二十話 隠し部屋
「……いや、わかってたけどね。うん。敢えてだから、敢えて」
言い訳のようにそう呟くのは、やらかした張本人のレイ。全速力で廊下を走るという、どこかで見たような光景だ。同じくだりを何回繰り返すのだろうか。
「やあっぱりいいいい! そんな気はした! あえてじゃないよ、レイくん!」
「…………もう、大丈夫です。ゾンビは倒しました」
優秀な弓士のミリアがどうにかしてくれたが、これでいてまだ四分の一を倒しただけだ。
遠くからは別の軍団が追いにきている。
レイが何も考えずに全てのドアを開けた結果であった。
「逃げ込むために他のドアも全部開けるのはダメだったね。まさか、空き部屋が一つもないなんて」
咄嗟に魔法で連れてったアリスをおろし、予想外だとレイは肩を竦める。
簡単に想像のつくことなのに、とカナタ。珍しくカナタの方が思慮深かった。脅威を脅威と思うかで判断能力が分かれるようだ。
「とりあえず隠れるところが欲しいけど……」
「あの階段の隣に廊下が続いているようです」
皆でアリスの指差した廊下の先へ向かうと、そこには再びドアが。
「また?! これ、開けていいの?!」
「どうしよう? ぼくもゾンビには懲りたしなあ」
ドアにはゾンビの法則が染み付いているので、開けるべきか判断がつかない。今まで一度も当たりがなかったため、さすがのレイも開けるのをためらった。
「も、もう階段降りちゃえば解決じゃん?!」
「でも、それだとここの階に上がれなくなる」
もう亡者の足音が聞こえてきた。このままでは袋の鼠になってしまう。
「もう、入るしかないね。考えてみれば、ドア数個分のゾンビと比べたらマシだよ」
「確かに……」
「は、入るの?? ……うう、ううう……もう、最後だから! ホントのホントにこれで最後!」
またドアを開ける。
覚悟した、その中は──
「あれ、いない? 最後の最後に当たりってこと?」
「……やったああああああ!」
急いでドアを閉めて亡者が通り過ぎるのを待つ。ドドドっ、と集団が通り過ぎていくのが聞こえる。
やがて、それは遠ざかっていき静寂が戻ってきた。
「ふう、一安心だね」
「じゅ、寿命縮んだ……」
安全圏を確保したため、改めて入った部屋を見渡してみる。
部屋はそこまで広くはなく倉庫のようなところ。窓はついておらず埃っぽく、床には無造作にガラクタが置いてある。
「お宝は……なさそうな感じだね」
「貴族の入る部屋でもなさそう……」
少し期待していた節があったので、少し残念に思った。
「何だこれ、変な顔! こっちは……壺? 欠けてるじゃん」
束の間の心休める場所というわけで、元気を取り戻したカナタがガラクタを漁っている。特に急いでいる訳ではないので、休憩がてらゆっくり待つことにした。
「これ何? 濁った石?」
「それは原石じゃない? 加工してない宝石」
「へえ! 宝石ってもともと汚いんだね!」
「汚い…………うん」
「あっちは……あれ?」
何かを見つけたらしいカナタが、ガラクタの中に頭を突っ込む。
「ね、これ、何だろ? カクカクしてる!」
ガラクタから頭を抜いたカナタが持っているのは、黒い積み木のようなものだった。特におかしいものでもないのだが、ガラクタの中では若干の違和感がある気がする。
「よく見つけたね? 何かに使えるかもしれないから、一応持っておこう」
手の平に乗るぐらいなので邪魔にはならない。宝探しをしているので、ひょっとしたら何かのヒントなのかもしれない。
カナタから黒い積み木を受け取って再び鍵探しを続ける。ドアをそっと開いてゾンビに気をつけながら、階段の向こう側の暗がりに戻ってくる。そのまま、しんとした廊下を進もうとしたら、ミリアが異変に気づいて引き留めた。
「待って……! なんか、おかしい気が……こんなに静かじゃなかったような……」
言われてみれば、遠くにあったキーと亡者の戦闘音が聞こえない。静けさではなく、全くの無音なので耳鳴りがしてくる。不思議に思って見渡すと、蝋燭の炎も消えているし、ボロボロだった廊下が異様に綺麗になっている。さっきまでとは何かが違う。まるで、そっくりな別世界に迷い込んだようだ。
「別世界……あながち間違いでもないか。きっとドアがさっきと違うところに繋がったんだ。そのきっかけといえば……」
手に持った黒い物体に目をやる。この黒い積み木が仕掛けになったはずだ。
「隠し部屋って本当にあるものなんだねえ」
入ってきたドア以外は現実と隔絶されている。どうやら魔法で隠していたようで、積み木は道標の役割を担っていたのだろう。おそらく双子も知らない場所のため、ゾンビもいなさそうだ。
「逃げなくていいのは嬉しいけど、どこに行けばいいんだろ?」
左右を見比べるが、似たような廊下で全く区別がつかない。またドアを片っ端から開けようとしていたら、アリスが助言をしてくれた。
「お城と全く同じ造りのようですが……こちらの方が部屋が一つ少ないです。右が八部屋で左が七部屋なので、左最奥の部屋に何かあるかもしれません」
灯火のおかげか暗い視界をものともせず構造を把握している。助言通りに左のドアを開けた、その先はというと。
「まっっっ黒!! 明かりがなかったら何も見えないし!」
カナタが皆の感想を代弁してくれた。黒い。とにかく、黒い。家具などの配置は変わりないのだが、徹底的な統一感は二度見するほどである。
怪しさ満載の部屋ではあるが、黒い以外は特に変なところはない。棚や机、ベッドの下などにも魔法や仕掛けはなさそうだ。
「そういえば、積み木も黒だけど、はめ込む場所とかはないよね……でも、この積み木は使える気がするんだよなあ」
レイは手で積み木を弄びながら、黒過ぎる意味を考える。視覚的につまらない部屋を眺めていたら、ふと感じた引っ掛かりに理由が浮かんできた。
「黒……ああ、黒っていえば、魔法のイメージでは『遮断』とか『不動』だよね。ってことは、この部屋を動かすには別の場所じゃないといけない……?」
色を使うと起こる、魔法の現象だ。些細なものではあるが、使い道によっては絶大な効果が期待できる。
例えば、黒い部屋で光を遮断する、とか。
しっくりとするので正しい解き方かもしれない。レイがミリア達に推測を伝えると、カナタが隣の部屋を確かめに行ってくれた。
「隣の部屋は白だったよ! ここと真逆で真っ白だった!」
「白……魔法のイメージは、透過……まさか、隣の壁が透けたり……?」
ミリアも魔法の色を知っているようだ。透けるということは、白い部屋の方で積み木をどうにかするのかもしれない。
どこもかしこも白い部屋から、隣の黒い部屋側の壁に触れてみる。
「透けた! やっぱりそうなんだ。それなら、どこかに穴みたいなのがあるはず」
「穴? あったよさっき!」
先ほどから探し上手なカナタが再び見つけてくれていた。穴は下の方にあり、ちょうど積み木がピッタリ入るほどの大きさだった。
「じゃあ、はめ込んでみるね?」
ワクワクしながら積み木を押し込む。すると、積み木から魔法語と光が浮かび膨張していった。みるみるうちに大きくなった積み木は、ついに天井に届いて動きを止める。魔法語が消えて行き光が収まった後には、黒と白の部屋の間にもう一つ部屋が現れた。
「なんじゃこれ! あの積み木、部屋だった?!」
「これは驚いたよ! 考えた人の発想が面白い!」
驚嘆するカナタと興味津々なレイ。中にはいったいどんなお宝が眠っているのだろうか。
「お宝発見!」
部屋の中には見るからに価値のあるものがわんさか保管してあった。金銀財宝はもちろん、貴重な枝で作られた杖や未知の魔導書、熟成された酒や魔法素材なども見つかった。
「うわあ! めっちゃキラキラしてる!」
「想像以上……」
目に痛いほどのお宝の数々にミリア達が圧倒される中、レイは魔導書や杖を探し尽くすとため息をつく。
「鍵はない、か……まあ、そう簡単じゃあないよね」
これだけのお宝があっても鍵はなかった。あの有名なオムニスが残したもののため、特別扱いなのだろう。
目的の物はなかったが、お宝はどれも稀有な年代物ばかり。回収しておいて損はない。
「このぐらいなら、大きめにしよう」
見た目より中が広い魔法の鞄を取り出して、お宝を皆で詰め込む。このお宝はあとできっちり四等分するつもりだ。
「全部売ったらいくらぐらいになる?」
「どうだろ。アリス、分かる?」
「えっと、最低でも五千万ルラムにはなるはずです」
今まで聞いたこともない値段にカナタは理解が追いつかなかったらしい。指で数を数えて混乱していた。
「あ、あたしの生活費何個分?!」
おそらく普通の生活をしていれば半生は暮らせるぐらい。これでも最低なので実際は倍に膨れ上がる可能性もある。ただ、個人の生活費としては莫大な財産だが、魔法使いとしては端金でもある。研究なんかに当てたら秒で飛んでいくし、キーに渡したりしたらペドロに丸ごと投げるだろう。
金品類のお宝は頂いたので今度こそ鍵探しだ。
お化けのいる空間に戻りたくないカナタがごねたが、鍵探しに時間をかけ過ぎたらキーにぶっ飛ばされる。主にレイが。
「お願い、カナちゃん!! この通り!!」
追いかけられ続けて報酬をせびられたくない。その一心で深々と頭を下げる。
「う……今度『ククーロ』で奢ってくれるなら許す!」
それぐらいお安いご用である。あの暴れん坊に比べたら可愛い金額だ。
「ありがとう! カナちゃん! 本当に!」
いったいキーはどれだけ怖いのだろうか、とミリアは少し気になるのだった。
ガラクタ倉庫のあるドアを通って現実へ戻ると、遠くからの喧騒が耳に入ってくる。静寂が緩和したためなんとなく安心感があった。
だが、もちろん安心する場所など存在しない。突如バンッと音がして振り返ると、壁掛けの絵画がバタバタ倒れた。亡者が近くまでやってきたようだ。
「キリがないったらありゃしない! キーみたいに無双するとかできないけど?」
「私も矢に限りが……」
四階の右側に行けていないが、これはもう諦めるべきか。
『夢氷』でできるだけ亡者を遠ざけ、右に行くべきか階段を降りるべきかを迷う。
「無理はできないけど……もったいない!」
かなりの我儘なのは百も承知だが、なんせ『杖』の鍵なのだ。ここにあると知って機会を棒に振るのは惜しいどころではない。
カナタとミリアだけ降りてもらって自分だけで探しに行こうか。だが、ミリア達二人だけは心配だ。戦えないアリスを一緒に行かせるわけにもいかないし、大人しく降りる選択をしようと思っていたら。
「……ん?」
何かに、レイのブカブカのローブが引っ張られた。
それも、前の方に。
今のところレイの視界にはゾンビの姿は映っていない。お化けだったら触れないだろうし、完全に正体不明の何かの仕業である。
「今度は何なのさ。今忙しいのに新手とか言わないでよ……」
「な、何? なんかいるの?」
気になるまま下に目を向け、暗がりの廊下にいたのは。
「あれ……?」
「うわああぁぁああああ!!」
「……っ!」
青白い手とこちらを見上げる大きな目。それはまるで化けて出てきた霊のようだった。




