親愛を込めて
ケネディ宇宙センターから、とあるロケットが打ち上ろうとしていた。
ひそひそ陰謀論を囁かれるような最新式の衛星が搭載されているわけではない。そこにぎっしり詰まっているのは、世界中から集められた芸術品である。絵画も彫刻も焼き物も、玉石混交の有様だ。
こんなことをするのは一人の芸術家の思い付きのせいである。その思い付きさえなければ、発射台から遠く離れた観客席で、こうして恨めしく件のロケットを眺めることも無かっただろう。
奴は新進気鋭の芸術家と世間に持て囃されているが、なんてことはない。奴が奴自身の作品を芸術だと言い張っているだけだ。世間は否定することを忘れるか、恐れるか、否定する奴をナンセンスだとニタニタ笑うんだ。気色悪い。
今日のだってそうだ。奴の誕生日に、ロケットを宇宙まで飛ばして、飛ばしたからって何だと言うんだ。別の星に届いたって一セントの価値も無い。何が平和と調和だ。
苦々しい。忌々しい。芸術作品には敬意を払う気でいるが、奴のだけはダメだ。特に今回のだけは。今日実行されようとしている奴の思い付きは、奴の作品じゃないんだから。
あのロケットの構成要素に奴の成分は一パーセントも含まれちゃいない。ロケットは企業が造ったものだし、あの中に詰まっているのは奴の生成物じゃない。奴の生み出した証なんて、どれだけ精査しても見つかるわけがない。どこかの誰かのモノだけで出来上がったあのオブジェクトを、図々しくも私物化した、路傍のクソ虫にも劣る奴はしかるべき罰を受けるべきだ。
同期への恨みとも、しょうもない義憤とも取れる気持ちで満たされると、やっぱり自分は正しいと思えてきた。
ポケットの中のスイッチをうっかり起動させないように慎重になぞった。このためにわざわざ特注して作ったのだ。
周囲がカウントダウンを始めた。いよいよだ。正義を執行するのだ。あの自己顕示欲で塗れた醜悪極まりない奴の手先になってしまう前に、きれいさっぱり焼き払ってやる。
声が揃ってゼロと言った。こっちも起動させた。白煙がロケットの下からもうもうと湧き出てくるのが見える。固定台も外れて、あとは群青に向かって浮かんでいくだけだ。勿論こちらが阻止しなければの話だ。奴に成功させてたまるか。
特注のミサイルが着弾するまでを数える。払えるだけの金も、作れるだけの金も、全部つぎ込んだ。テロリストだって役に立つらしい。
ゼロと独りで呟いたくらいで、ロケットはあっさり爆ぜた。もっとド派手に、ハリウッドらしくなるかと思ったのに。期待外れだった。メラメラ燃えてもロウソクだ。
「(Fワード)!!」
奴の声だ……じっくり焼くのも悪くないかもしれない。あ、そうだ。帰る前に一言残してやろう。
「これが芸術だ! ハッピーバースデイ!」