第七話
次の日からも、いつもと変わらない日常続いた。
数日が経ち、作法やダンスの授業も始まった。
担当の先生は覚えが速いと口をそろえたが、当たり前だ。精神年齢はもう、この世界の成人(15歳)を超えているのだから。
やがて、その日がやってきた。
「イヴ、忘れ物はないかい?ケチーフは、護身用のナイフは?」
「お義父さま、心配しすぎです。ケチーフはちゃんと持ってます。それと会場内への武器の持ち込みは原則禁止ですよ?」
「大丈夫、ちゃんと扇子に擬態させたのがある」
そういう問題ではないと、心の中で突っ込みを入れつつ、ため息をついた。
皇帝主催の建国記念パーティーに、扇子に擬態させた武器を持ち込んだなどと知れれば、いくら公爵家と言えど罰は免れない。それを知らないはずはないのに、この義父はどこまで親バカなのだろう。
「それはともかく、早く行かないと遅れますよ。」
パーティーの開催は午後五時から。現在時刻は三時で今いるのは王都の別邸だから、少し遅れた程度で間に合わないといういことはなかったが、私は話を断ち切るためにそう言った。
馬車が目的地に近づくにつれ、視界の大部分を占めるようになった王城に、私は呆れと感嘆の入り混じったため息を漏らした。
華麗さのかけらもない。ただただ機能美、つまり防衛力を追求したつくりであることが一目でわかった。無骨で淡白な姿は、だがなぜか見る者に美しいと思わせる。
「どうだ、すごいだろう?」
なぜかシュナイツが得意気な顔をしたので、「そうですね」と適当に流しておいた。
建国記念パーティーは、私の予想をはるかに上回った。規模もそうだが、その雰囲気もだ。一見華美で優雅なのだが、何とも言えない張り詰めた空気をしている。
そんな雰囲気に多少気圧されながらも、私は会場の端に設置されていたソファに腰を下ろした。
シュナイツは、貴族たちの腹の探り合いに参加している。行きの馬車で面倒だと散々嘆いていたが、しないわけにもいかないらしい。ご愁傷様である。今も戦地で奮闘する父へ黙祷を捧げながら、いずれ私も同じ立場、いやそれ以上に闇に包まれた女性たちの社交の場に立たされるのだという事実は頭の隅に追いやった。
シュナイツの背中をぼーっと眺めていると、ふと視界の隅に看過できない光景が映った。
料理が乗っているテーブルからナイフを二本つかんで、一本を投げる。
正確無比に目標まで飛んだナイフが、不自然に勢いを失って地面に落ちた。
―魔術…空気の障壁か。
ナイフが狙った先にいた魔術師は走る勢いを弱めずに一直線にシュナイツの背中へと向かっていく。だが、間合いに入る前に私がその間に滑り込んだ。
「イヴ。ここは任せる。私は陛下の無事を確認してくる」
背中越しにかけられた声に、「はい」と短く答える。
私は、視界の中央に魔術師の男を収めた。性別は男、顔つきは特に特徴もなく凡庸だ。目に映る範囲にある装備は短刀一本だが、おそらく服の中にまだ隠している。服装は社交界で浮かない程度に装飾されていた。
たいしてこちらは食事用のナイフ一本に、服装はドレス。こちらは時間を稼ぐだけで兵が駆けつけてくれるが、分が悪いのは私の方だ。
―これなら扇子に擬態させたナイフを受け取っておくんだった。
そんなことを考えても後の祭りだ。
相手は王城のパーティーに忍び込むくらいである。おそらく暗殺者としては一流だろう。武器には毒が塗られていることも考慮すると、うかつに仕掛けられない。
数秒も見つめあっていなかっただろう。相手が先に動いた。私は初動を察知して身をひねる。不自然な光沢をもった投げナイフが虚空を切り裂く。
ようやく状況を理解した貴族たちが、我先にと逃げだすのを気配でとらえつつ、相手を注視する。
相手の口元がわずかに動いて、放たれた風の魔術を私が避けているすきに相手が一気に距離を詰めた。
ためなく振り出された連撃を私はナイフでひたすらにいなす。相手には兵が駆けつけるまでのタイムリミットがある。焦ってはいなくてもすでに勝負を決めに来ている。
絶え間なかった連撃に、一拍間が開いた。
―来る。
大振りに備えて身構える。
相手は、私の予想に反して大きく後ろに飛んだ。そのまま振り返って走る。
「逃げる気か…っ」
半ば反射的に投げたナイフは相手の太ももに刺さったが、相手の速度は収まらなかった。
逃がした。今から追いつくことは不可能だろう。私は、兵士たちが捕まえてくれることを祈って父が向かった方向へと向かった。




