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十五話 天使降り立つ

 くるりと波打つ蜂蜜色の長い髪。

 きめの細かい、透き通った白皙の肌。

 淡く薄い花びらのような儚げな唇。

 そして、ジャムを煮詰めたような、甘酸っぱい瞳。

 

 突如現れた人形のように愛らしい少女は、こてりと小さく首を傾げた。

 

「アリス、突然だけど自己紹介してくれる?」


 レイの言葉に、アリスはぱちぱちと琥珀色の瞳を瞬かせる。そして、ミリア達の方を向くと、優しく微笑んで、冬の日差しのように柔らかな声を聞かせてくれた。


「初めまして。私はレイさんの助手のアリスです。気軽にアリスと呼んでくださいね」


 ぺこりと小さくお辞儀をする。その仕草でさえ見入ってしまいそうになる可憐さ。

 すると、圧倒的な可愛らしさを前に被害者が出た。


「な、な、な……?!」


 『な』しか言わなくなったカナタは、そのままフリーズしてしまう。


「いや、フリーズって……おかしいだろ」


 キーが呆れて嘆息する。確かにアリスの顔は整ってるが、ここまで大袈裟な反応はするだろうか。

 ミリアもフリーズまではいかないが、カナタの気持ちはよく分かった。緊張しながら、何か言わねばと、ミリアが自己紹介をする。


「わ、私はミリアです……アリスちゃん、よろしくね」

「……! あなたがミリア・リンジーさんですね……! よろしくお願いします」

 

 ミリアのことを聞き及んでいたアリスが、本人に会えて嬉しそうに応えた。ミリアとアリスはどこか似た雰囲気を持っている。距離感も同じなのか、親しみを出しながらも近寄り過ぎない距離を保っていた。


「久しぶりだな」

「はい、お久しぶりです、キーさん。よろしくお願いします」


 アリスと顔見知りであるキーは、軽く挨拶すると心の中で安堵していた。

 レイは話を聞かずにやらかす方だが、アリスは話が通じる。それに、レイはアリスの言ったことは無視しないため、以前からアリスには助けられているのだ。


「いや、こっちこそ、よろしくな。通訳も込みで」

「えっと……」


 アリスは困ったように笑って、よろしく、を受け取ると、見守っていたレイが割って入った。


「ちょっと、キー? ぼくの大事な助手に何言ってくれてんのかなあ? 今度ペドロに、呼ばれても無視していいよ、って言っちゃうけどいいの?」

「……今の無しだ」

「うん、了解」


 ペドロを持ち出されては敗北は必至になってしまう。キーは苦虫を潰した顔で小さく舌打ちをしたのだった。


「………………ハッ!」


 ここで、やっとカナタが硬直から立ち直り、きょろきょろと辺りを見渡す。

 そして、見つけたアリスに視線を固定。

 ガバっと、勢いよく身を乗り出した。


「な、な、何なの、この子……」


 体を震わせながら口を動かすと、迫真に迫ると表現したくなる様子で叫んだ。


「可愛すぎるっっ!!」


 ここがカフェであることを完全に忘れているようだ。狭い店内にカナタの叫びが反響した。他の客やウェイトレスがびくりとして、こちらを迷惑そうに見ている。


「おい、一回落ち着け。近所迷惑だ」


 キーが注意すると、声は小さくなったが動きと顔はうるさいまま。アリスを凝視して目を爛々と輝かせている。


「アリスちゃん! あたし、カナタ! よろしくね! 覚えてね! あ、握手ってお願いできますか!」

 

 まるで有名人に会った時の反応だ。

 オーバーリアクションもいいところなカナタに、アリスはどうすべきか分からず戸惑っている。その一連の出来事にため息をついたレイは、二人の間に割って入り、カナタを元の位置へ押し戻した。


「あのさ、さっきから言ってるけど、アリスはぼくの大事な()()()助手なんだよ。あんまり困らしてもらっちゃあ困るんだよねえ?」


 珍しく怒ったようなレイがカナタとキーに警告する。


「ご、ごめん、レイくん! でも、こんな可愛い子滅多にいないから!」


 カナタは謝ったものの開き直って正当性を主張する。そのことへのレイの反応はと言うと。


「……うん、それが分かってるなら許す! アリスは可愛いよね!」


 まさかの同意だった。

 それからレイはアリスがどれだけ可愛いかを話し出したため、アリスが頬を赤くして黙り込んでしまった。


「この間もね、研究の手伝いをしてもらってる時に──」

「……」


 それがまた可愛かったのだが、さすがに可哀想になってくるのでレイは言うのを止める。アリスを困らしているのはレイも同じだが、自分は良いといった様子である。

 その後、さらっとアリスを紹介して計画を立てようしていたレイだったが、待ちきれない様子のカナタによるアリスとレイに関する質問タイムが始まった。レイもアリスの可愛さを知る同志として、質問に快く答えることにした。


「ねね、アリスちゃんはレイくんの助手って言ってたけど、ずっとそうなの?」

「そうだね。ぼくが小さい時から一緒にいるから、ずっとだね」

「小さい時から? 幼馴染みたいな?」

「幼馴染……まあ、そうとも言えるかも?」


 ほとんどの質問にレイが答えて、アリスは積極的に会話に参加しない。助手だからだろうか、とミリアは静かに笑っているアリスに目を向ける。その隣にはレイもいて、二人が並ぶと別世界のように絵になって見えた。

 まるで言い伝えの魔法使いと天使みたい。

 そういう感想をミリアは抱いた。


「天使みたいって……」

「……!」


 いつの間にか口に出していたらしい。レイが天使の言葉に反応を示した。それから、当然のように衝撃の事実を述べた。


「天使だよ?」

「え?」

「だから、アリスは天使だよ? 魔力、持ってないから」

「……え?!」


 ミリア、カナタは共に思考停止した。

 アリスは天使。

 あの、言い伝えがある天使。

 カナタが驚愕の表情を浮かべた。


「アリスちゃんが天使って……そりゃ可愛いに決まってる!」


 ……あ、そっち?

 ミリアは内心ガクッときてしまった。

 そうではなく、ミリアが気になったのは言い伝えの方だ。


「天使って、言い伝えがありますよね? 自然と精霊に愛された救世主……」


 家にある古い本にそう記述があった。

 災害や戦争など世界を揺るがすことがあると、『偉大な魔法使い』と『天使』は必ず出てくるのだ。先ほどの『杖』の話で出てきたオムニスも『偉大な魔法使い』で、その逸話にも『天使』は存在した。

 そんな『天使』が目の前にいる。さらには友人の助手として。

 『杖』の話と同様、簡単に飲み込めるような話ではない。


「そうそう。精霊を治める力……つまり、従えることができる力があって、魔力が使えない代わりに魔法に対することができるんだ。ちなみにアリスは灯火(ともしび)を操ることができるよ」

「そう、ですか……」


 何かあるとは思ったが、予想以上の正体だ。それでも、少し予見していた自分がいた。最近はレイに関することで驚くことが多すぎて、そのことに慣れてしまったから。


 (レイくんって、いったい何者なんだろう……)


 魔法について博識で、新しい魔力の扱い方をパッと作れて、人並外れた強さの親友がいて、天使の助手がいる。何者でもない方が不自然だ。


 (知る人ぞ知る有名人だったり……?)


 そう推測するぐらいには気になっているが、本人からは何もないのに聞くのも何か違う気がして口を閉ざす。いずれ何かわかるだろう、と思考を閉じた。


「レイくんとアリスちゃんってどのぐらい一緒にいるの?」


 気になることを遠慮なく聞いていくカナタ。思考に入っていたミリアの知らないうちに割と深いとこまで尋ねていた。

 

「うーんと……何十年かは一緒にいるね」

「…………え? ……んと、いつから一緒にいるの?」

「ぼくが二十四の時だよ」

「…………んん??」


 カナタとミリアの脳内に特大のハテナが浮かんだ。

 レイとアリスは、数十年以上一緒にいてレイが二十四歳の時に会った。さらに、レイの口ぶりからすると、一緒にいたのは数えられる年月ではない。少なくともレイの年齢が五十よりも上でないと、あやふやになったりしないだろう。

 だが、それはおかしい話だ。目の前にいるのは、どう考えても十五くらいの少年。いくら人によって寿命が何百年単位で変わる魔法使いでも、決して大人には見えない。

 思考停止する二人。その二人の様子にキーが不思議がった。


「レイ、お前言ってねえのか? 自分の実年齢」

「……言ってなかったっぽいね……年下だとも言ってないけど」

「その外見じゃ無理あるだろ」

「……ぼく、そんなに子どもっぽい?」

「そうじゃなきゃ何だ。百歩譲っても見えねえよ」

「そんなにですか……」


 口を尖らして拗ねたように目を逸らす。説明不足なのは悪かったが、どう見ても子どもだと言われるのは不服である。

 

 実は、レイはれっきとした大人だ。今は訳あって、というより、身動きのとりやすい子供の姿を取っているだけで、精神年齢は別である。

 これは魔法使いの間ではよくあること。

 ただ、バラすつもりが無いならまだしも、親しくなったのに言って無いのは礼儀に欠けることではある。

 少しだけ反省したレイは素直に謝ることにした。


「……あーっと、ごめん。ぼく、一応これでもミリちゃん達より年上なんだよね。キーと同じぐらいかな? まあ、想像しにくいと思うけど」

「…………えええええええ?!」


 再び店内であることを忘れたカナタは、絶叫した。再び周りに注目されるが、今回は気にする余裕がなかった。


「…………」


 一方のミリアは半笑いのまま硬直していた。

 レイがキーと同じぐらいの年齢。


「キーさんって、いくつなんですか?」

「六十五」

「……」


 つまり、レイも六十歳より上くらいということになる。大人や子供という括りは明確でないものの、魔法使いとして一人前とされるのは五十歳を過ぎてからだ。

 それなのに、レイの外見年齢は二十どころか、その半分までくらいのイメージだ。

 ミリアの年齢は四十五のため、てっきり魔法について博識な年下だとばかり思っていた。故に、衝撃は大きく、今までの自分の言動を思い出しては消したくなった。さっき、いずれレイについて何かわかるかも、なんて考えていたが、この情報はもっと早く教えて欲しかった。


「……すみません……ずっと年下だと思って話してました……口調崩してました……」

「いやいや、これはぼくが悪いし、別に気にしてないって! 口調も崩したままでいいから! っていうか、崩してくださいお願いします」

「はい……あ、……う、うん」


 年上だと思ったら、口調を崩すのが難しくなってしまった。ミリアとしても、丁寧に話すと距離ができたみたいで止めたいのだが、何となくですます口調が出てきてしまう。前のように自然と喋れるように直そうと試みるが、しばらくは抵抗感がありそうだ。

 崩した口調を練習するミリアの隣では、カナタが現実を理解し始めていた。


「レイ君が年上……ってことは、もしかしなくてもあたしが一番年下!? ミリちゃん、いくつ!?」

「わ、私は四十五だよ……?」

「やっぱり!! あたし四十四だもん!」


 一番年下だと気づいたカナタが悔しそうにした。今まで大人の雰囲気のあるキーとミリアの二人と違い、まさに子どもなレイは同じぐらいのイメージだったのだ。

 それなのに、レイは大人だと判明してしまった。これでは完全にカナタが最年少だ。


「あたしが一番年下……また一番年下……たまにはお姉さんになってみたかったのに……」

「ご、ごめんね! すいませんでした! か、カナちゃん、元気出してよー」

「カナタちゃん、私も一歳しか違わないから……!」

「年齢は関係ねえよ」

 

 拗ねてしまったカナタを三人総出で元気づける。


「今度、見つける……絶対年下見つけるし!」


 皆で慰めた結果、カナタはそう高らかに宣言し立ち直った。元気になったカナタの様子にホッとしたレイは、本来の話から大きく外れていることにやっと気づいた。

 

「カナちゃんが戻って良かった。……それで、なんの話だったっけ」

「行き先の話ですよね?」

「ああ、そうそう! 『杖』の鍵はどこかって言ってて……」


 ひと段落したので本題に戻る。アリスを呼んだのは紹介のためでもあるが、手伝いを頼もうとしたのだった。


「アリス、ちょっと手伝ってくれる? 昔の地図で、比較的栄えていた国に印つけといて」

「はい。すぐお持ちしますね」


 レイが指示すると、アリスは淡い虹に包まれて見えなくなった。

 待ってる間につついたパフェがグラスの半分以下になった頃、再びアリスが虹の光から現れた。手に持っているのは年季の入った分厚い本。指で挟んでおいたページを見開いてテーブルに置いた。


「ありがとう。アリスも座ってね」

 

 隣の席から拝借した椅子をアリスに勧めると、印のつけられた地図を見てレイは分析し始めた。


「よく名の知られた国は四つ。現エルメラディの旧エルメダと二番目に大きいクリアマーレ、南のイントプアに今は廃墟のルヴィン。ここらのどっかに鍵があるわけだ。……けど、これだと候補が四つしかないんだよね」


 まずは確定した四カ国を口に出してみたが、印のつく場所は四箇所。『杖』の鍵は全部で七つなため、これでは数が合わない。


「名の知れた国だけじゃないとなると、どこだろ……」


 完全にレイが思考に没頭する前に、キーが質問で呼び戻す。


「なあ、数が合わねえのは分かったが、先に四つのうちどっかに行くのはダメなのか?」

「ダメじゃないけど、この四つだと探すの大変だよ。どこも広いし手がかりが掴みにくい。エルメラディだと候補が絞れないし、クリアマーレは地味に排他的で目をつけられる可能性がある。イントプアは海の向こう側で、ルヴィンも場所が分からないから、両方後回しにしたい。だから……できれば、規模が小さくて噂が一人歩きしてるところがいい。そういうとこには何かしらのヒントがあるから」


 ブカブカのフードに手をかけて思考を巡らせる。

 

 この四つの国の特徴は?

 ──歴史が長く、魔法の体系化を進めた国ということ。


 分布はどうだろう?

 ──エルメダが北東、クリアマーレは西、イントプアは南、ルヴィンは南東。


 栄えてる国に鍵がある理由は?

 ──渡す相手を見極めることができる。もしくは、守る力があるから。


 それなら怪しいのは?


「……ネイウッドの周辺」


 フードを脱いで、地図のエルメダから見て西を指差した。

 

「お、結論でたのか?」

「まあ、まだ確定じゃないし、同じ国に二つある可能性だってあるけど……今いるネイウッドの南側が怪しいかな。昔は小さいながらエルメダの隣国だったし、十分可能性はある。アリス、この辺の情報何か知ってたりする?」

「ここなら……」


 突発的な問いだが、アリスは十秒も経たずに答えた。


「ロストン集団墓地ですね。採集に向かった魔法使いが帰って来なかったり、錯乱したままになってしまうと言われています。そのため、墓地の霊がお化けになって襲ってくる、という話が有名です」

「怖っ……!」


 ホラーを連想させる話にカナタが青ざめた。行方不明に精神異常なら怖がるのも必然。ミリアも墓地の霊を想像して背筋がぞわりとした。


「ふーん、墓地、ね。……ってことは廃墟の一つだし、埋まってたりするかもね、『杖』の鍵。それに、ここならミリちゃん達の特訓に打ってつけじゃない? 人が寄らなくて、お化けだから不意打ちもあって、ほどほどに(ひら)けてる。まさに集中できる環境だよ」


 前向きに検討しだすレイに、本気で言ってるの?、とミリアとカナタ。

 いくら環境が良かろうとお化けの出てくる場所など行きたくない。心臓に悪いだろうし、分刻みでトラウマ生まれそうである。


「……そんな薄気味悪りいとこ行きたかねえよ。鍵と一緒に人骨埋まってます、とか普通に嫌なんだが」


 二人の代弁をしてくれたキーに激しく同意して、首を縦に振る。

 対するレイはというと、三人に反対されているにも関わらず、変更をするつもりがないようだ。ニコリといい笑顔で宣告した。


「いやあ、決定事項だよ? 全部の条件に当てはまるし。実際はそんな怖くないだろうし、魔法薬の材料だってあるんだから、行くしかないよね!」


 抵抗も意味をなさず決定されてしまった。とてつもなく変えたいが、レイ以外の三人には最適解を出す知識などなく反論のしようがない。


「……あたし、大丈夫かな。怖いの、ホントに無理なんだけど……」

「私も得意ではないです……」

「墓の霊の相手とか、面倒くせえ……」


 レイだけがご満悦な中、無事に行き先は決まった。

 こうして、打ち上げを兼ねた歓迎会は色々な事実を以ってお開きとなり、レイたちの旅は始まりを迎えたのだった。

ミリア「そういえば、あのパフェっていくらだったんですか?」

レイ「んー……払わないなら教えてもいいよ」

ミリア「えっ、そんなに高いんですか?」

レイ「指を十本たてた人が三人います」

ミリア「……た、高っ!? あのパフェ、いったい何が入ってたの……?」

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