第14話 魔法都市スモールメ③ 油断と詫び
「逃げるのは諦めて、大人しくその大事に抱えているものをおれたちに寄こしな」
レイランたちが声のする方へ辿り着くと、突き当たりになっている道の奥に、数人の男に囲まれた少女が目に入った。いかにも悪そうな風貌の男たちの一人が、必死に抵抗している少女の腕を掴んでおり、逃がさないようにしている。リミィナとそう変わらないような年齢に見えるその少女は、身体の前に何かを抱えて落とさないようにしているようだ。
「何をしているの」
リミィナが最初に口を開いた。臆している様子は微塵もない。少女を囲んでいた男たちが一斉にリミィナの方に顔を向ける。
「大の大人たちが寄って集って一人の少女をいじめるなんて、褒められた行為じゃないですね」
数日前に同じようなことを言ったなと思いながら、レイランがキャラクターに扮した口調でリミィナに続いた。
「なんだぁお前ら」
見本のような柄の悪さで、男たちの中の一人がレイランたちに言葉を投げた。男たちに囲まれている少女は何が起こっているのかを理解できていないのか、恐怖と困惑の混ざった表情を浮かべている。
「嫌がっているような少女の声が聞こえたので様子を見に来ました。離してあげなさい」
一応穏便に済む可能性も考慮してレイランが諭すように声をかけるが、このような場所で恫喝している者たちが大人しく聞き入れるわけはなく。
「正義のヒーロー登場ってか? 軽々しくこういうことに首を突っ込むと痛い目見るぜ」
そう言った直後、集団の一人がレイランたちに向かって何かを放ってきた。実体を持った何かではなく、小さな火の玉だ。魔法によるものだろう。
「さすがは魔法都市スモールメ。こんなならず者たちでも魔法はそこそこ使えるんだな……」
ぼそっとレイランが感心したように呟いている横で、リミィナは両手を前に突き出していた。刹那、彼女の両手が光り、彼らに向かって飛んできていた火の玉が消え去った。少し遅れて、レイランたちのいる裏路地に強い風が吹く。
「何?」
一瞬にして火の玉を消された男が驚いた様子で目を見開いた。一方のリミィナも目を見開いていたが、こちらは別の理由だ。
「で、できたよレルトシアさん。私にも使えた……!」
嬉しそうにレイランを見るリミィナに、レイランはにっと笑って見せた。
「集落を出てから何度か練習してはきましたが、もうコツを掴みましたか。私の見る目に狂いはなかったということですね」
リミィナはゴドライを出発した後、レイランとミラーファの教えのもと精霊術の練習をしていた。もともと神聖術にて精霊の生命力を使用してきていたことから、精霊界の力を扱う感覚についてはすぐに習得した。あとは、その精霊界における力を人間界の力に変換して発現することができれば精霊術の完成というわけだが、リミィナはこの数日間でそれをも成し遂げてしまった。たった今、精霊術の行使に成功したのである。
「まだまだレルトシアさんみたいにはできないし初級者ではあるけど、大きな一歩を踏み出せたってことだよね」
ならず者たちを相手にしている状況にもかかわらず、まるでレイランと二人しかいないかのように喜びを表現するリミィナ。神聖術に関して一度絶望している彼女からすれば、精霊術を使えるようになったということは、単なる「術の習得」以上の意味があるのだ。それをわかっているレイランは、仮面でほとんど目元は見えないながらも優しい瞳をリミィナに向ける。
「おいおい、よくわかんねえが何をしやがった。変な魔法を使いやがって」
置いてけぼりに近い扱いを食らった男たちが、我慢できずに怒気を含ませた声で喚いた。まさか精霊術とは思わず、何かしらの魔法を使って火の玉を消したと思っているようだ。
「少し強い風を吹かせて消しただけだよ。あなたたちの火は風にあおられて消えちゃうくらい小さかったってだけ」
挑発するようにリミィナが言い返すと、火を放った本人である男が顔を真っ赤にして怒りを露わにする。
「言ってくれるじゃねえか。そっちがその気なら望み通りぶっ殺して――」
「悪いですが、これ以上騒ぎを大きくしたくないのです。この辺で終わりにしましょう」
男の言葉を遮って、レイランがそう言い放つ。その瞬間、道端から植物が何本も伸び、瞬く間に男たちの足に絡みついた。男たちがぎょっとして戸惑う間にも植物はみるみるうちに身体に巻き付き、あっという間に拘束してしまった。ゴドライの時とは違い、首から上は巻き付かれていない。
「な、なんだこれは……」
何もできずに捕まった男たちが呆然としている。男たちに囲まれていた少女も事態を把握できずにおろおろしていた。
「あとで憲兵を呼ぶので大人しく待っていてください。そこの方、どうぞこちらへ」
レイランが少女に向かって手招きをすると、少女ははっとした顔になって歩き始める。植物によって拘束された男たちの間をぬって進んでいくが――
「っ! くそが」
集団のうちの一人、先ほど火を放った男が悪態をつくと、何のモーションも起こさないまま火を起こし、少女に向かって撃ち出した。
「危ない!」
「きゃあ!」
リミィナが焦った表情で叫んだと同時に、少女のすぐ横を火の玉が通り過ぎる。拍子に少女は抱えていたものを落としてしまい、カシャンと何かが割れたような甲高い音が響き渡った。
「ああ! そんな……」
少女が悲痛な声を上げ、その場で蹲った。火を放った男が口の端を上げて笑った。
「ざまあねえな。このまま何もせずに終わってたまるか」
レイランは少女に向かって歩き出し、拘束されながら笑っている男を睨みつける。
「往生際の悪い。顔が見えていた方が憲兵の方たちにとって都合良いかと思っていましたが、裏目に出ましたね」
怒りを滲ませてそう言うと、男たちを捕らえている植物が再び成長を始めた。言葉にならない呻き声をあげている男たちを、頭の先まで一瞬のうちに飲み込んでしまった。
レイランがはあ、と大きくため息をついた。リミィナは蹲ってしまった少女のもとに駆け寄る。
「大丈夫? 怪我はない?」
心配しているリミィナの後ろで、レイランのもとに空中から滑るようにやってくる少女がいた。
「油断したわね」
からかうような口調ではなく、レイランを咎めるような言い方だ。
「手を抜いたわけではない……けど、結果的におれのせいでこうなったのは事実だな。反省しよう」
唇を噛んでそう言いながら、レイランも少女のもとへ近づいた。
「拘束が甘かったせいで事態を悪化させてしまいましたね。申し訳ありません」
少女を心配する表情でレイランが声をかけると、蹲っている少女はふるふると小さく首を横に振った。
「いえ、助けてくださってありがとうございます」
少女の前には、飛散した欠片と土、そして焦げてしまっている何かが広がっている。彼女が大事そうに抱えており、ならず者の唐突な攻撃によって落としてしまった物だ。少女に向かって放たれた火の玉は彼女に直撃こそしなかったものの、抱えていた物には掠ってしまったようで、火が燃え移ってしまったのだろう。
「……大事な物だったのでしょう。私が代わりに弁償します」
壊したのはレイランではないが、こうなってしまった原因の一つはレイランの拘束が甘く、ならず者に攻撃する隙を与えてしまったことである。そこについては悪いと感じているので、レイランはこうして弁償を申し出たのだ。
「いいんです。今すぐに手に入るようなものではないので……」
少女は力ない笑顔で呟くと、焦げてしまった何かを拾い始める。
「それは、植物でしょうか」
少女が拾っている物をよく見ると、葉や花びらのようなものが一部焦げずに残っていた。彼女が大事そうに抱えていたのは植木鉢であり、落とした拍子に割れてしまった鉢の破片と中に入っていた土が辺りに飛散してしまっている、という状況のようだとレイランは分析した。
レイランの問いかけに対して少女はこくりと一度頷き、拾った葉や花びらが乗った自分の手を見つめながら口を開いた。
「母が病気になってしまったのですが、その病気にとても良く効く薬草だったのです。治療法が見つからなくて途方に暮れていたところにこの薬草のことを知って、知り合いの薬師の方に無理を言ってようやく手に入ったところでした」
聞くところによると、その薬草が生えている場所は未だに謎が多く、特定の場所に行けば採れるという代物ではないらしい。貴重すぎるが故に市場にもほとんど出回っておらず、薬の専門家を頼ってようやくお目にかかれるかどうか、だという。
「母のことは治癒魔法師の方にも診てもらったのですが、病名はわかるけど治療法はわからないと。聖女スイ様ほどの偉大な方でないと人の手での回復は見込めないと言われてしまいまして……。ですが、この薬草がもし見つかれば希望があると治癒魔法師の方が教えてくれたのです」
スイの名前を聞いたことでレイランの片眉がぴくりと反応してしまうが、仮面によって外側からはわからない。リミィナも、勇者一行の一人の名前が出たことでちらっとレイランの方に視線を向けた。
「魔法都市スモールメの治癒魔法でも治療ができない病気、そしてそれを治せる可能性のある貴重な薬草ですか。やつらはそれを知ったうえであなたを襲っていたのでしょうか」
先ほど拘束した男たちは、金目の物などではなく少女が抱えている物に絞って狙っていたように思えた。
「滅多に手に入らないとはいえ、効果と価値の高さは一部で有名だったようで……大きなお金に替わるような貴重な物には詳しい人たちだったのだと思います」
そう言うと、少女は再び地面に散らばっている薬草を拾い始めた。リミィナはそんな彼女の様子を気の毒そうに眺めている。
「燃えずに残った薬草だけでは足りないの?」
リミィナが尋ねると、少女は弱々しい声で「おそらく」と返答した。
「薬師の方はこれを全てすり潰してと言って植木鉢を渡してくださったので、もともとあった量は必要だったのだと思います。まあでも、少ししかなかったとしても効果はあるはず」
そうして、大方の無事な薬草を拾い終わった少女はゆっくりと立ち上がると深く頭を下げた。
「変なことに巻き込んでしまってすみませんでした。そして、危ないところを助けていただいてありがとうございました」
泣きそうな顔になりながらも礼儀正しくお礼を述べ、「それでは」と歩き始めた少女に、「待って」とリミィナが声をかけた。少女が立ち止まって振り返るのを確認すると、リミィナはレイランとミラーファの方へ視線を向ける。
「レルトシアさんの力で何とかならないかな……?」
レイランが顎に手を添えて考え込むと、頭上のミラーファは地面に散乱したままの土を一瞥して口を開いた。
「元気な根が残っていればもしかしたら成長させることができるかもしれないわ」
ミラーファの言葉を聞いてぱっと明るい表情になるリミィナだが、一方の少女は諦めた表情で微笑む。
「あなたたちが力のある魔法師であることは見ていてわかりました。でも、燃えてしまった植物を元に戻す魔法なんて聞いたことがありません。死んでしまった人を治癒魔法で治せないように、だめになってしまった植物を魔法でどうにかすることもできないと思います。お気遣いは嬉しいですが、お気持ちだけ受け取らせていただきます」
ミラーファがこの場にいるにもかかわらずレイランたちを魔法師として認識していること、そしてミラーファが希望のある提案をしたにもかかわらず今の発言をしたことから、少女は精霊を認識できる人間でないことがわかる。そこに一旦安心しつつ、レイランが少女に向かってにっと笑いかけた。
「いえ、何とかなるかもしれません。お手数ですが、ここに散らばってしまっている土も一緒に持って帰っていただいてもよろしいでしょうか」
少女は目を見開いて「え?」と声を漏らした。怪訝な表情を浮かべるも、ぎこちなく頷く。
「わ、わかりました。植木鉢の破片もでしょうか」
「申し訳ありませんが物の修理は専門外でして、今は直せません。修理が得意な魔法があるでしょうから、お望みであれば鉢はそちらに」
ミラーファの力で行使する精霊術では植木鉢を元通りに修復することは難しい。それに、魔法都市スモールメであれば腕の確かな修理屋がいてもおかしくないだろう。
魔法に囲まれた場所で育った身からすれば植物を復活させることよりも植木鉢を修復することの方がまだ現実味があるのか、少女はいまいち腑に落ちないという顔で土の回収を始めた。土を入れることのできるものを少女が持っていなかったため、レイランが自身の荷物袋から空の袋を取り出してそこに詰めていく。生きている根が残っているのを前提としているため、なるべく丁寧に作業することを心掛けた。
「では、行きましょうか。もし迷惑でなければあなたのご自宅で植物を植えられそうな場所をお借りしたいのですが」
土の入った袋を持って立ち上がったレイランが少女に言うと、少女は「全然迷惑じゃないです」と了承した。
「よろしければゆっくりしていってください。助けていただいたお礼もしたいので」
そして、少女が歩き出す。燃えずに残った薬草は両手で包むようにして大事に持っている。レイランとリミィナ、ミラーファは少女に案内される形でついていった。
「――ここです」
しばらく歩いた後、道路沿いにある一軒の建物の前で少女が立ち止まった。訪れた人々を歓迎するかのような大きな入り口だが、今は閉ざされた扉によって塞がれている。窓越しに覗ける扉の先の空間には机や椅子が並んでおり、奥にはカウンターのようなものが見える。中には誰もおらず、まばらに照明が点いた薄暗い状態だ。扉の上を見てみれば、少し前に違う場所で見たような酒のアイコンが表示されている。
「きみの家は酒場を営んでいるのか?」
レイランが尋ねると、少女は「はい」と肯定した。
「もともと母が切り盛りしていたのですが、先ほど話した通り病気で動けなくなってしまったので、今は私が代わりにお店に立っています。もうすぐ開店の時間なので是非召し上がっていってください」
「代わりにって……あなた一人で?」
自分と年齢の近そうな少女が酒場を一人で回していると聞いて、リミィナが目を丸くする。
「そうです。――とは言っても、うちのお店は常連の方がよく来てくださるので気遣っていただくことが多いんですよ。私みたいな娘一人ではさすがに母のようにはいきません」
困ったような微笑みを浮かべてレイランたちにそう言うと、少女は扉の前でぼそっと何かを呟いた。すると、かちゃりと小さな音を立てた後に扉がゆっくりと開く。
「おお、スモールメともなると家の施錠は魔法でするのが一般的なのか」
感心した様子でレイランがそう口にすると、少女は意外だという顔でレイランの方を向いた。
「ひょっとして、スモールメの方ではないんですか? とても見事な魔法を使っていたのでてっきりスモールメの名のある魔法師なのかと……」
「いえ、私たちは今日スモールメに来たばかりの旅人なのですよ。滞在場所を探して歩き回っていたところ、偶然襲われているあなたを発見したので少しお節介をしたというわけです」
レイランが、素性や本来の目的は当然隠しつつ少女に会うまでの経緯を説明した。
「お節介ではないです! ――そうだったんですか。ああでも、その話だとまだ泊まる場所が見つかってないんですか?」
「実はその通りです。どこかおすすめの宿などあれば教えていただきたいですね。人が多いところが苦手なので、なるべく人の集まらない場所ですと好ましいです」
人の出入りが多い大きな宿だとその分人目が多くなる。それっぽい理由を付けてなるべく人の集まらない宿を尋ねてみるレイランに対して、少女は少し考えるような仕草をした後に「それでしたら」と口を開いた。
「うちに滞在してはいかがでしょうか。しばらく使っていない部屋があるのですが、少し掃除すれば不快を与えてしまうこともないかと思います」
予想外の提案に、レイランは驚いて「え」と声を漏らす。
「いえ、それは悪いですよ。それに、まだ会って一時間も経ってないような怪しい人間を泊めるというのは無防備と言わざるを得ませんが」
先ほど少女が男たちに襲われていた現場に出くわしたばかりだ。周辺の雰囲気を見ても感じ取れるように、そこまで治安が良い地域というわけではないだろう。警戒心に欠けるような行動は肯定しがたい。
少女はくすりと笑って、瞳を閉じた。
「先ほどは助けていただきましたし、今から薬草のことも何とかしていただけるというのですから、少しでもお礼がしたいんです。それから、あなたたちのことを怪しいとは思いません。危なかった私を助けてくれたこともそうですし、お二人の会話を聞いていれば悪い人には見えませんよ」
そして、開けた扉をくぐって建物の中に入っていく。悪事を働いたわけではないとはいえ指名手配されて逃亡中の身であるレイランは苦笑いを抑えきれなかったが、少女が良いと言うのであればここは素直に世話になっておくことにした。
「ああ、挨拶が遅れました。私は旅人のレルトシア、こちらは同行者のリミィナです。少しの間お世話になります」
レイランが偽名を名乗り頭を下げると、併せてリミィナも会釈をする。少女は「そうだった」と慌てて振り返り、深く頭を下げた。
「カイエといいます。こちらこそよろしくお願いします」




