十六話 ラストロ
『ねえ、ママ。この本、怖いね……』
『それは…… 』
子供が持ってきたのは、いくつも墓標が立つホラーテイストな絵本。タイトルには『お化けの友達』と書いてある。
『ああ、ロストンの絵本ね。ええと、確か……一夜にして誰もいなくなった街だったかしら?』
『うん。みんな、お化けになっちゃうの。それで、最後に一人になった女の子がお墓を作ってあげると、ありがとうって友達になるんだけど……』
『……そういえば、悲しいお話だったわ。その子は友達が増えるたびに、お化けになっていくのよね』
『う、うん……友達がいっぱいなのはいいことなのに、悲しいの……』
泣き出してしまった子供に、優しく母親は頭を撫でる。この絵本は、昔あったロストンの実話から生まれたらしい。
だが、子供向けにしては少々恐怖心も揺さぶられる。母親はそっと絵本を手に取ると、しばし目の届かないところへしまい込んだ。
◇◆◇
暖かいランプに照らされた、紙がいくつも重なる掲示板。無造作に貼られた紙には募集の文字がでかでかと書かれている。それに目を通した何人かの魔法使いはというと、紙を剥がして広場を彷徨いにいく。きっと募集に応じるためであろう。遅れた魔法使いは悔しそうに去っていった。
今日も人が集まる魔法会の入り口付近。
その周辺に集まったレイたちは、旅の始まり、ロストン集団墓地への道順を追っていた。
「ロストン集団墓地って直行できるの? まっすぐ歩いて着く?」
「うん。それでいいはず。けど、『扉』はロストン集団墓地に近い村までだから、歩くとかなり時間がかかるよ。たぶん、二時間はあるんじゃない?」
「うわ、思ったよりある! 体力は自信あるけど退屈なのはヤダなー」
ロストン集団墓地はもともと昔の貴族の領地である。そのため、墓地と化した今では人が集まらず、広大な土地がそのまま放置されているのだ。領地一つ分、さらにその周りも含めて歩かなければならず、余裕でこのぐらいの時間は取られる。
「周辺もただ広いだけの荒廃した平地だしね。到着したら、お宝だらけだろうけど」
「宝……高いのは俺ので。予約しとく」
「……これ予約制なの? 先着順じゃないんだけど」
安定のキーは置いておき、ポルタヴォーチェの壁に着いたレイは、懐中時計のような魔導具を出す。左下の『扉』の取手に手をかけ、矢印が共鳴して繋がる行き先の名を映す。
その『扉』を開けた先。そこには、緑豊かな村があった。
「ここがロストン集団墓地に一番近い村、ラストロ。のどかだねえ」
「草しかない! 地面が全部草だ!」
『扉』を抜けた先は、あたり一面の草原と石造りの民家。小川も流れ、都会寄りのネイウッドとは真逆の、自然豊かで静かな場所だ。
「……だが、その、なんていうか、静かすぎじゃねえ? 人いるんか、これ」
キーの指摘通り、朝なのに人の姿が一人も見えない。家の中には誰かいるだろうかと民家の裏に周ってみれば、一応人がいるには居た。ただ、やはり多いわけではなく十人にも満たないほど。点在する家はほとんど使われておらず、生活感があるのは隣同士で建つこの二件だけだった。
「ちょっと不気味……」
「静かすぎますしね……」
「うん……気になるね。誰かに聞いてみようか。すみませ〜ん! ちょっといいですか〜!」
「……はい、何か?」
その内の一つの家を訪ねると、無表情の年配の女性が奥から出てきた。女性は歓迎しない目つきだったが、門前払いではないのでレイは村について聞いてみる。
「ここはラストロですよね?」
「そうですが」
「ここに住んでる人はあなた方だけなんですか?」
「見ての通りです」
視線が鋭くなった女性に、踏み込みすぎるのは良くないと、レイは用意していた質問を変える。
「ここからロストン集団墓地に行きたいんですけど、どこから行くと一番近いですか?」
「……西側の峠を乗り越えれば。……もういいですか」
「はい。ありがとうございます」
必要最低限の会話だけをして、女性はさっさとドアを閉めてしまった。残されたレイたちは教えてもらった通り、西側からロストン集団墓地まで行くことにする。
村から西側を目指して歩いていると、口を尖らせたカナタがあの女性の態度を非難した。
「なんかあの人感じ悪かった! もうちょっと柔らかい対応してくれてもいいのに」
「でも、一応話は聞いてくれたし……」
「そうだけど、あれは愛想ないにもほどがあるよ!」
「近道は教えてくれたし、表情に出にくいだけかもしれないから……」
ぷんぷんと怒るカナタをミリアが宥める。
確かに無愛想ではあったが、必要なことは教えてくれたため悪い人ではない気がする。あまり村に立ち寄ってほしくない理由でもあるのかもしれない。
「むう、確かに初対面で判断しちゃダメだよね。もう一回しゃべってから決めよ!」
カナタのこういう素直さは見習いたいところだ。
「それにしても……」
ふと周りを見渡したカナタがとある疑問を口にした。
「何もなさすぎじゃない? どこ見ても同じ風景だよ? あたしの目がおかしいわけじゃないよね?」
「……ああ、どこからどう見ても更地だから安心していい」
キーが目に映る景色を保証する。
灰色と茶色の砂の地面、空のほとんどを覆う雲、時折ある枯れっぱなしの木。見ていてもつまらない景色が延々と続いている。
さっきのラストロもそうだが、ここの風景は変わらないのが普通なのだろうか。まるで同じ場所をずっと歩いている錯覚に落ち入りそうだ。
すると、先頭で話を聞いていたレイが、振り向いて一つの推測を口にした。
「ここって本当に何もない更地だけど、もしかしたら昔はそこそこの街があったのかもしれないよ?」
「そうなの? ……あっ、そういえば、ロストン集団墓地ってもともと大きい領地なんだっけ?」
「そうだね。わりと有名だったみたいだから周辺に街があってもおかしくない。それも理由の一つだね。けど、ぼくの考えた中にもう一つ理由があって……」
ここに来て出た理由なら、先ほどの女性との会話だろう。その中で一番可能性が高いものを選んで、ミリアは答えた。
「近道について……?」
「そう、当たり!」
当てたはいいが、半ば当てずっぽうだったので何故なのかは分からない。続きを待っているミリアと他二人に、レイは詳しく説明する。
「近道を聞いた時、あの女の人は西の峠を乗り越えたらって言っていた。けど、それっておかしいよね? だって、どこを見ても更地しか見えないから」
「あ……」
「それはつまり、峠はここではない場所にあるってこと。あの女の人が嘘をついた可能性もあるけど、今のところぼくらに嘘をつく理由がない。そんなことするぐらいなら無視すればいいからね。もし、峠がここではないどこかにあるなら、必然的に場所は決まってくる」
一つに絞られたその場所の名が浮かび上がる。
「ロストン内か」
「うん。そうなるね」
顎に手を当ててキーが呟き、レイは肯定して頷く。ロストン集団墓地は夜が永遠に続く『永刻』で、外からは暗くて地形を把握するのは難しい。そのため、更地になっているこの場所ではなく、ロストン集団墓地に峠があるのだろう。
だが、そこでふとミリアは、昨日アリスが話してくれた噂を思い出す。そして、峠の話の矛盾に気が付いた。
「……でも、それっておかしくないですか? 墓地から戻ってきた人がほとんどいないんですよね? 戻ってこれても精神がまともじゃないはずなのに、どうして近道が分かるの……?」
「そう! そこだよ! ミリちゃん、さすが! 目の付け所が違う!」
「え、あ、ありがとう」
一番の問題を指摘してもらえたので、レイは嬉しさのままミリアを褒めた。
「ロストン集団墓地から戻ってこれた人はいない。それなのにロストン集団墓地内の地理を把握している。そこから出る答えは簡単なもの。
つまり、あの女性は、ロストン集団墓地──いや、ロストン伯爵領の元領民。こう考えるのが自然だね」
今となっては廃墟のロストンだが、四百年ほど前まではそこそこに大きい町だった。何があって廃墟になったかは知られていないが、女性はまだ町があった頃のロストンからラストロに移り住んだのだろう。魔法使いの寿命は三百歳から五百歳が一般的なので、元領民がいてもおかしくはない。
そして、峠の話から察するに、女性は今ロストンがどんな状況なのかを把握していない。おそらく、ロストンが夜の『永刻』になったのも廃墟になった後なのだろう。レイたちを歓迎していなかった女性が、わざわざこちらに出自をバラすようなことは言わないだろうから。
「永刻は何でできたんだ? そもそも永刻の仕組みを知らねえんだが……」
「キーは何で知らないのさ……まあ、いいけど。ものすごく省略して説明すると、永刻は精霊や魔力、その時の天気や状況やら何やらの正しい均衡が崩れて、一つの環境に固定されるものなんだ。この前行ったクリスタも夕方の永刻だけど、クリスタは昔からある水晶が影響して水晶に適した環境に固定されている。つまり、なるべくしてなったし、最初から永刻だった。
これが一般的な永刻なんだけど、ロストンは違う。もともとは普通の日の流れの平刻だったから、何か大きな変化があったってこと」
大きな変化とは歴史を変えるほどの『何か』だろう。夜の永刻になり領地が墓地になったことを考慮すれば、人智を越える出来事があったのは明白だ。
「だから、ロストンが廃墟になったのは単に衰退したとかの話じゃない。自然的、人為的、どちらにしろ何かの災害があったと見るべきだろうね。災害があったなら、この場所が更地になったのも納得できる。ただ、今になって噂が出てきたことや放置されている理由は分からないから、少し用心しておいた方がいいかもしれない」
最後に注意を促して、レイは推測を終えた。推測と口にしつつ、ほとんどが確証に近い話だ。
念のため、何があってもいいように予測と準備を進めておく。
そうして、雑談を交わしながら歩くこと約二時間。
「やあっと夜になったああ!」
万歳とともにカナタが飛び跳ねる。
長い長い道のりを得て、たどり着いたロストン集団墓地付近。
その元領地はかなり広いが、あの女性の助言通り西側には峠があり、峠を越えれば町に辿り着くようだ。
「よし! もう一踏ん張り、頑張ろう! ただ、ここからはお化けも出てくるだろうから、先に魔法かけとくね」
『ミ・ロードゥ』
クリスタや決闘でも使った法則を変える魔法を全員にかけ、精神を保護する。
「わ! すごい! 虹の花だ!」
何気に初めてレイの魔法を体験したカナタが、感動して声を上げる。その様子に、同じようにはしゃいだことのあるミリアが微笑ましそうにした。
「レイくんの魔法、綺麗だよね」
「ホント、そうだよ! ずっと見てられるよ! すぐ消えちゃったけど!」
消えた虹の余韻を眺めて共感するミリアとカナタ。
だが、肌寒くなるような風がスーッと吹いてきて、二人は我に返る。レイの魔法は綺麗なのだが、魔法をかけた理由は墓地の霊への対策だ。
つまり、お化けが出る、ということ。
辺りは暗くて、気味の悪いくらいに静まり返っている。墓地の近くなだけあって、雰囲気がもう不気味。二人はさっそく帰りたくなるのだった。
「うーん……夜なのは分かってたけど、ちょっと暗すぎるね。これじゃ、足元見えなくて危険だよ」
ミリア達がビビり始める中、レイとキーは至って普通に問題を解決しようとしていた。
旅や採集で各地を飛び回ったレイたちにとって、このぐらいは慣れたもの。慌てることすら忘れてしまっているベテランということである。
「お前は足元関係ねえけどな。なんか明かりはないのか?」
「あいにく、全体を灯せる明かりは持ってないね。……って、キーも陰なんだから夜目効いてるでしょ」
「まあ、そうだが、あいつらがいるだろ」
「……しょうがないか。アリスを呼ぶよ。着いてからにしようと思ってたんだけど……」
アリスは灯火を使うことが得意なので、明かりぐらいは簡単に調達できる。
レイはアリスに過保護なため到着してから呼びたかったが、ミリア達を危険な目に遭わせるわけにはいかない。呼び出したアリスに早速お願いする。
「アリス、灯火をお願い。辺りが明るくなるぐらいの」
「はい。……お願いします」
アリスがカンテラを片手に小さく祈ると、レイたちの周りに蝋燭の火のような明かりが人数分浮かぶ。心が落ち着く灯火は、魔法でできた火よりも暖かかった。
「これが天使の祈り……魔力を感じないのに、火が……」
初めて目にする天使の祈りに、ミリアは目を輝かせた。
魔力は魔法を使うと揺らぎのようなものを感じるが、今はその感覚がない。何も感じないのに火が当たり前のように浮いている。
魔法ではないのに物理的な法則を無視する火は、まさに奇跡そのもの。
その不思議な火のおかげで少し恐怖心が和らぎ、肌寒さもどこかへ行ってしまった。
「アリスちゃん、ありがとうございます」
「どういたしまして。これからご一緒させていただきますね」
天使の祈りをきっかけに、ミリアとアリスが楽しそうに会話を始める。
「ミリちゃん、アリスちゃん、楽しそう! あたしも混ぜて!」
仲良さげに喋る二人にカナタも元気に混ざっていく。
その三人の様子に、レイは呼んで良かったかも、と考えを改めた。
(アリスは働き者だから、こうやって息抜きさせてあげた方がいいのかも。ミリちゃん達にお礼を言わないとね)
アリスには同年代の子と関わる機会が無かった。
もう少し外の世界を知って欲しいが、アリスはずっと助手でいようとする。レイの家で部屋の片付けやご飯とお茶の準備ばかりしていて、買い物ぐらいでしか街に出ない。
だから、ミリアやカナタと出会った今、もっと喋ったり遊んだりして欲しい。ミリア達と仲良くなれば必然的にその機会が多くなるだろう。
(今度、みんなで遊びに行ける場所を探しておこう)
ミリア達に感謝して、レイは嬉しそうに笑った。




