十三話 騒動の結末
試験室から出た後、広間で再び対面したレイたちと四人組。
コトカ以外の三人は、そのまま帰ろうとしたところをキーに止められた。コトカと三人はお互い距離を空けており、仲違いしたようだった。
「さて、決闘はぼくらが勝った。これ以上ぼくらに干渉してこないでね」
「……ハイハイ。もうどうでもいいって、そいつのことは。便乗してただけだし」
「もう終わりでいいってことでしょ。負けでいいから、帰っていい?」
不満がありありと見て取れる三人は、さっさと退散しようと我関せずを貫いている。
「待って。……そっちが賭けたのってなんだったっけ? 確か、跪いて謝る、だっけ? 忘れたわけじゃないよね?」
跪く。そして、謝る。
その屈辱的なキーワードに四人とも、ぴくりと反応を見せる。
魔法会の広間というそれなりに人の目がある場所で跪くのは、恥どころの話ではない。三人の視線はコトカに注がれ、火の魔法使いが指を突きつけて否定を始めた。
「俺らは関係ないだろ! 全部あいつが勝手に決めたことだ! あいつだけにやらせとけよ!」
仲間という言葉を知らないのだろうか、というぐらいの見事な逃げだった。賭けを止めなかったはずなのに、この言い逃れは情がないにもほどがある。俯いたコトカが、ヒュ、と息を呑んだ気配がした。
「そ、そう! コトカが始めたんだし、アタシは知らないから!」
「付き合ってらんねー」
追い討ちをかけるように、水と土の魔法使いも火の魔法使いにならって平然とコトカを切り捨てた。
「あいつら、本当に人かよ……」
せめて抗議すればいいものを、簡単に味方を売ってきた三人に、キーは顔を引き攣らせた。賭けの内容を持ち出したレイも、良識のない三人の行動は予想外。庇うことすらせず仲間を矢面に立たせようとする様は、なんとも救いようのない光景だった。
「……っ…………」
俯いたまま震えているコトカ。これは、さすがに見ていられない。
「も、もういいよ! そこまでしなくていい!」
耐えきれなくなったカナタが止めに入った。
ほっと息を吐いたコトカ。誰に助けられたかは、もうどうでもいいようだ。
「あんたらのことは許さないけど、あたしはこんな状況望んでないから。あたしは決闘に勝てただけで十分。跪くなんてしなくていいから、あたしの前にもう現れないで」
燃えていた感情を胸にしまい、グッと堪えて言い切った。本当はまだ言い返したいことでもあったのだろう。けど、今ここで追求するつもりにはならなかったようだ。
「ちっ、つまんねーの。じゃ、俺ら帰るから」
「コトカ、もうアタシらに話しかけてこないでねー」
賭けがなくなったため、用無しとばかりに三人はコトカを置いて帰ってしまった。
残されたコトカはただただ俯いて黙っている。カナタが気にして声を掛けようとしたが、それより早くうわごとのように口が動いた。
「……ってんだろ……」
「え……?」
「滑稽だって思ってんだろ、アタシのこと」
格下に負け、仲間に捨てられ、疲弊したコトカが薄く笑った。
「アンタ達はさ、いいよね。何も考えずに楽しそうに魔法使いやってて。本当、羨ましい限りだよ。……けど、アタシには無理だ。そんなお気楽な生き方は。アタシみたいなヤツはね、優秀なやつに必死にしがみついて使えないやつを排除する。そんなやり方じゃないと、生きていけない」
きつく握られた両手は、側から見ても分かるほど。皮肉はついにコトカ自身に向けられていた。
「楽しく魔法を勉強して実力向上、とか呑気なお馬鹿さんにしかできないんじゃない? アタシはアタシが間違ってたって認めないし思わない。才能あるヤツなんかに負けてやらない。……アタシを否定するのだけは絶対に認めないから」
ずり落ちたローブを正して、コトカはレイたちに背を向けて立ち去ろうとする。その後ろ姿は対者ながらも痛々しい。
だから、レイはその背に核心を投じた。
「本当は、きみが変えたいんじゃないの? 呑気なお馬鹿さんでいられる生き方に」
立ち止まったコトカ。
振り返ることはない。
だが、その行動は肯定と同義である。
彼女はきっと気づいている。自分の言動の意味と結果の惨状を。
だからこそ、今の状況が辛くて変えたいと願っている。これでは救われないことも知っている。
でも、一人では変えられない。
助けを求めることができないから、変わらないままここまで来てしまった。そのやるせなさがひしひしと伝わってきた。
「……ふざけんな」
一言だけ残して、コトカは走っていってしまった。だが、レイの言葉で揺れていたのは事実だ。
「あとは、彼女自身が決めること、だね」
後味は悪い、この騒動の結末。
だが、何かの変化の始まりでもあるのかもしれない。そうであることを願いながら、レイたちは対者の背を見送った。
◇◆◇
──魔法会から歩いて五分ほどにある路地裏。
そこを奥に進んだところに、『ククーロ』という看板の店がある。鳥とコーヒーの看板が印象的な店は、知る人ぞ知る隠れ家のようなカフェ。いつもは常連客のみが来店する店だが、今日は来客数が一つ多い模様。その新しい来客者であるレイたちは、クラシカルな店内の窓際席でそれぞれ飲み物を手にしていた。
皆が準備万端なのを確認すると、レイは自身の持つアップルタイザーのグラスを掲げた。
「ミリちゃんとカナちゃんの加入と克服、決闘の勝利を祝して……乾ぱーい!」
「乾杯!」
合図を皮切りにグラスをぶつけて、祝福を分かち合う。カチンと小気味いい音をグラスを通して響かせ、そのまま中の飲み物を煽る。ちなみに、ミリアはルイボスティー、キーはジンジャーエール、カナタはミックスジュースをそれぞれ頼んだ。
「……ぷはあ! ねね、めっちゃ美味しいこれ! ミリちゃんはどう?」
「こっちも美味しいよ」
「ホント? じゃあ、交換しない?」
「! うん……!」
仲良くドリンクの味交換をするミリアとカナタ。
「すっかり仲良しだねえ」
「意外と打ち解けんの早いな」
親友コンビがのんびりと平和な光景の感想をこぼした。
今日このカフェに来たのは、決闘の打ち上げを兼ねたミリアとカナタの歓迎会を開くためだった。ただ、歓迎会の方はただの名目で、すでに打ち解けている四人が、単純に遊びたかっただけである。魔法会に集まった時に、レイが今日は打ち上げをしようと言い出し、カナタがいいねと乗り気になると、キーがどこにするか聞き、ミリアが行ってみたかったカフェに案内した。
メニューを開いて何にしようとアドバイスをし合ったり、待ち時間にみんなで談笑したりと、皆居心地の良さを感じている。
「カナタちゃん、さっき頼んでた『ユニバースパフェ』って何……?」
「えっとね、なんか『フルーツ全乗せ、ホイップ全種を通常の五倍、クッキー、ビスケット、ウエハース、ジャム、ゼリー三種、アイス五つ、プリン、チョコレート二種、ワッフル、特製ソース』が乗ってるんだって! 美味しそうだったから頼んじゃった!」
「……え? …………それ、大丈夫……?」
「何が?」
「……」
ちょっと恐ろしいことが聞こえてきた気がしたが、気にしないことにしよう。値段はレイのたっぷりあるお小遣いから出すため問題はない。念のためお腹の心配だけはしておくが。
「……そういえばさ」
楽しそうにミリアと話していたカナタが、不意に瞳へ影を落とす。
「……どうしたの?」
ミリアが促すと、心配そうに続けた。
「あいつ……コトカは、大丈夫、かな。あれって、けっきょく仲間に見捨てられたんだよね。あいつのこと許そうなんて思ってないけど、あのままで良かったのかなって……」
昨日の後味の悪かった決闘の話だった。
確かにあれは可哀想ではあった。やったことは許されないが、見捨てられたのは胸が痛い。
だが、それについてはこちらが気にかけるようなことではない。敵であったレイたちに情けをかけてもらうなど、コトカも許さないだろう。
「あれはしょうがねえよ。あの時なんか言っても聞くわけねえし、そもそも仲間がヘマして捨て置くような奴らなんだ。何を言っても変わらんだろう」
「……そうだろうね。後はあの子次第のことだよ。……まあ、あのまま改心してくれたら、誰か拾ってくれる人がいるんじゃない?」
「……」
断言するキーと少し不貞腐れるレイ。
ミリアは何も言わなかったが、考えていることはこの二人と同じだった。気にかかりはするが、こちらには助ける術がない。それに、あの苛烈な性格さえ治せば優秀な四つ星魔法使いなのだ。レイの言う通り本人次第でどうにでもなる。
「そっか……それなら気にする方が失礼だよね。……うん、もう気にしない!」
「それでいいと思うよ」
解決してさっぱりとした表情になったカナタ。
と、ここで、
「お待たせいたしました。『ユニバースパフェ』です」
ウェイトレスがトレイを両手で持って例のパフェを運んできた。ウェイトレスの顔が隠れるほど大きいそのパフェの色は、とても深い青、だ。
「これは、キツいな……」
「胃もたれ、しそうですね……」
キーとミリアがかなり引いている。それもそのはず、色、大きさ、形……とにかく、そのパフェは色々と普通ではない。
「あははは! なんだこれ、こんなパフェ見たことないって! なんか青いし、液体になってるし! しかも、大きすぎ! これ普通の何倍なの!」
なぜかレイはパフェの異様な姿にツボっており、絶賛爆笑中。その反対では、きょとんと目を丸くしてパフェを凝視するカナタ。
「わわわ、思ったよりだいぶ大きかった……」
あちゃー、と困り顔になるが、すぐに立て直して信じられないことを言った。
「……けど、美味しそう! キラキラしてていっぱいトッピングしてある!」
「は……?」
「えっ……?」
早速スプーンでパフェを掬うカナタに、言葉を失うキーとミリア。
なんせ、青いのだ。何を使ってるか知らないが、とにかく星空のように真っ青だ。カナタはパクりと一口頬張った。
「……」
緊張した様子で見守る一同。ごくり、と喉を鳴らして飲み込んだ、その感想はと言うと……。
「……美味しい!! ね、みんな食べてみてよ! 青いのはね、うーんと、スッキリするけど濃厚で……ミントとソルイカのイカスミとスイートポテトとチョコレート混ぜた感じ?」
「ソルイカのイカスミ……?」
「スイートポテト……?!」
「ミント!! ……ふふ、カナちゃん、面白すぎ……! ぼくも食べていい?」
「どうぞどうぞ!」
レイが面白半分でパフェを食べる。カナタの発言が信じられないキーとミリアは、レイの反応に注視する。モゴモゴと口を動かすレイは、飲み込み終えると言った。
「うわ、本当に美味しい! 確かにミントとソルイカのイカスミとスイートポテトとチョコレートだけど、奇跡的に美味しい!」
「嘘だろ……」
「うーん……まだなんか入ってる……これは、卵、かな? 黄金鳥の卵黄が入ってるっぽい」
「卵……」
「二人も食べてみなよ! 意外といけるよ!」
もはや頭の追いつかない二名。
顔を見合わせたキーとミリアは、目の前の試練に仲間意識が芽生えた。
「……どうせあいつらじゃ消費できんし、食べるしかねえよな……」
「そう、ですね……が、頑張りましょう……」
恐る恐るスプーンに乗った青いモノを口に運ぶ。一思いに食べたキーとミリア。
「「……?!」」
──結論から言えば、美味しかった。
全く食べたことのない未知の味だったが、不思議と調和がとれた特製ソース。ゼリーやアイス、プリンなど、どのトッピングでも合う万能感。見た目と材料を知らなければ絶賛できるぐらいの出来栄えだ。
「なんで美味いんだよ!」
「どういうこと……?」
味は良いのでスプーンは進むが、思考は全く進まない。
──きっと、ここのオーナーがすごい人なんだ。
そう言う結論で無理やり納得させておいた。
「ははっ、ふふ……はあ、面白かったあ。パフェを消費できることが分かったところで」
笑いが収まったレイが改まって言葉をくぎる。パフェを食べながら注目する三人に、集まった目的の二つ目を明かした。
「実験の方は目処が立ったから、次に何を目標にしようか考えたいんだけど、その前に。……みんなが魔法会に来た理由って何かな? そういうの聞いてなかったけど、聞かないと四人で動きづらいから教えてくれると助かる」
この打ち上げを開いたもう一つの目的は、皆でゆっくり話し合う時間を取ることだ。これから四人で行動するなら、それぞれの事情を把握していた方が計画を立てやすい。
「理由……」
「言いたくなかったら言わなくても良いけど、知ってたら計画的に行き先を決められるだろうからね。それに、共有しておけば協力できるかもしれないし」
一人で動くよりは四人で協力した方が早い。
「はい! あたしが最初に話す!」
納得した三人はその提案に乗り、カナタが一番に名乗り出て、話し合いは始まった。




