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第六十六話

 昨晩、ティルセラたちが密談を交わした廃屋で、ストエルは目覚めた。意識が覚醒していくと同時に、自責の念が心を支配する。

 私はお嬢様に救われた。だからお嬢様をお守りするためだけに存在する。足手まといになった時点で、生きる価値などない。

 ストエルにとっては、単純な思考回路だった。

 両手両足は縛られていたので、舌をかみ切ろう。顎を開いた瞬間、唐突な脱力感を覚えて、顎を思い切り閉じることはかなわなかった。

「な、ぜ…?」

 目の前で、魔術仗を自分に向けている赤髪のエルフに、そう問う。赤髪のエルフは、しばらく頬に手を添えて首をかしげていた。

「なんでかしら。わからないわ。別に、あなたが死んでもどうでもいいのに」

 私はいら立ちを覚えた。目の前のエルフと違って、私には明確な「死ぬ理由」がある。理由もないならせめて殺せばいい。

 敵意を向ける私に、赤髪のエルフは、道端の石ころを見るような無関心の視線を向ける。

「ちょっと話過ぎたわね。貴方は人質だから。おとなしく眠っててちょうだい」

 私の意識は、また夢の中へと落ちていく。


 魔術式を唱えると、体を巡る魔力がぐっと少なくなって、倦怠感が生まれた。

 それを振り払うように、私は一気に加速した。

 次々に生まれる魔術の弾幕を、ギリギリで避ける。地面が、不自然に隆起した。すぐさま、空中で体をひねる。私の体があった場所を、土くれの塊が通り過ぎた。着地した瞬間に、地面がぬかるむ、足を取られながらも、ジャンプして脱出。また、標的を視界に収めた瞬間、水の弾丸が飛んできた。回避は間に合わず、剣でブロックする。その一瞬に、的確に合わせられたナイフでの奇襲で、決着がついた。

「お嬢様。そろそろお休みになられてください」

 返事の代わりに、私は剣を構える。

 まだだ。まだ足りない。今の私は、たった一人でワイバーンを倒せるだろうか?答えは考えるまでもなく、否だ。

「もう一度、お願いします。バウル」

 それでも、少しでも強くならなきゃ。

 魔術を発動させようと魔力を操り、魔術式を声に出したが、魔術は発動しなかった。

 もう一度、丁寧に発音しても、魔術は発動しない。

「魔力が尽きたのです。お嬢様。魔力を効率的に回復させるには、休息が最も効果的ですよ」

 なら剣だけでも、今は休息の時間すら惜しい。

 ………………冷静になれ、剣を持つ手が震えていいる。これ以上続けても逆効果だ。

「…仕方ないです。お風呂に入ります。着替えを準備しといてください」

「御意」

 バウルは、安堵して、深々とお辞儀をした。


「訓練は順調か?」

「はい。ですが、いささかオーバーワークです」

「しっかり見ていてやってくれ、バウル」

 改めて言われることでもない。了解を示すためにお辞儀をした。

「それで、何があったかイヴは語ってくれたか?」

「いえ。あの様子では聞きだすのは難しいと思います」

「…そうか。ああ見えて、意外と頑固だからな、イヴは」

「誰に似たのでしょうね」

「本当だな」

 旦那様ですよ、と表情で訴えたが、シュナイツはスルーした。

「イヴのためにも何かしてやりたいが、いかんせん時間がない。私兵を総動員して帝都を捜索するのが精いっぱいだ」

 見殺しにすればいい。それが私の本音で、きっと旦那様もそう大差ないだろう。普段ならまだしも、今は忙しい。たった一人のために時間は裂けない。

「旦那様には建国記念パーティーの準備に専念してほしいところですが、仕方ないですね」

 シュナイツとバウルは、同時にため息をついた。


 チャプリとお湯の中に入ってため息をつく。

 こんな、馬鹿みたいに剣を振っても意味があるのだろうか?もともとあるようでなかった自信が消えていく。

 お湯の中にいるはずなのに、体は冷えていくばかりだ。全てが夢で、目が覚めたらストエルがいて、ティルセラ先生も普通に授業をしに来てくれればいいのに、なんて逃避的な思考をするあたり、とうとう末期だろう。リミットはあと五日。こんな調子で大丈夫だろうか。

 背負いきれないほどの感情が、「たすけて」のたった四文字を言わせてくれない。

 隣にストエルがいればな。

 思わず、ピントのずれた考えが浮かんでしまって、顔を水の中に沈めてため息をついた。

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