プロローグ
──魔法。
それは人の扱える、最も身近で、最も不可思議な神秘。
何もないところから炎を生み出せたり、触れずに物を動かせたりする。素材を集めれば、魔法薬という不思議な効能のある薬品や魔法のアイテム、魔導具なんかも作れる。それゆえに、災いが訪れた時も臆することなく立ち向かうことができる。
だが、その反面。
魔法を使う者が決して良い者であるとは限らない。
魔法を騙すために使い、人を不幸にするために極め、多くの犠牲の上に力を手に入れる。そうして罪を重ね続けて勝ち取った身分は、どんな横暴にだって応えてくれる。
そんな反則的な誰もが扱える神秘。
いままでも、これからも永遠に未知数な魔法でできた世界。
これは、理不尽や偏った思想に真正面から対抗する魔法使いと、それを指針とする風変わりな仲間たちによる旅の物語である。
◇◆◇
澄んだ青空に白い雲。揺れる木の葉とそよぐ風。木漏れ日の映る暖かな森。差す光は全ての緑に透き通った明るさをもたらした。木々の向こうでは、うさぎやリスなどの小動物が木の実やきのこを求めてちらほらと顔を出している。
そんな豊かな大自然の中、数秒の木々のざわめきのあと。
突如、この場に似つかわしくない暗い色のローブを纏った集団が、光とともに現れた。
数は全部で五人。皆、辺りを見渡し、警戒しながら進んでいく。
数分歩き少しひらけた草原につくと、先頭にいたローブの一人が小さく手を挙げ静止を合図した。
全員が立ち止まったその直後。木々の脇から何かが、ヒュッ、と風を切って横切った。続け様に、二回、三回、とローブ達めがけて何かが突進する。
ほとんど認識できない速度を何とか避け、四回目の攻撃の前のわずかな隙。
後ろの方にいたローブが等身大の杖を掲げて何やらつぶやくと、杖から金の光があふれ出しローブ達全員を覆った。
そして、四回目の何かによる攻撃。
前と変わらず突進してきたが、ローブ達には届かずに金の光に阻まれた。失速したソレは、すかさず杖を向けた先頭のローブの礫に穿たれ、地に落ちた。現れた手負のソレは、鮮やかな青い羽を持つ人の顔ほどの鳥。
ローブ達の目的の鳥、風切り鳥の特徴だ。
先頭のローブは風切り鳥の羽を採取するため、トドメを刺そうと杖を掲げる。
だが、
──キュイィィ、キュィィィィィ
突如、風切り鳥は甲高い声で鳴き始めた。
しまった、と、顔をしかめる先頭のローブはすぐさま礫を放ち、鳴き続ける風切り鳥を絶命させた。それからすぐ空を見上げると、三十羽ほどの青い鳥の群れがローブ達の真上を旋回していた。
慌てて後方のローブが防御しようとするが、あの数と速さではあまり意味をなさない。先頭のローブが焦りつつ突破方法を探していると、
──ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ
続けざまに、三回。先ほどとは違う風を切る音が聞こえた。その数瞬後、真上に飛んでいた三羽の青い鳥が落下していった。とてつもなく速いはずの風切り鳥。その胴には、正確に中心に射られた矢がそれぞれ一つ。
誰もが驚いて振り返った先。
集団の一番後ろ。
そこには、珍しい弓の形をした杖を空に向かって構える、紫のローブの姿があった。
この集団の中で唯一紫のローブを纏っている者で、人数を補うために臨時で入れた助っ人だ。能力は求めておらず、適当に声をかけた人物であった。
皆が呆気に取られる中、紫の弓使いはまたもや連続で三本の矢を放つ。
恐ろしく正確なその矢は、またもや三羽の鳥を撃ち落とした。
「す、すごい……!」
後方のローブが思わずもらした感想に、皆が共感する。同時に、我に帰った先頭のローブが指示を出す。
「か、風切り鳥は弓使いの攻撃に怯んでいる! 弓使いに続いて、各自魔法を展開! 一斉に打て!」
火、水、風、土。
様々な魔法がそれぞれのローブの杖から放たれる。集中砲火を浴びた風切り鳥の群れは瞬く間に壊滅し、この集団にしては快挙の三十羽全てを狩ることに成功した。
「や、やった〜!」
若いローブ達はガッツポーズで喜び、先輩のローブ達は呆然とする。
「あなたのおかげよ! すごいじゃない!」
火の魔法を使ったローブが、紫の弓使いを賞賛する。他のローブも口々に礼を言い、その功績を称えた。ピンチを助けられた先頭のローブは、特に弓使いに感謝を示す。
「あんたがいてくれてホントに助かった。俺の失敗で全員やられるかと思ったからな。ありがとう」
皆からの感謝に気恥ずかしそうな様子の紫の弓使いは、ぺこり、と一礼をして称賛に応える。
と、その拍子。
顔をあげると同時に深く被っていたフードが脱げ、紫の弓使いの素顔があらわになる。その顔を見たローブの一人が、興奮した様子で声を上げた。
「あっ!! え、も、もしかして、《ソルウェナ》さん、ですか……?」
「え?! あの《ソルウェナ》?! この人がいればどんな素材でも集められるっていう??」
「そう、それ! 絶対そうだよ! 聞いたことあるんだけど、《ソルウェナ》はアメジストの瞳を持つって!」
その言葉に、皆の視線が紫の弓使いに集中する。
この世界ではあまり見ない、紫の瞳。《ソルウェナ》という人物の特徴として十分な情報だ。
「わ、ホントじゃん! 私たち運良すぎない?」
「すげぇ! 道理で上手いわけだ。こんな機会なかなかねぇよ」
「あ、握手、お願いできますか!」
噂や実績のアレコレを持ち出され、戸惑う紫の弓使い──もとい《孤高の狩人》。振られた話に曖昧にこたえ、気まずそうに俯く。早くこの話題を終わらしたかった《ソルウェナ》だったが、好奇心旺盛なローブ達の《ソルウェナ》の話は止まらなかった。
「ホント、すごいわよねぇ、あの弓捌き! ヒュンッ、っていって、ズバッ、って!」
「うんうん! あんな正確で威力もあるの見たことないよ!」
「相当、相性がいいんでしょうね」
「そうだな! あんな凄い魔法は見たことねぇな!」
楽しそうに話すローブ集団。
その傍らで、話題の張本人が顔を歪ませたことには、誰も気づかなかった。
◇◆◇
「……はい。フリージミントの葉とマーガレットの花それぞれ五十束ずつ、品質もいいので千五百ルラムで買い取らせていただきます」
査定を終わらせた店員が事務的に結果を告げる。差し出された布の上には、きらきらと輝く硬貨がモノの価値を示していた。客である小柄な少年は予想より良い値段に笑顔でお礼を言い、硬貨を受け取る。その様子を確認した店員は、もう用はない、とばかりに手元の素材へと目を向ける。少年も踵を返し店の外へ出ると、隣の建物にある休憩用のテーブルについた。
少年の隣のテーブルでは、六人の魔法使いが魔法の効率性について議論しており、中々に白熱した様子だ。反対側のテーブルでは、今話題の魔法使いについての話で盛り上がっている。
その様子を横目に少年──レイは頬杖をつき、少しの暇を持て余す。
──ここは、魔法会クリオシタス。
魔法使いの自由のために作られた、魔法使いのためのお役所だ。主に、魔法使い達の集まる場として使われており、自由に使える掲示板や研究所との仲介など様々な役割をこなしている。他にも、魔法の試験や魔法を試す部屋の貸し出しもしており、毎日たくさんの魔法使いが出入りする場所だ。
かくいうレイもその一人で、採集した素材を売り、休憩しつつ少し情報を集めようと思っていたのだが──
「うーん……なんか今日、騒がしい気がする。なんかあったのかな」
普段なら公共の場ということで、気にするほどの喋り声は聞こえてこないのだが、今日はいつもの倍ぐらいの人が話している。
不思議そうに辺りを見渡していると、レイの近くにいた魔法使いがとある噂を教えてくれた。
「お、知らない? こないだの狩りの様子の映像で、今注目の《ソルウェナ》が離れ業をやってのけたんだ。なんでも、素早い魔獣の代表格、風切り鳥を矢の魔法で射ったとか」
「風切り鳥を矢の魔法で……?」
「そうそう。しかも、一度ではなく、連続で正確に。最初に聞いた時は耳を疑ったんだが、映像で残ってるから疑いようもない」
「そっか……」
「映像なら今も投影書で写してると思うから、気になるなら見てみると良い」
「そうしようかな。親切にありがとう」
レイがお礼を言うと、情報を教えてくれた魔法使いは、他の魔法使いとの会話に戻っていった。
「《ソルウェナ》、かぁ。矢の魔法がものすごく上手いってことだけど……そんな正確に、というか、連続で出せる魔法じゃないよね」
少し気になったレイは、先ほどの魔法使いが言っていた映像を確認するため、『投影書』の設置されている外の広場へと向かう。
『投影書』とは、定期的に魔法使いの採集や狩り、研究の様子を見ることができる魔導具で、魔法会で人気のあるイベントの一つだ。有名な魔法使いの観戦や人材の発掘が目的の大半で、娯楽の一つにもなっている。
広場へとついたレイ。タイミングが良かったようで、ちょうど《ソルウェナ》の映像を流す直前だったようだ。注目の的である《ソルウェナ》の映像のため、一般の魔法使いから研究所のお偉方など、広場はすでに様々な人でいっぱいだった。圧倒されつつも広場の隅の方のスペースを確保する。
広場の時計を見ると、投影される三時までは少し時間がある。それを確認したレイは、何気ない動作で軽く手をくるりと回した。
弧を描いた指先に合わせ、淡いカラフルな光が回転しだす。
やがて、光は収縮し──そこには、一人の少女が立っていた。
「どうされましたか?」
突然呼び出された少女だったが、とくに驚いた様子はなく、当然のように尋ねた。これはレイの魔法で、中にいる人や物を呼び出す魔法だ。よく使う魔法で、少女もレイもとっくに慣れている。レイの方も、もともとそばにいた人に話しかけるように、質問に答えた。
「アリス、ちょっと聞きたいんだけどさ。《ソルウェナ》って知ってる? 今すごい噂になってるけど」
「《ソルウェナ》……?」
アリスと呼ばれた少女は少し考えると、思い出した情報を口にした。
「その方のことは、前にも聞いたことがあります。確か……、その人がいれば、採集に失敗しない、という噂だったと思います」
「失敗しない……」
「えっと、それと、噂をしていた人の話では、誰とも固定で採集に行かないことで有名なようです」
「へぇ……? ずっと一人ってこと?」
「はい。他の人と採集に行くことは、ほとんどないようです」
「ふーん、そっか……うん、やっぱ気になる。アリス、ちょうど始まるから一緒に観ない?」
「……《ソルウェナ》さんの投影、ですか?」
「うん。せっかくだしさ」
アリスを観戦に誘い、レイは集めた情報と違和感を反芻していく。
その中で、特に引っかかるのは、魔法。
レイは、自分より魔法に詳しい人はほとんどいない、と、自他ともに認められるほどの魔法好きだ。さらに、好奇心もこだわりも強いため、違和感の正体を見つけなければ気がすまない。そんなレイが明らかにおかしいと感じた。
普通ではない何かがある。
レイがそう確信した時。
時計の針が、カチリと鳴った。
いつの間にか長針は十二を指しており、広場の中心では、金色の光が溢れる魔導具──投影書を、魔法使いたちが食い入るように見ていた。
レイも思考を止め、光に注目する。
魔導具から溢れ出た金の光はやがて散りじりになり、とある森の情景へと形を変えていく。
──そして、映し出された映像。
そこまで長くはない、数分ほどの採集の様子。途中までは、ありきたりだけど統制の取れた魔法使いの連携が写っていた。《ソルウェナ》以外の魔法使いも優秀で、普段ならスカウトされていただろう。
だが、後半に差しかかる頃に映った《ソルウェナ》の魔法には、霞んでしまっていた。目で追えない速さの風切り鳥を次々と打ち落とす《ソルウェナ》に、広場は憧れる者やスカウトしたい人たちで大いに盛り上がりを見せていた。
そんな中、レイはというと……。
にぎわう広場の隅で、いまだ映像の流れる投影書を注意深く見ていた。先ほどの確信めいた予感が当たっているか、確認するために。
何度も流れる《ソルウェナ》の矢の映像。
二回、三回、と矢を放つ様子から、風切り鳥を射るまでを流し見る。
それを数回繰り返したのち──
「……うん。やっぱり」
予感だったものが確信になった。
「面白いよ、この子」
つぶやいたレイに、アリスが不思議そうに小首をかしげる。レイは声を弾ませ、楽しそうに答えた。
「だって、この子……一切魔法を使ってないから」
とある天才魔法使いが、訳ありの人気者を見つけ出す。
これが、この物語のプロローグとなった。




