二十一話 城の住人
「で、で、出たああああああ!!」
本日何度目か分からないカナタの叫びが響いた。そのまま青白い手に大剣を振ろうとしたので、レイが慌てて止める。
「カナちゃん、落ち着いて! お化けじゃないよ!」
「お化けえええぇぇ……え? ……お化けじゃ、ないよ??」
アリスがその霊のようなものを灯火で照らすと、何者かが明らかになった。
「あれ? この子って……」
「さっきの双子の弟くんの方だね」
パステルブルーが印象的な幼い少年は無表情でこくりと頷く。
先ほど姉の方に渦で飛ばされたばかりだが、どういうことだろうか。不意打ちをして来なかったあたり、追い討ちに来たという訳ではなさそうだ。
「……」
「うん、やっぱり喋らないね? もしかして声が出せないの?」
頑なに無言を貫く少年にレイが聞くと、再びこくりと頷く。そして、掴んだままだったレイのローブをくいっと小さく引っ張ると、廊下の右側を指差した。
「ええと、ついて来て欲しい、で合ってる?」
どうやら合っていたようで、ローブの裾を持ったまま走り始めた。長い廊下の端まで連れて行かれると、とある部屋のドアの前で止まった。
振り返った少年はそのドアを指さして、片目ずつ色の違う両目を瞬き、レイたちに開けてみるように促した。
「ここに何かあるってことかな。出てくるのがお宝だといいね?」
「でも、大丈夫かな……? 罠の可能性もある気が……」
「いや、それだったら不意打ちのが早いと思うよ? そうでしょ? 双子くん」
「……」
否定しないところを見るに、本当だということだ。こんな小さい子が? と疑問が浮かんだミリアは、渦に飛ばされる前にレイが言っていたことを思い出した。
「そういえば、見た目によらない物騒な魔法って……それって、どんな魔法なの?」
「ぼくの見立てだと……死とか、そっち系の魔法系じゃないかなあ? それも、わりと制限なしの本物の死」
「「死……?!」」
思いっきり物騒な単語が出てきて驚愕する。魔法系が死とはどういうことか分からないが、こんな小さな子供から想像できる魔法ではないことは確かだ。
「ああ、あと、実体の有無に関わらず、死という現象を作り出せる。どう? 合ってる?」
占い師や超能力者のようなノリでレイが尋ねると、少年はその答えに間違いがないことを認めた。それはつまり、いつでも自分たちを死なせることができるということでもある。
「や、やっぱ怖いじゃん!! え、ホントに大丈夫?!」
そんなことを聞いてしまったら、なおさらこの少年と一緒にいたくない。
カナタがミリアの後ろに引っ付いてしまったので、レイは安心させるように笑って言った。
「大丈夫だよ、カナちゃん! もし魔法を放ってきても、ぼくがいるから相殺なんてお手のものだよ? それに、逃げ道だってちゃんと用意してあるし!」
普通なら気休めの励ましになるところだが、そうではないのがレイである。
今までのレイの魔法を知っているカナタは、その信憑性の高さから不安など感じなくて良いと気づいた。
「そっか! やっぱレイくんすごいんだね!」
「……まあ、魔法の数が多すぎたり強力だと、どうか分かんないけど……」
「それ、カナタちゃんに言ったらダメだよ……?」
何はともあれ、一応安全は保証されたため、レイが代表してドアを開けることにした。
「それじゃ、開けるね?」
古いドアを開けると、ギギィ、と軋んだ音がした。アリスにカンテラの灯を強くして部屋の中を照らしてもらう。
その部屋の内容は、一見なんの変哲もない誰かの私室。本棚がずらりと並んでおり、かなりの読書家だったと見受けられる。絵画や骨董品など芸術品も飾られており、美術にも精通していたようだ。
「なんか、さすが貴族って感じ。あたしだったらこんな退屈なの無理!」
「ふふ。私も本ならいいけど、美術品は分からないかな」
本棚に沿って歩いていくと、本棚の大きさが変わるところがある。そこを数歩だけ進むと、少年が手を挙げて制止した。そのまま空段のある棚に何かの魔法をかけると、本棚が回転して裏側が表に回ってきた。
その本棚の裏面。いかにも隠し場所というところにあったのは、図面のようなものが描かれた古い本。立てかけてある場所には保護の魔法がかかっており、この本が貴重なものということは一目瞭然であった。
少年はレイのフードを引っ張り、その本を確かめるように促す。
「魔導書……?」
「……」
「……ん? まさか、これって……!」
一目でほぼ確信した。触る許可を貰ってその本の図面と黄ばんだページの一部を確認すると、本を戻して息をつく。
そして、少年の方を向いて、一言。
「『杖』の鍵、だよね?」
「……」
「え?!」
「「……!」」
少年はまた静かに頷いた。当然のようなその反応に、さすがのレイも追いつけない展開だった。
「待って、ちょっと待って…………うん、予想外すぎるね。ここに『杖』の鍵があるかもっていうのもただの予想で、ない可能性も考えてたのに、こんなあっさりゲットできるって思ってなかったんだけど……そもそも、何でぼくらに鍵の居場所を教えてくれたの? どういうつもりで?」
「……」
少年はしばし考えると、魔力を操って液状の何かで空中に文字を書き始めた。魔力を直接操るのは至難の業。その魔力で文字を書いているとなれば、魔法の方もかなりの練度である。
《『杖』の鍵の場所を教えたのは僕が味方だから。墓地でまともに居れる人にお願いがあった》
文字を書くのは話すよりも時間がかかるため、簡潔な文章で書かれている。
「お願い? ……ああ、『杖』の鍵の代わりにってことだね。そういうことならいいよ」
《ありがとう》
「それで、どんなお願いなの?」
『杖』の鍵は相当な価値の代物だ。それと引き換えにするということは、それほど切実な願いということだろう。少年は無表情ながらも、悲しげに眉を少し下げた。
《メアを助けて欲しい。ずっと苦しんでる》
「メア……? もしかして、きみの片割れ?」
《そう。僕とメアは緊縛の呪いでここに縛られてて、メアがここを守ってる。
けど、僕の分も引き受けて亡者に侵食されてて危ない。今も少しずつおかしくなってる》
「緊縛の呪いに侵食とはまた物騒な……」
侵食ということは、メアは亡者に乗っ取られそうになっているということか。
さらには、呪いという単語。一般的に呪いは禁忌とされているため、この双子は完全なる被害者ということになる。
《緊縛の呪いは昔起きた異変を食い止めるためにかけられた。意味はなかったけど》
「ロストンが永刻になった理由だね。いったい何があったの?」
少年は思い出すように空を見つめた。
《簡単に言うと、ある時からロストン各地で不幸なことが起こり始めた。
それがちょうど僕たちが五歳の時。いろいろな不幸が災いになって、ロストンをたった一日で廃墟にした》
「そんなことが……」
《不幸については今もよく分かってない。僕たちもあの時は何も知らなかったから。
あの後出てきた亡者は、僕たちが死の魔法系だから対抗できてた。けど、今は四百年経って維持できなくなった》
「だから、ぼくらに何とかして欲しいってことかあ」
概要は理解した。つまり、侵食されたメアを元に戻して呪いを解けばいいということである。
侵食はアリスが天使の力でどうにかできるだろうし、呪いも解呪の仕方を知るレイなら問題ない。
「了解。引き受けたよ。ちなみに、メアちゃんが侵食されてどのぐらい経つ?」
《三年は経つ。メアもギリギリなはず》
「三年?! よく耐えてるね?! ああ、だから最近になって噂が出たのか……となると、簡単に浄化されてくれないだろうね。ゾンビ群もまた相手しないと」
《ゾンビは僕ができるだけ止める。けど、メアは強いから気をつけて》
メアを止めるということは、死という強力な魔法を相手にしないといけない。キーという主戦力はいるとはいえ、メアと戦わせるわけにはいかないだろう。うっかり死なせることなどあれば笑えない冗談である。
「ミリちゃん、カナちゃん、頑張ろうね!」
「うん! 頑張ろう!」
「う、うん……」
カナタは気づいてないが、この頑張ろうはメアを助けることというより、キーを監視する意味合いだろう。ミリアは苦笑いするしかなかった。
「さて、メアちゃんを助ける前に、キーを探しにいかないとね」
「……」
「あ、師匠いないんだった!」
まだ遠くでドタバタと音がするので、ミイラやゾンビを殲滅しに行っているようだ。レイたちはホールの方に戻りながらキーを探す。
その間にも雰囲気のあるこの廊下では、勝手に床や壁が動き窓がひとりでに割れ、時には何かが這い寄る気配もした。その度にカナタが叫ぶのは、おなじみのことである。
「ひぎゃ! ……ぅう、師匠どこ? これじゃ、あたしがお化けになるのが早いかも……」
「はあ、どこまで行ったのかな、あの『オレ様』は。ごめんね、カナちゃん、双子く……あ、そういえば。きみ、名前は? 聞いてなかったよね?」
姉の名前は聞いたが本人の名前を聞いてなかった。少年も名乗っていないことに気づき、指で二文字の名を書いた。
《シア》
「へえ、シアくん、か。……双子のメアとシア。メアシア、メシア……救世主」
「……?」
「どこかの国では、そんな意味だった気がする。さっき言ってた異変の救世主ってことかもね」
昔読んだ古い本に、そう書かれていた。何語だったかは調べていないが、印象に残っていた。
だが、シアは自分の名前が好きではないようで、首を横に振った。
《でも、結局みんな助からなかった。それに、母は僕たちを嫌ってたから、名前も適当なはず》
「……そうなの? ……まあ、でも救世主って思ったらかっこよくない? せっかくだから覚えときなよ」
「……」
あの古く軋んだ木の階段を降りて三階へ。うかない顔のシアは何かを言い出したくて黙りこむ。気を利かしたミリアが他の話に話題を転換した。
「あの、シアくん達は昔からずっとここにいたんですよね? 退屈じゃなかったの……?」
《退屈じゃなかった。メアがいたし、魔法、本、楽器とかたくさん遊べた。ロストンの冒険だけでも百年は飽きなかった》
「あれ、普通に満喫してた感じ? なおさらすごいね」
四百年という期間の意外な感想に、レイは目を瞬く。魔法使いでは一生分くらい、とミリアが小さく呟いた。
そんなにこの場所は面白いところなのだろうか。見たところただの黒い森ばかりだが。
《成長してないから飽きない。本を読んでも知識は増えるけど、魔法の理論みたいなのはさっぱりだから、子供のまま遊ぶのが好きなんだと思う》
長い時間のことだが、遊び好きな子供だったことと、一人ではなかったことが幸いしたよう。
仲の良い双子だからこそ耐えられた環境だ。そうでないと、とっくに孤独に耐えられなくなっている。
《ずっと遊べるから良かった。ただ、最近はさすがにやることなくなってきたから、外に出てみたい》
「そりゃあ、そうだよ! これは、絶対解決しないとね。こんな小さな世界で終わってたらダメだよ」
双子を連れて帰ろうと意気込むレイに、少年は少し笑みを浮かべたようだった。
階段を最後まで降りて最初のホール前へと着くと、反対側の部屋のドアが音を立てる。ドアの前では、さらさらとミイラが崩れていっており、戦闘直後であることを物語っていた。
「ここかな? 思ったより静か……じゃなかった!」
ドカン、と大きな破壊音が響く。空いたドアを覗いてみると、ちょうどキーがミイラを壁にめり込ませたところだった。
「うわあ、ここまでやられてるとミイラが可哀想になってくる……」
「師匠すごい!」
四方八方に散らばったミイラの死体……塵となった身体は、一つも余すことなくペドロの力に変換されていった。
「これで最後かぁ?……ふぅ、久々に満足いったな」
ミイラはゾンビ達より手応えがあったようで、長時間楽しめたらしい。機嫌が良さそうなので、勝手に動かないよう釘を刺しておかなければならない。くるくると銃を回しているキーにレイは近づいた。
「だったらもう暴れないでね? いい?」
「あぁ? ……オメエら遅えんだよ!」
「いや、今満足って言ったよね……?」
矛盾だらけで無茶苦茶なのがキーだ。分かってはいるが会話が成り立たないことが多々あり面倒でもある。
「で? そこのガキは? 撃つか??」
「やめときなさいね……この子は協力者のシアくん。お姉さんを助けたいんだって」
「姉? ああ、あっちのガキか」
「そうそう。だから、暴れちゃダメなんだよ。大人しくゾンビとかの相手しといてね?」
これは念押ししておかなければならない。一応、基本的に約束事は反故しないからだ。
「……ふん、まあいい。次メインじゃねえとタダじゃおかねえぞ」
「はーい、了解でーす」
言質は取ったのでよっぽど大丈夫だろう。次はない、とこちらも釘を刺されてしまったが。
これで準備は整ったので、ホール前の扉に戻ってくる。この扉を見ると亡者群がフラッシュバックしてくるため、カナタがブルリと肩を震わせた。
「ゾンビ、出ないよね……?」
《ゾンビは僕が止めれる》
「シアくん! ありがと!」
幼い少年の頼もしい言葉が聞こえたので、勢いよく扉を開く。
今度は歓迎のゾンビはおらず、広いホールの奥に待ち構えていたようなメアがこちらを見ているだけ。ただ、さっきより薄ら寒さが増していて、死の気配が近いような気がした。
《メア、怒ってる。僕がみんなを助けたから》
「良かったの……? 助けるためでも、お姉さんと一緒にいた方が……」
今更の話だが、シアは姉を裏切ったような形になる。ミリアは心配になってシアに聞いたが、シアは首を横に振った。
《僕も手伝った方が早く助けられる。侵食をなくせば許してくれる》
確かにメアだって早く侵食から逃れたいだろう。怒っているのも亡者の感情かもしれない。
「じゃあ、できるだけ早く浄化しないとね。アリス、準備はいい?」
「はい。問題ありません」
アリスがそう答えると、周りに優しい灯の光が揺らぐ。その光に対抗するように、メアが背丈よりも大きな魔法の鎌を振りかざす。
そして、亡者が一斉に闇から飛び出すのを皮切りに、双子の姉弟の擬似兄弟喧嘩が始まった。




