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二十二話 夢の現実

「……」


 初手でシアがメアと同じ大鎌を振り、群がった亡者の動きを封じた。それでも進軍してくる亡者達は、キーが陰伝いで木っ端微塵にしていた。


「コイツら……また強くなってね?? 気が利くじゃねえか!」

「敵が強くなって喜ぶのはキーぐらいだよね」


 キーの言う通り、亡者達はまた一層黒く寒い気を宿している。

 正直キーがいなかったら厳しかったため、レイは追加でペドロのためになる品を考えておくことにした。別にこうして自発的に贈ろうが贈らまいが、取り立てられることは変わりないので、感謝はしていない。


「ぼくらはメアちゃんの救出なんだけど……すごい敵意むき出しだねえ」


 鎌をこちらに向け、全身から死の魔法をちらつかせるメア。死霊を盾に呼び出し、近づいたら死ぬと現に言っているようだ。


《メアの魔法は綿菓子みたいで、触れても気づきにくい。あと、一回でも鎌に斬られると死ぬから工夫がいる》

「なるほど。ミスは実質死ってことだ。でも、それなら適任がいるよね?」


 そうして見るのは翡翠の炎を操るカナタ。

 カナタの十八番は蘇生の魔法だ。死の魔法からすれば天敵のような存在である。


「みんな、任せて! 超有能なオトリ兼盾役のあたしが、死なんてぶった斬ってやるから!」

「オトリ兼盾、気に入ったの?」

「アイデンティティだもん!」


 率先して前へ出たカナタ。飛び出してきたカナタに、メアが魔法を飛ばす。ふわふわとした魔法がカナタの生命を刈り取ろうとした。

 だが、蘇生を扱うカナタは刈ったそばから生命力に満ちていく。いくら刈ったとしても無意味な応酬になるだけだ。


「あれ? これカナちゃんいれば全然楽勝だったりする? 本当に何の影響もなさそうだね」

《僕とメアには致命的》


 このままカナタが死霊の相手をして全て解決すると思われたが、そうは甘くなかった。


「……ひっ、寒ぶ!!」


 死が効かないのなら死の気配を。先ほどから感じていた悪寒と恐怖が強くなる。あの綿菓子のような魔法を、ここ一帯に広げたようだ。


「このまま動けなくする気だね。カナちゃんは良くても、ぼくらには有効打。それなら……アリス、ぼくが守るから灯火を強めて!」

「はい……!」


 寒いのなら火で暖めるまで。焚き火のように燃える灯火が寒さを緩和させる。

 ただ、このままだとメアを侵蝕から助けられない。

 さらには、後方のレイたちに魔法が届くよう、カナタを避けて魔法を蛇のようにくねらせてくる。ミリアの矢とレイの『夢氷』で止めているが、これではずっと平行線のままである。


「魔法を止めたいところだけど、『薄幸夢』でも弱まらないんだよなあ。ねえ、シア君。メアちゃんに弱点はないの?」

《知らない。メアは僕より強いから》

「シア君でも知らないのかあ。これは早々にお手上げ状態かな」

「え! そんな簡単に終わるの?!」


 めちゃくちゃやる気満々だったカナタは剣を取り落としそうになった。

 ここまで来て早々に詰んではあっけなさすぎる。

 ミリアも同様、危うく矢を外すところだった。


「いやいや、終わるわけじゃないよ? ぼくの手札を切らなきゃいけないって話」

「ま、まぎらわしい!! 詰んだかと思った!!」


 無意味に驚かされたものだからカナタは少し拗ねた。銃持ち状態のキーは話が通じないと言うが、レイも大概話がすっ飛んでいる。なんだかんだで似たもの同士の親友だ。


「ごめんごめん、カナちゃん! でも、この魔法使うと魔法が重複してめんどくさいから、あんまり使いたくないんだよ」

「わりとピンチなのに、めんどくさいが先に来るんかい!」


 レイに常識が通じないのは今に始まったことではないが、それにしても悠長すぎてこちらが焦ってしまう。

 その余裕なレイはというと、虹色の魔法の中を覗いてブツブツと何やら思考中である。


「ええと、こっちはキーがいるからダメで、これは効果が薄い。こっちは全員にかかっちゃうし……あ、これだ! これにしよう!」


『アーレ・ミ・オーティ』

『ミュトゥカ・ネフレム』


 そうして歌うように唱えた呪文は、ミリア達が聞いたことのないものだった。

 呪文はたちまちほとばしり、様々な色の蝶へと姿を変える。

 蝶が舞うと舞台幕のように辺りが虹に覆われ、再び視界が晴れると見える景色がガラリと変わっていた。


「ま、眩しい……?」

「わ、紙の上だ!!」

 

 夜の不気味な古城の下に、陽だまりの草原と花畑の絵。地面には大きな本が見開きで敷かれており、その中の絵が立体的に浮き上がる。可愛らしい妖精や動物も姿を現し、吸い込まれそうな青空と綺麗な形の綿雲が彩りを加えていた。

 

 絵本の中のような世界を再現した、束の間の白昼夢。

 その魔法の名は『夢想する世界《童話の国》』。

 脳内にお花がたくさん詰まっていそうな魔法だが、これにはちゃんとした理由がある。

 その証拠に、寒さは動けるほどになっており、何よりメアは焦っているようだった。

 

「……! ……!」


 魔法を構築しようとするのに全く反応しない。

 死の気配を強くしようとするがこれ以上はびくともしない。

 さっきまでやっていたことに悪戦苦闘している。


「……? 魔法が使えない……?」

「その通り。奥の手や必殺レベルの魔法……つまり、最上位の魔法を使えなくしたんだ」

 

 この魔法は、魔法に巻き込まれた全ての人に、法則という名の制限を設けるものである。

 そして《童話の国》の制限はというと、『最上位の魔法のみ使えない』というもの。知識も技術も知らない子どもを思い浮かべる童話から引っ張ってきたのだ。       

 この制限に敵味方はなく平等に課せられるが、味方にとっては何を制限されているかが分かる。

 それは、敵が制限されている間、一方的に有利に立てるということだ。


「んん……?? 制限か! 面倒くせえったらありゃしねえが……それはそれで実力の見せどころってとこかぁ? やってやろうじゃねえか!!」

「キーは……全っ然大丈夫そうだね。まったく効いてないのもなんか……うん、まあいいや。

 とりあえず魔法の詳細は省くけど、下位から上位の途中くらいの威力だけ使えるから、そこんとこよろしく。あ、カナちゃんは蘇生が効きにくいかもしれないから気をつけて」

「蘇生しにくいの?! あと()()の魔法って何??」

「ああっと……カナちゃんは魔法なんでもよし!」

「りょーかい!」


 レイが皆にネタばらしをしている間にも、魔法を使おうと試みるメア。

 だが、そもそも死に至らす魔法は切り札となるレベル。いくら工夫しようが即死である限り使うことはできない。


「反則的、だね……」

「相手に気づかれなければ、そうだね。でも、今回は運が良かっただけだよ」


 いくらレイが魔法の天才だとしても、万能ではなく、制限は融通が利かない。停滞状態を覆したが、完全有利になったのはメアの魔法が強力すぎたからだ。

 魔法のカラクリに気づかれる前がチャンス。一気に攻め込む方がいい。


「カナちゃん、鎌に当たらないように動きを止めといて! アリス、灯火をお願い!」

「はい」


 浄化という単語にメアが敗北を察知した。黒い渦からロストン中の魂を呼び寄せて、それを盾に渦の中へ逃げようとする。


「……!」

「あ、待て!! 逃げるな……!」

「カナちゃん、ストップ! ……ミリちゃん、行けるよね?」

「はい……!」


 待機していたミリアは矢筒から出した矢を弓に添え、メアの手前の亡者に狙いを定める。いつもと同じ矢には、レイの『夢氷』の魔法がかかっていた。


 ──ヒュッ


 一直線に矢は飛び、手前にいる亡者をスレスレで交わしていく。

 そして、逃げるメアの一番近くで守るミイラの胴にその切先が刺さり、


 ──ボンっ!!


 矢の刺さったところから小さな爆発音が鳴った。その音と共にミイラの半分が吹っ飛ばされ、メアは爆風で足を取られる。


「……!」


 そのまま転けそうになったメアを、シアが魔法で受け止めた。

 そして、足止めをしたその隙に、アリスは灯火の揺らぎをそっと送る。精霊の宿るその炎は、亡者に蝕まれたメアを暖め、凍えを生み出した亡者を引き剥がす。黒い侵蝕がメアの体から浮かび上がると、灯火はその全てをふっと消した。


「……!」

 

 虚をつかれたように目を瞬かせるメア。その表情には先ほどまでの険しさはなく、最初と同じ読めない無表情に戻っていた。


「……」

「……!」

 

 三年もの間ずっと待ち続けたシアが、安心してメアに抱きついた。無表情なのは変わらないが、その目には涙が溜まっている。


「……シア」

「……」

 

 メアが侵蝕から解放されたため、亡者は次々と屍に戻っていく。

 もちろん死の気配も忽然と消えて、やっと一息つけるようになった。特にカナタは、これ以上お化けに脅かされないことに安堵していた。


「これで侵蝕は終わり。メアちゃんも正気に戻ったことだし、呪いを解かないとね」

「呪いは解けるの……?」

「たぶん、いけると思うけど……シア君、メアちゃん、ちょっと調べてもいいかな?」

「「……」」


 許可を貰ったため、双子の呪いを魔法で詳しく観る。呪いというのは大昔から禁忌とされてきたものなので、今では呪いの仕組みを知る者も限られている。たまたまレイは呪いについての本に目を通したことがあるので良かったが、下手したら双子は一生ロストンに縛られたままだったかもしれない。

 

 魔法で浮かび上がった緊縛の呪いをひと通り解析し、そのままフードに手をかけてレイは解呪を始めた。

 魔法語を組み合わせて、規則正しく並べて唱える。そうして、双子の身体に絡まる呪いを丁寧に消していった。


「んん……これ、かなり複雑だね? いったい誰がここまでの呪いを……?」


 じっくりと観察して分かったのは、この呪いが古いものの中でもかなり強固だということ。紋様をぐちゃぐちゃにして、入り口と出口を塞いだような感じだ。

 これだと、呪いの専門家でも解くのに悩む。少なくとも、この呪いを双子にかけた人物は、相当双子を嫌っていたようだ。

 気になる術者の正体だが、双子は揃って暗い顔をした。聞かない方が良かったかと双子に目を向けると、話せるメアが小さな声で術者の名を明かした。


「……呪いをかけたのは母。異変の囮に使われた」

「!」

「「……!」」

「お、お母さんが……?! ひどい!! 子供を囮にするなんて!!」


 実の親が呪いの犯人。これはまた随分な事実である。そういえば、シアに名前を聞いた時にも、母に嫌われていると口にしていた。この呪いの強力さから見るに、単に嫌われるだけではなく疎まれてきたようだ。

 子供を呪って囮にするという非道な行いに、ミリアとアリスは言葉を失い、カナタは憤りを覚えた。

 

「異変の囮……そういえば、不幸が襲ったって言ってたけど、具体的に何があったの?」


 子供を囮にするのは言語道断で許されないのだが、それよりレイは、ロストンが永刻になり廃墟になるほどの不幸が気になった。


「……そのままの意味。突然黒い風が吹いて、不幸がここに死をもたらした。そのせいで母が私たちのせいって囮にした」

「死という不幸、か……きみたちの魔法となんの関係もないのにね。その不幸が起こる時に前兆はなかった?」

「……前兆はなかった。けど、きっかけならあった。父がいなくなった直後の変刻。その次の日から不幸が来た」

「変刻……! それに、お父さんがいなくなった後?」


 変刻というのは、予兆なしに訪れる魔法の時間のこと。ざっと説明すると、『扉』で繋がる別世界とこちらの時間が偶然重なり、この世界と別世界とが混ざる現象だ。変刻を予測することはできないが、魔法使いにとっては異界の生物を魔法に使えるので、基本的にはサプライズイベントの扱いである。

 双子の言う不幸は、おそらく変刻が別世界から連れ出したものだろう。だが、そのタイミングが父の不在というのは気になるところだ。レイの直感が無関係ではないといっている。


「ふーむ……お父さんに何か秘密がありそうだね」

「……父は行方不明になる前も家にほとんどいなかったから知らないことが多い。母よりは良い人だった気がするけど……」


 双子の両親はどちらもまともじゃなさそうだ。既に二人ともこの世を去っているかもしれないが、親としての行動には一言物申したいと思ってしまう。


「メアちゃん達が無事だったのは奇跡に近いね……あっ! あとね、ここの元領民で助かった人を見かけたんだけど、二人とも知らない?」


 墓地に行く前にラストロで会った女性のことだ。

 

「……助かった人……?」

《母の付き人かも。母は逃げきれなかったけど、付き人はそこにいなかった》


 思い当たらない様子のメアに変わって、シアが記憶から答えを出した。

 ロストンへの近道を尋ねた相手の女性は、双子の母の付き人だったようだ。もしかしたら、自身が逃げるときに近道の峠を通ったのかもしれない。

 そして、今重要なのはこの女性は双子の父親と母親について、詳しく知るものかもしれないということ。


「それなら、聞いてみよっか。異変があった日ときみ達についてのこと」

「「……!」」


 どうせ帰り道にラストロへ戻るのだ。少し土産話を持ち帰っても良いだろう。


「それじゃ、また二時間ゆっくり歩いて帰ろうか」

「に、二時間……そうだった……」

「……? そういえば、呪いはどうなったの……?」


 普通に双子と話しているが、呪いを解く途中だったはずだ。思い出したミリアが解けたかどうかを心配したが、レイは実にあっさりとした言葉で答えた。


「ん? もう終わったよ?」


 双子と話してたのに、と言おうとしてミリアは止めた。これがレイの通常運転なので、今さら指摘しても意味がないだろう。


「あ! やったあああ! キーがいつの間にか戻ってる!」

「……毎回この反応すんの止めろよ……あ、『月光の欠片』、忘れてねえからな?」

「…………たぶん、いつか渡すよ」

「……ペドロ、カムバック!」

「うそうそうそっ! 帰ったら渡す! 渡すから!」


 気の抜けるいつもの会話が耳に入る。寂しさの漂っていた古城に和やかなムードが流れる。

 その初めて知る暖かい風の気配に、無表情だった双子は少しだけ笑ったようだった。

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