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十八話 亡者の行列

 早速レイが魔法で墓石をつつくと、土の中から這うように骨の手が出てくる。

 普段は動くはずのないものが動くと変なものを見た気になって落ち着かない。

 体が全て外に出た骸骨は立ち上がって、レイたちの存在に気がついた。


 ──カタカタ……ヵタ……


 首を傾げるようにして暗い二つ穴で見つめると、突進する勢いでこちらへ向かってきた。

 手には錆びついた杖を持っており、禍々(まがまが)しい魔力を発している。

 骸骨が杖を大きく振り上げ、カナタがそれを受け止めようと前へ出た。


「こ、これ、意外と重い!」


 カナタの大剣に比べれば半分にも満たない杖。殴りかかっていることからして頼り無さそうだが、見た目とは裏腹に強いようだ。

 カナタは大剣の幅と大きさを生かし、杖を飛ばしてぶった斬ったが、その間にも他の骸骨が土から這い出てくる。


「骸骨だから胴体は狙えない……頭ならいけるかな」


 骸骨は実態があるから倒せると意気込んでいたミリアだが、胴体は空洞の場所もあって狙いにくい。頭を狙おうとするが、夜ということで暗いため確実性に欠ける。

 悩んでいそうなミリアに、レイはカナタの魔法練習にもちょうどいいため炎を使ってもらうことにした。暗くて見えないなら明るくしてしまえばいい。


「ここで魔法使うの? で、できるかな? 骸骨も怖いんだけど……」

「カナちゃん、骸骨がよく見えるのと、近寄られるのどっちがマシ?」

「ど、どっちもやだけど?! でも、強いていうなら見える方……??」

「それなら大丈夫! 魔法使わないと近づかれるからね!」

「そ、そっか! ま、魔法、使わないとだね……」


 あの気持ち悪い骨で触られるよりは、と翡翠の炎を用意する。

 だが、魔法とまだ慣れていない大剣を同時に使った結果、炎は不安定になり、大剣とのバランスも取れなくなった。

 剣と魔法の両立以前の問題だったことを思い出したレイは、一方ずつにしないと成り立たないことに気づく。


「ごめん、カナちゃんはとりあえず魔法だけで! キー、護衛どうぞ!」

「ああ」


 カナタは魔法に慣れるまでは教えることがない。慣れるまではひたすら魔法を使い続けるしかないので、キーに任せることにした。

 レイが担当するのは、ある程度レイの魔法に慣れてきたミリアの方だ。これから材料が集まれば専用の魔導具を作れるのだが、現時点ではまだ不可能。だから、弓の魔導具を作るまでに『ミリアの魔法』を確立しようと考えているのだ。

 魔法系を新しく作ることはできないが、夢の魔法を変化させることはできる。おまけにこの状況なら弓矢の実践経験にも良いだろう。


「ミリちゃん、これからまた魔法をかけるけど、少しやってみて欲しいことがあって……矢を射るときに、敵がどうなるかを想像して欲しいんだ」

「敵がどうなるか……? 矢が刺さるところ、ではないですよね?」

「うん、もちろん。えっと、なんていうか……矢が刺さった敵にどうなって欲しいか、かな? こうなったら強いって思うミリちゃんの想像を教えて欲しい」

「私の想像……」

「難しく考えなくて良いよ。パッと浮かんだイメージでいいから」


 矢で骸骨たちの数を減らしながら悩むミリアだが、骸骨の次にゾンビも出てくるため、悠長に考えている暇はない。

 矢が強くなるなど、どう想像したものか。

 意識の外で、矢筒から取り出した矢を、三本並べて弓を引いた時。


「……あ」


 何気なく触れている弦が、ミリアにとって馴染みのある形を連想させた。


「ハープの弦……」

 

 ミリアが一番好きなことは弓矢の練習。どんな辛いことがあっても、これがあったから乗り越えられた。

 そんな生きがいのような弓矢だが、ミリアにはもう一つ好きなことがあった。

 

 それは、音に触れること。

 

 特に好きなのはハープとピアノで、引きこもっている間でも譜面を読んで弾くのが楽しかった。

 

 そんなハープの弦が、今引いた弓の弦に酷似して見える。

 すると、猛スピードで迫る骸骨の頭が譜面の一部のように感じた。そのまま手を離してみれば、強弱の波に揉まれて爆発が起こるような気がした。

 実際には、ただ骸骨にヒビが入って砕けただけ。けど、その想像だけは鮮烈に脳裏に焼き付いていた。


「どう? なんか浮かんだ?」


 悩む表情から腑に落ちた様子になったので、ミリアが何かを掴んだのをレイは感じる。尋ねられたミリアは、連想したイメージをそのまま口に出した。


「……音、です。音の波と破裂……」

「へえ、音かあ……いいね! それじゃ、少し合わせてみようかな」


 音とはまた珍しいが、案外弓には合わせやすそうな魔法だ。矢を放つとき、刺さるときを音に連動させてみる。

 本日二度目の魔法改良を行い、魔法をミリアにかける前に別の魔法を使う。

 見覚えのある虹色の魔法は、アリスを呼び出すためのものだ。

 虹色の狭間から出てきたアリスは、心配そうにしていた。


「レイさん、大丈夫ですか……! お化けはもういませんか?」


 そういえば峠を降りるときに問答無用で家に帰してしまったのだった。状況を把握させていなかったので、この反応は当然である。


「うん、大丈夫だよ。ぼくが危機に陥るわけないし」

「それは、そうですけど……」

「まあ、そんなことよりも、やって欲しいことがあってね。ぼくの代わりにみんなの精神を守ってくれない? 今からミリちゃんに『夢氷』をかけたいんだ」

「分かりました」


 アリスは灯火をつけると、その灯りを集める。

 そして、両手一杯に持てるくらいになると、その明かりはレイたち全員に降り注がれた。


「ありがと、アリス」


 灯火の暖かさをほんのり感じたら、明かりはふっと見えなくなる。

 皆の精神が保護されたことを確認したレイは、『夢氷』の魔法を解いてミリアに再びかけ直す。


「『ミ・ロードゥ』……これでいいはず。ミリちゃん、矢を射ってみて」


 『夢氷』は法則を書き換える魔法なので、矢の刺さる音の振動を極端に大きくした。魔法系自体は作れないため一時的なもので不完全だが、擬似的に音の魔法を使うことができる。

 

 ミリアの放った矢は、真っ直ぐ骸骨の眉間に飛ぶ。

 動きの遅い骸骨は何が起こったかも理解せず、矢に貫かれた。

 その矢の着地点から破裂音が響く。

 ミリアの注文通りの魔法、音の破裂だ。

 骸骨は貫かれた眉間からバラバラに砕け散り、頭の半分が地に落ちることになった。

 

 この音の魔法の仕組みは、矢の刺さった瞬間の音を破裂させるというもの。法則の書き換えではこれが限界だが、試みは成功した。

 つまり、音という方向性は間違っていないということだ。


「音、音かあ。ミリちゃん、結構面白いこと思いつくね。破裂はこれでいいから、波も考えたいところだね」


 新しいアイデアが降ってきたため、どんな魔法になるか楽しみだ。魔導具を製作する時のことを考えると、やってみたいことが続々と浮かんでくる。

 レイが思考にトリップしてると、キーの怒鳴り声が聞こえてきた。


「おい、レイ! お前、弱体化はどうした! 忘れてねえ?!」


 前を任されていたキー達だが、敵の勢いが衰えた様子がなかった。お化けの時にかけられていた弱体化の魔法がかけられていないのだ。


「あ……ごめん! 今かける!」


 毎度のことながら、魔法はすごいのに抜けすぎているレイ。いつか足をすくわれるかもしれないので、できれば直したい癖だ。

 

『アィネ・ギ・クラーハ』


 レイが呪文を唱えると、茨のようなものがするすると伸びていき、骸骨とゾンビの攻撃の鋭さがなくなった。鈍足さにもさらに磨きがかかり、片手間でも対処できるようになる。

 ロストンに入ってから何度も掛け直している、『薄幸夢』の魔法。ご覧の通り、敵を弱らせるという必須級の便利さである。


「カナタ、炎が弱い! 回転が甘いんじゃねえか!」

「え、うわ、ホントだ! む、難しい……狙ってると回すの忘れる……」


 敵の弱体化により手が空いたところで、炎を持て余しているカナタにキーが助言する。何もなければ普通に魔力を回せるが、何かと両立させるのはまだ頭も感覚も追いついていない。これはひたすら練習するしか習得できないため、回転させつつ魔法を放つことが目標だ。

 

「魔法は狙わんでいいから、まずは回転し続けるのを意識しろ! 慣れるまでは俺が対処する」

「はい! 師匠!」

「……師匠はやめろって……」


 試行錯誤をしながら骸骨とゾンビを相手すること三十分。呼び起こした死者を大方片づけ終え、カナタとミリアも実践の良い経験になった。

 そろそろ終わりにして『杖』の手がかりを探そうかという時だった。


「……? 急に木がざわめいた……?」

「ん? ……ああ、確かに風が強くなったね」


 先ほどまでは風は吹いておらず無音だったのが、今は少し強めの風が吹き木々も葉を擦らせている。


 何かがおかしい。


 その予感は時間が過ぎるにつれて大きくなり、空間や魔力の流れなどにも顕著に現れてきた。


「これは、マズい奴か……?」

「……たぶん、マズいやつだね」

 

 何かが起こる中心なのは墓地の向こう側。最奥にある黒い尖塔。

 そこには正体である黒い渦が何かを吸い込もうとしていた。その渦は今も広がり続けており、いずれレイたちにも影響が出てくるだろう。風の流れは徐々に抵抗の必要なほどになってくる。


「な、何あれ! も、亡者の国?!」

「ではないと思うけど……危険はありそうだね」

 

 あれが何かをレイは探っているが、詳しいことは直接調べない限り何とも言えない。

 逃げることは、まあ出来るだろう。

 だが、その必要はないとレイは結論を下す。ここはまだ調査中の場所だが、あの尖塔は明らかに怪しい。『杖』の手がかりがあるに違いない。

 渦は恐らく尖塔に繋がっている。巻き込まれたまま中を調べよう。夢の魔法があればよっぽど閉じ込められたりしないので、危機という危機ではない。


「このまま入るか」


 レイの思考を読んだかのようにキーが先に提案した。レイがいれば大抵何とかなるので同じ答えに行き着いたのだろう。


「そうだね。それがいい。アリス、引き続き守ってて」

「はい」


 これだけ大きい渦だが、周りの景色は変わっていない。

 峠にいたお化けが渦の中へ吸い込まれているが、その先は魔力が濃いだけと思われる。

 ひとまず痛くはなさそうだ。痛くはなさそうだが、渦が大きくなるにつれて寒気が増してきた。


「入るの、ホントのホントに大丈夫?!」


 墓地だけでお腹一杯なカナタは甦りそうな恐怖はないか疑った。もう目前まで渦の奔流は迫っている。


「大丈夫! 何があるか知らないけど!」


 全く根拠のない励ましを口にした後、レイたちは尖塔のすぐそばまで吸い寄せられた。


「わわわわ、ちょ、ちょっと待ってええええ!!」


 カナタのその叫びを最後に黒い渦は全てを飲み込み終えた。



 

(……! あれは、人?)

 

 役割を終えた渦がその口を閉ざす直前、レイは人影を見た。

 その人影の数は二つ。同じような背格好で、小さい子供のようだった。


(まさか、生き残りが……? ……いや、それはないか。それなら、あれは……)


 無意識下でフードに手を掛けたところで、完全に光は途絶えた。


 ◇◆◇


「……くん、レイくん、おーい!」

「…………っと、着いた?」


 カナタの呼ぶ声が聞こえて顔を上げる。暗いところにいたせいか目が眩んだ。

 

「お前はまた何考えてたんだよ。渦に入って一分も経ってねえってのに」

「目は開いてたのに、反応してなかったね……」


 いつの間にか渦の外に出ていた。体感では五分経った気がしたが、そんなことはないらしい。


「ごめんごめん。ちょっと気になったことがあって」


 気を取り直してレイは現在地を見渡す。

 目に入ったのは長々と廊下に敷かれたレッドカーペット。貴族か何かの屋敷でよく見られるものだが、埃や汚れが目立つ。

 次に見つけたのはいかにも高級そうな壁紙と絵画。所々剥がれたり蜘蛛の巣が張っていたりと綺麗ではない。それを照らすシャンデリアは明るさを保っているが、点滅したり消えていたりと正常ではない。

 古いが高級品のある城。ロストンの最奥にあった尖塔内と見て間違いないだろう。


「とりあえず予想が合ってたのはいいけど、ここどこだろうね? 廊下のど真ん中じゃ難易度高いなあ。アリス、なんか分かった?」

「ここは……二階の真ん中辺りなので、こちらへ進めばホールに続いているはずです」

「さすがアリス!」


 アリスが指したのは真正面の廊下。ここから降りると広間へ出るらしい。一度城の構造を把握しておきたいのでホールへ続く階段を降りることにする。


「こ、この階段怖いんだけど! 何でよりによって木!? 落っこちるかもなんだけど……」

「落ちるっつってもお前、蘇生できるだろ」

「し、師匠、そうじゃない! 死ななくても蘇生しても、怖いものは怖いから!」


 ぎしりぎしりと鳴く階段を慎重に降りて一階へ。落とし穴の上を渡るような心地だったため、妙に緊張した。

 階段を降りた先では数メートル先に大きい扉があったため、迷うことなくホールに着いた。


「大きい、ですね。この先って何もないのかな……? 嫌な予感が……」

「う〜ん……なんかないとは言えないけど、開けないと分からないし……まあ、開けてから考えよう!」


 心配そうなミリアをよそに相も変わらず楽観的なレイが、ホールへと出る豪華な扉を開けた。ためらいなく開けたその先の光景が、何も考えてなかったことを後悔させるとも知らずに。


「……え?」


 ──……あ、ア……アア……


 呻き声と狭い廊下に満ちる腐臭。顔のパーツははっきりせず、腕や足から皮膚が爛れている。崩れていないのが不思議なほど不完全なその姿。

 

 ロストン集団墓地で見たようなゾンビ。その大群が盛大に出迎えに来ていた。

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