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紅き耳環の祈り人  作者: 叶 玄
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第20話 魔法都市スモールメ⑨ 交渉、そして活路

 ざあっと一際大きな風が吹き、辺りの背の高い植物たちが大きく揺れた。土のにおいが一瞬濃くなり、視界を何度も草木が遮る。広場一帯を覆う植物によって世界全体から隠れていると錯覚しそうになるが、隙間を潜り抜けてレイランたちを照らす日光は、彼らが完全に身を隠せていないことを暗喩しているかのようだ。少しの風で遮蔽物は揺らぎ、その隙に奥からこちらを覗く何者かと世界が繋がる。


 「尾行されていたんですかね。気付きませんでしたよ」


 心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、レイランが冷静な声色をなんとか保つ。最早「レルトシア」を装う必要はないように思えるが、自ら正体を明かすようなことはしない。


 「あなた相手に尾行するのはほぼ不可能と思っていましたが、今回は上手くいきました。相方が不在だったおかげでしょうかね」


 それを聞いて、リミィナが息を呑む。相方とは、おそらくリミィナを指したものではない。彼女もそれをわかったうえで驚きを隠せなかったのだ。


 「察しの悪いふりをして一応聞いておきますが、相方とは旅の同行者であるリミィナのことですかね」


 にっと笑ってレイランが尋ねる。余裕から来る笑みではなく、焦りを隠すための苦い笑みだ。

 ユースはふっと笑ってレイランを見つめる。レイランの正体を完全にわかっているとでも言いたげな見透かした瞳が、"相方"の指す相手を物語っていた。


 「一応言っておくと、私は"視える"人間ではありません」


 「ほう……では、なぜ私の相方がいないと?」


 「私と別れた後、レルトシアさんは一度足を止めましたね。そして、少しした後に監獄の方を振り返ったあなたを私が確認したのです。まるで誰かを見送るような視線で」


 ユースの目が細められた。


 「その時、私は良い機会だと思いました。おそらく監獄の下見にでも向かったのではないか、今のあなたには第三の目となる相方がいないのではないか、とね」


 「はっ」とレイランは吹き出すように笑った。


 「恐るべき観察眼だ。探偵とかスパイとかになってみては?」


 ユースはにこっと穏やかな微笑みを絶やさずに肩を小さくすくめてみせた。


 「さすがに専門分野ではないですよ。周りをつい観察してしまう悪癖と、少し気配を隠すことに自信があるだけです」


 そして、彼らの間に沈黙が訪れた。お互いに睨み合い――といってもユースは睨んでいるわけではないが、それでも鋭い視線を向けていることに変わりはない。

 どうするべきか、レイランは思考を回し続けていた。レイラン、リミィナ、フィリア―ナの三人がかりであれば退けることが可能なのではないか。ミラーファはここにいないが問題ない。精霊術師のなかでもトップクラスといわれているレイランの力は伊達ではない。別にミラーファがいなければ何もできないわけではないのだ。

 ただ、ユースの実力は計り知れない。レイランは仮にも死地を乗り越えて世界の危機を救った英雄の一人であり、決して素人の尾行を簡単に許すような不注意者ではない。ましてやこのような状況に陥ったことでより一層の警戒を徹底しているレイランに対し、まったく勘付かれずに後を追ってくるなど、興味本位でついてくるような軽い人間にできるはずはないのだ。


 「用があるのはわたしかしら?」


 先に口を開いたのはフィリア―ナだった。腰に両手をあてて気丈に振舞ってみせるが、こめかみからは冷や汗が一筋伝っている。

 ユースはレイランからフィリア―ナに再度視線を移すと小さく頷いた。


 「お察しの通り」


 「何かプレゼントをくれるみたいだけど。わたし自分の誕生日なんて知らないわよ」


 物心ついた時にはすでに両親はおらず、孤児院で生活していた彼女は自身の誕生日を把握していない。――と、今はそんなことはどうでもよく、ユースの贈り物とやらの渡し先だと判明しているフィリア―ナはふんと鼻を鳴らして顔をしかめた。

 ユースはにっと口角を上げて愉快そうな顔になった。


 「彼から聞いているのですね。私はあなたに贈り物をするために探していたのですよ。きっと喜んでいただける素敵な贈り物をね」


 ユースの愉快そうな微笑みが不気味に思え、フィリア―ナは露骨に眉間に皴を寄せた。


 「あんたにわたしの好みがわかるかしら? 聖都への旅行券とかだったら丁重にお断りするわ」


 ユースは肯定も否定もしないまま、フィリア―ナを見つめ続ける。彼の意図がまったくわからず、レイランとリミィナはユースを睨み続けるも動くに動けない状態だ。フィリア―ナに何か攻撃を与えようとする動きを見せればすぐさま対処に移るが、今のところ気味悪く微笑を浮かべながら佇んでいるだけだ。


 贈り物とやらの内容も未だに把握できていない。もしかしたらすでに憲兵には通報済みで、魔法師が集結するまでの時間稼ぎをしているのかもしれない。だとすればユース自身は何もする必要がなく、レイランたちに警戒心を植え付けつつこの場に留めておくだけで良い。そんな勝手な自身の憶測により、レイランはさらに焦りを覚える。

 今すぐユースを襲撃して場所を変えた方がいいだろうか。いや、もうそう遠くない場所まで憲兵は近づいてきているのだ。この場でひと悶着を起こせば気付かれてしまう可能性が高い。では一目散に逃げだすかと言われれば、それも危ないだろう。第一、無闇に逃げるにはすでに逃げ場がほとんどないのだ。


 ユースとフィリア―ナは互いに視線を交わしあっている。ユースは穏やかな表情ながらも鋭い視線、フィリア―ナは強かな態度でその目を受け止めているが、プレッシャーに気圧されて冷や汗を垂らしている。


 ふいっと、ユースがリミィナの方に視線を移した。リミィナは一瞬ぴくりと肩を動かしたが、ぎゅっとこぶしを握ったままユースを睨んでいる。怯えではなく、少しでも何か事態が動けば即座に対応できるようにと最大限の警戒をしている状態である。フィリア―ナを守り抜くと誓った直後だ、こんなすぐに約束を反故にするわけにはいかない。

 そして、ユースは再び視線を動かすと、レイランの顔で止まった。仮面の奥の瞳を見透かすように、真っすぐな視線を彼に向ける。レイランは自分の正体がすでにユースにはわかっていると確信していた。だからこそ、もうレルトシアとして取り繕うことはせず、勇者一行のメンバーを捕らえに来た敵の一人として、ユースと向かい合っているのだ。


 風の吹く音、草木が擦れ合う音、どこかで微かに鳴いている鳥の声。確かに音は存在しているはずだが、まるで音を失い沈黙が訪れたかのような緊張感が彼らのまわりを支配している。誰が一番に動き出すのか、あるいは何がこの場に現れて緊張の糸を断ち切るのか。まもなく時が進み始めようというその時――


 「ぷっはは」


 突如、ユースが笑い声をあげた。訳の分からないまま、レイランたちはみな訝しげな顔をするものの微動だにしない。何も面白い状況ではないはずだが、もしくは指名手配中の人間が目の前に二人もいることが可笑しいのか。レイランとフィリア―ナを聖都に突き出すことができれば、ユースには破格の報酬が払われることになるだろうから。


 「楽しそうね。わたしたちはちっとも笑える状況じゃないわ」


 フィリア―ナが目を細めながらそう言うと、ユースはくすくすと笑いながら「ああ、すみません」と謝った。


 「少しからかってみたらとんでもなく険悪な雰囲気になってしまいましたのでね」


 終始愉快そうなユースに、レイランは微かに憤りを覚えつつ首を傾げる。


 「からかってみただと?」


 「まあ今の状況なら無理もありません。他人なんて誰も信用できないでしょうからね」


 「どういう意味ですか」


 リミィナも警戒を怠らないままユースに問いかける。ユースはふっと射貫くような視線をやめると、レイランたちが見慣れた純粋で穏やかな笑顔に戻った。


 「あなたたちはこう思っているのでしょう。目の前のユースという男は、指名手配されている勇者一行を拘束すべく訪れた刺客である、と」


 「さすがは名探偵、おれたちの考えていることは丸わかりのようだ」


 レイランがおどけるような態度で吐き捨てるように言う。無論、この状況でレイランたちが考えていることなど誰にでもわかるだろう。皮肉を込めて放った発言だ。

 しかし、ユースはふっと小さく息を吐くと首を横に振った。


 「結論から言うと、私は刺客ではありません。鳥かごに囚われてしまった可憐な小鳥を解き放ちに来ただけなのですよ」


 紳士然とした態度を見ていたレイランにとっては意外なことに、胡散臭い言い回しで自身の目的を話してみせたユース。


 「意外とクサいセリフを吐くんだな、ユースさん。あなたがおれたちにとっての刺客じゃないと簡単に信じられるとでも?」


 レルトシアのキャラクターを完全に取り払ったレイランが、真意の読めないユースを探るようにそう口にすると、ユースはぽりぽりと自分の頭を指で掻く。


 「簡単に他人を信じない姿勢は大切です。あなたがたが私を完全に拒絶するというのであれば何もせずこの場から退きましょう」


 ユースは自らの首に下がっているペンダントのようなものを撫でるように触ると、「やれやれ」とため息をついた。


 「まあ本来はこうやって顔を合わせるのももう少し後にするつもりだったのですが、レルトシアさんと会ったことで予定が変わったのですよ。贈り物を渡しに来たと言ってもまだ調達できていない状況なので」


 「調達?」


 ユースの発言に疑問を抱いたレイランが目を細めて尋ねるとユースが頷く。


 「贈り物っていうのは何なのよ」


 フィリア―ナは突然発見された驚きと動揺ではじめはかなり緊張していた状態だったが、少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった。フィリア―ナの質問を聞いたユースがちらりと彼女の方に緯線を向ける。


 「言ったでしょう。きっと喜んでいただける素敵な贈り物とね」


 煮え切らない回答をされ、苛立たしげにちっと舌打ちをしたフィリア―ナ。しかし、リミィナが何かに気付いたようにはっとした表情をすると、警戒心に満ちた瞳でユースに向かって口を開いた。


 「もしかしてですけど、今のフィリア―ナさんにとってこれ以上にないほど必要なものを贈ろうという話ですか」


 どうやって、と不思議そうな色を伺わせながらも、リミィナは続けて言葉を発する。


 「例えば――スモールメから出るための封魔具、とか」


 レイランとフィリア―ナが驚いた表情でリミィナの方を向く。ユースは「ほう」と感心した様子でリミィナを見た。


 「一番察しが良いのはあなたですか、リミィナさん。あなたとは今を含めてまだ二回しか顔を合わせていませんが、とても賢そうな子だなと感じていましたよ」


 顎に手を添えて興味深いといった表情でリミィナを見つめるユース。


 「しかし、はて……リミィナという少女は勇者一行にはいなかったはずですが、どういった巡り合わせで彼らと一緒にいるのですかね」


 勇者一行とは、精霊術師レイラン、大魔法師フィリア―ナ、聖女スイ、そして戦士ヴォルクの四人である。彼らは今聖都より拘束令が発せられており、世界中のあらゆる場所、機関から狙われる立場にある。現在、勇者の味方になる勇気ある者――否、愚か者はほとんどいないと思われているが、ユースの目の前には確かに勇者側についている一人の関係ない少女がいる。スモールメでたまたまあった街娘というわけでもなく、スモールメに入るための列ですでにレルトシアなる男と共にいたところをユースは見ている。

 何も知らずに手を貸しているかといえばそういう様子はみられず、明確な意思を持って行動を共にしているようだ。加えて、リミィナは間違いなく賢いとユースは初対面時から感じている。愚か者の類ではないのだろう。


 「まあ、今はどうでもいいことですね。リミィナさんの言う通り、私は封魔具を調達してフィリア―ナさんに送って差し上げようと探していたのですよ」


 フィリア―ナが戸惑った表情を浮かべていた。


 「あんたが……? 何の意味があって」


 「何の意味? 封魔具がないと今のあなたはスモールメから出られないでしょう? 都市を覆っている結界を破れるほど規格外な力があるとは到底考えられないですし」


 呆気に取られたかのような顔で目を丸くし不思議そうにそう言うユースに対して、フィリア―ナはつい我慢できず大声を上げる。


 「あんたに何のメリットがあって、一体何を企んでいるのかって聞いてるのよ!」


 ユースは「ふむ」と考え込む仕草をする。そして、今までなかなか穏やかな笑顔を崩さなかった態度から打って変わり、おもむろに真面目な顔になると口を開いた。


 「色々事情が重なった結果ではありますが、一言で言うのであれば "ついで" です」


 「ついで……?」


 フィリア―ナが訝しげな顔で復唱する。


 「そうです。私は本来、魔法省に用がありまして、そのついでとして封魔具を持ってフィリア―ナさんとお会いする予定だったのですよ」


 レイランが一歩前に踏み出した。


 「魔法省に行くついでに封魔具を持ってこようとしてただと? 穏やかな話には聞こえないな」


 封魔具は外部の人間が軽い気持ちで持ち出せるような代物ではない。仮にも犯罪者として狙われている人間のために封魔具を持ってこようとしているのであれば、それは正規の手段による方法であるはずがないだろう。そんな人物が魔法省に用があるというのであれば、その用というのも意味深に感じられる。

 ユースは両手の平を肩あたりの高さで上に向けて肩をすくめた。


 「穏やかでない行動を予定しているのはお互い様でしょう。それに、別に荒事を起こそうとかそういう話ではありません。探し物をしに行くだけです」


 「贈り物だとか探し物だとか、話を曖昧にするのが好きなようだ」


 レイランが吐き捨てるようにそう言うと、ユースはにっと不気味に微笑んだ。


 「あなたがたに全てを説明しなければならない理由は特にないでしょう。隠し事があるのもまた、お互い様です」


 ぐっと口をつぐんだレイランから視線を外し、再びユースはフィリア―ナに目を向ける。


 「あなたたちにはあまり時間がないでしょうから簡単に尋ねることにします。私を少しでも信じていただけるのであれば封魔具の調達に協力しましょう。私を拒絶するのであればこれ以上話すことはありません。自分の目的を果たしてスモールメを去ることにします。どうしますか」


 真意を掴ませないまま選択を迫ってきたユースに対し、フィリア―ナは彼を睨みつけつつ黙り込んだ。協力してくれるというのであればそれに越したことはない。レイランやフィリア―ナに手を貸してくれる人間など今となっては貴重だ。しかし、フィリア―ナたちに手を貸そうとする理由がわからない。ユースはおそらくただの旅人なぞではなく、何か裏のある危険な人物であろうことは今までの言動を見て感じ取っている。

 彼を信じるだけでただで協力してくれるなんて気の良い話があるのか。見返りとして何かよからぬことを押し付けてくるのではないか。なにせ、魔法省で何かすることを企むような男なのだから。


 「……何か、厄介なことになっているみたいね」


 ふわっと風が吹いたような錯覚。どこからともなく少女の声が凛と響き、レイランとリミィナが思わずぱっと声の方へ顔を向けた。それを見たユースが「おや」と声を上げた。


 「ひょっとして監獄の偵察から帰ってきたのですかな」


 フィリア―ナはぴくっと眉を動かし二人の方に視線を向けた。ユースには正体を勘付かれているため、聞こえる者にしか届かない声に反応したのを見られたところで、レイランもリミィナも動揺はしない。


 「何か良い収穫でもありましたかね」


 精霊を視る力はないが、ユースはこの場に現れたであろうレイランの"相方"に質問を投げかける。


 「ユース……まるであたしに話しかけているように見えるけど?」


 怪訝そうな瞳でレイランを見つつミラーファがため息交じりにそう言うと、レイランはやれやれといった表情をしながら大げさに首を横に振ってみせた。


 「どうやら推理の達人だったらしくてな。隙を見せたつもりはなかったんだが見事にきみのことを言い当ててしまったのさ」


 レルトシアではなくレイランとしての振る舞いであることや、他人がいるのに堂々とミラーファと会話していることで疑う必要がない状況だと彼女はすぐに判断した。


 「そう。それで、今はどんな状況なのかしら」


 緊張感に満ちているものの一触即発というほど張り詰めた雰囲気ではないことを察知して、ミラーファは冷静に現状を尋ねる。


 「ユースさんを信じるならフィリア―ナの脱出を手伝ってくれるらしい。判断に迷っていたところだ」


 「人手が増えるならそれに越したことはないじゃない。スモールメから出るまでその男を信じてあげればいいというだけでしょう」


 あっけらかんと言うミラーファに、レイランは意外そうな顔になった。


 「きみが人間を信じてあげればなんて言うとは意外だ」


 「フィリが無事に都市を出るまでよ。協力してくれるというのなら口先だけでも信じるって言えばいいと思うわ。何か不都合があるかしら」


 「最後まで協力してくれるという保証がない。途中で聖都なり魔法省なりに売られる可能性があるだろう」


 「裏切られないはず、というところまで信じる必要はないでしょ。身の危うさはユースの力を借りても借りなくても変わらない。だったら手を貸してくれる可能性がある選択肢を取る方が微塵にでも成功の確率が上がるはずだわ」


 口をつぐむレイランをミラーファが見据える。リミィナは会話に割り込むことができず、口をぎゅっと結んで成り行きを見守っていた。ミラーファの声が聞こえないフィリア―ナはレイランの発言をもとにどのような会話がおこなわれているのかを推測しながら見ていたが、どうやらレイランが言いくるめられた形になったようだと判断した。同じく精霊の声が聞こえないユースもフィリア―ナと同様の判断を下し、満足そうな表情でレイランに声をかけた。


 「さて、話はまとまりましたかね」


 ユースの思惑通りに事が運ぶのは癪だと感じて彼を睨むレイランだったが、渋々という態度を隠すことなく頷いた。


 「ああ、ユースさんを少しだけ信用してみることにする。協力してくれるというのなら感謝したい」





 「結論から言うと、封魔具っぽいものは見つけたわ。宝石の埋め込まれた手錠みたいなもの」


 ミラーファが顎に手を添えながらそう報告すると、レイランとリミィナが彼女に迫るようにして驚きの表情を浮かべた。


 「本当か! でかしたぞ」


 「さすがミラーファさん」


 二人の反応を見て良い内容の報告をしていると察したフィリア―ナは目を丸くしながら息を呑んでいる。ユースは含みのある微笑みを浮かべたまま三人を見つめていた。


 「宝石の埋め込まれた手錠を見つけたらしい。封魔具ってのはそれか?」


 レイランがフィリア―ナとユースの方に向き直って尋ねると、二人は同じタイミングでこくりと頷いた。


 「罪を犯した魔法師の魔力を封じ、抵抗できないように拘束しておくための監獄の封魔具です。間違いないでしょうね」


 ユースがそう言うと、フィリア―ナは緊張した様子で腕を組む。


 「わたしは実物を見たことがあるわけじゃないから確信を持って正しいと言えるわけじゃないけど……」


 「大丈夫ですよ。彼の相方が仰っているもので合っていると思います」


 自信たっぷりに断言するユースを不審に思いながらも、レイランたちはひとまず何も言及することなくミラーファの報告の続きを促した。


 「あたしも本物か確認しようと思って実際に収監されている魔法師に付けられている手錠を見てみたけど、みんな同じものを付けられていたわ。ユースの言う通り、封魔具はあたしが見つけたもので間違っていないと思う」


 「……そうか。おれたちが忍び込んで盗み出せそうな場所にあったのか?」


 ミラーファも確認したらしいというのを聞いて一旦納得したレイランが今度は保管場所の位置を確認すべく質問する。すると、ミラーファは眉間に皴を寄せて渋い表情を作った。


 「囚人がいるのは四階から上の層で、肝心の封魔具の保管場所は地下。階段は見つからなかったんだけど、人間が乗り込むと上下に動く箱のような移動装置で下層に行く仕組みになっているみたいね」


 それを聞いたレイランとリミィナが首を傾げた。


 「階段が無い? その箱とやらを使わないと階を移動できないということか」


 「魔動車みたいな、スモールメ独自の技術なのかも。私も聞いただけじゃ全然イメージできない」


 ハテナが可視化されて頭の上に浮かんでいるような様子を見せる二人を見て、フィリア―ナがきょとんとした顔で「ねえ」と割り込む。


 「もしかして、昇降機の話してる?」


 ぱっと二人がフィリア―ナの方を振り返る。知っているのかと一瞬驚いた表情になるも、フィリア―ナがスモールメの人間であることをすぐに思い出した。


 「昇降機……?」


 リミィナが不思議そうに尋ねると、フィリア―ナは目を点にして驚いた。


 「あんたたち、昇降機知らないの? 建物の中で上の階と下の階を行き来するのに使う装置よ。そこまで珍しいものじゃないと思うけど」


 「フィリはスモールメ出身だから馴染みがあるだけだろ。見たことも聞いたこともない」


 そんなことも知らないのかと呆れられてしまったレイランがむっとした顔で反論すると、ユースは興味深そうな顔で自分の顎を撫でた。


 「私も馴染みがある立場なので知らない方がいるなんて驚きましたが――確かに昇降機は魔法か完全な人力で動かすかくらいしか運用する方法がなさそうですし、縁のない地域で育った方は使う機会がなかったのかもしれませんね」


 ユースにまで知らないのは珍しいとばかりに驚かれ、レイランは不機嫌な表情を浮かべた。しかし、そんなことで一喜一憂している場合ではないことは重々承知しているので、すぐに本題に戻る。


 「聞いている感じ、その昇降機っていうのは魔法で動かしている装置なんだよな? 魔法師じゃないと使えない代物なのか」


 昇降機がないと階を移動できないというのであれば、昇降機無しでは封魔具が保管されている場所に辿り着けないということだ。移動手段が無くなることを危惧していたレイランだが、フィリア―ナは何事もないかのようにふるふるとかぶりを振った。


 「そんなことないわ。魔法で動いているというだけで、乗る人間が動かすわけじゃないもの。魔動車と同じようなものよ」


 リミィナはともかく、レイランは魔動車に関してもスモールメに来て初めて知った。それと同じようなものと当然のように言われても、そういう仕組みかと納得できる内容ではない。とはいえ、昇降機なるものがどのようなものかをざっくりと理解したレイランは、そのまま話を次の段階に進める。


 「その昇降機とやらを使えば封魔具のある保管場所まで行けるんだな」


 「ええ。警備や巡回の魔法師をかいくぐることさえできれば、実際そこまで苦労しなくても辿り着けそうではあったわ。ただ……」


 保管場所を見つけ、そこまでの道のりも確認できたというのに、未だに浮かない顔を崩さないミラーファに、レイランが疑問を抱いた。


 「ただ、どうした」


 ミラーファが口を開く直前、様子を伺っていたユースが訳知り顔で会話に割って入った。


 「保管場所に結界が張ってあって人間は入ることができない、そういうことでしょうか」


 まるで精霊との会話が成立していると思えるほどぴったりなタイミングでそう言うと、ユースに見えないことを承知の上でミラーファはこくりと頷いた。


 「彼の言う通り、あたしにもわかるくらい頑丈そうな結界が保管場所の扉に張られていたわ。精霊には影響しないからあたしは問題なく中に入れたけれど、あれをどうにかしないと人間は入れないわね」


 ミラーファが終始渋そうな表情なのはそれが理由であった。保管場所の扉には厳重な結界が張ってあり、それは恐らく許可のない者の立ち入りを確実に拒むためのものだ。過去、監獄の封魔具を奪ってスモールメを脱出した犯罪者がいたという話はレイランも聞いている。その件もあり、特に厳しく管理しているのだろう。

 レイランは精霊とコミュニケーションをとれない二人に対し、保管場所へのルートを改めて悦明した後、保管場所の結界について聞かせた。ユースは「やはり」とでも言いたげな顔で大きく頷き、フィリア―ナは一層険しい表情を浮かべていた。


 「結界というのはおれの力でどうにかできるものなのか?」


 何やら監獄の事情を知っていそうな言動を見せるユースにレイランが尋ねると、ユースは「残念ですが」と淡々と返答して首を横に振った。


 「結界というものは基本的に魔法師による専門的な技術なので、魔法師ではない人間にどうこうすることはできません。結界を吹き飛ばすほどの魔法をぶつけるか、開錠具となっているものを使った正式な方法で解除するくらいしか、結界を取り払う術はないのです」


 ほかに有効な方法があるのでれば、監獄の攻略を考えるまでもなくフィリア―ナが自力でスモールメから結界を破って出ているだろう。そう簡単に突破できるのであればわざわざ結界など展開しない。


 「小さな穴でも通っていれば、私が動物にお願いして取ってきてもらうこともできるけど……」


 動物との意思疎通を可能とするリミィナの力。その能力は直近においてもスモールメ中を逃げ回るフィリア―ナの発見に大きく貢献した。しかしながら、今回ばかりは有効な手段とはいえない。


 「通っているとしてもせいぜい換気口とかだろう。封魔具を外まで持って行けるルートと通過させられるほどのスペースが絶対にあるとはいえない。それに、そもそも封魔具の運搬を確実に可能とする小動物がいない」


 仮に動物を頼りにするといっても、彼らは決して万能なわけではない。知能や各々の持つ能力にも限界があるし、リミィナがおこなっているのはあくまで意思の疎通であり服従させる術の行使ではないのだ。人探しくらいであれば難なくこなせるとしても、特定の物を人目に付かないように適切なルートで持ってくることなど、成功する確率は如何なるものだろうか。途中で断念されてどこかのダクトの中にでも放置されてはかなわない。


 「やっぱりわたしも行くよ。魔法師がいればなんとかできるかもしれないわ」


 迷いながらもフィリア―ナがそう提案したが、それにはレイランが首を横に振って拒否する。


 「フィリが捕まったら何もかも失敗なんだ。わざわざ監獄に近づくリスクをおかす必要はない」


 「でも、封魔具を取りに行くことができないんだったら私たちが今考えている計画だって何も進まないでしょ。レイランの力で無理なら、わたしも一緒に行った方がちょっとだけでも可能性が広がると思うわ」


 監獄の構造は把握できた。封魔具の場所も知ることができた。しかし、そこに辿り着く手段がないのであれば作戦は破綻する。

 レイランとリミィナは魔法師ではないため、開錠具無しでは結界を突破することは不可能。開錠具の場所はわからないため、また一からありそうな場所を手当たり次第に探さなければならず、その分フィリア―ナが捕まる危険が大きくなっていく。

 ミラーファは精霊であるがゆえに結界など関係なく封魔具の場所まで容易に行くことができるが、精霊であるがゆえに封魔具を持ち出すことができない。人間界の生物、物体には決して触れることができないからだ。

 フィリア―ナであれば結界を何とかすることができるかもしれないが、レイランの言う通り監獄に近づくことは大きなリスクが伴う。もし監獄の中に進入することができたとしても、そこから封魔具を持って無事に帰ってこられるかどうかは保証されない。監獄内で魔法師たちに囲まれてしまえば逃げ道などないのだ。


 一際大きな風が吹き、周りの草木がざっと揺れる。すっかり話し込んでいるが、すぐ近くまで追っ手が迫ってきているのだ。決定し行動しなければならないタイムリミットは刻々と迫っている。

 じわじわと焦りを募らせていくレイランの視界の端には紳士然とした男が、場違いなほど穏やかな表情で佇んでいる。はて何をそんなに焦っているのか、そこまで大きな問題ではないというのに、とでも言いたげな涼しい顔だ。


 「一応あなたにも意見を求めてみようと思う、ユースさん」


 目的の違うユースにとってレイランたちの焦りなどどうでもいいのだろうことは百も承知だが、余裕な態度を崩さない彼に思わず苛立たしさを滲ませてレイランが尋ねると、待ってましたとばかりににやっとした笑顔を見せた。


 「私の存在を忘れてしまったのかと思いましたよ。信じていただけるなら協力すると言ったでしょうに」


 やれやれと肩をすくめるユースに、レイランがそのまま「何か良い案でも?」と重ねて問う。


 「あなたがたの目的を理解したうえで協力しますと言ったのです。無策なわけがないでしょう」


 そう言ってユースは自分のズボンのポケットに手を入れると、何かを握りしめて取り出した。レイランたちに向かって手を突き出し、握った拳を開く。中には紫色の小さな石がはめ込まれた指輪が乗っていた。


 「……これは?」


 レイランが不思議そうな顔でそれを覗き込む。レイランの隣で指輪を視界に捉えたフィリア―ナが、はっと息を呑んで目を見開いた。


 「まさか、封魔具?」


 「何?」


 「えっ?」


 フィリア―ナの言葉に、レイランとリミィナが驚きのあまりつい声を漏らす。ユースは満足そうな顔で大きく頷いた。


 「さすがは大魔法師と呼ばれる才女。一目でわかりますか」


 ユースは指輪が乗っているのとは反対の手でひょいとそれをつまみ上げると、三人に向かって良く見せるようにさらに彼らに近づける。


 「先に言っておくと、魔法師が結界に触れずにスモールメを出られるような効果はありません。確かに封魔具の一種ですが、明確な目的が設定された指輪であり、関係者の間では開錠具と呼称されているものです」


 ここまで言えばわかるでしょうとぎらついた瞳をレイランに向けながら、ユースは言葉を続ける。


 「とある場所の出入りを制限している結界を通るための指輪――すなわち、封魔具の保管場所の鍵です」

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