十九話 招かれた客
「え…………ぎゃああああああああ!!」
開けて突然の笑えないサプライズ。至近距離のゾンビの大群だ。
カナタが絶叫するのも無理はない。ミリアも硬直しており、お化けに耐性のあるレイたち三人も顔を強張らせた。
とにかくピンチなので、レイが慌てて扉を閉めようとしたが少し遅かった。ゾンビ群の波に押されて廊下に戻される。
待っていたかのような、ゾンビによる歓迎のおもてなし。偶然とは言えないだろう。
「ごめん。ここまで用意周到だと思ってなくて……」
「あああ謝んなくていいから、ど、どうにかして!! 早く!!」
どうにかしたいが、ゾンビが両脇にも傾れ込んでいるので逃げ道がない。
「ええと、どうしようね……? 『ミ・ロードゥ』、『アィネ・ギ・クラーハ』。時間稼ぎはしたけど……」
一時的にゾンビの方向感覚を狂わし弱体化しておいたが、そこまで長くは持たない。ホールの奥にはまだまだ沢山のゾンビがいるため、生半可な逃げは通用しない。
もし逃げれたとしてもゾンビの大群はこのまま城の中を徘徊することになるので、また持久戦が始まってしまう。
「っていうか、このゾンビ変じゃねえか? 墓地でみた奴より頭一つ強え」
レイが魔法をかける前のゾンビは、墓地で戦ったゾンビより格段に機敏だった。ゾンビに素早さをつけたら攻守一体の肉壁軍団になってしまう。厄介なことこの上ない。
「あ、もうちょっとで気づかれそう。キー、何とかできる?」
「何で俺に振るんだよ……まあ、安心しろよ。到着、間に合ったからな」
「…………え、ま、まさか……」
レイは顔を青くさせた。
あのキーが、安心しろ、なんて言った。
こんな自信満々にする理由は、一つしかない。
相棒が来る時、だ。
その予想通り、少ししてカラスの鳴き声が聞こえてくる。
お化けに追いかけられている時にも呼んでいたのだ。どれだけ遠くにいてもつく頃合いだろう。
「ま、待って! う、うそ……今ここでアレを相手にしなきゃ行けない!?」
「レイくん、どしたの……??」
キーの銃持ちを知らないカナタが首を傾げる。すでに知るミリアが苦笑いで言った。
「えっと……見てれば分かる、かな……」
カアァ──カアァ──
聞き覚えのある鳴き声を反響させて、窓の隙間からするりと抜けて入ってきた、キーの愛銃ペドロ。
足で掴んだハットをキーの頭上に落とし、銃の形でキーの手にすっぽりと収まる。
その一瞬、陰が揺らぐ。キーの姿が消えた。
そして、残るは倒れる音の数々。
死屍累々とはならず、ゾンビはゆらめきながら形を失っていく。
ゾンビ達はその姿を視認できないまま、陰に撃たれて動かなくなっていった。
その後は以前と同じ結果。数十にも渡るゾンビが、みるみる積み重なっていく。
さらに追加されたゾンビの波を秒で片付けると、キーは満足そうに笑んだ。
「あー、あー、やっと本気でいけんなぁ! 今回の獲物は……くたばり損ないの肉片かぁ? ま、何でもいいが……少しは張り合い見せろよ??」
クリスタで守護者を蹂躙した、銃持ちのキーが再び現れた。
陰と一体化したその人は、視界というものを無効にする。
どれだけ目が良かろうと、陰に身を投じれば視認できなくなるから。
銃持ちキーを初めて見たカナタは唖然びっくり。口をあんぐりと開けて立ち尽くした。
そして、キーを指差して振り向いた。
「だ、誰?!」
「うん、そうなるよねえ」
「だよね……」
様変わりしたキーにお馴染みの反応をしてくれた。
「おい、テメエら邪魔だ! 失せねえと撃つぞ!」
気にするのがうざったいと訴えてくる。早く逃げなければ本当に撃たれそうだ。
「おぉ怖い! 巻き込まれないうちにさっさと退散したいところだけど……キー、ちょっとだけ待って」
「あ゛?? テメエ誰に指図して……」
「ホールの奥」
「あぁ? ……チッ」
ゾンビ達が埋め尽くすホールにキーが無理やり押し入り、レイたちもその後に続く。そして、このおかしなゾンビ達を操る存在を確かめることに成功した。
「子供? こんなところに……?」
「ミリちゃん、騙されちゃいけないよ。このゾンビを操っているのも、ぼくらをここに招待したのもあの二人だからね」
ゾンビ達の最後列。そこには、子供の姿が二つあった。
渦に飲まれる直前にレイが見た影の正体で、幼さを感じる低い身長がヒントとなった。
見た目はずいぶん派手なパステルカラーが印象的だ。
一人は水色と黄色混じりのピンク髪に、水色と黄色の瞳。もう一人は、ピンクと黄色混じりの水色髪に、ピンクと黄色の瞳であった。
どちらも色違いのリボンを付けていて、顔もそっくり背も同じ。推測するまでもなく、誰が見ても双子の姉弟だった。
双子はレイたちが向かってくるのを無表情で見つめるだけ。何も行動してこない。
だが、依然ゾンビの勢いは止まらず、攻撃の手は緩んでいなかった。
「……ぁぁあ面倒くせえ!! おい! 引っ込んでろ! まとめてブっ潰す!!」
「はあ、気が短いなあ……みんな、危ないから下がってね。暴れん坊が通るから」
「師匠がレイくんを呆れさせてる……?!」
再びレイがゾンビの方向感覚を狂わすと、キーは銃口を下に向けて陰を集める。
クリスタでも見たあの大技だ。
「『イァティ・オルコ』! これで二度と化けれねえだろ! ザマア見やがれ!」
自我も思考する脳もないゾンビに向けて、何故か煽っている。
その滑稽さに笑いが込み上げてきたレイだったが、目に入った双子の姿に気を取りなおす。
辺りには殆どゾンビはおらず、静寂が再び戻る。双子達は未だこちらをじっと見つめるだけ。このままでは何も始まらないので、先にレイが口を開いた。
「きみたち、ちょっと聞いていいかな?」
とりあえず声をかけて見た。ゾンビをけしかけてきた辺り味方ではないだろうが、それにしては何もして来ない。こういう時は様子見に限る。
双子は無表情でこくりと頷いた。首を振る角度が全く同じなのはさすが双子といった感じだ。今のところ敵意はないので遠慮なく聞いてみることにした。
「ぼくらをここに招き入れたのって、きみたちだよね? 何が目的なの?」
あの尖塔の前にあった黒い渦は、周辺の亡者を吸い込んでいた。このことだけに注目すれば、レイたちが偶然巻き込まれたように見えるが、そうではない。渦によって歪んだ地点を考えれば、亡者の方がカモフラージュなのは明らかなのだ。
さらに、招かれた先にゾンビの群れがいたとして、ゾンビが倒されたにも関わらず攻撃をしてこないのは不自然。
それを探るため双子の反応をうかがっていると、僅かながらも双子の表情が動いた。
今回は同じ反応ではなく、姉だと思われる方が弟を睨み、弟は目を逸らしている。
どうやら姉の方は予想外だったようで、何かの魔法を使おうとする。弟はそれを止めようと姉の手を押さえており、声は聞こえないが軽く姉弟喧嘩が始まってしまった。
「ええと、これどういう状況? ぼく、どうしたらいい?」
「話がつくまで待った方がいい、かな……?」
さっきまでゾンビに襲われていた緊張はどこへやら、空白の時間が生まれてしまう。
待つだけなら問題ないはずだが、その待てができない人もいた。
「アイツらバカか? 死にてぇんか?? 早くしねえと撃つぞ」
待たされて今にも双子に弾丸を浴びせそうなキー。普段は常識人で根は優しい奴なのに、銃を持った途端これである。殺人罪で捕まりそうな価値観だ。
「ちょ、ダメだからね? も、もし待ってくれるなら前に見つけた『月光の欠片』あげるから!」
「ほう? それなら悪かねえな……」
「でしょ? だから止まって! あとで戦う機会あったら全部ゆずるし! ……アリス、キーが飛び出しそうだったらお願い」
「わ、分かりました」
キーが貴重な宝一つで止まってくれている間に話をつけたい。相変わらず無表情のまま争っている双子に、レイはもう一度聞いた。
「お取り込み中のところ悪いんだけど、これだけはっきりさせて欲しい。きみたちに敵意はあるの?」
レイが尋ねるとピタリと双子が停止した。そして、姉の方が迷いなく手を挙げ魔法を展開する。弟は諦めたように姉から離れた。
やがて、姿を現したのは、あの黒い渦。またレイたちを吸い込むつもりだ。
「ふむ。つまり、敵ってことでいいのかな?」
「げっ! またあの黒い渦! また入るの?」
真っ暗な渦に何となく拒否感のあるカナタ。あまり気が乗らなさそうだ。
「逃げるより賢明だと思うよ。あの双子、見た目によらず魔法は物騒みたいだからね」
「へっ? どういうこと?」
「まあ、あとで教えるよ。今はどこに着地するか心配しておいた方がいい」
再び黒い渦に吸い込まれたレイたち。その姿が見えなくなる頃、双子の片割れも同じく姿を消した。
◇◆◇
埃を被った机と調度品。白いシーツのベッドが暗い部屋の中で目立っている。その比較的広い部屋の中心に、闇のような魔法が渦巻き五つの影を吐き出した。
「わっ! いてて……ここ、どこ?」
「その前に何も見えないね? アリス、お願い」
「はい」
アリスが灯火で辺りを照らすと、この部屋が元はこの城の寝室だったことが分かった。
「寝室……上の方の階ってこと……?」
「そうだね。少なくとも外じゃあないし、最上階に飛ばされたかもね」
カーテンを開けて下を覗いてみれば、墓地の墓石が模様のようになっている。そこそこ高い階層ということだ。
「でも、どうして最上階に?」
「うーん……単純に時間稼ぎかもね? ほら、双子の片方は予想外だったみたいだし」
なぜ誘き出されのかという謎は残るが、今は考えるほどの情報はない。ただ、この渦の魔法に時間稼ぎ以外の目的があるとすれば──
「ああ、こっちが正解だった。ぼくらを仲間にでもしたいのかな?」
一呼吸おいて間もなく。
出口であるドアに、ドンッ、と何かがぶつかる音がした。
「な、なに……?」
突然の大きな音にミリアが後ずさる。
それから、何回も何回も、繰り返し鈍い音が響き、カナタも部屋の隅まで逃げ込んだ。
「ぇ……え、なになに何何っ?!」
「獲物かぁ??」
墓地らしくお化けのイベントが尽きないらしい。精神がおかしくなるのも頷けてしまう。
「お化け、骸骨、ゾンビと来たら、次は何だろうね?」
「そ、そこまで種類あるかな……?」
「あ、そっか。じゃあ、骸骨かゾンビ?」
こうして喋っている間にも音は大きくなり、今にもドアが壊れそうだ。
レイは魔法を皆にかけながらドアを注視する。
すると、しばらく大人しくしていたキーが痺れを切らした。ドアの近くの陰へ飛ぶと、そのドアノブに手をかける。
「ハッ! こんな扉一つ開けれねえとか、ザコ確定だな!」
キーが鼻で笑ってドアを開けようとした。
──ドンドンドンドン……ダンッ!!
言葉が理解できるからなのか、はたまた、ドアが壊れないからなのか。
どちらの苛立ちか知らないが、一際大きな音が鳴った。その負荷に耐えられなくなったドアは壊れ……その先に、見上げるほど大きい包帯男が現れた。
「ああ! あったよ、ミリちゃん! お化けの種類! ミイラ男だ!」
「そ、そう、ですね……」
新しい死者の種類があって喜ぶレイと、正直それどころではないミリア。大きな音が苦手なため、そちらに気を取られていた。
「でも、ミイラとゾンビって何が違うんだろう? よく考えたら包帯以外変わんないよね?」
「は? 違ぇとこあんの?? どっちも腐った肉の塊だろ」
「その同一視は嫌だなあ……」
ミイラもお馴染みの如く、部屋の外に見事な行列を作っている。普通の人にとってはホラーだが、キーにとってはご馳走の参列だ。
「手始めに出口塞いでる奴、即死確定な」
寸分狂わぬ射撃で、ミイラの頭を陰が貫く。ミイラは何か行動に移る暇もなくただの餌として役目を終えた。
そして、残った亡骸はキーの愛銃ペドロのくちばしの中に吸われていった。ご馳走とは比喩ではなく、本当にペドロの力に変わるのだ。
「オラオラオラオラァ! テメエらの取り柄は数だけだろうが!! とっとと出てきやがれ!!」
あっという間に廊下の遠くまで行ってしまったキー。
さっき我慢した分、止まる気などさらさらないようだ。
道はペドロが綺麗に掃除をしてくれたので、クリスタの時のようについていくだけで安全だ。
「もっと本格的なホラーを期待してたんだけど……無理そうだね」
「レイくん、さらっと聞き捨てならないこと言わないで!」
好き勝手動くキーは放置して、四人は部屋の外へ出る。新手のホラー要素がないことを確認したレイは、『杖』の鍵を探すべく宝探しをしようと提案した。
「そうですね。ミイラも居ないみたいだし……」
「宝探し……楽しそうなのに場所が一大事……」
問題はなさそうだ。
無事に了解を得たので、まず右か左かを悩むことにする。
「どっちから行く? 割りかし真ん中あたりだから迷うね? みんなはどっちがいい?」
「右!」
「左……?」
「右にします」
二対一で右に決まった。いかにもな雰囲気の廊下をアリスの灯火を頼りに鍵探しをする。
「まずはこの部屋だね」
立ち止まったのは緑色のドアの前。
先ほどの部屋の隣。
些細なことは学習したりしないレイは、怖気付くこともなくドアノブを回した。
予想しておけば意外と平気なミリアも凛と弓を構えている。
ただ、カナタはどうにも我慢できなかったようだ。
「やっぱこういうの苦手! 絶対なんかいる!」
灯火のあるアリスの隣で目を瞑る。びっくりして絶叫するのを回避するためだろう。
「今度はいないって! もしいても開けないと分かんないし」
ホール前と同じことを言って、慎重さなど忘れた勢いで開けてしまった。
──……ぐ……うぅ……?
学習能力とは大変大事である。
ドアの先には、当然の如く、お化けやゾンビがわんさかいたのだった。




