第12話 魔法都市スモールメ① 長蛇の列と、ある男
ゴドライを出てからしばらくは木々の間を通る林道であったが、何日か歩いていると舗装された道へと移り変わっていった。しばらく土の大地を踏み続けていた足が、固くしっかりとした石の感触を確かに感じ取る。
「もう少しでスモールメが見えてくるはずだ。大きな都市だから遠くからでも見つけられると思う」
レイランが地図を片手にそういうと、彼の横で宙を滑るように並んで移動している精霊のミラーファが、スモールメがあると思われる方に目を向けた。
「見えたわ。でも、魔法都市がまだ遠目に確認できる距離ってなると、まだもう少し歩く必要がありそうね」
ミラーファの言葉に、レイランも地図から目を離して顔を上げると、確かに遠くの方に大きな都市があるのが確認できた。だが、ミラーファの言う通り辿り着くのにはもう少し時間がかかりそうだ。こういうとき、視認できてはいても思ったより近くないというのはよくあることである。
「目的地が見えたってだけでも気は楽になるさ。――もうちょっとだけ歩けるか?」
レイランが後方に向かって声をかけると、レイランのすぐ後ろを歩いている少女はにこりと笑った。
「大丈夫。体力には自信があるよ」
レイランは特に気遣ってゆっくり歩いていたわけではないが、共に行動している少女――リミィナは疲労の色を見せずに涼しい顔でしっかりとついてきている。
ゴドライに立ち寄った際に、ふとした縁でレイランに同行することとなったリミィナは、幼少期から過酷な人生を歩んできた。レイランより少し下の――といってもそこまで彼と変わらないが――年齢である彼女は、普通の少年少女とは異なる境遇の持ち主である。
最近まではゴドライにてしばらく滞在していたようだが、それ以前は満足な衣食住を確保することができず、様々な場所を転々として生きてきたという。そんなリミィナにとっては、数日間歩くというのはとるに足らない負担なのかもしれない。
「頼もしいわね。スモールメに到着したらゆっくり休めるからね……と言いたいところなのだけれど、実際のところどうなのかしらね」
元気な様子のリミィナに感心といった表情で微笑みかけたミラーファだったが、その後レイランに疑問を投げかける。
「大都市だし、勇者一行は確実に指名手配として知れ渡っているだろうな。まあでも大きな都市だからこそ、上手く隠れることができれば見つからない可能性もある」
「レイランは影が薄いものね」
ミラーファがくすっと笑ってそう言うと、レイランは不機嫌そうな顔で肩をすくめた。
「言い方が気に食わないが、影が薄いことで目立たずに行動できるのであれば別に悪いことじゃない。むしろうちのパーティで結構目立ってたフィリが今どうしているかが不安だ」
つい先日レイランたちに出会ったばかりのリミィナは、ミラーファがレイランをからかっている状況に何も言えず困ったように笑っていたが、勇者一行の一人の名前が出たことで会話の輪に加わる。
「フィリというのは、大魔法師フィリア―ナさんのこと?」
尋ねられたレイランは「ああ」と答えて頷いた。
「フィリはスモールメ出身なんだ。だから今回、追われる身でありながら未踏の魔法都市に足を踏み入れるってわけだ」
すると、リミィナは意外なことを聞いたといった様子で目を丸くした。
「レイランさんはスモールメに行ったことがないの? 魔王討伐の旅の途中で訪れたことがあるのかと思ってた。しかも、フィリア―ナさんの出身地だというのなら尚更」
「聖都からブルーフラム帝国に行くってなると、スモールメとは方向が違うんだ。それに、おれたちは聖都で結成して聖都で解散したからな。単純に行く機会がなかった」
レイランがそう言うと、ミラーファは顎に手を添えるような仕草をして眉を顰めた。
「そうね。だから、スモールメがどんな場所なのかあまりわかっていないの。フィリが自分の故郷のことを話していたのはたまに聞いていたけど、魔法で大きく発展した活気ある都市だってことくらいしかわからないわ」
当時はまさかお忍びでスモールメを訪れることになるとは夢にも思っていなかった。素性がばれないように都市に入れるのかとか、中に入れたとして身分を隠したままどのくらい自由に動き回れるのかとか、セキュリティの面については詳しく聞いているはずがなかった。
ただ、スモールメは広く名が知られている大魔法都市だ。一般的な知識という感覚で頭に入っている情報もある。
「魔法師であれば、専用の入り口から簡単に入れるらしい。逆に魔力のない人間が都市に入るには検問か何かを受けなきゃいけないんだとよ」
検問などという言葉の響きだが、普段は大した質問も検査もなくすんなり通れると、たしかフィリア―ナが言っていた。検問官とは言っても学校の警備員みたいなものだ、と彼女が笑っていたことをレイランは思い出す。だが、今は”普段”とは言えない状況だ。
「私もレイランさんも魔法師じゃないってことは、その検問を受けないといけないんだよね」
リミィナがレイランに問うと、レイランが頷いて応える。
「勇者の一人がいる都市だからな。仲間が合いに来ると警戒して検問が厳しくなっている可能性がある。リミィナ一人であれば何事もなく通れるだろうが、おれは素性を深堀りされたらばれて捕まるかもしれないな」
ミラーファが、レイランが背負っている荷物袋を指さして口を開いた。
「その怪しい仮面をつけてリミィナと一緒にいたら大丈夫なんじゃない? ゴドライから来た旅人ですって言えば、一応嘘もついてないし」
道中、レイランは仮面を外して荷物袋に入れている。無防備ではあるが、ここ数日は人の少ない林道を歩いてきていたため、問題ないと判断していた。それに、仮面を付けると視界が良好とは言えなくなるし、何より煩わしいとレイランが感じていた。外していても問題ないと思われるような場所では少しでも仮面を付けない時間が欲しいというのが本音だ。
「そう信じたいところだ。もしかしたらリミィナに検問官の相手を任せてしまうことになるかもしれない」
申し訳なさそうな表情でレイランがリミィナの方へ視線を向けると、リミィナは胸に手を当てて微笑みを浮かべた。
「いつでも任せて。そんなことに怖気づいたりしないよ」
頼もしい返事を聞いて、ミラーファが感心したように頷いた。
「リミィナは良い子ね。これからは頼りないレイランをたくさん支えてあげてくれると嬉しいわ」
頼りないと言われて眉間に皴を寄せるレイランの横で、リミィナは恐縮したように頭を何度か横に振る。
「レイランさんが頼りないなんて、そんなことないよ。でも、私にできることがあったらなんでもやるつもり」
意気込むリミィナに、レイランは優しく笑いかける。
「ありがとう。リミィナがいてくれたら上手くいきそうな気がするよ。頼りにしている」
そう言われたリミィナは、自分を頼ってくれるというレイランの言葉によるものか、はたまた別の理由か、頬をほんのりと赤くすると照れくさそうに笑った。
◇
長蛇の列だ。多種多様な装いの者たちが今か今かと順番待ちをしている先にはゲートのようなものがあり、そこで検問をおこなっているのだろう。待機している者たちが何列かに分かれて並んでいるのを見ると、複数人態勢で入り口を管理しているらしい。
「一つの都市に入るのにこんなに待たされるのか。まるで入国審査だな」
仮面をしっかりと付け、頭にはフードを深めに被ったレイランが、ゆっくりと進んでいく待機列の中でぼそっと愚痴を吐いた。
「やっぱり警戒態勢が敷かれているのかも」
列の先を目を細めて眺めるリミィナは、レイランの隣で囁くように応じた。彼女は今のところ特に狙われる対象とはなっていないため、素顔は晒したままである。
ミラーファはここから少し離れた場所で待機している。これだけ人が多いと精霊を感知できる人間がいてもおかしくない。精霊がこの場に存在していること自体はまったく不思議なことではないが、特定の人間の隣で一緒に列に並んでいるとなると話は別である。
「周りの連中の中にも苛々しているやつや戸惑ってるやつがちらほらいるな。いつもとは違う状況だということに間違いはないらしい」
レイランが辺りを見回すと、明らかに不機嫌な顔で佇んでいる者や、仲間と「こんなに待たされることなんてあったか」といった会話をしている者などが見受けられた。
そんな中、レイランのすぐ前に並んでいる一人の男は違った。レイランとはなかなかに歳が離れていそうなその男は、この状況でも涼しい顔で穏やかに列が進むのを待っていた。一見、貴族のような紳士に見える彼だが、動きやすそうな服を着て腰には短剣の鞘が二本分提げられている。戦闘に慣れた人間であることは雰囲気で感じ取れた。
「失礼。こうやって長い時間を待つのは珍しいことなのでしょうか」
穏やかな表情で待ち続けている彼は感情のコントロールが上手く会話がしやすそうだと判断したレイランは、暇つぶしと情報収集を兼ねて前の男に話しかけた。急に後ろから話しかけられたにもかかわらず動揺もせずに振り返った男は、困ったような表情で笑いながら応答する。
「そうですね。スモールメには馴染みがありますが、ここまで列で待つのは初めてのことです」
渋くて良い声だ。余計にどこかの偉い貴族に感じさせられる。
「私は初めてここに来たのですが、周りの方々の反応を見るに異常事態なのではと思い気になったのです。突然声をかけてしまい申し訳ない」
レイランは丁寧な口調で謝罪をしてから続けた。
「魔法師でない者は審査を受けなくては入れないとは聞いていましたが、実のところすんなり通過できるとも前に聞きました。何かあったのでしょうか」
“何かあった”ことについては心当たりがあるレイランだが、何も知らないふうを装って質問する。男は顎に手を添えると、列の先に見えている魔法都市の方に視線を向けて口を開いた。
「少し前に聞いた話ですが、ブルーフラム帝国の侵略を阻止した勇者一行が指名手配になったようでしてね。スモールメはそのうちの一人の出身地なのです。その影響でチェックが厳しくなっているのでしょう」
やはりか、とレイランは心の中で舌打ちをした。
「……大魔法師フィリア―ナですね。彼女がスモールメに帰還してくるのを待っているのでしょうか。ここまで厳戒態勢でチェックしていれば、彼女は警戒してスモールメには近づかなくなると思いますが」
「いえ、大魔法師フィリア―ナはすでに帰還済みと聞きました。むしろ、彼女の仲間がスモールメに入るのを警戒しているのだと思います。彼らが合流してこの大都市で何か事を起こすようなことがあれば大変なことになるでしょうし、権威ある魔法都市の名にも傷がつくかもしれないですからね」
大方予想通りの内容だったので、レイランもリミィナも特別驚くことはなかった。ただ、彼の言い方から考えるに、フィリア―ナはまだスモールメの中にいる。帰還してからスモールメを出る前にこの態勢が敷かれてしまい、この魔法都市の中で身を潜めているか、あるいはすでに身柄を拘束されてしまっているかしていると思われる。
「そんな事情があるのなら、待たされてしまうのも仕方がないですね。教えていただきありがとうございます」
今初めて知ったという驚きの顔を作って、レイランはぺこりと頭を下げてお礼を言うと、男は「いえいえ」といってにこりと笑った。それから、レイランの隣にいるリミィナに視線を向けた。
「ところで、スモールメには何を目的に? 仮面を付けたあなたと綺麗なお嬢さんの二人組というのは少々変わった組み合わせですね」
まあ気になるだろうな、と思いながらも、あまり深堀りされたくない質問が投げかけられてこっそり小さくため息をつくと、ここ最近自分のなかで確立され始めている偽りの姿を纏ってレイランが返事をする。
「知り合いを訪ねに。私はあちこちを転々としながら祈りを捧げている旅人でして、たまたまスモールメの近くを寄ったのでついでにと。スモールメに来たことはありませんが、知り合いがここの出身だということを知っていましたので」
すると、男がわずかに目を丸くした。
「祈り? 神官の方ですか」
レイランは首を横に振ると、自分の頬を指で掻いた。
「よく言われるのですが、神官ではありません。私の故郷がとある信仰のある場所でして、その一環のようなものです。あくまでただの旅人ですよ」
真実ではない内容や濁している部分はあるものの、大方本当のことを言っている。嘘を言うときには真実を混ぜておく方が現実味を帯びるし、ボロも出にくい。
「彼女も同じ信仰の同行者です。旅は仲間がいた方が何かと心強いですからね」
男が気になっているであろうリミィナについても触れて紹介しておく。リミィナはぺこりと会釈をした。男が「そうですか」と頷いたところで、リミィナが首をかしげながら口を開いた。
「あなたはスモールメに来るのが初めてではないとのことですが、ここには何か縁でも?」
これ以上深掘りされるのはあまりよろしくないとリミィナにもわかったのだろう。少々強引に話題を目の前の男に移す。
男は一瞬何かを考える仕草をしたが、すぐに「まあね」と返した。
「あなた方のことばかり聞くのは不公平ですね。――実は私も知り合いがここにおりまして、ちょっとした贈り物を届けに来たのです」
「贈り物?」
リミィナが無邪気な表情で聞き返すと、男は困ったように眉尻を下げた。
「まあまあ、その中身まで聞くのは無粋というものですよ」
何か隠しているようにも見えるが、出会ったばかりの人間の荷物の中身まで詮索するのはさすがに失礼というものだ。それに、これから検問が待っているという状況の中で怪しいものを持ち込むことなど不可能なはずである。
「それは間違いない。うちの連れが失礼いたしました――挨拶が遅れました、私はレルトシアと申します」
レイランが謝罪しながらリミィナの頭を撫でると、リミィナは一瞬驚いたように目を見開いた後、ほんのりと頬を赤くしながら慌てて頭を下げた。
「無礼な態度、すみません。リミィナです」
リミィナは偽名を名乗る必要がないため、本名をそのまま名乗った。男は「とんでもない」と言って優しい表情で首を横に振ると、様になるような綺麗なお辞儀をして挨拶をする。
「ユースと言います。ここで会ったのも何かの縁でしょうし、よろしくお願いいたします」




