吸血ラブロマンス
宇宙のどこかにあると言われている
伝説の国ニポン。
永遠に続く昭和の世界。
スマホもない、電気自動車もない。
あるのはただ小忙しいバブル景気。
そんな中で僕は高校生をしていた。
僕の名前は古上たけし。
身体があまり丈夫でないらしく、
入退院を繰り返している。
それでも最近は落ち着いて来て、
学校にも休まず通えている。
友だちは少ないけれど、勉強は
出来る方だと思う。
僕はひとりで下校中。
ふと目に入るのは「献血!」の旗印。
今日は献血の日か。
そうだな、成分献血なら...。
そう思い、僕は献血した。
ささやかな景品をもらった。
この時の気まぐれな献血が、のちに
大きな騒動になるとは、この時点では
知る由もない。
夜。
僕は思う。
父も母も世を去り、僕はただ何となく生きている。
特に目標もなく、ただ何となく勉強して
ただ何となく流されるまま暮らしている。
「(いきがいって何だろう)」
そう思う。
生きていて良かったと思えること。
何だろう。
それは何だろう。
考えても分からないことは分からないもので、
僕は眠りに落ちた。
のだろう。
布団は温かくて柔らかい。
こんな感触をいつまでも感じていたい。
でも朝6時半には起床して、ご飯を食べて
学校に行かなきゃならない。
ところが、今日はなんだか寝起きが悪い。
何だろう、体が重い。
まるで何かが乗っているかのようだった。
心霊現象か。
いや違う。
誰か、誰かが僕の上に乗っているんだ。
男か女か分からない。
だけどこの感触は柔らかい。
くすぐってみよう。
「あははははっ!」
女だ、しかもこの声はまだ少女。
僕は思いっきり叫んだ。
「誰なんですか!」
その声に、返事が返って来た。
「花岡吟、ギンと呼んでね。愛しい人。」
「いや、いきなり言われても。」
薄暗い朝、遮光カーテンがかかっているので
少女の姿はよく分からない。
僕は電灯をつけた、するとそこには全裸の
少女の姿が浮かんできた。
「あちゃー、明るくしちゃだめ。」
「急いで何か着てくださいお願いします。」
話はそれからだった。
僕は冷静になり問い詰めた。
「ギンちゃん、何しに来てたんですか。」
「聞いていなかったですか?今日からお嫁入りです。」
「いやさ、話が飛躍しすぎでないの?」
「粗忽ものですが以後お見知りおきを。」
「忘れられないよある意味。」
普通ではない。
親のいない高校生の僕にお嫁が来るはずがない。
よく考えてみよう。
僕はギンちゃんに言う。
「なんで全裸で僕の布団で一緒に寝てたんですか。」
「そういう決まりだから。」
「とりあえず、親に会わせて下さい。」
「親はいないんだ。」
そう言うとギンちゃんは少し寂しそうな顔をした。
僕は続けた。
「じゃあ、僕の家に上がり込んで一緒の布団で寝た。
全部君の意思でやったことですか?」
「うんとね、私をサポートしてくれるチームがあるの。」
「ほうほう。」
「だから、もし迷惑でなければここにいさせて欲しい。」
「じゃあ、全裸で僕の布団に潜り込まない。」
「それは寂しい。」
「最低限服を着てください。」
僕は厳しい口調で言った。
そうでもしなければこの奇行は収まらない。
ギンちゃんは少し考えていたようだか、やがて
声にした。
「全裸がだめならネグリジェにする。」
「一緒のお布団はだめです。いちおう未成年なんだから。」
「えー?」
そうこうしている内に、登校の時間になる。
あっという間に時間が過ぎてしまった。
ギンちゃんが言う。
「学校に行ってしまうのね、私も連れてって。」
「ギンちゃんどう見ても小学生でしょ、
高校には行けないよ。」
「私は17歳だよ。」
「冗談でしょ。」
僕は本当に冗談としか思えなかったが、
ギンちゃんは深刻に言うのだった。
「この姿格好のまま成長できない病気なの。」
「それは重い。」
治らない病気、治る見込みのない病気。
それがどんなにキツいものか、僕は知っていた。
自分をだましだまし、綱渡り。
揺れて、そして揺れる毎日。
つらいよな。
だから僕は言った。
「助けてくれる人はいないのか。確かサポートが
どうとか言ってたよね?」
「うん、だからね、一緒の高校に行けるんだよ。」
「はい?」
「制服も用意済みなんだよ。」
「ちょっと待て、全部最初から仕込んであったとか?」
僕は驚いた。
それを見て取ったのか、ギンちゃんは言う。
「たけし、これから迷惑をかけるかも知れない。
その分は埋め合わせするから、しばらく一緒に
過ごして欲しい。短期間でいいから。」
「これだけは知りたい。お前、普通じゃないな?」
「うん、違うと思う。」
「ならばいい。僕も似たようなものだから。」
「ありがとね。」
「うわぅ!」
ギンちゃんが抱きついて来た。
小さな体に大きなチカラ。これは何かをなすのか。
僕はまだ良く分からなかった。
ただ、寂しかった僕の部屋は温かくなった。
これがしあわせなんだろうね。
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僕の名前は古上たけし.
高校生だが体の病気で小学生に見える
花岡吟という17才少女と暮らし始めた。
その有様は押しかけ女房。
こんなのでいいのか。
僕は言った。
「僕たちが同棲(?)している事は、
みんなに知られない方がいいな。」
「どうして?」
「奇異の目で見られる。」
「それはつまり....。」
「つまり?」
「うらやましくなるのね!」
「だめだこいつ。」
初登校、どうなることやら。
「花岡吟、ギンと呼んでね。」
「ちっこい!」
自己紹介では彼女の病気がクローズアップされ、
僕との関係性はボカされていた。
それはそうだ、小学生くらいの見た目の
女の子と暮らしているなんて知れたら
面倒なことになる。
「たけし、結婚したんだって?」
「何だこの展開!」
登校一日目で、僕とギンちゃんとの関係は
全校生徒に知られていた。
こうなったら開き直るしか無い。
「ギンちゃん!」
「はい、とうとう結婚する気になりましたか?」
「話が通じないようだから簡潔に済ますが。」
「お前のサポートとやらに会わせて欲しい。」
そう、彼女の補給線を知りたい。
それはこの事件の核心に近づくこと。
僕はそれを知る権利がある。
何も分からないままでこの関係を続けるのは無理だ。
そう思って、しばらくしたら大人の女性が出て来た。
ゴスロリチックな黒い衣装。
青白い肌にまた黒い日傘。
彼女は言った。
「吟さまのサポートをさせて頂いている花園ゆかと
申します。以後お見知りおきを。」
「よろしくお願いします、って!」
僕は油断をしていた。
少女を若い高校生に無理に近づける大人なんて
ろくなものではない。
少なくともまともな大人ではないと思う。
何のつもりか、ギンちゃんを利用しているのか。
いろんな思いが錯綜した。
だが、その言葉は違っていた。
「たけし様、吟さまはご迷惑でしょうか。」
「いや、迷惑じゃないが、これでいいのかと感じる。」
「そうなのでしょう、ですがこれでしか救えない命
だとしたら?」
「何のことだ。」
話が今ひとつ分からない。
謎ばかり増やさないで、教えて欲しい。
確信に迫ることを。
ゆかさんとの問答が続いた。
「私たちは普通の人間ではありません。」
「それは分かるけど答えになっていない。」
「そうですね、正確には吸血鬼と申します。」
「だから日陰にいるんだな。」
「もしくは夜に。」
吸血鬼などと言われてもピンとこない。
それにギンちゃんは僕の血を吸っていない。
噛みつかれたあともない。
何かの間違いではないのか。
そう安易にモンスターが出る訳がない。
「あれ?たけしにバラしちゃったの?」
「本人が知りたがっていましたので。」
ギンちゃんが入ってくると緊張感がなくなる。
少し考えて、彼女について訪ねた。
「ギンちゃんは、俺の血を吸うのか?」
「嫌?まだ吸っていない。」
吸っていないというのなら吸っていない。
そう信じたい。
だが、次の言葉が重い一撃となった。
「血を吸わないと死んじゃうんだ....。」
か細い手は心臓の位置にあり、何かを考えて
いるようにも見えた。
「誰の血でもいいって訳じゃないの、型が合わないと
アレルギーを起こして死んじゃう。」
すぐ死ぬんだ。
などと考えていてはいけない。
命があるのは偶然なんかじゃない。
授かって繋いで行くもの。
捨てる命、恵まれない命、やっぱりあるのだろう。
世の中は決して公平なんかじゃない。
だからこそ、自分の命は自分のため、そして
愛しい人に使うのだろう。
僕はギンに訪ねた。
「血を吸わないと死ぬ...間違いないのか?」
「うん。」
「どうして僕の血が合うって知ったんだ?」
「献血。」
「そこか!」
どうやら僕が献血した時に、ギンのサポート係が
紛れ込んでいたらしい。
それで僕を見つけたのか。
それは大した問題ではないが。
僕がどうして行きたいか、それにかかっているんだ。
「僕は、血を吸われると死ぬのか?」
「死なない、吸血鬼も感染しない。みんな迷信。」
「分かった、手を打とう。」
「?」
思えば答えは分かっていたし、選択肢もない。
ただ誰も死なない世界線が欲しかった。
死なないなんてありっこない。
みんな等しく寿命を迎えるか、他の要因で死ぬ。
だからこそ、だ。
僕は言った。
「ギンちゃんが生きるためなら、僕は鮮血を流そう。
これは誰かに強制されてしてる事じゃない。
僕が選び取った物事なんだ。」
「え...あ...?」
「大丈夫、それで嫌いになったりしないよ。
好きだから、ギン。」
「あっ!」
僕はギンの細くて折れそうな体を抱きしめた。
こんな事、今までして来た試しがない。
だけど不思議と納得した。
ここで命尽きても惜しくない。
産まれて一番したかったことをしているのだから。
ギンが返事する。
「ありがとう、断られると思っていたから、変な感じ。」
「困った時はお互い様だ。」
「たけしも困っているの?」
「もし今後困ったら一番に助けてくれ。」
「分かった...じゃあ、夜また...。」
「うむ。」
ギンが去る。
まだ抱きしめた余韻が残っている。
柔らかくて温かい。
これが抱くということなのか。
僕自身が知らないうちに求めていたもの。
ようやく見つかった。
だけども。
心の何処かに引っかかりがあった。
本当に血を吸われても死なないでいられるか。
そんな事を反すうしならが夜が迫ってきた。
夕食の席に、ギンはいなかった。
どこかで体調を整えているのだろうか。
僕も落ち着かない。
ひとり飯を食べ終わり、歯を磨き終えた。
何も起こらない。
平穏な静寂があった。
僕は布団に入った。
なんだ、ギンは来ないじゃないか。
そうなると別の不安が襲ってくる。
何かギンにあったのか。
血を吸えない何かが起こったのか。
なにゆえ?
だが、それは覆された。
暗闇の中、足音が聞こえてくる。
ミシッ、ミシッ、軽い足音。
息遣いも聞こえてくる。
ハー、ハアー、聞こえてくる。
ギンのような女の子の息ではない。
苦しそうにうめくそれは、僕の至近距離に来た。
声がする。
「たけし...待った?」
「待った。まあ、好きにしてくれ。」
「ありがとう、最初は麻酔の牙で噛むから。」
「そんなものがあるのか。」
言うや否か。ギンが僕の体に覆いかぶさってきた。
そして軽いキス。
なのかどうか分からない。
なぜなら、体が急にしびれて意識が消失した。
落ちる、眠りに落ちる。
多分この世の何者でも体験できないだろう、
吸血鬼の麻酔。
僕はそして血を吸われるんだろう。
いや、もうどうにでもしてくれ。
これでギンが生きられるのであれば。
ありがとう、君は暖かかった。
それで命をかける理由は十分すぎる。
僕はそして更に深く眠って行った。
朝。
朝なんだよな?
僕は昨夜、ギンに血を提供したんだ。
痛みはない。あえて言えば暖かい。
なんで暖かいんだ?
そしてなんて柔らかいんだ。
ぷにぷに。
僕は押してみた。
「いやはははははっ!」
大変なことをしてしまった。
僕の上でギンが寝ていた。
しかもまた全裸。
そしてくすぐり。
もう犯罪だなこれは。
僕はこうなる運命なのか。
半ば八つ当たり的にギンに言う。
「全裸はやめてと言ったような気がするが?」
「血を吸ったあと覚醒するから服なんて着てたら
やぶけちゃうよ。」
「ではどうあってもギンの全裸を見ることになるのか。」
「当たり。」
「あたりじゃねえー!」
僕は絶叫した。早く服を着て欲しい。
しかし、そんな甘えは許されなかった。
僕の親戚のおばさんが家に入って来たからだ。
「たけしちゃん、朝ごはんにしよ......。」
見られた。
全裸少女と、僕。
言い訳無用。つまりは釈明のしようがないことで。
それでも時には抗わねばならぬ時があるのだ。
無理だったが。
吸血鬼と暮らすのは大変だ。
だがそれが運命であるのなら受け入れる。
平穏な暮らしがしたい、それも分かる。
ただ命を繋ぐ。
それにいいも悪いもない。
ただこの生命が何の慮りもなく断たれることが無いように。
綺麗事は言わない、ただ生きることが当たり前のように。
小さな幸せがあるように、息をするように自然体で。
これは何かを成せるのか。
それも分からない。
分からないから目指して見るんじゃないか。
そして綴られる物語。
こんなものがあっていい。
その地平線を目指して。