなった人だ。何かが変とは思っても、聞くに聞けない状態だったはず。
レイは今までの経緯とロストンの様子を伝えた。最初は半信半疑で聞いていた女性だが、メアとシアが姿を現すと信じざるを得ないようだった。
「……?! まさか、囮にした子供が生きているなんて……」
「「……」」
「……はぁ……ロストン集団墓地。墓地とつくのはおかしいと思っていましたが、貴女達が弔っていたのですか。……そうです。確かに私は奥様の付き人でした」
もう大方の真実を知られていると悟った女性は、深いため息をつく。
そして、蓋をしてきた四百年前を包み隠さず教えると約束した。女性はすでに、ひどく疲れた顔をしていた。
「それで、何が知りたいのですか? 不幸については知っているようですが……」
「ぼくらが知りたいのは、不幸がなぜロストンを襲ったか。メアちゃん達のお父さんに関わりがあるようですけど、何か知っていることはありますか?」
「……双子の父親……知っていますよ。……不幸が巻き起こったのは領主様が原因ですから」
「……?」
そう含むように告げられたのは、双子の父親の驚くべき正体だった。
「話をする前に伝えなければならないのが、双子の父親は悪魔だということです」
「「……!!」」
「え……ってことはメアちゃんとシアくんは、人間と悪魔のハーフ?」
「はい。そうなりますね」
悪魔というのは、精霊や天使の対となる魔法に長けた存在のことである。人の欲や感情から生まれ、それを糧にして生きるため、人と契約を結ぶ力を持つ。
さらに、精霊とは根本的に相反しており、自然に馴染まない存在。
そのため、一昔前には悪魔を危険視して排除していたが、最近では滅多に姿が目撃されていない。
そんな出会うことすらない悪魔の子ども。
さらには人との混血だという。
これは珍しいどころの話ではなかった。
「旦那様が悪魔だという事実は公には秘匿されており、私を含めて数人の家臣と奥様だけが存じておりました。旦那様は放浪癖があり城を空けることが多かったので、双子が知らないのも無理はありません」
「そうだったんだ。でも、それがどうして不幸に?」
「……旦那様は『幸福』を司る悪魔でした。そのため、ロストンは常に旦那様に守られてきたのです。ですが、ちょうど双子が五歳の誕生日を迎えた頃、書き置きを残して消息不明となられました。……それからです。ロストンに不幸が訪れたのは。奥様は双子のせいだとお認めになりませんでしたが、旦那様とロストンとの縁が切れたからだと思われます」
「『幸福の悪魔』、か……きっと人間と変わらない悪魔だったんだね」
領主として認められるぐらいには人間らしさに溢れていたはずだ。
邪悪な悪魔ではなく、善良な悪魔。
だから、幸福という優しい象徴を背負っていたのだろう。
「だが、なんで領主はロストンを捨てたんだ?」
消息不明になった双子の父親。誰もが気になっていた部分をキーが理解できないように言った。
「それは、私にも分かりません。奥様は何か気づいていたようですが……」
女性の知る情報はここまでのようだ。ただ、一番重要な双子の父親について教えてもらえたので十分な収穫である。
「教えてくれてありがとう。ロストンにくるはずだった変刻の不幸が『幸福の悪魔』によってせき止められ、消息不明と同時にあるべき姿に様変わりしたってことだよね」
「はい、そうです」
「それを知ることができてよかったんだけど……」
にこやかだったレイが一変、厳しい目つきで女性に罪状を突きつけた。
「あなたは死の不幸が訪れた時、双子のことを見捨て、双子の母と共に逃げましたよね。さらには強固な呪いをかけ、囮にした。これについては、どのようにお思いで?」
「……っ」
女性の主人であった双子の母が実行したとしても、囮にするための呪いは悪意があり過ぎた。
あれを看過しているのなら、無罪とはいかないだろう。事実、双子はこれまでロストンに閉じ込められていたのだから。
「……今では、猛省しております。あの頃はまだ未熟だったものでして、ことの重大さを理解しておりませんでした。奥様もそうであったと存じます。あの後、私と少しの領民のみが逃げ延び、村を建ててからようやく、自身の罪に気がつきました。ですが、あの不幸を目の当たりにしていたため戻る勇気はなく、今の今まで、ただ生きることしかできずにおりました」
そう顔を伏せて罪を告白する女性は、その場しのぎではなく本当に罪の重圧を感じていたようだった。あれから四百年、魔法使いとしても長い年月を後悔していたらしく、他の村人が移住したり亡くなる中、ここに留まり続けていたようだ。
「今更のことですが、申し訳ございませんでした。許されるとは思っておりませんが、どうか謝罪だけでもさせてください」
「「……」」
深く深く頭を下げた女性。メアとシアは顔を見合わせた。しばらく目で会話をした双子は、女性に一言だけ告げた。
「……もういい」
メアの小さな声に、女性は顔を上げる。やつれた表情は少しだけ和らいだようだった。
◇◆◇
話を聞いている間に日が暮れてしまった。そろそろ帰らないと真っ暗になってしまう。
「今日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ……」
双子の方を一目気にすると、女性は礼をしてドアを閉めた。
予想だにしていなかった双子の父親の存在。ロストンで起こったことの根底には父がいる。双子達はどう思っただろうか。
「どう? お父さんの話と呪いの話は」
《驚いた。僕達が半分悪魔だったなんて》
「……呪いは、生きてられてるからどっちでも。……シアもいたし」
悪魔など普通は何百年生きていても縁がない。物語上ぐらいでしかお目にかからないはずなのに、それが自分たちの父親だとすれば現実味などないだろう。
「まあ、そうだよね。……これから、どうする? 城での生活と同じようにはいかないと思うけど……って、そういえば、あの廃墟でどうやって生活してたの? 食べ物も水もないよね?」
頭の整理が追いついていない二人のために話題転換したレイだが、気になることができてしまった。ロストンは生き物の気配などないのに、いったい何を食べていたのだろうか。
「……魔法を食べてた。それに、水は本の呪文を唱えたら出たから問題ない」
そう言って双子は魔法を指先に集めた。メアはあの綿菓子のような魔法で、シアは透明の蜜のようなもの。
「魔法を食べる……レイくんの魔法みたいに食べられるの?」
「……食べれる。普通に美味しい」
メアは指先の魔法をペロリと食べた。見た目が綿菓子のようなので、本当に美味しそうだ。
《メアが綿菓子、僕が水あめ。昔食べた一番美味しいものを魔法にした》
シアも姉と同じように魔法の飴を舐める。死という危険な魔法にしては、随分かけ離れたイメージである。
「でも、メアちゃん達の魔法って死、でしょ? 食べて死なない?」
ちょっと前まで死を肌で感じていたため、カナタが尻込みしていた。
「……実際死んでない。死も最低まで弱めてる。シアが食べても大丈夫だったから他人でも平気」
「へえ、それならいいかも……」
じゅるり、とよだれを垂らしそうなカナタ。先ほどまで歩きっぱなしだったため、お腹が空っぽなのだ。
「……食べる?」
差し出されたパステルピンクの綿菓子。食べないわけにはいかなかった。
「ありがとう、メアちゃん! いっただっきまーす!」
パクリと一口頬張ると、幸せになる優しい甘さが広がる。甘さを堪能していると、すぐにシュンと溶けてしまうが、ふわふわとした食感の名残が心地よかった。
「美味しい! メアちゃん達すごい! こんな美味しいお菓子、魔法で作れるなんて!」
カナタが感激して絶賛するものだから、レイたちも少しずつ魔法を分けてもらう。
「ん! ……美味しいね。後味に何かヒヤってする気がするけど……」
「あ、それ、私も思いました。少し冷たい感じがする……」
綿菓子なのにひんやりとすると、レイとミリアが不思議に思う。
すると、気づかない方が幸せな正体を教えられた。
「……それは、死の魔法だから」
《メアが使ってた死の気配と同じ。死なないから気にしないで》
「……知らない方がよかったなあ」
「死ぬ時の感覚なの……?」
本当に死ぬのであればある意味幸せな魔法だが、そうでないなら怖い話を聞いただけだ。迂闊に双子の魔法に触らないよう、気をつけないといけない。
「あたしは死なないからどんだけ食べてもいいけどね! もう一個ちょうだい!」
「こいつ、ロストンで散々な目に遭って、麻痺してんな……」
蘇られるにも関わらず一番怖がっていたカナタが、疲労後の糖分を前に無敵になっていた。キーの言う通り麻痺しているようだ。後で我に帰って後悔しないといいが。
そうしている間に魔法会の前まで戻って来た。もう遅いので、ここで解散だ。
「メアちゃんとシア君は、とりあえずぼくの家に来るといいよ。不自由させないぐらいにはもてなせるから」
「レイくんちって広いの?」
「あいつの家はでかいから大丈夫だ。魔法関係の素材やら道具やらを置いとくっつって、二人しか住んでねえのにだだっ広いからな」
「そんなに広いんだ!」
二人ぐらいなら余裕で保護できるが、鍵探しがあるため面倒は見切れない。近日中に引取り手を見つけて、縛られてきた分の自由を謳歌してもらおう。
「あ、そうだ。きみ達のいた城でたくさんお宝見つけたし、好きに使っていいよ」
「えっ! じゃ、あたしのお宝……」
「ごめんね、カナちゃん。元の持ち主に返した方がいいと思うんだ。その代わり、ぼくがきっちり埋め合わせをするよ」
「うう、それならしょうがないもんね……」
あたしのお宝……と呟きながら、カナタは快く双子に譲るのだった。
「それじゃ、ここで解散! お疲れ様! 明日からは予定なしで……次は魔法会に集合ってことで、よろしく」
「はーい!」
「はい」
「了解」
ロストン集団墓地の噂は、メアの侵蝕が消えたことで解決。じきに耳にしなくなるだろう。
ミリアとカナタは経験を積んで、『杖』の鍵も手に入った。さらには、廃墟に残されたメアとシアを助けることもできた。
こうして、幸先の良い中、旅の始まりは無事に終わりを迎えたのだった。
キー「そういや、半ば無理やりだったな? あいつら連れ回したの」
レイ「いやあ、そんなことはないと思いま──」
キー「ドアを全開けしまくって、怖がらせたんだよな??」
レイ「……悪気はありませんでした! ミリちゃん、カナちゃん、ごめんなさい!」




