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紅き耳環の祈り人  作者: 叶 玄
17/20

第17話 魔法都市スモールメ⑥ 再会

 人混みを歩いていたレイランは、ふと知っている人物を見かけた気がした。紳士のような男だ。先日たまたま近くにいて少し話しただけなので勘違いだったら申し訳ない。そう思って話しかけるのを躊躇していたところ、紳士のような男もレイランに気付いたようで、「おや」という表情になった。

 お互いに歩み寄り、軽く会釈を交わす。


 「レルトシアさん、でしたかな。列で会話して以来ですね」


 優しい表情で微笑む彼は、相変わらず貴族のような高貴さを感じさせる紳士な男だ。


 「ユースさん、こんにちは。まさかこんなに早くお会いできるとは思いませんでした」


 仮面越しに微笑み返して挨拶を述べるレイラン。ユースで間違いないか不安だったレイランだが、ユースからすれば自分を見てくる仮面を付けたローブの男など見間違えないといったところだろう。スモールメでは珍しい部類に入らないらしいレイランの格好でも、外部の人間からすれば奇妙に映るということだ。


 「確かに、このような大きな都市で約束もせずに巡り合うのは奇跡に近いかもしれませんね」


 ユースは微笑みを絶やさないままそう言って辺りを見回す。辺りは繁華な地域で人が多い。多くの店が並び、そこを出入りする人間が後を絶たない。レイランが初めて見る魔動車もスモールメでは普通の移動手段の一種であるため、大きな道をかなりの数が走っている。聖都で開催された勇者凱旋を祝う祭りをレイランは思い出した。もっとも、今となっては苦い思い出だ。


 「ユースさんは知り合いの方に贈り物を届けに来たのでしたっけ。無事に渡せたのでしょうか」


 レイランが何気なく聞くと、ユースは困ったような顔になった。


 「それが、実はどこにいるのかがわからなくてまだ渡せていないのです」


 「あ、そうなんですか。確か、スモールメは何度か来たことがあるとのことでしたが、てっきり馴染みがあるのかと」


 「彼女は孤児院の出ですから、所謂実家というものがないのです。ですので、現在どこにいるのかがわからないので探している途中なのですよ」


 彼女ということは女性への贈り物か、とレイランはどうでもいいことを考える。それと同時に、フィリア―ナが過去に言っていたことも思い出した。

 確かフィリア―ナも孤児院出身だという話だ。両親は会ったことがなく孤児院を管理している人間が育て親にあたるのだということや、類稀なる魔法の才能によって幼い頃から教育機関に招かれたことで不自由な生活はしていなかったことなど、旅の途中に思い出話として何度か語っていた。権威ある魔法都市にも孤児院なんてものがあるのか、とレイランが疑問に思ったところ、しっかりした都市だからこそ道端に打ち捨てられて寒さと飢えに苦しむような子供がいないのだとフィリア―ナに説明された。確かに、あの治安の悪い地域においても家なき子供は一人も見なかった気がする。


 「そういうレルトシアさんこそ、知り合いの方には会えたのですかな。旅の途中で出会った人物ということでしたが、そちらの方が見つけるのが困難かと思いますが」


 苦笑しながらそう言うユースに、レイランは「まったくです」と肩をすくめて見せた。


 「文字通りどこにいるのかがわからず途方に暮れているところです。何せ初めて来たものですから土地勘もなく……」


 「スモールメは広いですからね。案内して差し上げたいところですが、私も別に住んでいるわけではないので詳しくはないのです」


 「厚意だけ受け取っておきます。お互いにまだ用事が済んでいない状況なのですから、まずは自分のことを何とかするということで」


 二人で向かい合って笑顔を交わしあう。すると、ユースはふと「そうだ」と何かを閃いたような仕草をした。


 「どのような方か伺っておきましょうか。それっぽい人物と会うことがあればレルトシアさんのことを伝えておきます」


 レイランは苦笑した。素直に大魔法師フィリア―ナを探していると言ったらどうなるだろうか。目の前の紳士な男は案外ゆるりと「見つけたら言っておきます」と言ってくれるだろうか。それとも態度を急変させて憲兵に通報するだろうか。どちらにせよ、そんな賭けのようなことはするつもりがない。少なくとも、今はまだ慎重に行動する。


 「――しばらく会っていないので記憶が朧げなのです。私より少し歳が下の少女で、なかなか腕の立つ魔法師でした」


 しばらく会ってないという嘘で言い訳をしつつ、当たり障りのないことだけ答えるレイラン。若い少女で優秀な魔法師とはなにもフィリア―ナだけではない。この情報だけでフィリア―ナとは合致しないはずだ。

 ユースは「ふむ」と目を細め、少しの間沈黙した。良かれと思って提案したものの情報が少なすぎて呆れているのか、まさかの心当たりがあるという表情なのか。フィリア―ナだと確信したわけではさすがにあるまい。


 「どうかしましたか」


 レイランが尋ねると、ユースは「いえ」とすぐに笑みを浮かべて首を振った。


 「申し訳ありませんが、その情報だけだと手当たり次第に声をかけなくてはならないかもしれません。特徴的な少女の魔法師がいれば確認してみることとしましょう」


 「お気になさらず。こんな不確定な情報だけでスモールメに来た私が悪いのです。困らせてしまったようで申し訳ない」


 そうして、二人は別れることにする。頭を下げ、「では」と去ろうとしたレイランに、ユースが口を開いた。


 「探している方が早く見つかるといいですね。良い結果に向かうことをお祈りしています」


 レイランに向けられた優しげな笑み。その瞳には何か含みがあるような気がした。憐みの色か、期待の色か、はたまた懐疑的な色か。まさか、本当にフィリア―ナを探しているとばれてしまったのか。


 「……ユースさんも、無事に贈り物を届けられることを願っています」


 取り繕うようにふっと笑ってレイランが返事をした。気にしすぎかもしれない。世界中に敵がいる現状なのだ。単なる視線を疑いの目と捉えてしまうほど疑心暗鬼になってしまっているのかもしれない。

 ユースは一瞬ぱちくりと目を丸くしたように見えたが、すぐににこっと微笑んだ。


 「ありがとうございます。お互いに頑張りましょう」


 そう残してユースは去っていった。

 さて、もう少し散策するか、一度カイエの家に戻るかと思案し始めていたレイランだったが、彼の近くでふわっと風が吹くような感覚がした。あくまでも感覚であり、実際に風が起こったわけではないが、レイランはこの感覚を何度も経験している。


 「ミラーファか。何か進展でもあったか?」


 遠のいて小さくなったユースの背中を見つめながらレイランが声をかけると、彼の頭上から「ええ」と返事がある。


 「朗報よ。リミィナがフィリを見つけたわ」


 嬉しそうなミラーファの報告を聞いて、レイランが目を大きく見開く。


 「本当か。こんなに早く見つかるとは、リミィナの力は頼りになるな」


 頼りになるどころの話ではない。この広い都市の中をどれだけ探せばフィリア―ナを見つけ出せるか、途方もない捜索になってもおかしくなかったのだ。ユースの言う通り、奇跡的に巡り合わなければ一生で会うことができない可能性だってあった。


 「フィリはどこに?」


 焦った口調でレイランが尋ねると、ミラーファはとある方角を指さした。カイエの家がある、治安の悪い地域の方角だ。


 「裏の細い道で憲兵から逃げ回っている時にリミィナとばったり出くわしたみたい。もっとも、リミィナは小動物に導かれてフィリの方に近づいている最中だったようだけど」


 憲兵に見つかって逃げている真っ只中だったと聞いてレイランは冷や汗を流す。リミィナの発見が遅れていれば遂に捕まってしまっていてもおかしくなかった状況というわけだ。


 「フィリは無事なんだな」


 「なんとかね。リミィナが保護しているから今のところ大丈夫だと思うけど、早く合流した方が良いわ」


 「――案内してくれるか」


 そう言ってレイランが歩き出す。思わず急ぎ足になってしまうが、ミラーファはそのペースに合わせてレイランの前を滑るように先導する。道が妨げられるほど人がごった返しているわけではないものの、少しでもスムーズに進めるように人がなるべく少ない場所を選んでずんずんと進んでいく。

 だんだんと人の往来が少なくなっていき、店の数が少なくなってくる。魔動車を見かけることがなくなっていき、景色も華やかさが薄れて徐々に薄暗くなっていくのをレイランは感じ取った。やはり今の状況では人目が少ない方が安心する。すっかり日陰者になってしまったようだ。

 途中、憲兵と思われる魔法師の集団とすれ違った。苛々したような表情でフィリア―ナのことを話していたので、レイランはしれっと横を通り過ぎた。変に下を向いたりするとかえって怪しくなるというもので、レイランは堂々とした佇まいを心掛けた。

 しばらく進むと、ミラーファが細い横道に進行方向を定めた。まだ太陽が落ちていないにもかかわらず、あまり日の光が差していないのか不気味なほどに暗い。普通の人間ならまず入り込まないだろう。


 「この先にいると思うわ」


 ミラーファは「思う」と不確定であるような口ぶりでそう言うも、迷うことなく進んでいる。リミィナはまだ一人前の精霊術師と言えるほど成熟しているわけではないが、しばらく行動を共にしたことでリミィナの存在感のようなものをミラーファがなんとなく感じ取っているのかもしれない。

 かなり奥の方に行ったところで、ふと広い空間に出た。ごみが散乱し、壁には落書きがびっしりと書き込まれている。手入れのされていない植物が辺りに生い茂っており、路地裏には似つかないほどの緑で覆われていた。頭上を見上げれば吹き抜けのように空が見え、太陽の姿はないものの日光がしっかりと注ぎ込まれている。

 不良が溜まるような場所か、あるいは近辺に住む子供の秘密基地になっているような場所か。そんな印象をレイランは受けた。

 そんなちょっとした広場の端には、どこから入り込んだのかわからない魔動車が鎮座していた。すっかり錆びれてしまっていて、辺りに生い茂る植物がかなり侵食してオブジェクトの一つと化してしまっている。仮に魔力が供給されたとしても満足に動くことはないだろう。そんな魔動車の傍に一人、人間が立っていた。レイランの知っている少女だ。


 「リミィナ」


 呼びかけられたリミィナは一瞬警戒したような表情になるも、レイランの姿を確認するとほっとしたような顔に変わった。


 「レイランさん。無事だったんだね」


 「おれはまだ危ない目に遭ってないよ。そっちこそ大変だったみたいだな」


 労いの言葉をレイランがかけると、リミィナは苦笑気味に笑った。


 「まあ大変ではあったけど、もっと大変だったのはフィリア―ナさんだよ。ミラーファさんに話は聞いた?」


 リミィナの問いにレイランが頷いて応えると、彼女はにこっと微笑んで魔動車の後部座席の扉を開いた。錆びついてはいるものの、ぎぃっと音を立ててその扉は問題なく開く。魔動車の中から、薄汚れてしまった魔法師のローブを着た少女がゆっくりと出てきた。レイランの鼓動が少し早くなる。


 「……そんなに期間が空いたわけではないけど、久しぶりだな」


 レイランが緊張した面持ちでそう声をかけると、車から出てきた少女は一瞬目を丸くした後、嬉しそうな顔で笑った。


 「レイラン。無事に会えて嬉しいわ」


 こうして、レイランは勇者一行の仲間である大魔法師フィリア―ナと再び合流することが叶った。





 フィリア―ナはだいぶ疲れ切った顔をしていた。それもそのはず、聖都から拘束命令が発せられてすぐにスモールメではフィリア―ナを捕らえるべく捜索が開始されており、彼女は今日までずっと逃げ続けていた。空腹も喉の渇きも、そして精神的にも限界を迎えつつあったのだ。


 「路地裏で大きな植物の跡を見つけたの。そこで、もしかしたらレイランがスモールメに来てくれているのかもって希望を持ったのよ。まあ、彼女に助けてもらえなければレイランに会うこともなく捕まっていたかもしれないけど」


 フィリア―ナがリミィナの方に視線を向けつつそう言うと、リミィナは真面目な顔でレイランに報告する。


 「憲兵に追われている最中にばったり会ったの。咄嗟に隠れてもらってやり過ごしたから大丈夫だったけど……見つけてくれた鼠たちには感謝しないと」


 フィリア―ナが訝し気な顔になった。


 「鼠たち?」


 「リミィナは動物と意思疎通ができるって特技を持っているらしくてな。今回はそれに大いに助けられたってわけだ」


 はにかんだ笑いを浮かべるリミィナを、フィリア―ナは大きく見開いた目で凝視する。フィリア―ナには心当たりがあった。逃げている最中、やけに鼠が隣を並走していると思っていた。煩わしく思って蹴散らしてやろうかとも考えたが、そのようなことをしている余裕は皆無だった。


 「あれはリミィナが手懐けた鼠だったってこと?」


 「手懐けたってほどじゃないですよ。こういった人物を探しているので見つけたら教えてくれとお願いしただけです」


 「そんなお願いをよく聞いてくれたわね」


 「まあ、特別何かしてくれと依頼したわけではないですから。特に文句もお礼の要求もなく快く聞いてくれました」


 リミィナは別に、フィリア―ナを探しにあちこち回ってくれと頼んだわけではない。偶然見つけたら教えてねとお願いしただけだ。だが、リミィナが捜索を担当していた地域は清潔に管理されているとは言い難い地域であり、鼠をはじめとした小動物が多く生息していた。大きく動かなくても広大な捜査網によって探すことが可能だったというわけである。


 「まさかこんなに早く見つかるとは思わなかった。さすがだな、リミィナ」


 レイランが感心してそう言うと、リミィナは頬を赤くして照れながら微笑を浮かべた。


 「昔から探し物する時によく使っていた手法なの。当時は食べられそうなものとか、雨をしのげる場所とかだったんけど。今回人探しで役に立ててよかった」


 孤独に放浪していた時期の話だ。腹を満たすものも身を落ち着けられる場所も確保が困難だった環境で、リミィナは今回のような方法で見つけ出していた。過酷な人生での経験を活かした作戦だったのだ。


 「――リミィナは只者じゃなさそうね。今度ゆっくりと話が聞きたいものだわ」


 驚いた表情を浮かべつつも、こちらもまた感心した様子で頷くフィリア―ナ。リミィナは照れた表情を浮かべていたが、ふと真面目な顔に戻る。


 「そうだ、レイランさん。今後のフィリア―ナさんについて相談したいことがあるの」


 魔力探知があることである程度フィリア―ナの場所が知られてしまうこと、普通の魔法師よりもはるかに多くの魔力を持っているせいでその探知が少し精密に出てしまうこと、少しの間であれば一か所に留まっていても見つからないと予想していること、などをリミィナとフィリア―ナがレイランに説明した。レイランは眉間に皴を寄せて難しい表情のまま、彼女らの説明を一旦黙って聞いた。


 「それで、カイエさんの家で一日だけでも匿えないかと思って。カイエさんに見つかるともしかしたら厄介なことになるかもしれないから、こっそりという形にはなっちゃうけど」


 「――それは、少しリスキーな気もするけどな。カイエさんの家は酒場を営んでいて人の出入りが多い。カイエさんや酒場の客といった魔法師の魔力探知でフィリがいることがばれる可能性だってある」


 「でも、フィリア―ナさんには少しでも落ち着いたところで休んでほしいの。何日も逃げ続けていて疲れ切ってしまってるだろうし、今後スモールメから逃げ出す時のために元気になってもらわないと……」


 「わたしは外でも構わないわ。せっかくあんたたちが来てくれたのにわたしのせいで悪い展開になるのは本意じゃないもの。せいぜいまた追っかけられないように身を潜めておくわよ」


 意見がまとまらず、三人は腕を組んだり顎に手を添えたりと各々考え込む。レイランがおもむろに顔を上げ、自らの頭上に視線を向けた。


 「ミラーファはどう思う」


 リミィナもミラーファに向きなおる。フィリア―ナは二人につられて視線を上に向けるが、若干ミラーファがいる場所とは異なる地点を見ている。


 「そうね。休んでほしいというのには同意するけど、レイランが懸念していることはもっともだと思うわ。あの酒場の家に匿うのはリスキーだとあたしも思う」


 意見としてはレイラン寄りだ。リミィナは不満げな顔をしつつもリスクについてはすでに納得しているのか反論する様子はない。


 「まあだからといってフィリにもう少し逃げ回ってくれと言い放つ気はもちろんない。落ち着いて身を隠せる場所が見つかればそこで待機してもらおうと思ってる」


 「そんな場所がスモールメに存在するかしら。魔力探知とやらで大体の場所は割り出されてしまうのでしょう」


 「ごみ箱の裏にいたフィリに気付かなかったようだし、聞いている限り明確にここだと特定されるほど精密なものじゃない。隠れていれば案外少しの間なら見つからないかもしれない」


 レイランとミラーファが相談している間、フィリア―ナは空中とレイランの方へ交互に視線を移しながら待っていた。ミラーファと会話ができないため相談の輪に入れずにいたところ、リミィナが時折「こういうことを言ってます」と補足を入れている。


 レイランは悩んでいた。スモールメにいる間、フィリア―ナにとって安全な場所など存在しない。そんな場所があるのであれば彼女はずっとそこに潜伏していたはずだ。だからこそ、彼女はこんなに疲弊しきるまで逃げ続けていたのだから。

 フィリア―ナにゆっくりと休んでほしいという思いはレイランだって同じだ。しかし、大魔法師フィリア―ナはスモールメ中に名が知れ渡った有名人であり、同時に指名手配中の人物である。この状況下で頼ることのできる人間などいるはずがないし、そもそもレイランにはスモールメに住む知り合いがいない。

 レイランとリミィナは身分を偽ることでカイエの家に滞在できているが、フィリア―ナが素性を隠すのは困難だ。また、レイランたちが少し目を離した隙にフィリア―ナが再び危険な目に遭うかもしれない。かといってカイエの家に招き入れるのはレイランの考える通りリスキーな選択だ。

 ここで判断を誤っては今までの慎重な行動が全て水の泡だし、今後の行動にも支障が出かねない。

 そして、レイランを今最大に悩ませているのはスモールメの結界だ。これをどうにかしない限りはフィリア―ナを助けることができない。結界の件はあまり時間をかけていられないものの、すぐにでも解決案を見つけなくてはならない問題だ。結界がある限り、フィリア―ナはスモールメのなかを逃げ回ることしかできない。

 ーー考えるべきことが多すぎる。多少のリスクには目を瞑るしかない。不確定な第三者を絡めるのではなく、自分たちだけで実行に移せる方法でリスクを取る。


 「……じゃあここはどうだろう。路地裏の奥まったところにあるし、人の出入りも少なそうだ。カイエさんの家からもそんなに離れていないから様子を見に来るのにも困らない」


 レイランが一つ提案した。今彼らがいる、ちょっとした広場にてフィリア―ナを待機させておくという内容だ。家に匿うことが難しいのであれば、外で待機していてもらうしかない。ここであれば人目がなく留まっていてもそこまで危険ではない。少なくとも、人の目に入るような路地をうろうろするよりかはましなはずだ。


 「分かり辛い場所とはいえ、魔力探知に引っかかったらここまで憲兵が来ちゃうんじゃないの」


 リミィナが眉を顰めつつおずおずとレイランに意見する。レイランは一度辺りを見回した後、先程までフィリア―ナがいた魔動車にて視線を止めた。


 「幸い、この辺は植物が生い茂っている。魔動車のなかに隠れて周りを精霊術で囲ってしまえば容易には近づけないはずだ」


 ミラーファがほうと目を丸くした。


 「確かに直接見つかることはないかもしれないわね。まあ、文字通り草の根を分けて探しに来られたら見つかってしまうけれど」


 憲兵たちがどれほど魔力探知を信用しているのかはレイランにはわからない感覚だ。酒場の魔法師はあまりあてにしていない様子だったし、憲兵たちは目の前のごみ箱の裏にいるフィリア―ナを見つけきることができなかった。あくまで絶対的な根拠にはなりえないのだろうとレイランは踏んでいる。

 レイランは広場の奥、入ってきた方とは反対側を見た。この広場に続く道は、先程レイランたちが入ってきた道のほかに、さらに奥へと続く道がある。


 「あの道に向かって人が通った形跡を作る。フィリにはそこの魔動車のなかに隠れてもらって、その上から植物で覆い隠して外から見えないようにする。そうすれば、人が通った形跡を追って憲兵たちは道の奥にそのまま進んでくれるだろう」


 砂場や雪原を歩くと足跡が残るように、草が生い茂る場所を歩けば踏み倒された植物によって通過した跡が残る。それを偽造しようというのだ。憲兵たちが魔力探知よりも、視認できる明らかな形跡を優先して信じるのであれば、この方法で上手くいくだろう。


 「……もし見つかったら?」


 やはり最大の不安はやはりそこだ。もしも魔動車のなかに隠れているところを見つかってしまえば逃げ場はない。その最悪の可能性についてリミィナは漏らさずに質問した。

 レイランは少し黙り込んで考える。その可能性を考慮しなかったわけではない。しかし、最悪の展開になってしまった場合はもう腹を括るしかないのだ。

 彼は意を決したようにフィリア―ナの方に顔を向けた。


 「もしもの時はなりふり構わずに魔法を撃って撃退しろ。フィリなら複数の憲兵相手だとしてもたぶん負けない。それを聞きつけ次第、おれが助けに来るさ」


 フィリア―ナの魔法の腕はスモールメにおいてもトップレベルだ。並の魔法師が数人束になったところで勝てる相手ではない。

 それでも憲兵を撃退せずに逃げ回っていた理由の一つは、レイランが追っ手に攻撃しないのと同じだ。勇者一行は危険であると世界に証明してしまう可能性があるから。

 そしてもう一つは、スモールメにいてはいずれにせよ拘束されることは間違いないからである。追ってくる憲兵を魔法で撃退できたとして、結界により都市の外には出られない。そしてここは世界でも随一の魔法都市であり、力のある魔法師が何人も滞在している。魔法省が一つ声明を出せば、全魔法師が拘束に動くように働きかけることも可能なのだ。いかに大魔法師とはいえ圧倒的な物量で責められれば為す術はない。また、魔法省がそんなことをしなくてもフィリア―ナは所詮一人の人間であり、いずれは衰弱して逃げることができなくなる――結論、「抵抗するだけ無駄」というわけだ。


 それでも、憲兵を一度返り討ちにするくらいであればフィリア―ナ一人でも可能なことだ。そうして時間を稼いでいる間にレイランが救出に向かう。あくまでこの場で見つかってしまってどうしようもなくなってしまった時の緊急的な対応だが。


 「助けにって……どうするつもり?」


 リミィナが不安げな表情で尋ねる。フィリア―ナはレイランを見据えながらも無言で話を聞いている。自身の行動方針に異を唱えるつもりはないという覚悟が見える顔だ。

 レイランは腕を組んで視線を落とした。そのまま、指をとんとんと自らの腕に打つ。


 「殺しはしないつもりだ。いつもみたいに拘束してこの場を離れよう。その後は――正体を明かしておれも逃げ回る」


 それを聞いたリミィナが目を見開いた。


 「ど、どうして」


 「勇者一行のフィリア―ナだけでなく、レイランまでこのスモールメにいると知らしめるんだ。そうすれば捜索の対象が増えて追っ手が分散するはず。フィリの負担が少しでも軽くなるかもしれない」


 レイランの言葉に、ミラーファが顔をしかめた。


 「ずいぶんと思い切った作戦ね。そんなことして、どうやって事を収めるつもり?」


 「情報収集しているなかで聞いた話だが、過去にスモールメから脱出できた犯罪者がいるらしい。なんでも、自分の魔力を抑えることで探知にも結界にも引っかからなかったとか」


 フィリア―ナが訝しげな顔になった。


 「魔力を抑える? そんなことどうやって……」


 しかし、そこではっとした顔になった。スモールメの住民であるため、心当たりはある。


 「まさか、封魔具?」


 レイランが頷く。そして組んでいた腕を解いて自らの両の掌を見つめた。


 「憲兵の追跡を分散しつつ、おれはスモールメの監獄に向かう。封魔具を奪うんだ」


 「ば、ばか言わないでよ」


 リミィナが大きな声を上げた。信じられないといった表情を浮かべている。


 「そんなの危ないに決まってる。スモールメ全体を敵に回すことになるんだよ」


 「すでに世界中が敵なんだから今更恐れることなんてないさ。どっちにしろ、フィリをスモールメから出すには、魔法省に乗り込んで結界を解くか、力技で結界を破壊するか、封魔具を手に入れるかの三択しかないんだ。実行に移すのが少し早まるだけだ」


 レイランが苛立たしげに返事をする。いずれフィリア―ナをスモールメから脱出させるために取らなければならない選択肢だ。いろいろと対策を練ってから実行するか、緊急ですぐに実行するかの違いでしかない。


 「まああくまでフィリの潜伏がばれてどうしようもなくなった時の行動方針だよ。何事もなければ今まで通り慎重に動くつもりさ」


 レイランがリミィナを安心させるようにそう言い加えると、リミィナは納得できないという顔で頭を振った。


 「だったら、やっぱりカイエさんの家で匿う方が良いよ。私たちも近くにいるんだし、何かあっても大丈夫なはず。家の中だったら憲兵に見つかる危険だって……」


 「リミィナ」


 レイランが低い声でリミィナの名を呼ぶ。今までレイランからそのような声色で呼ばれたことのなかったリミィナはびくっと身体を震わせて口をつぐんだ。


 「賢いきみがリスクも考えずに珍しいな。カイエさんの家で匿ったとして、カイエさんに見つかったらどうする。ただでさえ屋根の下を借りている状況だというのに、家主の許可も得ずに見知らぬ人間を家に入れたとなれば信用はがた落ちだ。……無断じゃないとすれば、事情を説明するか? スモールメの住民がフィリア―ナの正体を知って素直に匿ってくれる確証はないけどな」


 「それは……」


 「酒場には魔法師がたくさん来る。フィリが早く捕まることを願うやつもいれば、懸賞金目当てで探し続けているやつもいる。もし何かの拍子にフィリが近くにいることがばれて、そればかりかカイエさんの家を探されでもしたら?」


 「……っ」


 「フィリア―ナがいるとわかった時、カイエさんも共犯だと思われる可能性だってある。そうなったとき、今まさに世話になっているおれたちが庇うことなんてできないだろうな。カイエさんのことはどうやって守るつもりだ?」


 「……」


 「最悪、カイエさんの家で争うことになったら? あの家には病で寝込んでいる母親もいる。何があっても大丈夫と言ったけど、カイエさんやカイエさんの母親を危険にさらさない保証はあるのか?」


 「レイラン」


 淡々と懸念を列挙するレイランに、フィリア―ナが咎めるような声で割って入った。レイランがはっとした表情で口を閉ざすと、リミィナは泣きそうな表情で俯いてしまっていた。フィリア―ナが肩をすくめる。


 「リミィナはわたしのためを思って提案してくれてるだけ。そんなに責めなくたっていいじゃない。レイランこそ、いつも穏やかなのに珍しく意地悪ね」


 呆れた口調で宥められたレイランがリミィナに頭を下げた。


 「すまない」


 リミィナは俯いたままかぶりを振った。


 「いえ。私が浅い考えで出過ぎた態度をとったのが悪いの。ごめんなさい」


 「そんな強く否定するつもりはなかったんだ。おれがどうかしてた」


 レイランが気まずいという様子で頭をがしがしと掻いた。彼らの回りでは緊張した空気が続いている。ミラーファは我関せず、というわけではないが、様子を見るように何も口出しせず三人を眺めていた。

 居心地の悪さを感じるような空気が支配するなか、それを破ったのは唐突な「ぐう」という間の抜けた音だった。


 「……」


 レイランとリミィナ、そしてミラーファがフィリア―ナの方に視線を向ける。視線の先、そして音の発生源であるフィリア―ナは一瞬目を丸くした後、ゆっくりと自分の腹部の方に目をやった。そして恥ずかしそうにした彼女の顔がうっすらと赤くなる。


 「……もう何日も食べてないのよ。しょうがないじゃない」


 ぽつりと呟くようにフィリア―ナが言い訳をした少し後、「ぷっ」とレイランが吹き出した。


 「フィリは前の旅の時もよくお腹を空かせてはぐうぐう鳴らしていたもんな。よく何日も食べずに我慢できたもんだ」


 にやけ顔のレイランに対して、頬を膨らませて不機嫌な顔になるフィリア―ナ。


 「あんたに馬鹿にされるなんて心外よ。レイランとヴォルクの方がよっぽど食い意地あったじゃない! それなのに『いつもお腹すかせていて子供だな』なんてからかってくるのよ。スイも何も言わないし」


 フィリア―ナはリミィナに向けて訴えかけるような視線を向けて捲し立てる。リミィナはぱちくりと呆気にとられたような顔をしていた。レイランが顔をしかめて反論に出る。


 「ヴォルクと一緒にするなよ。あいつが一番食費の消費が大きかったんだからな。まああいつの場合はしょうがないところもあったけど」


 フィリア―ナは「はっ」と挑発するように笑った。


 「事あるごとにご飯食べていたのはレイランの方だったけどね。情報収集だとか言ってすぐに酒場に行くんだから」


 ぐっとレイランがたじろいだ。先日、ゴドライを訪ねる前に寄った立寄所にて情報収集がてら腹ごしらえをしたのは記憶に新しい。その際にはミラーファにも軽くお叱りを受けた。フィリア―ナの言い分に心当たりは充分にあった。

 フィリア―ナは勝ち誇ったような顔になってリミィナの肩に手を添えた。


 「リミィナも気を付けた方が良いわよ。レイランの細い身体に油断してると、目を離した隙に気付いたら何か食べてるなんてことはざらなんだから」


 「……赤ちゃん?」


 リミィナに素直な顔でそう言われ、レイランはショックを受けて黙り込んだ。それからしばらくした後、誰からともなく笑い声が漏れる。気付けば、三人とも笑っていた。


 「――仲直りできたのかしら」


 ふと、レイランの頭上から声がかけられた。レイランとリミィナが声のした方に目を向けると、ミラーファがやれやれと肩をすくめて三人を見下ろしていた。フィリア―ナはミラーファが何か喋ったことを察して同じ方向に視線を移してみた。


 「まあ、これだけ追い詰められた状況なのだから、それぞれ焦りだったり悩みだったりはあるわ。お互いに意見が割れるのも仕方がない。でも、建設的な話ができないなら事態は何も良い方向にいかないと思うわよ。今のレイランみたいに一方的に捲し立てるのはナンセンスね」


 「……そうだよな。落ち着いて話し合うべきだ」


 ため息交じりに説教をするミラーファに対し、何も異論はないと大人しく肯定するレイラン。リミィナも申し訳ないという表情でミラーファを見つめている。


 「ミラーファはなんて?」


 しゅんとするレイランを見たフィリア―ナは不思議そうに、ミラーファの声が聞けるほかの二人に質問する。


 「珍しくからかいのない、女神様のありがたいお言葉を頂戴したのさ」


 レイランが苦笑しながらそう答えると、フィリア―ナは「ふうん」と理解しきれていない様子のまま納得した。「もう」と肩をすくめてため息をつくミラーファの姿は、フィリア―ナには見えない。

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