第六十三話
歩き始めて十五分。ゴブリンの群れと遭遇した。私は、剣の柄に手をかけ、身構える。ゴブリン程度なら余裕だが、油断すれば数の暴力でつぶされてしまう。
だが、ティルセラ先生は杖をだしただけだった。
「フレイヤ」
リンゴの芯のように、ゴブリンたちが一斉に燃え上がる。ゴブリンたちの悲鳴が一秒も続く前に火は消え、リンゴの時は残らなかった灰が、風に乗って飛んでいく。
「魔術が実践でどのように使えるか、知ってもらうんじゃなかったんですか?」
「え?」
ティルセラ先生は、きょとんと首をかしげた。
「あ、ああ。そういうことですか。ゴブリンは実践のうちに入りませんよ。準備運動みたいなものです」
「そう、ですか」
Aランク冒険者となると、そんな感じなのか。私はBランクだが、ティルセラ先生には遠く及ばない。シィと、ベルと、ストエルと、私で総合的にAランクということになっているが、ティルセラ先生と戦って、勝つことはできるだろうか?
「あ、いいのがいました」
そんな、物思いにふけっていた私は、危うく吹き飛ばされそうになった。
結論を言おう。絶対に勝てない。この人は、格が違う。
「グァオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
風圧を伴った方向に、私はもう一度踏ん張らなきゃならなくなった。
鱗のある体。蜥蜴のような頭。角。せなかに映えた両翼。ドラゴン…だよな?
ドラゴンが、ぎょろりと私を睨む。パニックになる心を落ち着けて、剣を抜いた。
「イヴ様は、よく見おいてください」
ティルセラ先生は跳躍する。ただの跳躍じゃない。動きが一直線すぎるから、詠唱もせずに魔術を使ったのだろう。
ティルセラ先生が立っていた地面を、ドラゴンの吐息がえぐる。その高温の柱がティルセラ先生を追尾する。
目まぐるしい追いかけっこの末、ティルセラ先生が、ついに追いつかれた。
「先生!」
先生の言う通りに、その場で突っ立ていただけの私は、間に合わない。きっと手を伸ばしても、空気をつかむだけだ。
「勘違いしがちですが―」
まったく落ち着き払った声音のティルセラ先生に、吐息が重なる。その瞬間、まるで光のように、屈折した。
「生み出すだけが魔術ではありません。操作するのが魔術です。相手より魔力が上回れば、その魔術を妨害することだってできます」
ティルセラ先生にブレスが当たらないことを悟ったドラゴンは、ブレスをやめ、突っ込んでくる。
「そして、ビームは、こうやって打つんです」
ティルセラ先生の指の先に、高圧のエネルギーが生まれる。
「複合魔法。エネ・フレイヤ」
音もなく、光もなく発射された弾丸が、ドラゴンの眉間を貫く。ドラゴンが地に落ちる音が、地面を響かせた。
「どうしたんですか?」
ティルセラ先生が、私の前でパタパタと手を振る。
「……いえ、まさかドラゴンを倒してしまうとは…」
「ドラゴンと言えど、一番弱いサラマンダーですよ?」
それでもおかしい。
「それに、こんな帝都の近くにドラゴンが出るんですか?」
「魔物襲撃以降魔物が増えてますからね。運が良ければ会えます」
運が悪ければ、の間違いじゃないのだろうか。
「さて、帰りましょう。まだ解説が残っています」




