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紅き耳環の祈り人  作者: 叶 玄
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第19話 魔法都市スモールメ⑧ 迫る人影

 広大な魔法都市スモールメの中心には、高くそびえたつ一際大きな建物がある。一目見ただけで特別だとわかる煌びやかな装飾、周辺には厳重な警備を張り巡らせる白いローブを纏った魔法師たち、不可視ながらも非魔法師でもわかるほど何かの力を感じ取ってしまう何重にも張られた結界。スモールメのあらゆるものを一括管理している機関、魔法省である。

 そこから数キロメートル離れたところには、魔法省とうって変わり無機質な黒に染まった建物が静かに存在している。外からでは確認できないが建物内にはさぞ強固な警戒態勢が敷かれているだろうその場所は、外敵の襲来は想定していないのか、はたまた例にならって結界に対して充分な信頼を置いているのか、建物外には数人の魔法師が立っているだけである。スモールメで罪を犯した者が捕らえられている監獄である。

 その監獄から少し離れた場所に、レイランはひっそりと立っていた。あまり近くで観察していると警備の者に怪しまれてしまう可能性があるため、たまたま近くを通りかかりつい気になって立ち止まってしまった一人の旅人を装っている。

 一見、中に入り込むのには苦労しなそうな警備だ。否、一般の市民やいたずら好きの子供であれば到底不可能であろうが、レイランにとっては少々甘い警戒に感じてしまう。結界の知識はあまり持っていないため、レイランが予感することもできない結界、例えば触れるだけで行動不能になってしまうような凶悪な結界が張ってある可能性もゼロではない。

 ただ、結界とは案外器用なものではないらしいとレイランは聞いたことがある。魔法師に作用させるのであれば特定の人物に効果がある結界を施すことも可能であると言うが、これは特定の魔力に反応するように構築するのは魔法師にとってそれほど困難なことではないからだ。一方で、魔力を持たない人物を指定することは非常に困難であるという。

 非魔法師を選んで弾くのであれば人間そのものを寄せ付けない結界を張る方が簡単らしいが、さすがにあらゆる人間が近寄れなくなる結界なんて監獄には張らないだろう。せいぜい、"許可"のない人間が入ったら作動する警報の役割を持った結界が張られているくらいだろうが、その程度であればレイランも想定済みである。解除する術を彼は知らないが、侵入を検知されるだけであればどうとでもなるというものだ。


 「……正面突破が正解か?」


 顎に手を添えて眉間に皴を寄せるレイラン。どこから入っても侵入が検知されてしまうのであれば、経路がわかりやすいであろう正面口から入るのが効率的だ。レイランは別にスパイでもなければ、どこか遠くの国に存在するといわれるシノビでもない。誰にも気づかれずに遂行できるような隠密スキルは持ち合わせていないのだ。


 「力技、かつ短時間での突破と脱出。ヴォルクあたりが得意そうなことね」


 レイランの頭上では、レイランと同じく悩ましい顔をしたミラーファが、頬に手を当てながら監獄を見つめていた。レイランは肩をすくめつつ彼女の言うことに「ああ」と同意する。


 「第一、封魔具がどこにあるかわからない。手あたり次第探してる時間なんてないだろうし、せめて場所のアタリだけでもつけられれば……」


 監獄など、普通に生きていればまず近づくことはない。監獄に詳しい知り合いなどいるわけもなく、中の構造を知らなければ封魔具が保管されていそうな場所の心当たりもない。観光地ではないため館内マップなるものがあるわけでもなく、まさか警備の人間に教えてもらうわけにもいかない。


 「道具の保管庫みたいな場所があればそこかもしれないけど、簡単に手に取れるほど杜撰な管理はしてないでしょうね。いっそ、囚人を解放してそいつに付いてる封魔具を貰っちゃえばいいんじゃないかしら」


 「まあ、それも一案ではあるな。囚人を解放することには抵抗があるが、封魔具は確実に手に入るだろうし」


 勇者だとか世界の英雄だとか持て囃されてはいたが、レイランは聖人君子なわけではない。世界中から狙われている身ともなってしまえば、いざという時は囚人の一人くらい解き放つことは選択肢の一つとなり得る。無論、もし本当にそんな展開になってしまった際にはなるべく危険の少ない人物を選ぶつもりではあるが、せめてもの良心というものに過ぎない。脱獄の手引きなど、到底許されるような行為ではない。


 「脱獄を手伝ったとなれば、さすがに事情を悦明したところで言い逃れできなくなりそうだけれど」


 ミラーファが何とも言えない苦笑で首をふるふると横に振ると、レイランは「はっ」と乾いた笑い声を漏らした。


 「間違いない。あくまで最終手段だな」


 監獄への無断侵入と備品の窃盗だけでも充分言い逃れは苦しそうだが、実際に犯罪を犯して収監されている危険人物を解き放つとなると結構大きくネガティブなランクが上がる気がする。

 少しでも穏便に事を進めたいのがレイランの本心だ。


 「……おや?」


 不意に背後から声が聞こえ、レイランがはっと振り向く。渋くて良い声の持ち主、そして紳士のような男がレイランの後ろに立っていた。すでに数回会っており、もう不安に感じずに何者か理解できる人物だ。


 「レルトシアさんではないですか。こう何回も会えるとは思ってもみませんでした」


 「ユースさん」


 ユースがにこやかな笑顔で話しかけると、レイランは驚いた表情で応える。もっとも、仮面のせいでレイランの見開かれた眼にユースは気付かないが。


 「このようなところで何を? さてはレルトシアさんの探している方がすでに収監済みの人物だったとか」


 憐れむような視線でそう言うので、レイランは苦笑いで首を振って否定した。


 「違いますよ。それに、探していた人には奇跡的に会えました」


 当然フィリア―ナの名前は出さずにそう報告すると、ユースはわかりやすく驚いたような表情になった。


 「本当ですか、それはよかった。情報なんてほとんど無いに等しい状態でしたでしょうに……あなたには運命か何かを引き付ける才能が秘められているのでしょうかね」


 「大げさですよ……ああ、私はすでに信仰があるので勧誘でしたら勘弁願いますよ」


 信仰とはリミィナが捏造したマルリの宗教であって、実際にレイランが信仰している宗派は今のところ存在しない。強いて言えばミラーファ、ということになるだろうか。毎日祠で祈り続けた末に出会った精霊だと考えれば、信仰の対象といっても大きな間違いはない。もちろん、ミラーファを信仰しているなどとレイランはまったく思っていない。


 「私も特別信じている神などはいませんよ。むしろ、信じられるのは己のみ、という考え方の方が性に合っています」


 ユースが若干眼を鋭くさせて、だが笑みは絶やさずにそう言った。意味深にも取れるその発言にレイランは少し違和感を覚えたが、それ以上気にするのは控えた。実はこの紳士然とした貴族のような男も過去に何かしら大きな出来事を経験し、冷静ではない一面を隠し持っているのかもしれない。

 他人をすぐに信用するような軽い男には見えないものの、自分しか信じないと言い切るほど強い信念を持っているとも思っていなかったので、レイランは少し意外に感じた。少し失礼な偏見かもしれない。


 「散策がてら目立つ建物を見に来てみたのです。近づくのは抵抗がありましたので、遠巻きにですが」


 何をしていたのかという問いに答えたレイランだが、逆にユースはここで何をしているのか。この辺りは魔法省や監獄といった都市の機関が集まった区画であり、特別面白い施設などはないはずだ。ユースも誰かを探している様子だったが、居住区域が近くにあるわけでもない。


 「ユースさんこそどんな御用で? あなたもどなたか探していたはずですが」


 ユースはにこっと笑って、レイランが歩いてきた方とは逆の方向を示して返事をする。


 「一応、孤児院の方を見ておこうと思いまして」


 ユースが探しているのは女性であり、孤児院出身であるとは前に言っていた。いうなれば実家を訪ねたようなものなのだろうか。ユースの年齢は知らないが、孤児院にいる選択肢があるような人物を探しているとすれば、彼にとって娘くらいの年頃の少女を探していることになる。


 「孤児院の世話になるような年齢の方なのですか」


 どのような人間を探しているのか見当もつかないレイランは思わず怪訝な表情になりながら質問した。ユースは気分を害したような様子もなくかぶりを振った。


 「彼女はとうに孤児院を出ています。あなたの旅に同行しているというリミィナさんとそれほど変わらないくらいの年齢だと思いますよ。それに、その孤児院はすでに閉鎖されていて生活している子供も管理していた人間もいませんでした」


 リミィナと変わらない年齢となれば、レイランの少し下くらいか。リミィナの正確な年齢は把握していないが、彼よりも少し年下であるフィリア―ナと変わらないくらいだろうとレイランは考えている。少なくとも年上でないとは彼の中で断言している。

 すでに孤児院が閉鎖されているということは、ユースの探している女性は引き取ってくれる人間を見つけてどこかで生活しているか、フィリア―ナのように教育機関に引き抜かれたかしたのだろう。あるいは、家なき子となってかつてのリミィナのように放浪しているか。

 放浪の身になっていないのであれば、スモールメの住民情報を管理している場所で聞いてみればある程度の居場所がわかるのではないだろうか。たとえば、魔法省のような。


 「魔法省でその方のことを聞いてみるのはいかがですか。スモールメにいるのであればある程度どこにいるかは絞り込めそうなものですが。もしスモールメから出てしまったとしても、それはそれでスモールメにはいないことがわかるじゃないですか」


 魔法省の煌びやかな建物に視線を向けながらレイランがそう提案してみると、ユースは「はは」と何故か笑い声を漏らした。


 「……何か?」


 笑われるようなことを言った覚えはレイランにはない。少し機嫌を悪くしつつレイランがユースの方に向き直ると、ユースは「いえ」と手の平をレイランの方に向けた。


 「申し訳ない、特に悪気があったわけではないのです。実は探し人の居場所には見当がついていまして、今は巡り会える機会を待っている段階なのですよ」


 「?」


 いまいち的を射ないことを言うユースにレイランは眉を顰める。仮面で見えていないはずだが、ユースはレイランの表情と感情を察したようだ。


 「とにかく、そろそろ会えそうだということです」


 含みのある表情で端的にまとめたユースは、首に下がっているペンダントのようなものを触りながら監獄を一瞥した。何となく訳ありっぽいのは察することに容易だが、それはレイランも同じようなものである。自身を詮索されたくない代わりに、他人のことも深く知ろうとしない。今はそうした方が良いだろう。


 「とにかく、私たちは目的を果たした、あるいは果たせそうということですね。言ってしまえば会ったばかりの他人ですが、お互い良い結果を迎えられたことは喜ばしいことです」


 レイランがそれ以上に突っ込まずそう言うと、ユースは「ええ」と返事して頷いた。


 「他人とはいえ、私たちにはきっと何かの縁もありましょう。何かあった時は協力しますよ。困難にぶつかったとしても、人手が増えれば成功するということも多々あります」


 ユースの優しい言葉にレイランはにこやかな笑顔で応えた。監獄に忍び込んで封魔具を奪ってくる方法でも聞いてみようかと思わなくもないが、スモールメの住民でもない人間に聞いたってわかるはずもない。


 「もしもの時はお願いします」


 形式的にそう返事をしておき、レイランは会釈をしてその場を離れた。ユースは穏やかな微笑みを浮かべたまま、レイランの背中をじっと見つめ続けていたが、レイランは振り返ることもなくやがてユースの視界から外れた。




 「リミィナは同じ場所にいるわ。まだ魔法師に捕捉されてないのかしらね」


 ユースと別れて少しした頃、ミラーファがこめかみに自身の指を立てながら口を開いた。精霊術師の素質があるリミィナの気配はすでにミラーファが検知できるようになっているようだ。フィリア―ナの気配は察知できないが、この状況で別行動をしているとは考えられないため、一緒にいると思っていい。ずっと同じ場所に留まっているということは、まだ追われるような危機的状況になっていないということである。


 「あの場所に隠れてから一日も経っていない。しかもちょっとやそっとじゃ見つからないように細工もしてあるし、人が寄り付くような場所でもない。急がなきゃいけないことに変わりはないが、まだ少し猶予があるとおれは思ってる」


 何日もそこにフィリア―ナを滞在させるわけではない。方針が――というより意志がかたまり次第、レイランたちはすぐにでも行動を開始するだろう。


 「今日実行するの? まだほとんど作戦なんて決まっていないけど」


 「すぐにでも動きたいのはやまやまだけど、このままじゃあ本当に捨て身の正面突破になりかねない。せめて監獄の中の構造だけでも把握しておきたいところだが……」


 スモールメの街中をずんずんと進みながらそう言うレイランだが、監獄内を把握するための方法について心当たりはない。面会のやり方やどのような囚人が拘束されているかとかであれば特段疑問も持たれずに答えが聞けるかもしれないが、封魔具がどこに保管されているのかなどと聞いたら一気に怪しまれるに違いない。メルベル曰く、過去に封魔具が奪われてそのまま犯罪者に逃亡されてしまった事件があったようだし、再発防止の意図もあって極めて厳重に保管されていることだろう。そのような機密を外部の人間に教えてくれるはずもない。


 「あたしが見てこようか」


 ふと思いついたようにミラーファが提案した。それを聞いたレイランはぴたっと足を止めて上空を見上げる。目から鱗といった表情でミラーファを見つめた。


 「……その手があった」


 スモールメの結界は精霊には作用しない。壁や格子といった障害物は精霊にとっては無いのと同じであるし、侵入を気付かれることもほとんどない。

 仮に視える人間に気付かれたとして、精霊がいることを不思議に思う者はいないだろう。精霊という存在はいつどこにいてもおかしくないというのが精霊を知る者たちの共通認識だからだ。

 人間界の物体に触れることはできないので封魔具を取って帰ってくることはできないが、何者にも見つかってはいけない場所の下見に向かうにはうってつけの存在だ。

 ――もちろん、監獄の中を探ってきてとお願いされて従う精霊などほとんど存在しない。彼らは気まぐれかつ人間界には無関心であり、興味の無いお使いを引き受ける精霊なんてそうそういないのだ。つまるところ、レイランとミラーファの関係だからこそ可能となる手段である。


 「頼んでもいいか?」


 「あたしが下見することで少しでもレイランのリスクが小さくなるなら断る理由はないわ。せっかく近くまで来ているし、今から少し行ってくる。レイランは先に戻っていて」


 胸を張って得意げな表情で言うミラーファを微笑みを浮かべながら見ていたレイランは、頼もしい目の前の精霊に軽く手の平を向けた。


 「本当に助かる。リミィナとフィリのところで先に待ってるよ」


 ミラーファはウインクを一つレイランにすると、颯爽と空中を滑るように監獄の方へと向かっていった。あっという間に姿が見えなくなると、レイランは再びリミィナたちの待つ広場がある方角へと足早に進み始めた。


 リミィナとフィリア―ナが潜伏しているであろう広場に向かう途中で何度か憲兵の集団とすれ違った。未だ決定的な手掛かりは掴めていないようで、「あの区画のどこかにいるはずなんだが……」といったことを言っているのをレイランは何度か聞いた。魔力探知によって大体の居場所は察しているものの、細かい場所までは追えていない様子である。

 ただ、憲兵の言う通りなかなかに近い場所までは絞り込めているようで、広場に近づくにつれて憲兵とすれ違う機会が多くなっていった。細い路地や下水道への入り口、数多の隠れられる場所など選択肢が多いが故に絞り込めていないというだけで、そう時間が経たないうちにあの広場でも本格的な捜査が始まってしまうかもしれない。

 レイランは少し焦りを感じながら早歩きで憲兵のそばを横切り、目的地へと向かった。幸い声をかけられるようなことはなく、邪魔は入らなかった。

 広場は何も変わらず生い茂った草木に覆われており、人が出入った形跡は見られない。もしかすると何者かが広場に辿り着いた可能性もなくはないが、レイランたちが細工した反対側へと続く道に向かって一直線に進んだと思われる。道外れの草木がかき分けられた様子は見受けられなかった。

 ちらりと後ろを確認し、誰も来ていないことを確認してからレイランは茂みの中へと進入する。ミラーファがいるときは彼女が一通り警戒してくれるので追っ手が来ていたとしても気付くことができるが、ミラーファは現在監獄の中を探っている途中なので、レイラン自身が注意深く警戒しなければならない。

 茂みの中を深くまで進んでいき、例の魔動車のもとまで辿り着く。劣化して透明度が限りなく落ちた窓を数回叩き、「レイランだ」と声をかけると、数秒後に「無事よ」とくぐもった声が返ってきた。魔動車の壁は音の通りが悪いとみえる。

 レイランが錆びて重くなった扉をぎぎっと開けると、少女二人が身を寄せ合うようにして座席の上で座っていた。フィリア―ナと共にリミィナも中で待機していたらしい。


 「何か収穫はあった?」


 フィリア―ナが車内から外を伺い覗くようにしてレイランの姿を確認しつつそう尋ねる。レイランは口をへの字に曲げて「うーん」と唸った。


 「これといってわかったことはない。ただ、今ミラーファが監獄の中をお忍び観光している最中だ」


 「なるほど……」


 リミィナが車外をきょろきょろと見回しながら納得した。ミラーファが一緒にいないことを不思議に思っていたらしい。


 「結論から言うと、誰にも見つからずに侵入して、封魔具を見つけて帰ってくるというのは難しそうだ」


 「――部外者を検知する結界は張ってあるだろうし、正面以外に入り口はないものね」


 レイランが顔をしかめながら報告すると、フィリア―ナは顎に手を添えながら考え込む。魔法師としても、監獄に結界が張られていることは容易に想像がつくようだ。


 「どこかに少しでも警備の穴があればそこを突くこともできるだろうが……外の警備自体は案外少ないように見えたし」


 「無理ね。孤児院の子供が探検ごっこで入り込んだとしても、すぐにでも見つかってしまうもの。許可されていない人間を敏感に察知する結界が張ってあって、すぐに駆け付けられるように魔法師が中で待機しているのよ。人の目で見張るよりも、結界で守っていた方が監視できる範囲が広いし取りこぼしも少ないから」


 迷うことなく言ってみせるフィリア―ナに、レイランは「おや」と視線を向ける。


 「詳しそうだな。監獄の世話になったことでもあるのか?」


 冗談めいた口調で尋ねるが、フィリア―ナは至って真面目な顔で「ええ」と頷いた。


 「孤児院の近くで面白そうな場所って言ったらあの監獄くらいだもの。よく忍び込もうとして怒られてたのが懐かしいわ」


 今思えば馬鹿なことをしていた、とでも言いたげな苦い表情でそう言ったフィリア―ナだが、レイランは目が点になっていた。


 「……監獄のすぐ近くに建っている孤児院か?」


 ユースが訪ねていたと言っていた孤児院だ。彼の探している女性がいたという――。


 「ええ。ああ、言ってなかったかしら、わたしは第一孤児院の出身なのよ。もう潰れちゃってるけどね」


 第一孤児院と言われてもレイランにとってはまったくピンと来ないが、おそらく魔法省をはじめとした行政機関が集まる区域から最も近い孤児院なのだろう。一号店みたいなものか。


 「どうして潰れちゃったんですか?」


 リミィナが首を傾げながら質問すると、フィリア―ナは「さあ」と言って両手の平を上へ向けた。


 「詳しいことは知らないけど、わたしが出てからそう長く経たないうちに閉鎖されたって聞いたわ。先生――まあ平たく言えば孤児院の管理者ね。その先生が突然失踪しちゃったらしくて、それが原因だって噂を耳にしたくらいね」


 管理者がいなければ孤児院はまわらない。子供たちだけで身の回りのことができたとしても、資金運用や食料調達といった運営面までは手が届かないだろう。


 「それって……子供たちは?」


 リミィナが曇った表情で聞く。管理者が突然いなくなったのら、そこで生活していた子供たちはどうなってしまったのか。育てていたのは管理者だけでなく他の大人もいただろうが、孤児院が閉鎖しているという事実がすでにある。


 「孤児院を出てからは誰にも会ったことないから、みんなが今何しているかは知らないの。当時は仲良かったけど、わたしはみんなより先に教育機関に引き抜かれちゃったし、最後に会ってから十年は経ってるし、案外今会っても誰かわからないかもしれないわね」


 そっけないとも取れる言い方だが、素直な意見なのだろう。レイランだって、十年以上あってないかつての友人など会ったところで初対面と大差ない。


 「孤児院は第一だけじゃないから、もしかしたらほかのところに引き取られたのかもしれないわ」


 そう言うと、車内の奥にいたフィリア―ナが、開いた扉側にいるリミィナの肩をちょいちょいとつついた。外に出たいから一度どいてという意思表示だと察したリミィナは慌てて魔動車の外に出る。続けて「ありがと」と呟きながらフィリア―ナも外に出てきた。

 日はまだ空の高いところに位置しており、夕方になるまでは時間があるが、差し込む陽差しを絞っている頭上の吹き抜けと、背が高く生い茂る草木たちによって、レイランたちのいる場所はすでに陰ってきている。貴重な日光を少しでも浴びるため、リミィナとフィリア―ナは同じタイミングで大きく伸びをした。


 「ところで、参考までにフィリに聞きたいことが二つある」


 聞こうと思っていたことは本来一つだったが、さきほど彼女が話した幼少期のエピソードを聞いて一つ加わった。フィリア―ナは「なに?」とレイランの顔をちらりと窺う。


 「監獄に忍び込むっていう悪ガキエピソードを聞かせてもらったが、監獄の中がどんな構造になってるか何か知らないか?」


 現在ミラーファが探索中だが、フィリア―ナからも念のため話を聞いておく。悪ガキというのは妙な悪知恵を思いつくものだ。ばれにくい侵入経路などを知っていてもおかしくない。

 しかし、フィリア―ナは淡々と首を横に振っただけだ。


 「言ったでしょ。結界があってすぐに警備に見つかっちゃうのよ。建物の中に入れたことなんて一回しかないわ」


 一度、建物の中への侵入を成功させている。それを聞いたレイランはフィリア―ナに向かって身を乗り出すように迫った。


 「入れたことがあるのか」


 「……あるけど、参考にはならないと思うわよ」


 距離を詰めてきたレイランに対しぎょっとするでもなく、慣れたものだと呆れた表情でじとっとした目で応じるフィリア―ナ。レイランは顔を突き出したまま続きを促すように口をつぐむと、フィリア―ナは一歩後ろに下がってから思い出すような顔をして頬を指で掻いた。


 「わたしたちは悪戯してはよく怒られてたような世話のかかる子供ばかりだったけど、一方で顔も覚えられてて警備の人たちに可愛がってもらっていたの。ある日、わたしたちが警備の人たちと談笑していた時に、こっそり監獄の許可証を盗った時があって――」


 監獄の結界に反応しなくなる、入場許可証なるものを監獄の関係者たちは携帯しているらしい。ある日、作戦を思いついた幼きフィリア―ナたち一派は、警備と楽しく談笑しているなか隙をついてその許可証を抜き取ることに成功したという。


 「許可証ってのはなんだ」


 「わかりやすく許可証って言ってるけど、実際は石の埋め込まれた指輪ね。結界の探知に引っかからないようにするための封魔具の一種よ」


 「封魔具だって? じゃあそいつがあればスモールメから出られるのか?」


 希望を持ってそう尋ねるレイランだったが、フィリア―ナは冷静な表情でかぶりを振った。


 「いえ、あくまで監獄の結界が無効になるだけ。スモールメの結界には効果ないと思うわ」


 フィリア―ナは魔法に関してスペシャリストだ。彼女が効果なしと判断しているのであれば、実際にそうなのだろう。リミィナも一瞬望みを見出していたようで、すぐに落胆したような表情に変わる。


 「それなら仕方ないか……。だけど、監獄に入れる可能性が大きく上がるな。よく指輪なんて気付かれずに盗めたな」


 「当時は警備の意識も甘くてね。指に付けないでポケットに入れてる人が多かったのよ。わたしたちもそれを知ってたから意外と簡単に盗れたってわけ」


 検問所の人間といい、スモールメの住人は基本的に大雑把というか、気楽な性格の人間が多いのだろうか。レイランは苦笑を抑えきれずに肩をすくめた。


 「それで、確かに結界にはばれずに建物の中に入ることに成功したの。まあでも、結局はただの悪戯好きの子供たちだったというか、すぐに中の魔法師に見つかっちゃって」


 警備員の許可証を奪っちゃえと大胆かつ能天気な作戦を立てる彼らだ。音を立てない忍び足、警備の目を避ける隠密行動、そういったことに無邪気な子供たちが気を付けるわけもなく、あっさりと見つかって捕まってしまったという。その後は監獄の魔法師、そして先生にこっぴどく叱られてしまったという話だ。


 「指輪を取られた警備の人は、それはもう厳しく怒られたらしいわ。身寄りのない子供たちに優しく振舞っていただけなのに……わたしが言う資格はないけど、可哀想なことね」


 しゅんとした表情で肩を落とすフィリア―ナ。確かに指輪を盗んだ張本人なので憐みの言葉を吐いても「誰のせいだ」と突っ込みが入るものだが、今はしっかりと反省している様子だ。


 「なるほどな……だが、その指輪を盗んで侵入するという案は使えるかもしれない」


 レイランは幼少期の微笑ましいエピソードを聞いているような表情は一切浮かばせておらず、目を細めて腕を組んでいる。


 「何年も前の話よ。わたしたちのせいというのもあるかもしれないけど、今は全警備員に着用必須の命令が出ているはずだわ。スリの名人でもあるまいし、こっそり指輪を奪うことなんて無理よ」


 難しい顔でフィリア―ナが否定的な態度を見せる。確かに、指についているアイテムを勘付かれずに盗むスキルなど、レイランは持ち合わせていない。


 「この際、ばれずにやらなくてもいい。気絶させるか拘束しておくかして、少しの間拝借できれば上々だ」


 殺しはしない。もしすべてが上手くいって最終的に勇者の汚名が晴れたとして、人を殺したという事実が残ってしまってはわだかまりが残る。もしくはそれ以前に、殺人を犯した時点で勇者の汚名が晴れる未来が永遠に来なくなる可能性もある。命を奪う、あるいはそこまでしなくても罪のない人間に危害を加えるのは、ほかのどんな行為と比較しても一線を画している過ちだとレイランは考えている。


 これまで黙って話を聞いていたリミィナは不安そうな表情を浮かべているが、特に反対するようなことは発言しない。彼女なりに覚悟を決め、すべて上手く事が進むように祈りながら役目を全うしなければならないと考えているのだろう。レイランも、少し前のように失敗を念頭に置いた行動方針ではなく、あくまで成功させるための作戦を思案している、その点、リミィナは以前よりも安心感を覚えていた。フィリア―ナがレイランに小言を言ったことがしっかり影響しているのかもしれない。


 「じゃあ、ミラーファが戻ってきたらおれは行動に移ろうと思う」


 ぐっと拳を握って力強くレイランが宣言すると、フィリア―ナとリミィナはこくりと頷いた。


 「あんたが戻ってくるまではなんとしてでも逃げ回ってみせるわ。幼気なわたしをあんまり長いこと待たせないようにしなさいよ」


 フィリア―ナがふんと鼻を鳴らしてにっと笑った。


 「やっぱり不安な気持ちは消せないけど、レイランさんならきっと上手くいくって信じてる。フィリア―ナさんが捕まるようなことにはさせないよ」


 リミィナは腕を胸の前に組むようにして、不安そうにしながらも気丈な表情でレイランを見据える。レイランは二人の視線を受け止め、とんっと自らの胸を叩いた。


 「一度は世界を救った勇者の一人だからな。危機に陥った仲間なんてすぐに助けてみせるさ」


 フィリア―ナはくすっとはにかんだ笑みを浮かべ、リミィナもレイランを信頼した安堵の表情になった。差し込む日差しが少なくなり、すでに薄暗くなっている広場の生い茂った草木の中で、三人はひっそりと、だが確かに決起したのだった。


 「――ところで、もう一個何か聞きたかったんじゃないかしら」


 三人の決意と方針が完全に固まり、あとはミラーファを待つのみとなったところで、ふと思い出したようにフィリア―ナがレイランに問いかけた。確かに、レイランはさきほど聞きたいことが二つあると言っていた。


 「ああ、そうそう。これはおれたちのこととは関係なくて、あくまで興味というか、気になったから聞くだけではあるんだけどな」


 ユースが探していたという女性は監獄の近くにあった孤児院の出身だという。年齢はリミィナと同じくらい、つまりフィリア―ナと同じくらいだと思われる。であれば――


 「孤児院にいたとき、同じくらいの年齢の女の子とかっていた?」


 同じ場所で同じ時間を過ごしていた可能性が高い。ユースはもうすぐ会えるというようなことを言っていたが、レイランも実は少し気になっていた。フィリア―ナと同じ孤児院を出ている、彼女と同じくらいの年齢の少女となればなおさらだ。


 「唐突ね……なんでそんなこと聞くの」


 想定しているはずもない質問を投げかけられ、戸惑いの色を見せるフィリア―ナ。


 「いや、あそこの孤児院出身のきみくらいの女性を探しているっていう男の人と知り合ってな。なんでも贈り物があるから渡したいのだとか」


 「それって、入り口の列にいたユースさん?」


 事情を説明すると、リミィナが目をぱちくりとさせてレイランに尋ねた。レイランは何の巡りあわせか何度か顔を合わせているが、リミィナはまだ検問所で別れてから一度も会っていない。急にレイランがユースの名前を出すことを不思議に思うのも無理はない。


 「実はあれから何度かユースさんと出会う機会があってな。もうすぐ会えそうみたいなことは言ってたんだけど、同じ孤児院にいたやつが近くにいるんだったらついでに聞いてみようかと思って」


 レイランがフィリア―ナをちらっと見ながらリミィナに説明する。同年代の少女であるなら存在くらいは認知していてもおかしくない。フィリア―ナが教育機関に引き抜かれて孤児院を去った後に入所した人物なら知らないかもしれないが、彼女が去ってからまもなく孤児院は閉鎖されている。そう何人も後から新規で受け入れていたとは考えられない。

 何かしらは知っているだろうと踏んで尋ねたレイランだったが、フィリア―ナは浮かない表情を浮かべている。


 「どうした。もしかして覚えていないか」


 十年以上は過去の話だ。仮に忘れていたとしても責めるようなことではない。しかし、フィリア―ナは首を横に振った。


 「いえ……あの孤児院にはわたししか女の子がいなかったはず。わたしがお世話になる前のことは知らないけど、少なくともわたしがあそこにいた間は同性の友達なんていなかったわ」


 ぴくっとレイランの肩が動いた。そんなはずはない。


 「知らない子だったのかもな。全員を把握していたわけではないだろう」


 「あそこはそんなに大きい孤児院じゃなかったから、一緒に暮らしてた子供もそんなに人数がいたわけじゃないのよ。存在すら認識していない子なんているわけない」


 眉を八の字にしながらフィリア―ナは地面を見つめて当時を思い返している。


 「あの子と、あの子と……あの子はいつも先生とべったりだったし……ううん、やっぱり男の子しかいなかった」


 レイランたち三人の間が静まり返る。そよ風に揺られた草木が擦れ合う音が鮮明に彼らの耳に届く。なんだ、どういうことだと困惑の色を隠せずにいた。


 「じゃあ、ユースさんが探しているという少女は誰なんだ」


 レイランがぼそっと疑問を口にする。


 「そのユース?って人が勘違いしてるんじゃないの? 孤児院は他にもあるし」


 フィリア―ナが訝し気な表情でそう言うが、レイランは否定する。


 「いや、その女の人のことは結構知っていそうな感じだった。あの孤児院にいたことも、年齢も、孤児院を出た経緯もちゃんとわかっていそうな口ぶりだったぞ」


 ユースの記憶が正しいのであれば、第一孤児院出身の少女で間違いない。年齢がフィリア―ナやリミィナと同じくらいであるということも彼は断言していた。しかし、その孤児院にいた同年代の少女はフィリア―ナしかいなかったと、実際に暮らしていた彼女がはっきりと記憶している――

 突然、リミィナがはっとした顔になった。それらの条件に当てはまる人物が一人いる。考えてみればわかることだったが、失念していた。恐る恐るといった感じで、リミィナはフィリア―ナにゆっくりと視線を向ける。


 「まさか……」


 「ご明察です」


 突如、三人のものではない声が辺りに響いた。レイランたちは皆ぎょっとして声の方へ視線を向ける。いつの間にか、音もなく彼らに近づいていた人間がいた。レイランたちよりも一回りは歳上であろうことが伺える顔立ち、紳士然とした穏やかな表情、そんな穏やかさとは裏腹に戦い慣れているであろう只者ではない雰囲気と、腰に提げられた剣。


 「ようやく見つけることができました。大魔法師フィリア―ナさん」


 穏やかな表情を浮かべたまま、鋭い視線をフィリア―ナに向ける。フィリア―ナは動揺を隠せずびくっと身体を震わせ、冷や汗を流した。


 「あなたが贈り物とやらを渡すために探していたのはフィリア―ナだったということですか」


 レイランは警戒心に満ちた低い声で、仮面越しに目の前の男を睨みつける。


 「ユースさん」


 フィリア―ナが身を隠していた場所を割り当てた目の前の男――ユースは、勝ち誇ったような顔をするでもなく、冷徹な表情を浮かべるでもなく、ただ穏やかな微笑みを浮かべたまま、だが鋭い視線をフィリア―ナに向けてそこに立っていた。

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