十七話 ロストン集団墓地
真っ暗で生気を感じない登山道。月明かりが照らす夜道は恐怖を演出するように、蜘蛛の巣や蝙蝠の翼の影がのびている。
落ち着かない雰囲気はあるものの、山自体はそこまで険しくない。地形などより大変なのは別のものだった。
「ぎゃあああああああ!! 無理いいい!! あっち行けええええ!!」
錯乱して手に持った大剣を無茶苦茶に振り回すカナタ。その周りには不気味な手や顔が浮遊して、執拗に追ってきている。
「ヒッ……やめっ……!」
突然目の前に明滅する白い霊体に、縮こまって目に涙を溜めるミリア。矢を射っても当たらず遠ざけられないのが、余計に怖さを引き立たせる。
「……うぜえ! やっぱうぜえ! だから嫌だったんだよ、墓は!」
スルスルと魔法を避けられ、ものすごく面倒くさそうにするキー。こちらは怖さなど感じてないに等しいが、イライラの指数が増している。
「みんな大変そうだね。……あっ、あの草いいやつだ!」
「採っておきますね。保存の仕方はどうしますか?」
「このビンに入れといて」
使ったことのない素材にウキウキとしているレイと、手慣れた様子で薬草を採集するアリス。この二人に至っては近くの森に出かけてきたノリである。
ロストン集団墓地の一番の難題は、墓地に来た人を狂わす半透明のお化け。レイとアリス以外の三人がお化けを退けているのだが、それぞれ散々な様子。もちろん、レイは魔法で皆をサポートしているのだが、その範囲にも限界がある。
特にキーが面倒くさいと言うお化けの相手は、手伝う術を持たないため無視を貫いている。その代わり、『薄幸夢』という『甘い夢』とは真逆の魔法をお化けにかけているが、倒せないことには変わりはない。
それより可哀想なのが、お化けを本気で怖がっているミリアとカナタだ。
精神の保護はしているため大事にはならないが、恐怖心まで失くすことはできない。アリスの灯火で一旦は落ち着いていたが、実際に遭遇したらダメだった。
ゆらゆらと実体のないものが突然現れては消えて、おまけに攻撃もほとんど当たらない。どこからか不気味な笑い声やおどろおどろしい怨念が伝わってくる。
撃退どころか、まず心臓が持たなさそうだ。
「……墓地に着いたら、どうなるの? これ以上、持たないのに……」
力の入らない足をなんとか動かして歩いているミリアだが、いつどこから出て来るか知れない霊を相手に、いつまで耐えれるか分からない。
「ミリちゃん、頑張って! 墓地はお化けより、骸骨やゾンビの方が多いってアリスが言ってたよ!」
「骸骨……? それって、実体があるってこと……?」
「そうだね。もっといえば、骸骨もゾンビも地面からしか出てこないらしい」
「……墓地まで頑張ります。矢が当たれば何でもいいです」
レイの励ましに気力を取り戻したミリアは、骸骨を粉砕する想像でお化けへの耐性が増した。
ただ、本当のお化け嫌いであるカナタは、骸骨やゾンビと聞いて余計にダメージを負ってしまった。
「がい、こつ……? ゾン、ビ……? あぁ、もうダメだ……」
ふらふらとおぼつかない足取りになり、目から光が消える。今にも倒れそうになり、まずいと感じたレイが応急処置でとある魔法薬を飲ませた。
「…………あれ? お化け、どこ? 急に消えた?」
「……ふう、危ない危ない。保護はしてたけど、おかしくならないだけで気絶する可能性はやっぱりあったね」
気絶する寸前に意識を戻せたため、レイは安心して息をつく。
謎の魔法薬を飲んだカナタは、目の前に白いお化けがいるにも関わらず、何も感じていないようだった。感じていない、と言うより、見えていないようだ。
「あれ? ミリちゃん達どこいった? こっちに行けばいいかな」
恐怖は無くなって目の輝きを取り戻したカナタだが、どこかふわふわとして意識がはっきりしていなさそう。
何を飲ませたんだ、と怪しんだキーがジロリとレイに視線を送る。
行動の全てを疑ってくるキーに、レイはジト目で口を尖らせた。
「何をって、気絶を防いだだけだけど? そんなに信用ないかなあ、ぼく。仲間をぞんざいに扱うような、そんな人に見えるの?」
「信用ねえよ。問題ない範囲ならやりかねねえし」
「……そんなことない! 今回はちゃんと用意してたものだよ! 今、カナちゃんは幻覚の中にいるの。あんまり使いたくない方法だけど、気絶すると大変だから応急処置だよ。効果はすぐ切れるから、墓地に着くまでの間だけ。意識はあるから、声をかければぼくらの存在も見えるはず」
一瞬、レイは否定するのを忘れるところだった。問題がなければやりかねないのは、自分でも納得してしまいそうな部分である。
この魔法薬はレイが作ったオリジナルの魔法薬で、現実と幻覚を一致させるものだ。そのため、道は認識できるが、景色だけは現実と違って見えている。要は、お化けだけ見えなくなる便利な魔法薬と言うことだ。
「予測して作っておいただけだから大丈夫だって。それより、魔法薬の効果が切れる前に墓地まで移動しないと。カナちゃんも骸骨の方がマシだと思うから……たぶん」
立ち直って戦えるのかまた気絶するのか分からないが、少なくとも墓地は開けているため、お化けが突然飛び出してくる状況は回避できるはずだ。できるだけ早く着くために、相変わらず倒れきれてくれないお化けから逃げるように墓地を目指す。
「はあ……はあ……これ、きつい、ですね……魔法が四方八方から、飛んでくる……」
怖がられていないと気づいたお化けは攻撃手段を変えてきた。
お化けは精神を狂わす以外に、魔法で厄介な足止めをしてくる。アリスの教えてくれた噂話でも、その足止めから抜け出せずに憔悴してしまった人もいるとのこと。お化けの魔法に捕まらないように魔法を相殺しなければならない。
「普通だと二時間ぐらいだとして、峠を越えれば早いから……あと三十分と少しくらいかな。結構登ったから峠を越えるのもすぐだよ!」
素早く飛んでくる蔦や魔力の網を、器用に躱して呼びかける。
レイはできるだけ皆と離れて、集中的に狙われないようにしている。特にカナタの近くに魔法が飛ばないように気をつけなければならない。
「三十分以上か……」
「た、体力足りるかな……?」
陰と矢で魔法をいなすキーとミリアだが、お化け自体は倒せないので、道を進んでいくごとに手数も段々と多くなり難易度も高くなっていく。もはや怖がる暇もないほどの止まない攻撃の雨に、ミリアもお化けが厄介な魔物としか認識できなくなっていた。
厳しくなってきたためキーもペドロを呼んでいるが、それまでは持久戦となる。アリスも灯火を強めて周りのお化けを遠ざけているが完全ではない。
「レイ、方法は! なんかあんだろ!」
「…………峠からは下り坂になるからマシだと思う。……とにかく走って躱して魔法を打ち消す!」
「なんもねえのかよ! ああ、クソっ! なんで墓地なんて選んだんだよ!」
怒鳴られるレイだが、当人はどこ吹く風。レイの考えなしで起こる無茶振りに、キーは何だかんだで付き合ってくれている。今回も口では文句を言いつつ、何とかしてくれている。
頼りになる親友を持てて感涙だな、とレイはお礼に朗報を知らせる。
「よし、登りは終わり! ここが峠だよ。あとは下るだけだから、左からまっすぐどうぞ!」
「了解! 左……って、急過ぎだろ!?」
レイの声に従って左の斜面を下ろうとすると、垂直よりの坂が待っていた。できれば安全な道を行きたいが、後ろにはお化けが迫っており、止まるのは得策ではない。
「下る、よりは滑るか。ミリア、カナタ、気ぃつけろよ! 転ばねえようにな!」
素早く判断を下してキーが先導して斜面を下っていく。続いてミリアもキーの陰で支えてもらいながら斜面を滑り、カナタは幻覚を心配するまでもない身体能力で下っていた。レイはアリスを魔法で一旦家に帰し、自身は急加速して飛んで行く。
最後に下っているレイは途中まで飛ぶと、少し高い位置から見下ろして地形を確認した。すると、急斜面になっているのは上の方だけで、中腹からは緩やかになっていた。
幸いお化けは素早く動けないためレイたちを追いきれていないが、スピードが落ちればまた追いつかれてしまう。
「なら、追いつかれなければいい」
それを回避するために、レイは急遽『甘い夢』を改良する。
「さっきまでは戦ってたから出来なかったけど、逃げるだけなら良いよね。魔法と力を捨てた、スピード全振り!」
全ての才能に影響する『甘い夢』をとにかく速さだけに費やす。これなら後十分あれば着けるかもしれない。
もうすぐ三人が斜面を滑り切る。全体にかけれるように魔法を展開しておき、カナタが下り終えると魔法を一気に三人にかけた。
「『ノークィエン』! みんなそのまま下って! このまま逃げ切っちゃおう!」
「速っ……そういうことか。了解!」
「このまま下れば、いいんですね……!」
落ちてきた魔法のお菓子を食べて、普通はもう三十分かかるこの下り道をたった半分の時間で下りていく。お化けはすでに霞む程度にしか見えない。逃げ切ったと言ってもいい。
速度を落とさずに駆け下りること十分ほどで、木々はなくなり開けたところへ出た。
見渡せるその平地を埋め尽くすのは、ずらりと並んだ石板。月光に薄らと浮かぶ数々の名前と追悼の文字。最奥に聳え立つ黒い尖塔。
──ロストン集団墓地。
「やっと着いたね。ここからはお化けは出てこないはず」
速度全振りにした『甘い夢』をレイは解いた。
「なんでお化けは出て来ないの?」
「うーん……なんでだろう? ごめん、ぼくもわかんない」
墓から這い出すのは骸骨とゾンビ。墓石の多いところは避けて通り、回り込んで端の小山を練習場所にすることを決めた。
「それでは、勉強の時間です。そろそろ魔法薬の効果も消えるはずなので、準備をお願いします」
魔法の練習なので先生風にキリッとした言い方にする。
「その口調なんだよ……そんで、これから墓荒らしか?」
「ちょ、もっと言い方なかったの? やることは、まあ、そうかもだけど、人聞き悪いって!」
人を勝手に死者を弔わない無情なヤツにしないで欲しい。レイだって墓を掘り返すと考えるとやりたくないが、ここにいるのは死者に似た別物である。
倫理観については一旦置いておくとして、死者は生者を襲う魔物のようなもの。倒さないと逆に危険なのだ。
「どうやって出てくるんですか? 本当にお墓を掘り返すの……?」
具体的に墓を掘り返す想像をして、ミリアが顔を青くした。人骨や腐敗した肌を触るのは遠慮願いたい。
「いやいや、さすがにぼくだって嫌だよ? そうじゃなくて、墓に魔法を当てれば勝手に出てくるんだよ」
具体的な想像がレイも予想できてしまったため、同じように顔を青くさせる。それを平然とやれるのはサイコパスか死霊術師くらいだ。
「それで、カナちゃんはまだかな。もう魔法薬が切れてもいい頃合いだけど……」
気味の悪い想像は止めて、レイはカナタの顔を覗き込む。肩を揺すったり呼びかけたりしてみるが、反応しない。
「あれ、おかしいな。おーい、カナちゃーん! 戻っておいでー!」
目の近くでレイが手を振って耳元で叫ぶと、やっと効き目が薄れたのか、瞳が揺れて焦点があった。
「……はっ! ここどこ! 虹色の魚は?!」
寝起きのような反応で意識が戻った。勢いよく前に飛び出したものだから、危うく頭がぶつかりそうになった。
「って、ここ……どこ?! 知らない場所だ!」
楽しい幻覚の世界から一変して、真っ暗な墓地が現れたのだから混乱するだろう。こうなった経緯をしっかりと丁寧に教える。そうでないと、キーに人を実験台にしたというレッテルを貼られてしまう。
訳を知ったカナタは、魔法薬について気にすることはなかった。だが、やはりお化けは看過できなかった。
「お、お、お化けはもういなくて、が、骸骨とゾンビ? うへぇ……だ、大丈夫かな?」
ひとまず今は何も出てきていないが、実際見てしまったら卒倒するかもしれない。弱気になってしまったカナタに、ミリアが頼もしく勇気づけた。
「カナタちゃん、大丈夫です。骸骨とゾンビは倒せるから……!」
今にも矢の雨を降らしそうな、いい笑顔だった。
得体の知れないお化けは無理だが、矢で倒せるものだったら怖くないらしい。お化けにやられた分、骸骨やゾンビに仕返しするとのこと。今までで一番積極的に、戦闘へ参加しようとしている。
「ミリちゃん……よっぽど、お化けに懲りたんだね。……ちょっと悪いことしちゃったかな」
独断で墓地に行こうと言い出したレイは、今になってやっと少しだけ罪悪感を抱いた。
だが、魔法の上達に一番いい環境なのは事実であり、早く死者を起こしたいと思っているあたり反省などしていない。
「それじゃあ、準備良さそうだから始めるよ!」
魔法や武器の準備はできても心の準備が終わっていないカナタもいるのだが、遠慮なく決行するのがレイである。
先行き不安の中、死者を教材に魔法と戦い方の授業の開始を告げるのだった。




