十二話 作戦決行
「回して回して……よし! いけるよ、みんな!」
──決闘の後半。
カナタが先ほど習得した魔力の運用方法で、翡翠の炎を纏い始めた。翡翠の炎が火の粉を散らしてカナタの周りを舞うが、近くにいても不思議と熱くない。カナタ曰く、翡翠の炎は熱くも冷たくもない無の炎、とのこと。
眩い翡翠色の炎はこれでもかと言うぐらいに目立っており、当然、四人組もカナタに注目した。
「何、アレ? 目立ちすぎでしょ」
「勝てないからヤケになったんじゃない?」
カナタは炎を大剣で薙ぎ払い、炎をコトカ達の方へ飛ばす。だが、まだ慣れないからか炎は途中で消えてしまった。
「うっわ、下手すぎじゃん! お仲間さん、魔法使えないヤツ抱えて可哀そー」
「こっちとしては、ありがたいけどなー」
コトカが風の魔法で、再びカナタを倒す。鬱陶しそうに煩わしそうに躊躇いなく切り刻んだ。
「アンタ本当に役立たずだわ」
吐き捨てるように放たれた、たった五文字の汚名。すぐに蘇生して逃げたカナタにも、その言葉は聞こえていた。
──役立たず。
「……そんなの、そんなの分かってる。あたしが一番分かってるし……!」
悔しい。ずっとその言葉を聞かせてくるコトカにも、それを実現させる自分に対しても。
涙が瞼を超えそうになって、慌てて拭う。
「今は、そんなこと言ってる暇、ない。早く戻らなきゃ」
中央へ向かうと、カナタの復帰までの間をレイとキーが繋いでいた。
「あ、キーさあ、作戦の話の時にリング回収任せたけど、カナちゃんの蘇生が効くならカナちゃんに持っててもらった方が安全だよね?」
「ああ、確かに。じゃ、俺から言っとくわ」
「うん。ありがと」
キーが陰の弾で防御の隙をことごとく突き、レイが陰の偽物でフェイントをかけている。喋りながらも手数の減らないのはさすがの練度だ。
隙のない連携攻撃を完全に守るのは難しく、相手も苛ついていた。
「あのさ、ちまちまと面倒な攻撃かけてこないでくんない? どうせ貫通できないんだから、やんなくても一緒じゃん」
「それは、やってみないと分かんないよ。それに、そう言ってる割に苦戦してるみたいだけど?」
「は? 面倒なだけだし。調子乗んなよ」
互角の攻防を繰り広げるレイたちの元へ、カナタも再度加わる。
再び炎を広げ、炎を薙ぐ。今度は成功し、コトカ達の元へ一直線に飛ばすことができた。
だが、もちろん防御に転じている四人組によって炎は消される。
「はあ、いつまで続けるつもり? アンタらの負けは確定してんだから、大人しくして欲しいんだけど」
「だから、それはやってみないと分かんないって!」
「残り時間もうすぐ一分切るって知ってて言ってんの?」
「まあ、そうだね。まだ奥の手を出してないから。ね? カナちゃん」
含みを持たせるレイに、コトカが呆れたように大袈裟に声を上げた。
「はあ? まだこいつになんか仕込んだの? 役立たずに何しても変わんないのに? やっぱお仲間さんも同レベルのお馬鹿さんってことかよ」
手数は変わらず、対面して一分ほど。そして、もうすぐ残り一分を切る。
四人組は全員、レイたちの方を向いている。つまり、相手にとっての前方方向。
カナタに仕込んだと言った、コトカ。レイは奥の手があると言ったが、それはカナタにでは無い。仕込んだのは、今ここにはいない人物。
──時計の針が一つ時を刻む。
その時を待っていたように、作戦は動き出した。
「あのさ、もう一分切ったんだけど、やっぱハッタリだった?もうその炎も見飽きたんだ、け……ど──なっ……?!」
レイたちの目の前で、突如コトカたち四人の姿が次々と消えた。
そして、その後には試験室にある殆どのリングが残る。
その四分の三にもなるリングをカナタが集めて、圧倒的な大差をつけた。そんな瞬きするうちの逆転劇。
いったい何が起きたのか。
答えは、四人組サイドの障壁の上にあった。
紫のローブと透き通った茶髪を靡かせる少女。
《ソルウェナ》であるミリアが、弓を放った後の体勢でこちらを見下ろしていた。すぐに降りてくる予定だったが、緊張したまま固まっている。
だが、それも無理はない。今回のレイの作戦。その要となるのがミリアだったからだ。
動くことないまま、ミリアの脳内ではレイの作戦を話す声が再生されていた。
── 残り時間が半分を切ったら、まず中央に集合しよう。……なんで中央かって? 相手から見て警戒するのは《ソルウェナ》のミリちゃん、油断するのは手の内の分かってるカナちゃん。だから、いつも通りにしてもらって、矢の単調さと蘇生を際立たせる。弱点を大きく見せる形でね。
そうしたら、コトカたちは後半どうすると思う? きっとあの幅の狭い中央で、堂々と通路の封鎖に入るはず。だから、カナちゃんはさっき教えた通りにコトカたちの前で炎を使えばいい。失敗してもいいから炎の魔法を使ってね。キーは継続してカナちゃんのサポート。ぼくもそっちに回るつもり。
──……私は何をするんですか?
──ミリちゃんにはね、弓の腕を見込んで作戦の要になってもらおうと思う。ぼくらが手数の多さで注意を引いてる間に、コトカ達の背後に回って欲しいんだ。
それで、一分を切ったら四人一気に矢で倒す。単調で存在感のない矢の印象から一転、呪文も魔力も持たない無形の魔法としてね。防御に関しては、ぼくの付与で『知覚できない攻撃は防げない』ことにするから安心して。
倒した後は、キーがリングを回収して、ミリちゃんは四人が復活する前に中央に戻ってくる。そうすれば、キーが陰で逃げれなくなる状況にならない限り、ぼくらは勝つよ。
──四人一気に倒す、ですか……?
──うん。じゃないと、知覚されるかもしれないからね。チャンスは一回限り。どう? できそう?
「……でき、ました。四本、ちゃんと射れました……!」
緊張で汗ばんだ手のひらと力の抜けた手足。失敗しなかったことへの安堵が一気に体中を駆け巡る。失敗は負けだという中、初めてまともに四本の矢を最高速度で射ったのだった。
一発勝負の半ば賭けのような挑戦。
前までの自分なら絶対に断っていたその挑戦を、ミリアは逃げずにやり遂げた。カナタが負けないように、自分たちが勝てるように、立ち向かった。
「ミリちゃん、もうすぐ復活するから戻ってきて!」
レイの呼ぶ声に、慌てて障壁を降りるミリア。
まだ決闘は続いてるのだ。リングをほとんど持ってないとしても、やられるのは避けたい。
後方では四人組が復活し終えて、焦りと怒りに任せて猛スピードで中央に復帰しようとしている。
「クソッ! 《ソルウェナ》だ! 《ソルウェナ》にやられた! なんで誰も気づかなかったんだよ!」
「ていうか、防御してたはずなのになんで攻撃通ってんの! ムカつく!」
怒鳴り声に思わず振り向いたミリアは、その声の主である火と水の魔法使いとバッチリ目が合ってしまった。
「あ、待てよ!! あいつだ! 《ソルウェナ》! 俺、倒しに行くわ」
「アタシも行く!」
「ちょ、そんな暇ないだろ!」
コトカが止めようとするが、お構いなしに二人は《ソルウェナ》を追いかけに行ってしまった。
「マズイ……負けじゃん、アタシら……」
今はとにかくカナタを倒さなければいけないのに、二人も逸れてしまった。コトカはこの決闘の勝負がついたことを悟ってしまった。
中央に戻ったものの、カナタの前には厄介な魔法を使う青髪の少年と目つきの鋭い青年が立ちはだかっている。たった二人ではこの守りを崩すことも難しいだろう。
「終わった……」
愕然とするコトカ。
逆転する時間もなければ、味方の統率も失った。この決闘が終われば、あんなに下に見ていたカナタに負けたことになるのだ。
これ以上ない屈辱。
もう負けることが確定した今、コトカの中には怒りだけが残った。
「……アンタら、アンタら、絶対許さない……!! 特に、そこの役立たずは絶対に!!」
ものすごい形相で風を巻き起こすコトカ。魔力が濃密に高まり、それに乗じて風が圧縮されていく。
コトカを中心に巻き起こる旋風。その風で狙うはただ一人。
翡翠色の少女、カナタ。
全ての魔力を使い果たす勢いで、風を一点に集める。
あいつさえ倒せば、気が晴れる。
そう思った矢先、
「させないけどね」
冷たく響く少年の声が聞こえた直後、コトカの集めた魔力は一瞬にして散っていった。
「なっ……!」
言葉を失ったコトカは、キーの陰で手を拘束された。魔力もほとんど失い、無力にも抵抗できなくなったコトカ。
その時、パシュン、と魔法の花火が上がり決闘は終わったが、レイはそのままコトカに語りかけた。
「あの風の魔法、すごいね。編み出された方法がかなり緻密だった。けど、あんなに分かりやすく使ったら、魔法を崩すのは容易いよ」
「……」
無言でレイを睨みつけるコトカは、手負の獣のようだった。それを真正面から見返し、レイは言葉を重ねる。
「きみは優秀だよね。さっきの魔法もそうだし、ミリちゃんが受け止めた魔法も無駄がなかった。魔法をしっかり理解してるし、防御の仕方も完璧。決闘でも、誰より状況を把握してたし、指示だって的確だった」
一つ一つ言い聞かして無視できないように伝える。心からではない無感動な称賛だが、事実である。それを知らせてから、核心に触れようと試みた。
「……それなのに、何で人を見下して嘲笑ったりするの? きみの魔法は全部、努力して積み上げてきたものだ。カナちゃんも同じように努力してる。それを何で否定するの?」
魔法を隅々まで知るレイには、その魔法の成り立ちが見える。その人がどういう人なのかも見通すことができる。
だからこそ、問いたかった。
才能でこの場に立ったわけではない、努力を才能にしてきた彼女自身が、なぜそれを認めようとしないのか。
「……そんなの、決まってんじゃん……」
本当の怒りをぶつけるように、コトカは鋭利な言葉を振りかざした。
「……アイツには、アイツには才能があるからだよ!! アタシがどんだけ願っても手に入らない、才能が!! そうだよ、アタシは努力してきた! 誰よりも必死に魔法を磨いてきた! だけど、才能の前には無意味なんだよ! 頑張ったって一生報われないんだ! 認められたくても所詮普通の中で優秀な程度で、天才にはほど遠い! 自由になりたくても、限度がある!」
決壊した感情を吐き出す。その行動の理由と正当性を訴える。
「それなのに……それなのに、アイツは……! アイツは、才能があるのにアタシよりも下手くそで、役立たずなんだよ! アタシが必死に手に入れたものを軽々超えられるくせに、バカみたいに底辺でヘラヘラ笑ってる! 同じぐらい努力してる? そんなわけないだろ!! アタシの努力をバカにするな!!」
ツバを飛ばし、なりふり構わず噛みつくように叫んでいた。劣等感と嫉妬がないまぜになった本音に、カナタが後ずさる。
「……なるほどね。カナちゃんには蘇生があって、珍しい翡翠の炎があった。それなのに、うまく使えてないのが納得できないってことだ」
レイがコトカの訴えを要約して、吟味するように頷く。
その上で、反論をする。
彼女の間違ってるところを、言い返す余地もないほど徹底的に。
「けどさ、それって完全に八つ当たりだよね。そもそもカナちゃんときみでは初心者と熟練者ぐらいの経験の差があるし、たとえ同じ土台だったとしてもカナちゃんのせいにする理由にはならないよ。きみとカナちゃんは、見解も志も違うんだから」
「ア、アンタに何が分かんだよ……!!」
「きみのことは分からないよ。けど、物事の分別ぐらいはついてる。……きみたちと違ってね」
歯がみするコトカに、容赦なく現実を突きつける。わざと声量を上げるのは、外野にいる仲間三人にも聞こえるようにするため。決闘を止めなかった時点で連帯責任なのだから。
「才能がある人を妬んでもいい。けど、それを理由にその人を否定したらダメだ。きみは才能しか価値がないって思ってるの? きみは自分に価値はないって思うの? 違うよね? だったら、他人を踏みつける前に自分の価値観から見直したらどうなの」
淀みなく連ねられた正論。図星をつかれたように、コトカは口を噤んで勢いをなくした。
押し黙ったコトカと終わった決闘。審判が怪訝そうに様子を窺っていたため、一旦ここを出ることにした。
キーがコトカの拘束を解き、レイたちが先に出口を目指す。支えを失ったコトカはふらついて座り込んだが、他の三人は気にかけることもしていなかった。それどころか、
「なあ、コトカ。負けたの、お前のせいだよな。絶対勝てる、とか言ってたくせになあ? ……どうしてくれんだよ!! 跪いて謝罪とか賭けんなよ!!」
「アタシら関係ないし! アンタが勝手に賭けたんだから、責任取ってね!!」
「もう、お前とは絶対ぇ組まねえ。オレ、もう帰るわ」
「え、ちょ、待っ……!!」
薄情なことに、コトカを見捨てて罵倒していた。他の三人だってこの決闘に賛成して止めずにいたはずなのに、この仕打ち。
──茫然自失。まさにそんな状態だった。
このまま全責任だけ被って終わるわけにはいかない。
「ふざけんなよっ……!!」
逃がさない。
その一心で、コトカは三人を追うため立ち上がった。




