第11話 集落ゴドライ⑧ 決意と旅立ち
レイランがゴドライの入り口近くにやってくると、大人の人間一人をぐるぐると巻き込んで取り込んだ植物が二つ、昨晩から変わらずに残っていた。リミィナを襲っていた野盗二人だ。
「うわ、なんだこれ」
レイランの後方から男の声がしたので振り返ると、レイランの知らない男が植物を見て驚いた表情を浮かべていた。ゴドライの住民だ。水や食物を摂取して動けるようになったのだろう。
「ゴドライに人を攫いに来た賊のようです。拘束してあるので然るべき組織に引き渡していただけますか」
ローブもかぶらず仮面もつけていない状態だったが、ゴドライの住民はレイランが指名手配中であることを知らないようなので問題ないだろうと踏み、レイランは素顔のまま男に話しかける。
「あ、あんたが捕まえたのか?」
ゴドライの人口は多くないので全員の住民の顔を覚えているのだろう。知らない顔の男が賊を捕らえたと言ってきたので困惑している様子だ。
「ええ。少しばかりリミィナとゼンさんにお世話になりまして。少しでもそのお礼になればと集落の復興をお手伝いしたのですが、まさかこのような賊に遭遇するとは」
理由と経緯に若干真実でないところが混ざっているが、それは些細なことだ。身の上の都合上、すべてを正直に話す必要はない。
「まさか、一晩でゴドライが復活したのはあんたのおかげか?」
男はさらに驚愕した顔になってレイランに問う。
「ささやかながら、お祈りをさせていただきました。再びこの地に恵みがもたらされるように、とね」
レイランは野盗と対峙した時に扮した、神官を真似たキャラクターになって応える。
「こりゃあ驚いた。あんた、神官か何かかい」
とても信じられないといった表情だが、荒れ果てた土地が一夜明けて豊かな自然に囲まれている様子を実際に目の当たりにしては受け止めざるを得ないだろう。
ただ、神官という職は一人一人が聖都の教会で個人情報を管理されており、教会で登録されていない者は神官を名乗ることができない。神官と身分を偽ることは今後不都合が生じるリスクもあるため、レイランはあくまでそうとは名乗らない。
「神官ではありません。旅をしながら様々な土地の豊穣を祈っている祈り人に過ぎませんよ」
訝し気な顔でレイランをまじまじと見つめる男だったが、すぐに笑顔になった。
「なんかよくわからないが、ゴドライを助けてくれたことには違いないもんな」
ふわっと心地よい風が彼らの間を通り過ぎて吹いていった。レイランの耳にさがっている、太陽を模した紅い玉に雨を表す雫型の宝石が垂れた耳輪が揺れ、朝日を反射してきらめいた。
「ありがとうな、紅い耳輪をつけた祈り人さんよ」
◇
ゼンのもとを訪れたリミィナは、ベッドの上で身体を起こしているゼンの姿を見て安堵の息を吐いていた。傍らの小さな机の上には、僅かに残った水が入ったコップと、レイランが用意したと思われる果物をすり潰したものが入ったお椀が置かれている。
「ゼンさん、無事で良かった」
心底ほっとしたような表情で、リミィナが声をかける。ゼンはそんなリミィナに向かって微笑みを浮かべた。
「私は元気だ。彼が水と食べ物を持ってきてくれたからもう心配ない」
ゼンは部屋の片隅に置かれている小さな椅子を指さすと、立ったままのリミィナに座るように促した。リミィナは素直に従って、無言のまま椅子に腰を下ろす。
「大変苦労を掛けたね。すっかりぼろぼろになってしまって……体調は大丈夫かい」
長い髪はしばらく手入れをしなかったせいでぼさぼさになってしまっており、着ている服ももう清潔とは言えない状態だ。裸足のまま集落中を駆け回っていたので足の裏もずきずきと痛む。
しかし、ゴドライのみんなと比べれば全然ましだとリミィナは思っていた。もしかしたら死んでしまうかもしれないという危険な状態のみんなと比べれば、少し汚くて怪我をしているだけの自分など何の問題もない、と。
「私のことはいいの。ゴドライのみんなは全員無事だったわ。あの人のおかげで」
リミィナは、ゼンがレイランの素性を知っているということを知らないので、レイランの名前は濁してそう話した。
「彼に助けを求めたのはリミィナだろう。彼には大変恩義を感じているが、リミィナにも同じくらい感謝している」
ゼンが優しくそう言うと、リミィナは長い髪を振り乱して大きく首を振った。
「違うの! 私のせいでゴドライが大変なことになっちゃったんだ。私が神聖術をたくさん使ってしまったから、みんなを危ない目に……」
「――リミィナ」
リミィナの悲痛な叫びをゼンが遮る。リミィナはぐっと口をつぐんでゼンを見つめた。
「彼からある程度の事情は聞いている。さきほどまで、みんなのもとへ一人一人様子を確認しに行って、その度に説明と謝罪をしてきたのだろう」
リミィナは小さく頷く。
「命を落とした者がいたのかな」
「……いいえ」
「彼らはリミィナを罵倒し、金輪際許さないと言ってきたかい」
「……みんな私を責めないで優しく接してくれたわ」
呟くように返答したリミィナの言葉を聞いて、ゼンは「そうか」と一度大きく頷いた。
「結果的にゴドライは無事に危機を乗り切ることができたというわけだ。そしてここに住む者たちもリミィナのことを責めなかったという。となれば、長である私からもとやかく言う必要はあるまい」
リミィナは大きく目を見開いた。
「どうして? 私がやってしまったということは変わらないじゃない。何も処罰がないなんて誰も納得しないはずよ」
ゼンはずっと穏やかな表情のままだ。その柔らかい眼差しに耐えられず、リミィナの目からは涙が零れだす。
「リミィナは罰を受けたいのかい」
「――そうよ。お咎めもなくのうのうと生きていくなんて私には耐えられないもの」
懇願するような瞳でゼンに訴えかける。罪の意識に苛まれている人間は、罰を受けることで自分の心に区切りをつけられることもある。そういった場合、単純に人から許しを受けるだけでは罪悪感が収まらないのだ。
ゼンは目を伏せて、何かを思案するように大きく息を吐く。
「たしかに、故意ではないとしてもリミィナの神聖術が今回の引き金になったという事実はあるのかもしれない。しかしながら、ゴドライはリミィナの神聖術に大きく助けられていたというのもまた事実だ。リミィナの神聖術に頼りすぎてしまった結果が今回なのであれば、ゴドライ――ひいては長である私にも充分に非はある」
何を言っているのだという表情を浮かべるリミィナだが、ゼンはそのまま続ける。
「問題が起こってしまった後、リミィナは解決策を探すべく必死に動いてくれていたね。そんなぼろぼろになっても最後まで諦めなかった。そして、彼――世界の英雄の一人を連れてくることができた」
「……知っていたの?」
驚きと困惑の表情で尋ねられたゼンは、「ええ」と微笑んだ。
「そして彼が奇跡のような力で救ってくれた後、リミィナは一人一人にしっかりと向き合って、安否の確認と誠意ある謝罪をおこなった。彼らはそんなリミィナの一生懸命なところや誠実さ、責任感の強さを感じているからこそ、責めることなく優しく接したのだと思うよ」
まだ立ち上がるのは困難であるゼンは、「こちらにおいで」とリミィナに向かって手招きをする。リミィナは椅子から立ち上がり、ゼンの傍らまで歩み寄った。彼女の手を、ゼンが優しく自らの手で包み込んだ。
「リミィナがゴドライを大切に思ってくれているのはみんなに伝わっているし、彼らもリミィナのことを大事に思っているはずだ。リミィナはゴドライの仲間、そして家族のようなものなんだよ。リミィナ一人のせいではない。もう抱え込む必要はないんだ」
それを聞いたリミィナは、どっと感情があふれ出したように声をあげて泣き始めた。床に膝をつき、ゼンの身体を覆っている毛布に顔をうずめて何度も嗚咽を漏らす。ゼンはそんなリミィナの頭を優しく撫でた。愛おしそうに目を細め、愛する孫娘を慰めるように。
しばらく時間が経った頃、リミィナはようやく気持ちが落ち着き泣き止んだ。ゼンの毛布の上で腕を抱えるように組み、その中に顔を下半分ほどうずめている。泣き腫らして赤くなった瞳が長い前髪の間から覗いていた。
「ところで」
リミィナが落ち着きを取り戻したことを確認して、ふとゼンが口を開いた。
「リミィナはこの集落を出ていってしまうんだったね」
リミィナは呟くような小さな声で「うん」と返事をした。何故ゼンがそこまで知っているのか一瞬疑問に感じたが、レイランが話したのだろうと思い込んですぐに納得する。
「罪の意識に苛まれて、あてもなくふらっと去ってしまうのであれば引き留めようと思っていたが……」
ゼンはにこりと笑って続ける。
「前向きな理由が生まれたようだから安心している。危ない目に遭わせるのは本意ではないが、リミィナの決意に口を出すつもりは私にはない」
リミィナは一度、強く頷いた。確かに、もともと集落を出ようと考えたのは、迷惑をかけたくせにこのままゴドライに住み続ける自分が許せなかったからだが、今は違う。もちろんその気持ちも消えたわけではないが、それよりももっと前向きな気持ちが今のリミィナにはある。
「私、精霊術の勉強をする。でも、ただ教わるだけじゃなくて、ゴドライを助けてくれたレイランさんにたくさん恩返しをしたい。レイランさんが世界の敵になってしまったというのなら、私は隣で力になれるような味方でありたい。――といっても、私なんかじゃ足手まといにならないように気を付けるのが精一杯なんだろうけど」
困ったように笑うリミィナに対して、ゼンは首を横に振る。
「いや、リミィナは彼の力になれると思うよ。リミィナは充分思い知っていることだと思うが、孤独というのはどんな人間にとっても非常に酷なものだ。だから、理解者が一緒にいてくれるというのは彼にとって心強いのではないかな。それに、リミィナには力がある」
リミィナは首を傾げた。
「力? 神聖術のことなら、私はもう使わないつもりだよ」
「いや、リミィナの力は神聖術だけではないだろう」
ゼンがリミィナをまっすぐ見つめる。
「他者の気持ちを汲み取る力に長けている。そう、例えば、人間以外の意思も感じ取ることができるくらいに」
それを聞いたリミィナは一瞬目を見開いた後に、くすっと笑う。
「ゼンさんは私のことなんでもわかっちゃうんだね」
「なんでもというわけにはいかないが、そのくらいならわかる。家族みたいなものだからね」
リミィナは小さな時から家族というものに触れていない。もし自分の父がまだ生きていれば――いや、父というには歳が離れすぎている。もし、祖父というものが自分にも存在していれば、ゼンのように優しく、温かく包み込んで接してくれたのだろうか。そうリミィナは思った。
「さて、彼を待たせてしまっているのだろう。準備が整ったら出かけてくるといい。水がもう出るだろうから、身体を綺麗にしていきなさい。綺麗な服がそこのクローゼットに仕舞ってあるからそれを着て、持って行った方がいいものがあればどれでも持って行ってよい。ああ、金なら融通の利く聖金貨の貯金が――」
次々と口を出してくるゼンに、リミィナは呆れたように笑った。
「もう。私はそんなに小さな子供じゃないんだから」
はっとしたような顔になったゼンが口をつぐむ。そして、バツが悪そうに自らの頭を掻いた。
「すまない。もし私に孫がいたらちょうどリミィナくらいの歳かと思ってな。一つの門出だと思ったら気合が入ってしまった」
孤独に生きてきた自分を、優しく受け入れてくれたゴドライ。家族のようだと言ってくれたゼン。そして、ただ立ち寄っただけの集落を救ってくれたレイラン。
自分の人生に意味などない。孤独に生き、孤独に死んでいくんだ。リミィナはずっとそう思っていた。だが、自分を受け入れ、助けてくれる者は確かにいたのだ。今度は自分が誰かの力になりたい。誇れる力で。自分自身の力で。災いを呼ぶような力には頼らずに、今度こそ。
「命を大事になさい。いつでも帰っておいで」
ゼンが声をかけると、リミィナは潤んだ瞳を細めて微笑んだ。
「ありがとう、ゼンさん。いってきます」
◇
「それで、どうだった」
ゴドライを出てから少し離れた場所に立っているレイランは、集落の入り口を入ってすぐにある人間大の植物を見ながら言った。少しずつゴドライの住民が家の外に出てくるようになり、見違えた景色に驚く者、踊るかのように歓喜する者、そして男二人を飲み込んだ大きな植物を見て困惑する者など、様々な反応がみられる。
「この辺りにそれらしい集団はいなかったわ。あの二人の単独的な行動だったのか、所属する集団が彼らを見捨ててどこかへ行ったのか……理由はわからないけど、少なくともまたゴドライに人を攫いに来るようなやつらは見当たらないよ」
レイランの頭上まで空中を滑るように飛んできたミラーファは、レイランのまわりを一周くるりと周回した後、彼の横で止まった。
「となると、やつらの仲間がゴドライにもう一度押し掛けてくる心配はないと思って大丈夫かな。あの野盗たちも、おれがここに来たという噂を小耳に挟んだ、くらいの温度感だったし」
「仮にも同じ集団に属する仲間が朝になっても帰ってこないのだから、様子を見に来るくらいしてあげればいいのに。まあ、外道の集団なんてそんなものかしら」
勇者が指名手配されて以降、ミラーファの人間に対する評価は下降気味にある。リミィナに対しても、はじめは良い印象を持っていなかった様子がレイランにも見て取れた。しかし、彼女の性格や態度、ミラーファを心配して頑なに神聖術を使わなかったことなどを受けて、ミラーファのリミィナに対する評価は高くなったように思える。
「大々的な犯罪組織と違って、人攫いや野盗ってのは正真正銘の日陰者だ。生きているかもわからない人間をわざわざ探しに来るリスクをとるくらいなら、下っ端二人など切り捨ててしまおうという判断なんだろうさ」
ミラーファの刺々しい発言に対し、レイランは顎に手を添えるようにして自分の考えを述べる。
昨晩レイランは、野盗二人が集落の外に仲間が待機していることを匂わせるような発言をしていたのを聞いていた。そこで、ミラーファに頼んで周辺に怪しい者が隠れていないか捜索してもらっていたのだ。結果的に、男たちの仲間と思われる者は発見できなかったらしい。
「なら、大きなリスクを抱えてまで仲間を助けに向かう指名手配犯の勇者サマは正真正銘の日陰者ではないのかしら」
「からかってるつもりか? おれはお日様の下にもう一度出られるように抗っている最中なんだよ」
にやりと笑っているミラーファにむかって、肩をすくめてみせるレイラン。そのようなやり取りをしていると、ゴドライの中から一人の少女が歩いてくるのを視界に捉えた。
「あら、綺麗な女の子だこと」
老婆のような口調で声を上げるミラーファに、レイランはやれやれといった表情でため息をつく。
「お待たせしてごめんなさい」
レイランのもとへやってきた少女は一言謝ると、ぺこりと一度会釈をした。
「待ってないさ。それよりも、一通り事は済んだのか」
ぼさぼさだった髪は綺麗に整えられており、肩の位置よりも長い彼女の髪は仄かな風に揺られてなびいている。汚れ始めていた質素な服は清潔な服に着替えられており、全体的に大きめで裾の広い装いだ。背中には少女でも負担にならなそうな大きさのリュックが背負われている。
リミィナはレイランの問いに対して「ええ」と肯定した。
「ゼンさんに挨拶して出てきたわ。たくさん励ましてくれて、これからのことを応援してくれた」
レイランは口をほころばせた。
「それなら良かった。必ずリミィナのことを守って、良い未来を迎えられるようにするよ。きみに何かあったらゼンさんやゴドライの人たちに顔向けできないからな」
「ありがとう。でも、私だってレイランさんの力になりたいんだ。そのためにたくさん頑張って、私自身の人生も、レイランさんのことも、ゴドライのみんなのことも、こうなってよかったって思えるような未来を叶えられたら嬉しいな」
力強い光を宿した瞳でリミィナが言う。レイランはそんなリミィナをまじまじと見ると、ふっと笑った。
「なんだか見違えたな。会ったばかりのおれが言うのは失礼なことかもしれないが」
そう言われたリミィナは照れくさそうな表情になって自らの服の裾を掴んで広げるように持ち上げる。
「初対面のときは恥ずかしい恰好を見せちゃったわ。さすがに汚いままだと良くないから、身体を洗って新しい服に着替えてきたの。あ、服とリュックの中身はゼンさんが」
それどころではない状況だったとはいえ、碌な手入れもせずに清潔とはいえない格好でレイランと出会ってしまった。問題が一段落ついて心に余裕が生まれたことで、今更ながらそのような初対面を迎えてしまったことに恥じらいを感じている様子のリミィナだ。
そんなリミィナに対して、レイランは純粋な気持ちで自分の考えを口にする。
「確かに前よりもずっと可愛いけど、出会った時も充分美人だったから心配いらない。あと、おれが言ったのは見た目の話だけじゃないよ」
「おっと?」と、にやにやしたような声色のミラーファの声がレイランの耳に入った。レイランはそれを気に留めずに、目を丸くして少し頬を赤くしたリミィナに微笑みかける。
「将来に前向きになったように見えるってことだ。これまでたくさん大変なことがあったと思うし、これからも今までよりずっと大変なことが待ち受けていると思う。でも、リミィナがついてきてくれるというのならおれは全力できみを守ると約束する。もちろん、リミィナに助けてもらうことだってたくさんあるはずだ。一緒に明るい未来を目指して頑張っていこう」
リミィナはぱちくりと瞬きをしたが、すぐに力強く頷いた。
「私が持てる精一杯の力でレイランさんの役に立ってみせる。これからよろしくお願いします」
そうして、突如世界から逃げることになったかつての勇者は、一人の少女を仲間に加えてゴドライを後にした。彼に付き添う精霊も、浮遊したまま彼らの後に続く。
次に向かうのは、魔法都市スモールメ。レイランの仲間である大魔法師フィリア―ナの故郷だ。




