第13話 魔法都市スモールメ② 検問通過
長いこと待たされた末、レイランたちはようやくゲートのすぐ近くまでやってきた。彼らの目の前に並んでいたユースという男が現在ゲートにて検問を受けているが、どのような問答がおこなわれているかは聞き取れない。持ち物検査もあるはずだが、彼は持ち物が少なかったのかすぐに終了していた。ぱっと見た感じ、彼の言っていた”贈り物”とやらもどんなものなのかわからなかった。
「何を聞かれるのかな」
リミィナが少し緊張した面持ちで呟くと、レイランは「さあ」と言って首を横に小さく振った。
「身元と目的は聞かれるとして、後は何だろうな。魔王討伐の旅の時もこういう審査を通る機会はあったけど、当時は聖都から使命があって来たという証明があったから、ちゃんとチェックを受けるのは実は初めてなんだ」
聖都から旅に出た際は、聖都の大臣が自ら用意した証明と、「勇者の証」が手元にあったため、疑いようのない盤石な立場を確保していた。それ故に、こういった類の検問はスムーズに通過できていたのだ。自身について根掘り葉掘り聞かれる検問なんて今まで経験がない。しかも、今回は素性が明るみになってはいけないという条件付きだ。
「次」
不愛想な声がかかり、レイランとリミィナは声がした方に視線を向けた。いつの間にかユースの番が終了しており、大きなローブ型の魔法衣を着た人物が険しい目つきでレイランたちを見ている。ここを担当の持ち場としている、魔法都市の魔法師だ。
レイランたちが傍まで歩み寄ると、魔法師はまずレイランの頭の先から足元までじっくりと見た後、隣のリミィナに対しても同様に視認による確認をおこなった。
「名と身分を」
開口一番で見た目について何かを言ってくることはなかった。普通ではないにしても、奇妙な来訪者など珍しいことではないのだろう。
「私はレルトシアと言います。各地を旅する旅人です」
「リミィナです。レルトシアさんに同行している、同じく旅人です」
レイランが会釈をしながら偽名を名乗ると、横にいるリミィナも併せて頭を下げた。
「スモールメへは何を目的に?」
「旅の途中で近くを通ったものですからついでに。観光ということになりますかね」
ユースに語ったように「知り合いに会いに」と言いかけたが、会いに来た人物について尋ねられてしまうと都合が悪いと思い、観光という広い目的で内容を濁す。
「魔法都市スモールメは広く名の知れた権威ある場所ですから、一度目にしておきたいと思ったのです」
リミィナが補足するように言葉を続ける。一言「観光」とだけ言うよりも説得力が上がるだろうと考えてのことだ。
ここまでの返答に検問官が疑問を感じた様子はない。無言で小さく頷くと、レイランの顔をじっと見つめながら口を開いた。
「素顔を確認することはできるか?」
レイランは動揺した態度を見せなかったが、心の中でちっと舌打ちをする。仮面を外すように言われることは想定していたが、さてどのように対応するか――
「申し訳ありませんが、レルトシアさんは仮面を外すことができないのです。私たちの故郷と信仰する宗派の習わしにより、成人した男性は呪いの仮面を付けて生活する必要があるのです。この仮面は無理に外そうとすると呪いにより命を落としてしまうので、安全に外すことのできる方法を探すためにあちこちを旅しています」
レイランが言い訳を考え始めた矢先、リミィナが祈るような仕草とレイランを憐れむような表情を作ってそんな話を語った。
「そのような習わしは聞いたことがないが、まあ小さな宗派であっても否定するべきではないのだろうな。――出身地を聞いても?」
宗派と言ってしまえばむやみに疑ったり否定したりすることは躊躇われるというものである。不愛想な検問官ではあるが非常に人格者だ。あくまで仕事として冷静に応対しているわけであって、普段は心優しき人物なのかもしれない。権威ある都市の門番というのはさすがだ。
「マルリという小さな集落です。ここからはだいぶ離れた場所にあってほとんど知られていないのですが、精度の高い地図を参照いただければ確かに記載されているので、疑問を感じるようであれば確認していただけると」
レイランは僅かに目を見開いてリミィナの方に視線を向ける。仮面越しには気付かれない程度ではあるが、ゴドライ出身と答えると思っていたレイランは思わず驚いてしまったのだ。
「私の知識には無い地名だが、手元に地図がないので後ほど確認させていただくとしよう」
この場で確定させないのは検問としてどうなんだとレイランは思ったものの、ここまで対面による問答をしていること自体が異例中の異例なのだ。都市のセキュリティは魔法によるものが大部分を占めているのだろうし、人間による確認にはいろいろと穴があるのだと彼の中で結論付けた。
また、リミィナが地図に載っているから確認してと念を押したことも信用された要因の一つだろう。なんにせよ、レイランにとって検問に不備があることはメリットになる。
逆に、リミィナが口にした「マルリ」という地名が気になった。レイランもそんな場所は知らない。テキトーな嘘をつらつらと話しているとそのうち不都合が生じるのではないかと不安に感じたものの、リミィナが無計画に突発的な言動を起こすとも思えなかったため、この場は静観して合わせることにした。
「……よし、通れ」
直後、予想以上に早く通行許可が下りたことで、今度こそレイランはわかりやすく驚いた。
「早いですね。入る側が言うのもおかしいですが、今の数問で私たちの潔白が証明されたのでしょうか」
何事もなく短時間で検問が済んだことは喜ばしいはずなのだが、レイランは思わずそんなことを尋ねる。
検問官はずっと鉄仮面のような無表情で立っていたが、僅かにバツが悪そうな顔になった。
「受け答えはスムーズで怪しい点はない。そもそも結界があるにもかかわらずこのように対面での審査をおこなうこと自体がイレギュラーなのだ。都市の方針で実施してはいるが、慣れない業務によってこのように列も滞っている始末。貴様たちにこれ以上聞く質問もない」
この態勢になってからまだ日が浅いためか、明確なマニュアルやしっかりとした研修がなかったのだろう。いざ検問官を配置してみても、具体的に何を聞けばいいのかわからないのか。
一方で、スモールメの人々にとって結界というものの信用はとても高いらしい。仮にこの検問をよからぬ人物が通過できたとして、スモールメに入った後に何ができるわけでもないと考えているのかもしれない。
「突然このような厳戒態勢になったのはよほどの理由があってのことだとお察しします。都市に入るにあたって何か気を付けておくべきことはあるのでしょうか」
リミィナが少し感情を見せた検問官に質問を投げかけると、検問官はレイランたちの後ろの長い列を一瞥した後、面倒そうな態度でため息をついた。
「知っているかもしれんが、都市内では現在、大魔法師フィリア―ナの捜索隊が動いている。彼らの邪魔にならないようにしておけば何事もないだろう」
早く去ってくれと言わんばかりの投げやりな態度に、レイランたちは「どうも」と一言だけ置いてそそくさと通過した。終わりの見えない列の対応に辟易しており、面倒な会話は極力避けたいという思いがわかりやすく感じられた。
「思いのほか簡単に通れたね。拍子抜けだよ」
リミィナが不思議そうな表情でレイランに話しかけると、レイランも「うーん」と訝しげな声で唸る。
「もともと検問なんてあってないようなものだとフィリが言ってはいたが、ここまで甘いとは思わなかった。都市の守りは結界がほぼ担っているようだし、人による警戒は重要視されていないのかもしれない」
「勇者の指名手配があっても?」
「築いて間もない厳戒態勢ぽいから、都市の上層部と下っ端の認識にまだ乖離があるんだろう。結界があるんだから問題ないと検問官たちは高を括っているのさ」
少し疑問が残りながらも、レイランは自分の中で納得させた。何にせよ、スムーズに都市に入ることができたのは喜ばしいことである。
「いろいろと決めたいことや話したいこともあるが、一旦身を落ち着けられるような場所を探そうか。ミラーファとも合流しなきゃいけないし」
レイランはそう言うと、足早に先へ進む。リミィナも置いていかれるようなことはなくしっかりと後に続いた。
検問所を通過した後、天井がアーチ状になっている通路をしばらく歩いて抜けると、その先にはレイランが見たこともないような大都会が広がっていた。発展した都会という意味であれば、レイランも前回の旅の途中にいくつか寄ったことがある。それに聖都だって充分巨大な都市だ。しかし、そういった都市と大きく異なっているのが――
「あれは、魔法で動いているのか?」
レイランが目を丸くして凝視しているのは、大きな道路上にいくつも見える、宙に浮いた箱状の物体だ。数人の人間を乗せて、道路を滑るように移動している。馬車のようにも見えるが、箱を引く馬は確認できない。
「『魔動車』というらしいよ。ゴドライで少し聞いたことがあるんだけど、スモールメの中では一般的な移動手段なんだって」
箱の正体を知っているというリミィナも見るのは初めてであるようで、レイランと同じく驚いた表情でその箱――魔動車を眺めている。
辺りを見回してみると、スモールメは魔動車以外にも魔法で溢れていた。道行く人々は何ともない顔で自身の荷物を宙に浮かし、煙草を吸おうとしている人物は指先に小さな火を灯しており、不思議な形の花の前に立っている女性は宙に浮かせた球状の水から少量ずつ花壇に水を与えている。
「知らない文明というか、全くの異文化というか……異世界にでも来た気分だ」
「ここまで魔法に溢れた場所は他にないもの。魔法都市と呼ばれている所以だね」
普通に訪れた観光客のようにきょろきょろと周りを見ていた二人だったが、自身の立場と目的を思い出したレイランが小さく咳払いをしたことで我に返る。
「本当は単純に楽しみにここへ来たかったけど、そうも言ってられないからね。人が多くなさそうな方に向かって歩いてみようか」
人の多い大都市にだって、閑散とした場所はあるものだ。人目をなるべく避けるため、そういった場所を探しに歩き出す二人。
大通りから少し外れた場所にやってくると、スモールメに入った直後よりも人が少なくなってきた。道路脇には店と思われる建物が何軒も並んでいるが、ほとんどが営業していないようだ。よく見ると、魔法によるものか、立体的な文字と酒のアイコンが建物の前に浮かんでいる。
「酒場か。暗い時間にしかやってなさそうだが、この辺の人たちは昼間から飲みたくなることはないのか?」
レイランが故郷を逃げ出した後に立ち寄った立寄所では、昼間であったものの酒場が開いていた。そこで腹ごしらえと情報収集をおこなったわけだが、同時にレイランに関する噂話も生むことになってしまった。
「そういう人たちはもっと栄えている場所に行くのかも。この辺はどちらかというと夜の街って感じがする」
リミィナが左右を見回しながら答えた。確かに、先程までいた場所よりは大人向けな場所が多そうだ。
「そういえば、リミィナはお酒飲むの?」
酒場を見てふと気になったレイランが、きょろきょろしているリミィナに尋ねた。国によって酒を飲めるようになる年齢制限が違うが、この国の基準でいえばリミィナはすでに飲める年齢だろうとレイランは予想している。
「ゴドライにいた時は果実酒を少し飲んだことあるってくらいかな。それより前はそもそも食べ物も住むところもなかったから、道端に捨てられてた得体のしれない液体を飲んだらお酒だったっていうパターンが何度かあったくらい」
「……すまない」
「なんで謝るの?」
軽く質問しただけのつもりだったもののリミィナの過酷な生活の一端を思わず聞いてしまって申し訳なくなるレイランに、リミィナは不思議そうに尋ねた。
レイランが口を開きかけた直後、突然風がふわっと吹き、レイランの真横に少女が現れた。
「レイランはあなたの辛い過去を話させてしまったことに罪悪感があるのよ」
驚くリミィナだが、レイランは冷静に少女の方に視線を向ける。
「ミラーファ。よくここがわかったな」
「あたしがレイランを見つけられないとでも?」
得意げな顔で言うミラーファに、ふっと笑うレイラン。リミィナもすぐに平常心を取り戻し、ミラーファに声をかける。
「ミラーファさん。結界とかは大丈夫だったの?」
「結界は人間界で作用しているものでしょう。精霊にとっては何の効果もないわ」
人間界と精霊界は同じ場所ではあっても世界は違う。スモールメに張られている結界がどれだけ強力なものだったとしても、精霊界に対しては微塵も干渉することはない。
「それで? あなたたちはこんな人気のないところまでやって来て昼からお酒を飲むつもりだったのかしら」
ミラーファがからかうような口調で問いかけると、レイランが肩をすくめてため息を吐いた。
「そんなわけないだろ。とりあえず人のいなそうな方に歩いてみようってなっただけだ。リミィナには悪いことをしたと思ってるよ」
暗に先程の質問を責めていると感じたレイランが力なくそう言うと、リミィナは慌てて首を横に振った。
「何も悪いことなんてないよ。確かに昔は辛かったし人生に絶望したことだって何回もあったけど、レ……ルトシアさんのおかげで今は将来のために頑張ろうって思えているの。それに、いろいろなところを彷徨ってたおかげで役に立ったことだってあったし」
微笑みを浮かべたリミィナに、レイランとミラーファが首を傾げた。
「役に立ったこと?」
リミィナは「うん」と頷く。
「さっきの検問所でレルトシアさんの素顔を確認されそうになった時があったでしょう。あの時私が言ってたことは、実際に聞いたことがある話をいくつか混ぜて作ったものなんだ」
マルリという小さな集落の習わしのせいで呪いの仮面を付けており、外そうとすると命を落とすという話だ。検問官が思ったより人格者であり深く疑われなかったことも理由の一つだが、その説明で事なきを得た大きな要因はリミィナが全て真実であるかのようにすらすらと語ったからだろう。咄嗟の嘘にしては妙な信憑性もあったし、不自然に感じないほどスムーズな説明だった。
「そうだったのか。不勉強で申し訳ないけど、マルリという場所をおれは知らないし、呪いの仮面なんてものも聞いたことがない」
レイランが驚いていると、リミィナは心なしか得意げな表情になって話を続けた。
「マルリはここからずっと遠くにある小さな集落なの。ただ、そこで本当に信仰があるのかはわからなくて、習わしについては単なる思い付きなんだけど、すぐに確認できるような距離ではないから問題ないと思って。呪いの仮面は、昔私がごみ捨て場で身を寄せていた時に近くの酒場で旅人の人たちが言っているのを聞いた話をもとにしてて、古い遺跡を調査していた友人がとある仮面を見つけて、つけてみたら呪いによって取れなくなってしまったという内容だったの。まあ実際に私が目にしたわけではないけど、この世界のどこかには存在しているのだと思う」
居場所がなく各地を転々としていたリミィナは、ある意味ではいろいろな場所を旅していたとも言える。行く先々で耳にしたことや知ったことが経験や知識として彼女の中に蓄えられているのだろう。
「リミィナはやっぱり賢い子ね。それに、とても厳しい人生を歩んできたってことが改めてわかる内容だわ。今まで頑張ってきたのね」
感心しつつも憐れみの表情を浮かべているミラーファ。リミィナの知識や経験は過酷な人生を歩んできたが故のものであり、素直に「物知り」の一言では片づけられない。一方で、そういった知識をもとに検問官を納得させる話を瞬時に組み立てる頭の回転の早さや、それを不自然に感じさせないよう堂々と語ってみせる度胸はさすがと言わざるを得ない。そんなリミィナをミラーファはしっかりと認めていた。
自身の過去について「頑張ってきたのね」と言われ、リミィナはぎゅっと唇を引き締めると、瞳を潤ませて嬉しそうに目を細めた。
「リミィナのおかげで検問を楽に通り抜けられたよ、ありがとう。――それにしても、ミラーファが出会って数日の人間を素直に褒めるなんて、珍しいこともあるもんだ」
レイランはリミィナに笑いかけて優しい声色で感謝を述べた後、ミラーファの方に視線を向けた。ミラーファは心外だと言わんばかりの表情でレイランに向き直る。
「あら、あたしは別に人間嫌いなわけではないわよ。リミィナはお気に入りだし良い子だから正直に伝えただけなのだけれど」
「そうか。精霊に気に入られるなんて、やっぱりリミィナは精霊術師の素質があるらしい」
二人してリミィナを褒めていると、当の本人は照れた表情で俯いてしまった。これまで生きてきた環境から考えると、自分を褒めてくれる存在というものに出会ったことが少ないのだろう。ゴドライにいた時はたくさん褒めてくれて嬉しかったといったことも言っていた。
道端で三人が談笑していると、どこかからか「離してっ」という大きな声が響いた。レイランたちが不審に思って声の聞こえた方に目を向けると、裏路地に続いていそうな細い道があった。その先で何かトラブルが起こっているらしい。
「……どうする」
様子を見に行こうか迷うレイランがミラーファとリミィナに向かって問いかける。リミィナは心配そうな表情をしているものの、今の自分たちの立場を鑑みて軽率に首を突っ込んでいいものかと逡巡しているようだ。
「お尋ね者なのに自分から揉め事に関わるのは賛成しがたいわ。でも、ここで放置するのは勇者の名が泣くわね」
ミラーファが試すような視線をレイランに向けた。それを感じたレイランは肩をすくめた後に、「わかったよ」と言って頷いた。
「何があったのか確認しに行こう。大ごとになりそうだったら憲兵の魔法師呼んでこの場から離れれば大丈夫だ」
そして、レイランが声の聞こえた細道に向かって歩き始めた。リミィナは一度頷いて彼の後に続き、ミラーファはくすっと笑って二人の背中を見送った。




