十話 再開してしまった人
天井のない石造りの建物と周囲が見えない複雑な地形。魔法の膜が張られており、人工的に計算されたとわかる会場。
──試験室。
魔獣や魔物への対策や魔法の試験、魔法使い同士の決闘など、魔法の関わる試行に使用される部屋だ。魔法は擬似的な攻撃となり実害を出さないため、気軽に魔法を試せるようになっている。
魔法会にはこの試験室がたくさんあり、魔法の上達を目指して毎日魔法使いが行き来している。
その試験室の一角。
一番混み合う昼下がりの時間帯に、貸し切られた部屋が一つあった。その部屋には防音の魔法がかかっており、外には何も聞こえない。ただ、中はというと、
「わあああああ!! やばいやばい! ちょ、火の海になる! 誰か助けてっ!」
ただひたすらに翡翠の少女の声があちこちに響いていた。
「カナちゃん、一回落ち着いて! 慌てちゃダメ! はい、深呼吸! クールダウン!」
声に比例するように、燃え盛る翠の炎。このままでは危ないと、レイが指示を出す。
その少し離れたところでは、ミリアとキーが暴走中の炎が燃え移らないように荷物をどかしていた。
「深呼吸……深呼吸……スーー……、ハーー」
「そうそう、ゆっくり、ゆっくりね。魔力を一点に集めるイメージで」
なんとか落ち着いた炎に、レイはホッと息をついた。
クリスタでの水晶集めから、早数日。
レイの親友と翡翠の少女の姿はすっかり馴染み、四人でいるのが当たり前になっていた。予定が合えばどこかしらに採集に行ったり、レイの実験の続きをしたりと、なかなかに充実した日々を送っている。
呼び方もあだ名で呼ぶようになった。レイはミリアとカナタをそれぞれ『ミリちゃん』『カナちゃん』と呼び、キーは全員呼び捨て、ミリアは以前のまま名前に敬称をつけて呼んでいる。
カナタは、レイと同じようにミリアを『ミリちゃん』と呼び、キーをなぜか『師匠』と呼称した。キーの銃持ち姿はまだ見ていないのだが、「なんか強そうだし、かっこいいから!」との理由でそう決まった。カナタの憧れの眼差しにタジタジになったキーが、レイにからかわれたのは言うまでもない。ペドロがいる時にじっくり清算させてやろうと、キーは密かに心に決めたのだった。
そんな風にそれぞれが呼び方を決める中、ミリアは今まで友人がおらずあだ名に慣れていなかったため、呼び方を変えるのが気恥ずかしかった。頑張って呼んでみようとしたが、ほおが熱くなる上に噛みまくるという、高いハードルが立ちはだかってしまった。
「ミリちゃんは、そのままで十分だよ」
レイがそう真剣に言うのであった。
そして、現在はというと。
レイ達三人による、絶賛カナタの魔法訓練の最中だ。カナタの魔法の操作性がとんでもなく不安定なため、ある程度習得させておかないと危ないからだ。ネイウッドに戻った翌日に、一度カナタも含めて『ハルフの森』に四人で採集に行ったのだが、一日であえなく中止となった。
理由はご覧の通り、カナタの技術的な面の問題。
蘇生の魔法はほぼほぼ完璧なのだが、カナタの魔法系である炎を操るのが控えめにいって不得意すぎる。そのため、たびたび炎が味方に燃え移りそうになり危ないのだ。レイが見てきた魔法使いの中でも群を抜いて拙いため、感覚を伝えてもイメージしにくいのか、さっきのように暴走させてしまう。
なぜ魔力を纏う蘇生ができて、魔力を外に放つだけの炎の魔法が出来ないのか。
それは、レイにもよく分かっていない。基本的に、魔力を纏わせるより魔法を放つ方が簡単だというのが常識なのだが、やはり、普通ではないため一筋縄ではいかないよう。
「いい、かげんに、……いうこと、聞いてくんない、かなあ?!」
カナタは炎を根性で抑え込み、汗だくになりながらなんとか炎を球状にしようと四苦八苦している。レイはカナタが無理ならそれはそれでいいと思っていたが、カナタが硬い意志で教えて欲しいと頼んできた訓練。そのやる気に応えようとレイが魔力の扱いを教え込んでいるのだが、なかなか上達の気配は見えない。細かい操作が不得意なため、魔力がうまく込められず炎を維持するだけで精一杯になってしまっている。
「うぐぐ……」
再び炎が広がろうとしている。もう限界のようだ。
「ストップ! カナちゃん、もういいよ」
「……っぷは、む、難しすぎるうう!! え、みんなどうやってんの? あたし、全然まとまらせれないんだけど」
「元からあるやり方は難しそうだね……やり方を変えた方が良さそう」
ここ数日の練習からして、カナタは既存の方法では魔法を制御するのが難しいという結論をレイは下した。
ならば、どうするか。
答えは単純明快。カナタに合う魔力の制御方法を作ればいい。もっと豪快かつ安定した、無駄のない方法。幸いカナタは魔力が多い方だ。多少の非効率は許容範囲だろう。
「一対二……いや、この感じだと一対三ぐらいはいいかな……? カナちゃん、ちょっと待ってて」
「はーい」
無駄のない効率を最大まで上げた緻密な魔法を解き、緩く広く均等にして持続性を持たせる。意識しなくても自然と範囲内に収まるように、けど威力が落ちないように魔力を循環させ続ける。イメージは、魔力の流れで輪を作り、その流れから魔力をすくって魔法を放つように。
「……うん、いけそう。もう少し流れを早くすれば、魔力も逃げにくくなる」
レイは自身の夢の魔法で実践する。
魔法の分量ではなく全ての魔力を一つに動かすと、魔力が光を散らしてレイを中心に回転し出す。やがて、回転した魔法は、地面に虹の水たまりを作り、空中にはオーラのように虹の光と雲を散らした。
赤、ピンク、青、水色、紫。
様々な淡い色が入り混じり、レイの周りだけ現実から切り取られたように幻想的だ。レイはくるくると回る魔力の一部に手をかざすと、手で操り試験室の壁に放った。白いその壁は一部が黒くなり、魔法の効果が見られた。
「おお、成功だ! 思いつきだったけど、案外いけるもんだね」
自分の立てた仮説がそのまま実現できた。レイは新しい問題を一発で解いた達成感に満足すると、カナタに早速やり方を教える。
「今できた魔力の使い方……輪廻する魔力とでも名付けようかな。輪廻する魔力は、まず魔力を纏って循環させる。それから、だんだんと循環する魔力を外に向けていって、輪を作る。その輪はすでに魔法になってるから、あとは放つだけ。コツはとにかく魔力を回し続けること。回せば自然と外に出てくるからね」
今できた、というレイに改めて三人はレイの魔法の知識や技術に感嘆する。平然とやってのけているが、全く違う魔力の使い方は自分の癖を直すようなもの。癖を一瞬にして直す、もとい切り替えれるなど、魔法を一から十以上に理解して網羅していなければできないだろう。
「このやり方ならカナちゃんでも少し練習すればできるし、蘇生と相性抜群だと思うよ」
「……わ、分かった。やってみる!」
カナタは再び魔力に意識を向ける。レイの説明からすると、魔力を纏うのがこの方法の要なはず。カナタが唯一習得できている蘇生と同じ原理だ。それは即ち、魔力を回転する以外は達成できているということ。カナタは蘇生の魔法のように魔力を全身に行き渡らせると、それを動かそうとする。ただ、意外と動かすのが難しく、体まで動かして再び苦戦していた。
「回すのは、ううん……なんかいい例えないかな……?」
小難しい理論は言えるが、動かし方の感覚はいい伝え方が思いつかない。回すことさえできれば完成なのだが。
「ヒュンッ、はなんか違うし、ぐいん、は誇張してるし……」
なぜか例えではなく擬音語で伝えようとしてるレイ。いい言葉がなくて頭を捻っていると、隣から手が上がった。
「あの、ずっと回し続けるんですよね。それなら、剣筋を描くイメージはどうですか?」
ミリアの何気ないその案。それは、カナタに非常にわかりやすい、ぴったりの表現だった。魔力を剣筋として武術のように考えれば、流れがわかりやすい。
「剣筋、剣筋……剣を一周させてそのまま一緒に回る……」
自身に言い聞かせながら、カナタは剣を持って前方と後方どちらも切るよう想像する。
「独楽……あたしは独楽……」
途中で何か違うものにすり変わっていたが、魔力を回すことは成功した。コツが掴めたのか回る速さはどんどん速くなり、炎がチリチリと舞い始めた。
「カナちゃん、その調子! もう少し続けて」
レイが声援を送ると、カナタはさらに回転速度を早め、これ以上は速くできないという時。
カナタの周囲には翡翠の炎がメラメラと燃えていた。レイが最初にやって見せたように、魔法で炎のテリトリーを作り上げたのだ。
「わ……で、できた! できたよ、あたし!! 炎、使えた!!」
周りで具現化した炎の魔法。
その中心で、飛び上がってはしゃぐカナタ。炎を壁に放ってみたり、大剣に纏わせてみたり、嬉しそうに魔法を操っている。
「ふう、これで一安心だよ。一度回転させれば、魔力がなくなるまで消える心配はないから、よっぽど大丈夫なはず。あとは呪文があれば、もっと自由に扱えるようになるけど……今はいっか」
まだまだ改善するべきとこはあるが、今は魔力が扱えただけで上々だろう。
問題が解決したためこれからどこに行くかに思考を巡らすレイ。そのレイを、キーはいつもより呆れた顔で見ていた。
「キーさん、どうしたんですか?」
気づいたミリアが問いかけると、キーは苦笑いで答えた。
「……いや、あいつが考案した魔力の運用方法が問題でな」
「? なんでですか……?」
「あり得ねえことに、あの魔力の使い方は、誰でも魔法を呪文なしで使えるもんだ。しかも、カナタみたいな魔力をもともと制御できねえ奴が、少し努力すれば成功するレベル。……こりゃ、他に知られたらマズイってもんじゃねえぞ」
魔力を纏うまでが大変だったとしても、見返りが呪文なしならお釣りの方が上回る。どちらにしろ、魔力の使用量は多く不完全なため使える人は限られるのだが、その限られた人にとってはこれ以上ないお宝だ。
レイは必要だったから作っただけで、他人に公表するつもりは無さそうなのが幸いである。念のため、監視しておこう。キーの気苦労が増えるのであった。
「これなら魔法使っても大丈夫だよね! 今すぐ採集行く? 今ならどんだけでも倒せそうだよ!」
炎がカナタのやる気を表すように、大きく燃えた。許可したら、そのまま現場まで突進して行きそうな勢いだ。
「いや、今日は行かないよ? まだちゃんとどこに行くか決めてないし。それに、もう夕方になるし行っても長くは居れないよ」
レイの回答に、残念そうに炎が弱まる。炎のおかげで、カナタは目に見えてオーバーリアクションになっていた。
渋々と試験室を後にするカナタに続き、レイ達は魔法会の広間へ戻ってくる。そのまま通り抜けて出入り口に直行しようとした時だった。
「あ……」
カナタが小さく呟く。
前方の広間の入り口付近。まだ人が多く混み合う場所。
そこに、忘れることのできない姿があった。
見覚えのある、派手な格好。思い出す、軽薄そうな笑みと蔑視の眼差し。そして、周りに遠慮しない大きな笑い声。
カナタを罵倒したあの非常識な四人組。その姿が、反対側から向かって来ていたのだ。喋っていたリーダー格の子が、横から前に顔を戻す。
そしたら、彼女と、ばっちり目が合ってしまった。気づいた四人組はこちらへ来ると、カナタの前に立ちはだかる。
「ゲッ、アンタ、あの時のクソ雑魚炎使いじゃん。アンタまだいたんだ。あんだけやらかしといてよく続けれるよな」
「……」
少しも自重していない侮蔑の物言い。カナタは威嚇するようにリーダー格の子を睨む。
だが、見下されたトラウマが蘇るようで、分からないぐらいに少しだけ後退った。それを庇うようにレイ達はカナタの前に出る。
「あ、お仲間さんも一緒じゃん! まだコイツといたんだ? やっぱ同じようなヤツ同士、気が合いますねえ?」
レイ達を見て皮肉を重ねて言ってくる。何かしら人を貶さないと喋れないのだろうか。気分悪りぃ、とキーが苛立ち呟いた。
「ま、アタシにはもう関係ないからいいんだけど?でも、視界に入んないように魔法会には来ないでくれる? 今日みたいに会っちゃたらさ、迷惑なんだよね」
何でもない風に、身勝手さを押し付けてくる。魔法会の出入りを止めるなど、仕事するなと言われているようなものだ。
再び冷めた目になったレイ。あの日と一ミリも変わらない、その横暴さを両断するべく口を開いた。
「きみらに何の権限があって、ぼくらの行動に口出しできるの? そもそも、きみらは無視しとけばいいよね。何でわざわざぼくらに……いや、カナちゃんに関わってくるの? ゲッって言うぐらいなら、話しかけなければいい。ぼくらだって人を蔑ろにして道具扱いする人に近づこうだなんて思ってないからね」
「……それ、バカにしてんの?」
お互い干渉しなければいい。それは正論でもあり、反感も買う意見だ。特に、こうやって干渉して人を見下すような人たちには、面白くない話。予想通り、リーダー格の子は不機嫌そうに声を低くした。
一触即発のような空気になったが、四人組の一人の声でそれは瓦解した。
もちろん、よくない方に、だ。
「あれ……? 待って待って! コトカ、コイツらなんかより注目しなきゃいけない人、発見なんだけど!!」
コトカと呼ばれたリーダー格の子の斜め後ろにいた少女が、ミリアを指差していった。
あ、これはマズイな、とレイ達はミリアに目を向けた。今ミリアはフードを被っていなかった。もう帰りだし、最近は噂も落ち着いてきたからと、油断していた。《ソルウェナ》の噂を知っていれば、アメジストの目はすぐに見つけられる。
「……あ!ああ〜〜〜っ!! アンタ、《ソルウェナ》じゃん!! え、全然気づかんかった。思ってたより地味だし。コイツらとつるんでるなんて思わないし」
「だよね。でもでもさ、《ソルウェナ》がこっち入ってくれたら、もっと上行けるじゃん? 誘おうよ〜」
「稼ぎも増えるから、いいんじゃね?俺らだって必要以上に頑張んなくていいし」
「オレも賛成〜〜」
「そだね。ねえ、《ソルウェナ》さん、アタシらと採集行かない? そこの雑魚がいるとこより何倍もいいし」
《ソルウェナ》本人の目の前で、利用する気満々の発言をしてくる四人組。
図々しい事この上ないし、さらには、仲良くなったカナタを貶めての勧誘。さすがのミリアも黙ってはいられない。声が震えないように気をつけて、意思を伝える。
「……いい加減に、してください。私はあなた達と採集には行きませんし、カナタちゃんは私の友人です。カナタちゃんを悪くいう人は、許しません」
目は合わせられないけど、真っ直ぐ前を向いてハッキリとミリアは言う。今までのミリアなら、面と向かって主張することは出来なかったはずだ。
けど、ミリアは決めたのだ。
いつかレイのように、間違ってることは間違ってると言えるようになりたい、と。
今日の言葉は、その目標の第一歩。自分でも、よく頑張った、と胸を張る。
「ふうん? あの有名な《ソルウェナ》が、そっち側なんだ」
「めんどくさー」
不遜に、値踏みするように、《ソルウェナ》であるミリアを見てくる。
怖い。
怖いけど、大丈夫。一人じゃないから。
その視線から、ミリアが目を伏せることはなかった。
「えーでもさ、《ソルウェナ》がいるのにチャンス逃すのは損した感じする…………あ、そうだ!」
不機嫌だったコトカは、思いついたと笑みを浮かべた。
「ねえ、アタシらと決闘しない?」




